第20話

「な、なんですか今の!?」


 ルアンも同じものを感じたのか、発信源と思われるアヴィスタを見つめる。

 これが本能から生じる恐怖だと気づいたのは、必死に冷静さを取り戻そうとしている自分にハッとしたからだった。


「アヴィスタの全身からエネルギーが消えていって、どこかに集約されている感じがする」


 すでに俺に〈アナライズ〉の能力はない。正確なことはわからないが、体内のどこかに生命力が集約されていってる雰囲気を感じる。

 あくまで感覚でしかないが、何か途轍もないことが起きようとしている予感に、身体の芯から底冷えを覚えた。


「私も嫌な予感がします。早く倒さないと、取り返しのつかない事態になる気がします」


 アヴィスタと初めて対面したとき、瞳から高エネルギーの光波を放出したとき。どちらの場面でも威圧や恐怖を感じた。

 しかし今は、それを遥かに超えて襲ってくる押し潰されそうな不安と恐怖に、決意を固めていても逃げたくなる衝動に駆られた。


「もしかして、自爆する気か!?」


 ミューのリージョンゲームに挑戦したとき、緑魔も似たような状況で爆発した。

 あのときは緑魔自体が小さな個体だったから、距離を取るだけで被害を受けずに済んだ。

 一方、全体的に小さくなり、力も大幅に削ったとは言えど、アヴィスタは雲をも余裕で貫くほどの巨体かつ、一撃で街を破壊し尽くすほどの力を備えていた。

 そんな魔物が凝縮したエネルギーが爆発として一気に放出されれば、被害はどれほどになるか予想もつかない。

 下手すれば街のみならず、日本の地図を書き換えなければならない事態も有り得る。


「時間がなさそうだ。とにかく、予定通り頭を集中攻撃したい。コアさえ破壊できれば、爆発を阻止できるはずだ」


 どんな爆弾であろうと、爆発物そのものが無くなってしまえば爆発することはできない。この場合、アヴィスタのコアを破壊し消滅させてしまえば破滅は回避できる。

 エネルギーが溜まったコアにダメージを与えることこそが、爆発のキッカケになる可能性は否定できないが、何もしなければ結局は爆発による破壊は免れない。

 イチかバチか、命を懸けて特攻するには充分な理由だった。


「ルアンはどうしたい?」


 アヴィスタの爆発に巻き込まれれば、間違いなく死ぬ。能力を使って、今からでも可能な限り遠くに退避すれば命だけは助かる。

 やりたいこと、やるべきこと、楽しいこと、嬉しいこと。何もかもを失い、召喚獣としての人生も終わる。

 死を覚悟して特攻をかけるか、逃げて生き永らえたいか。

 最後の意思を問う俺からの質問に、


「当然、シャノバさんと一緒に最後まで戦います。パートナーは運命を共にする存在ですから」


 ルアンはなんの迷いもなく、笑顔で即答した。


「シャノバさん、私に命を預けてくれますか?」


 逆に悪戯っぽい笑みを浮かべながら問い返すルアンに、俺は面食らう。

 きっと気負っている俺の肩の荷を下ろしてくれようとしてのことだろう。


「爆発に母さんが巻き込まれないとしても、母さんが戻って来る場所がすべて無くなったら意味がないからな。それに」


 母のことが第一優先ではあるし、二度といなくならないという誓いも立てた。しかし今は、


「パートナーと一緒なら、どんな障害も絶対に乗り越えられる。そう信じてる」


 一人ではなく、信頼できる仲間がいる。一人では難しいことも、二人なら必ずできる。

 俺はシャノバと優希が混在した笑顔で、隣にいる少女に心からの想いを預けた。


「爆発を阻止して、二人で絶対に生きて戻りましょう」


 俺の言葉に何も返さず、真っ直ぐアヴィスタを見据えるルアンに、気持ちの相違があるのかと一瞬だけ思ったが。

 明らかに赤く染まっている頬に、照れ隠しなのだと気づいて、俺の口角は緩んだ。


「表面を削ってもコアには届かない。貫通力のある攻撃を仕掛けるぞ」

「わかりました。それなら、遠くより近くの方が狙いやすいので、一緒に近づきましょう」


 広範囲攻撃であれば、範囲内に敵が収まればダメージを与えられるが、高濃度のエネルギーを内包するコアまでは破壊できない可能性がある。

 一方、貫通力を上げればコアを破壊できるものの、威力を上げるために効果範囲を狭くせざるを得ない。

 遠距離からでは攻撃を当てにくいので、どうしても距離を詰める必要がある。


 幸か不幸か、アヴィスタは全身がボロボロなのもさることながら、エネルギーをコアに集めることに全神経を注ぎ込んでいるのか、動く気配は一切ない。

 爆発できる状態で移動や攻撃をされれば、阻止する手立てがなくなる。

 そうなる前に全力をぶつけて、故郷と命を守り抜く。その気概で気合いを入れ直して、俺はルアンと共に空を駆けた。


「俺が穴を開ける。抜け出たら、爆破を頼む」


