第22話
「ルアン!? 大丈夫か?」
「私は大丈夫……です。それより、コアを破壊しないと……」
目覚めたばかりなのに、自分の使命を果たすために身を起こそうとするルアンだが、思うように力が入らないのか、わずかに頭を起こして脱力した。
「その状態じゃ能力を発動するのも無理だ。すまない、守ることができなくて」
「いいんです。最期まで共に生きるのがパートナー……ですから」
力なく横たわるルアンに、俺は悔しさを吐露する。
こんな短い期間で、パートナーに非業の死を迎えさせるつもりは一ミリもなかった。それなのに約束すら守れず、二度目の死を迎えさせてしまう苦痛に心が張り裂けそうだった。
「でも、諦める前に、私のわがまま、聞いて貰えますか?」
「俺にできることなら、なんでも言ってくれ」
限られた時間、限られた場所。そこで叶えられる願望があるのかはわからないが、ルアンの希望なら最大限実行しようと思えた。
「私と〈わらしべ〉してください」
思わぬ提案に、俺の時が一瞬だけ止まる。
「私の〈リアクティブ〉をシャノバさんが使えば、まだ起死回生のチャンスがあります。シャノバさんが一度も使ったことのない能力なので、お役に立てるかわかりませんが」
そう言って、ルアンは震える右腕を懸命に持ち上げる。
俺はそんな献身的な姿を見て、思いを受け取るようにしっかりとパートナーの手を握った。
「いや、それしか取れる手段はないと思う。できるできないじゃない、やるかやらないかだ」
最終手段として示された光明に、俺は希望を見出し〈わらしべ〉を発動する。
途端に自分から流れ出るマナに替わり、ルアンから流入してきた毛布に包まれるような温かなマナに、心まで癒やされていく気がした。
「コアを破壊したら必ず返す。だからルアンはここで待っていてくれ」
「はい。絶対に戻ってきてくださいね」
ルアンは頑張って微笑みを浮かべながら、俺に持っていた小石を手渡してきた。
ルアンから俺への能力と触媒の譲渡。これで、他人に手渡された物を任意のモノに変えて扱える。
「それじゃあ、ルアンを地面まで下ろして」
「その時間がもったいないです。私のことは構わないで、アヴィスタのコアを破壊してください」
いくばくか意識がハッキリしてきたのか、ルアンは重い身体を起こして空中に立ち上がる。
明らかに足は小刻みに震えているし、真っ直ぐ立つこともできていない。
集中しなければ体勢を崩して落下しそうになっていても、パートナーの負担にはなりたくないという意思が伝わってきた。
「行ってくる」
人間のため召喚獣のため、そしてルアンのため。
必ず成し遂げてみせると意気込み、俺はアヴィスタのコアに向き合い、開けた穴に近づいた。
「ルアンほど上手く扱えるか……」
初めて使う能力。ルアンに遠く及ばないマナ量。
不安要素は尽きないが、誰よりも多種多様な能力を扱ってきた自分を信じ、最大の結果を残すのみ。
己が今まで積み重ねてきた経験とマナを注ぎ込むことに集中し、俺は大爆発を起こすイメージをしながら小石を穴の中に投球してから離れた。数秒後、
「まだイメージと出力が足りないか」
穴から爆発音は反響してきたものの、噴出してきた風は髪を少し揺らした程度。
イメージを描くことは問題なくできたが、マナが少なかったのか、ダメージらしいダメージを与えたように思えない威力。
「発動はしたんだ。あとは全力でマナを込めるだけ」
今までの知識と経験、そしてルアンの能力行使を間近で何度も見ていたからこそ、練習無しでも問題なく発動した。
あとはより激しく爆発するイメージをし、より強くマナを注入すればいい。
俺はさらに強烈な一撃を叩き込もうと集中力を高め。
突如、腹に受けた衝撃に弾かれ、盛大に地面へと落下した。
「うっ……何が起きて……」
不意打ちされた感覚に、俺は衝撃の原因を探り。
視線を上げた先、赤いコアに開けた穴の周辺。そこから伸びた無数の赤い蔓に、子供じみた苦言を呈した。
「ここにきて防御機構が働くのは反則だろ」
何があってもコアを破壊させない。多少のエネルギーを割いてでも。
そう宣言するような蔓の動きと数に、計画の破綻を認知する。
これでは穴に近づいて爆弾に変えた小石を投げ込むことができない。
ふりだしに戻るイコール避けられない破滅。そんな方程式が成り立ってしまう展開に、絶望が波となって押し寄せてきた。
「シャノバさん、大丈夫ですか」
その様子を見て、悲鳴を上げる身体に無理して近寄ってきたルアンに、俺は顔を歪めた。
「これじゃ、近づいてコアを破壊できない」
中心部からなら連鎖崩壊で俺のマナ量でもコアの破壊はできるだろうが、外殻を爆破しても俺の出せる出力では全壊には至らない。
不意打ちとはいえ、俺を軽く弾き飛ばす威力を持った無数の蔓を、掻い潜って接近するのは不可能に近い。
瞬間移動で内部に侵入する手段もあるが、正確な空洞の位置もわからない狭い範囲に、寸分違わず跳べる自信もない。失敗すればコアに身体が埋まって身動きできなくなり、何もできずに爆発に巻き込まれて終わる。
すべての道を塞がれた最悪な状況を嘆きたくなるが。
そんな暇すら与えられず、心臓が鼓動するようにコア全体が点滅を始めた様子に、爆発寸前のエネルギーの高まりを感じた。
