第21話

「やっぱり、喚び出されたね」


 犬耳メイド服姿のミューが召喚されて最初に発したのは、事態を予測していたかのような口振りだった。


「すでに状況を把握してるのか」

「人間たちがテレビで生放送してるからね。それに、これだけ派手な音が遠くから聞こえれば、誰でも異常事態だって気づくよ」


 ミューのいた店と今いる場所は県を跨いでいる。それにもかかわらず、異常だと感じるほどの音が聞こえていたようだ。


「あいつが元凶だね。そして私が喚ばれたということは、あいつのコアの場所を〈アナライズ〉で特定すればいいんだね」

「理解が早くて助かる。今は時間が惜しい。さっそく頼む」

「わかった。能力が面白くてあれから色々試してたから、すぐに見つけられると思うよ」


 これだけ状況把握能力が高く、手に入れたばかりの能力を使いこなせると断言するミューが、魔物との大戦で名を轟かせなかったが不思議だ。

 あまり召喚されなかったと言っていたが、本当はミュー自身が必要以上の戦闘を好まなかったのだろう。

 使ってみてわかったが、摩擦力を操作する能力は、戦闘においては強力無比の性能を誇る。そこに高い知性が加われば、知将とも呼ばれそうだが、ミューの名は召喚獣たちの間では知られていない。

 才能があっても発揮するつもりがなければ、宝の持ち腐れになるのは必定だった。


「コアの場所がわかったよ。胸部の中心、ど真ん中に高層ビルサイズの強烈なエネルギー塊があるね」

「そっちにあったか。頭だけ狙い続けていたらアウトだったな。来てくれて助かった。戦いが終わったらお礼をさせてくれ」

「気にしなくていいよ。今は一刻を争うんでしょ? 私はここで待ってるから、二人であいつをぶっ飛ばしてきて」


 俺の感謝にミューは親指を立てルアンに小石をいくつか拾って渡すと、自分は戦力にならないことを暗に告げるように一歩下がった。


「ありがとう。交換して貰った能力で、ルアンと一緒に奴を倒してくる」

「ミュー。後でギュッと抱きしめさせてね」


 召喚獣仲間に決意と想いを寄せ、俺とルアンは地面を駆けていく。

 地面に倒れたアヴィスタは、俺たちに足裏を向けた状態で仰向けになっていた。


「シャノバさん、履き物の付与を掛け直します。あとは身体能力向上の付与も重ねます」


 重要なタイミングで途切れてしまう前に、再付与と追加付与をルアンに行って貰う。ルアン自身も自己付与をして、二人で揃って大地を疾走する。

 最高時速の新幹線すら軽々と追い抜くスピードに、空気が体を押し返そうと抵抗してくるが、俺はより速く速くと足に全力を注いだ。


「胸部に到達したら、〈フリクション〉で穴を開ける。コアを見つけ次第、二人で徹底的に破壊するぞ」


 コアがあると教えられた場所に、体表から無差別攻撃をするより、内部から直接コアを叩くほうが確実に破壊できる。

 討伐後の復興を考えると、周囲まで破壊してしまう大規模攻撃は避けたい。かと言って、効果範囲が狭い〈フリクション〉では、高層ビルサイズのコアを破壊する時間はないだろう。