「俺がやらなくて誰がやるんだ」
無茶は承知。立って歩くのがやっとのルアンに協力を仰ぐわけにはいかない。
俺は決意の熱を上げると、点滅が速まっていくコアに向けて空を駆け。
敵の存在を感知したのか、無数の赤い蔓が俺を弾き飛ばそうと、直線、曲線、あらゆる動きで迫ってきた。
「邪魔するな!」
俺は手渡された小石にマナとイメージを送り、長大な光刀へと変えてブンッと振り回す。
途端にバラバラと切り刻まれて落ちていく蔓の間を、俺はスピードを落とさず突っ込んでいく。
消去法で導き出した唯一の手段は、蔓を排除しながら俺が直接穴の中に入り、中心部に時限式爆弾にした小石を置き、瞬間移動で脱出する方法。
防御機構が働いているので、表層近くでは蔓に小石を排除される可能性がある。
かと言って、爆発攻撃で蔓を吹き飛ばすと爆炎や煙によって視界が遮られるので、逆に時間を喰ってしまう。
じっくり考える時間もない中、導き出した最適解を実行しようと俺は近づき。そうはさせまいと、さらに蔓が密集してくる。
それらを刀を振って大胆に切り裂きつつ、小石を投げつけ、刃先の鋭い巨大な光のプロペラを生み出す。
それが寄り集まった蔓に触れると、回転しながらズタズタに切り裂き、周囲に赤い芸術を描いた。
「俺を止められると思うなよ!」
自分を鼓舞しながら、プロペラの中心を左手で押し前進させながら、向かってくる蔓を次々と斬り飛ばしていく。
攻撃の隙間から見えるコアの点滅が、当初より格段に速くなっている。もう余裕は一、二分もないように思えた。
「よし、穴の中に入って全力をぶつけるぞ」
大爆発を起こすため、俺はマナを急速に込めながら、右手に刀、左手に小石を握りしめて突入した。
俺の心臓の鼓動が速まるのと同じく、周囲に見えるコアの点滅も信号が赤に変わるように加速していくのを目の当たりにする。
点滅しているお陰で明かりは必要ないが、生き物の心臓の中を進んでいるような景色にゴクリと息を飲む。
小石を時限式の爆弾に変え、コアの中心部に設置して脱出する。
ただそれだけの作業だが、いつ破滅的大爆発を起こすかわからないコアの中にいるというだけで、本能も理性も否応なく恐怖に染められていく。
冷える気持ちを熱するように、脱出用に一つだけ残し、持っている小石すべてに爆発のイメージとマナを込める。
出し惜しみして後悔したくない。心中する気はないので、瞬間移動で脱出する余力だけ残し、すべてのマナを爆発力に変えて放出する。
左手に握った小石に想いも込めて、俺は自分で掘り進んだ道をひた走った。
「ここらへんだな」
記憶していた距離のおよそ半分。コアの中心部付近と思われる位置で立ち止まる。
コアはもう点滅しているのか、ずっと点灯しているのか判別がつかないほど光に満ちていた。
「溜めに溜めたマナ、思う存分喰らえ」
時限式のエネルギー爆弾に変えた小石を足元にバラ撒く。
三十秒後に炸裂するようにセットした。あとは爆発する前に瞬間移動でコアの外へ脱出するだけ。
俺は脱出用の小石を手に、ルアンのそばに跳ぶイメージをし、マナを込め──ようとした刹那。
「なっ!」
穴の中に出現した赤い蔓が、転がした小石に触れようとしている光景が目に入り、慌てて瞬間移動するのを取り止めた。
「くそっ、やらせるか!」
小石を砕いて爆発を阻止しようとする蔓を、俺は急いで刀で切り刻む。
外部の防御機構だけと思っていたが、内部にまで排除の手が伸びてくるとは予想外だった。
赤い蔓が爆弾と化した小石を握るように絡め取る。そうはさせまいと俺は蔓を滅多切りにする。
しかし一つ斬れば、即座に別の蔓が生えてきて小石を破壊しようとする。無数の死者の手が呪い殺そうとしてくるような無限ループ。
このままでは時間切れで小石の爆発に巻き込まれるか、小石を破壊されてコア破壊に失敗し、コアの爆発に巻き込まれる。
時間が本当にない中、どちらを取っても爆死は避けられない状況に、俺は苦渋の決断を迫られ。
「畜生!」
残しておいた最後の小石にマナを込め、時限爆弾と化した小石を簡易的な結界で包んだ。
半透明な球体の中に収まった数個の小石。それを破壊しようと赤い蔓が絡まっていくが、結界に阻まれて触れることは叶わない。
「あぁ……これで俺の人生、終わりか……」
瞬間移動で脱出する手段を失い、俺はすべてを失った虚無感に見えない空を見上げる。
赤い蔓の進行は妨げるが、爆発を邪魔しない程度の強度の結界を張った。
走って脱出するには爆発まで時間が圧倒的に足りない。細い穴を通る爆風に確実に巻き込まれる。
残り十秒。それがアヴィスタのコアと共に、俺の命が散るまでの時間。
人間としての短い人生。召喚獣としての人生を足しても、まだまだ生きていたいと思う儚さ。
「母さんと、もう二度と会えないのか……」
十二年振りに会えた母親に、二度目の死という形で別れを再度経験させてしまう悔しさ。
自分自身も母親と永遠に話せなくなる悲しみに、一筋の涙が頬を伝った。
残り三秒。
何かを考えることも思い出すこともままならない時間。
俺は覚悟を決めると、そっと目蓋を薄めて。
激しい爆発音に身を委ねた。
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