 ルアンの〈リアクティブ〉で、コアに直接飽和攻撃をしたほうが望む結果を得られるはずだ。


「アヴィスタは動かないみたいです。このまま一気に行きましょう」


 足を越えて腰の部分に到着しても、巨体が起き上がる様子はない。やはり自爆するために、すべてのエネルギーをコアに集中させているようだ。

 好都合ではあるが、確実に迫る大規模破壊へのカウントダウンに、自身の心臓に緊張の熱が流入していくのを感じた。


「よし。この位置から能力最大で掘り進めるから、離れないように手を繋ぐぞ。すぐに発動するから、落下しないように足元に気を付けろ」


 空中を足場に駆け胸部に到達した俺たちは、手をしっかりと重ねて頷き合い。

 俺が摩擦力をゼロにした空間を形成すると、足元の岩が一瞬で消え去り、半円状の穴がアヴィスタの胸部に開いた。


「行くぞ」


 そのまま空中を蹴って頭を下向きに、勢いよくアヴィスタの体内へと侵入していく。

 自由落下に任せていては遅い。突進して掘り進めないと間に合わない。

 暗闇の中を突き進むジェットコースターのような感覚は、ルアンに恐怖心を与えているかもしれないが、四の五の言ってはいられなかった。


「明かりを灯します」


 機転を利かせ、ルアンが小石を対価に周囲を包み込み、俺たちに追随する光を発生させる。

 見えるようになったアヴィスタの体内は、四方八方が岩で作られていて、岩のトンネルを潜っている気分になる。

 このどこかに巨大なコアが存在する。一般的な魔物と同じコアであれば、赤い宝石のような見た目をしているはずだ。

 巨人の体内が分子崩壊で黒いチリになって消えていく中、俺は赤い色を探してルアンと共に深く深く潜っていき。


「止まってください」


 突如呼びかけてきたルアンに、俺は空洞内を走るのをやめて空中に静止した。


「どうした?」

「今、赤い何かが一瞬だけ見えた気がします」


 ルアンの一言に俺はハッと掘り進めてきた空洞を見上げる。


「見かけた場所に案内してくれ」


 俺は期待に高鳴る鼓動を抑えつつ、ルアンの勘違いでないことを祈りながら来た道を戻っていく。すると、


「あった!」


 空中を蹴って大きく四歩跳び上がった先、ルアンの左側にあった壁の一部。そこに、俺の能力で削られて露出している赤い宝石のような石が光に反射した。


「ここがアヴィスタのコアですね」

「高層ビルサイズの赤いコアが、ここに埋まってるのか」


 見えているのは小窓ほどの大きさ。高速で穴を掘り進めている途中でよく発見できたなとルアンに感心する。

 相変わらず周囲にはエネルギーが満ちているので、目視しなければ発見できなかっただろう。


「時間がない。俺がコアに穴を開けて中心辺りまで行く。そこに時限式で爆発力のある仕掛けを施してくれ。コアの内部から一気に破壊する」


 外部からより、できるだけ中心部分から爆発を起こせば、全体にダメージが行き渡る。そうすれば連鎖的に崩壊して一撃で倒せる可能性が高い。

 時間がない中でも、可能性が少しでも上がる方法を選択する。倒し切れなかったでは済まない状況で、最善策はそれしかないと俺は考えていた。


「コアの中心がどこかわかればいいんですが……」


 自分たちの正確な現在地がわからない。中心までちゃんと辿り着けるのかと、ルアンは思い悩む面持ちになる。

 掘り進めてみたらコアの表層部分だけ削ってましたでは、決定的なダメージを与えられない。


「コアの位置と色は、他の魔物と同じだった。となると、コアも球状をしているだろう。アヴィスタの胸部から真っ直ぐ下りてきて、垂直の位置にコアが露出したということは、現在地はコアのほぼ真横ということ。つまり、ここから垂直に掘り進めれば、コアの中心を通って、最後には脇腹部分に出るはずだ」

「なるほど。それなら問題なさそうですね」

「さっそく実行しよう。準備に入ってくれ」


 強力な攻撃をするには、ある程度マナを溜める時間が必要だ。

 俺はルアンが力を蓄え始めたのを確認すると、再び手を繋いで能力を発動──


「うおっ」

「きゃっ」


 ──しようした瞬間、響き渡る爆発音と振動に意識を削がれた。


「ルアン!?」


 俺よりコアの近くにいたルアンの体が、急に力を失ったように傾く。

 それを慌てて受け止めた俺は、目を閉じている彼女を見て全身がざわついた。


「ルアン! おい、ルアン!」


 大声で呼びかけながら揺さぶっても反応しない仲間に、俺はマズい流れになったことを悟る。

 おそらく今の爆発音と振動は、残っていたアヴィスタの足が吹き飛んだ結果だろう。それが内部へと伝わり揺れたことで、コアの近くにいたルアンにぶつかり、意識を失わせたと考えるのが妥当だ。


 ルアンの力がなければ、短時間で一気にコアを破壊するのはハッキリ言って無理。

 俺の能力では制限時間内に破壊し切れない可能性が非常に高く、他の召喚獣に救援を求めている時間もない。

 ルアンの意識がいつ戻るかわからない以上、取れる行動は皆無に等しかった。


「くそっ、足まで切り離したならもう本当に時間がない。一人でやり切るしかない」


 俺は頭を無理矢理切り替え、ルアンを抱えたまま能力を発動する。

 安全な場所に彼女を退避させてからコアを破壊している暇はない。このまま一蓮托生で運命を共にして貰うしかない。

 もちろん必ず生き残るつもりだが、もしものときは……


「いや、今はネガティブに染まってる場合じゃない。コアを破壊することだけに集中すべきだ」


 やるべきことは変わらない。それなら、足を止めずに行動あるのみ。

 俺は膨らみそうになる不安を吹き飛ばすと、空気を足場にして一直線にコアに侵入した。


「とにかく、一旦突き抜けるぞ」


 爆発でダメージを与えられないなら、〈フリクション〉でコアを破壊するしかない。

 一度コアの端から端まで削ることで、実際のコアの大きさがイメージできる。そうすれば、どこをどう崩していけば最短で壊せるか計算可能。

 一人でコアを崩壊させる必要がある以上、最善手を打たなければ確実に負ける。

 コアの真横から突き抜けるまでの距離を目算することで、おおよその大きさが掴め、効率の良い破壊手順が頭の中で描ける。

 俺は最高速度を維持しつつ、脳内で距離を測りながらひたすら真っ直ぐコア内を駆け抜け。


「えっ?」


 コアを突き抜けた瞬間、目の前に広がった空と大地に、拍子抜けした声を漏らした。


「な、なんでコアを抜けたら外に出た!?」


 コアを抜けたらアヴィスタの体内である硬い岩が見えるはず。しかし実際は、体外に出てしまった。

 意味不明な状況を理解しようと、俺は出てきた穴から距離を取って上下左右を見回した。


「まさか、すでにコア以外すべて崩壊したのか!?」


 アヴィスタは自身の体を切り離すことで無駄なエネルギー消費を抑えていた。先程の爆発は残っていた足を消失した際の爆発だったはずだが、コアを突き抜けている短い時間で全身さえも切り捨てたようだ。

 通常、コアという最大の弱点を外部に晒す意味はない。それを露出したということは、爆発まで本当にわずかな時間しかないと宣告されたに等しかった。


「くそっ、これじゃ間に合わない」


 爆発までの正確な時間は未だに不明だが、おそらく五分もないだろう。

 現状の能力では安全地帯に離脱することはおろか、倒し切ることも不可能。

 自分たちだけなら、〈フリクション〉で摩擦力を最大にすればギリギリ生き残れる可能性はあるが、すでにマナを大量に消費しすぎて大爆発に耐え切る自信がない。

 八方塞がりな状況に、俺は死への覚悟を。


「シャノバ……さん」


 しかけたとき、ルアンが目を開けて俺の名を呼んだ。

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