 俺はルアンに簡潔に告げ、スピードを上げて先行すると、自分を中心に摩擦力ゼロの球体を生み出し、躊躇なくアヴィスタの頭部に突撃する。

 抵抗すら感じず巨体を掘り進んでいく。いつ爆発するかもわからない敵の暗い体内を突き進むのは、本能にヒシヒシと恐怖を与えてくるが。

 今は理性で無理矢理抑え込んで、コアを破壊することだけ考えながら、全力で駆け抜けた。


「ルアン、今だ!」


 アヴィスタの頭部を通り抜け、トンネル状の穴を開けた俺の合図を聞き、反対側に留まっていたルアンは持っていた小石を投げ。

 誘導弾のように寸分違わず、新設された穴の中に小石が吸い込まれていくと、鼓膜を劈くかと思うほどの爆発音を放出した。


「まだまだぁッ!」


 ゴロゴロと落ちていく岩石群が地面に着くよりも早く、俺は残っている部分を削り取りながら、容赦なく頭部を破壊していく。


「くそっ、コアはどこだ?」


 コアにエネルギーが集まり高まっていく感覚は未だに届いてくるものの、正確な位置が掴めない。

 焚き火は燃えている部分が一番熱いが、周囲にも熱が伝わる。それと同じように、熱が発生している感じは伝わるものの、燃えているエネルギー量が膨大すぎて発生源が特定できない。

 胴体よりは小さいとはいえ、幅も高さもある頭部から、大きさも不明なコアを見つけ出す。

 大規模イベントの会場内でヒントもなく、特定の人物一人を探し出すようなもどかしい気分に、焦りが汗となって落ちた。


「どうにかして、コアの場所を特定する方法は……」


 ミューがいれば〈アナライズ〉で確認することも可能だが、そんな漫画みたいに都合よくはいかない。

 すべての個体の同じ位置にコアがあるとは限らないが、弱点の場所さえ確認できれば、集中砲火で被害の拡大を抑えられる。そう思案していた矢先、


「うおっ!」


 すぐ近くの岩肌が爆発を起こした。

 運よく巻き込まれはしなかったものの、街の区画一つは消滅させられるレベルの衝撃に、俺は慌ててルアンの近くまで後退する。

 振り返って視認すると、アヴィスタの右肩から先が抉られたように崩壊し、右腕が大地に落ちて粉塵を噴き上げているのが目に入った。


「自爆前に体が耐え切れなくなったのか?」

「いえ、たぶん違います。伝わってくるエネルギーがさらに凝縮された感じがします」


 俺の推測にルアンが推測を重ねる。確かに力を失ったというより、より凝縮された感じが伝わってくる。


「エネルギーが無くなった部位を切り離し、無駄なエネルギー消費を減らしてコアの爆発力を上げようとしているのか」

「コアを覆う部分が減れば減るほど、爆発の衝撃もダイレクトに周囲に広がります」

「もしそうだとしたら、どんどん体が崩壊していくはず。どこまで崩壊したら爆発するかわからないが、崩壊が進むほどに爆発力が増すってことか」


 俺の見解にルアンが危惧を上乗せする。

 崩壊が進めばコアの場所を特定しやすくなるが、爆発の威力と危険度は加速度的に高まっていく。

 アヴィスタの体の崩壊が、爆発へのカウントダウン。

 そう認識した直後、両膝をついていたアヴィスタの左足が付け根から爆発し、両手と片足を失った巨体が後方に傾ぎ始めた。


「くそっ……もう時間がなさそうだな」


 爆発と地面に倒れ込む衝撃で地響きが轟き、地域一帯が霞むほどの砂煙が立ち昇る。

 残るは右足と胴体、そして頭のみ。頭と胸、どちらかにコアがあるのだが、上半身だけになっても、アヴィスタは巨大。時間の期限が迫っている以上、運に任せて闇雲に削っていく余裕はなくなった。


「私が全マナを消費して貫通攻撃を行えばあるいは」

「いや。相手が地面に倒れている以上、貫通攻撃をすれば地面に大穴が開くか、長大な溝ができて、この地域一帯が再興不能になる。それにそんなことをすれば、マナが枯渇して生命維持ができなくなる」


 ルアンの提案を、俺は即座に却下する。

 敵を倒すことは最重要課題だが、復興する場所そのものが失われては意味がない。

 範囲を狭め威力を集中し、コアだけを狙って破壊するしか方法は有り得なかった。


「コアの正確な場所さえわかれば……」


 先程俺が口にしたのと同じことをルアンもこぼす。〈アナライズ〉さえ使えれば。


「──ッ!? そうだ、召喚だ!」 


 突然の俺の声に驚き、ルアンがバッと振り向く。


「ルアン、ミューと互いに召喚契約を結んでるだろ?」

「は、はい。いつでも好きなときに互いを喚び出せるように、契約は交わしてます」


 通常は人間と召喚獣が結ぶ召喚契約を、召喚獣同士も行える。

 ミューの喫茶店前で話していた内容を思い出し、その手があったかと興奮に湧いた。


「ルアンがミューを召喚して、〈アナライズ〉でコアの場所を特定して貰えば」

「確実にコアだけを狙うことができますね」

「ミューにここに来て貰うのは危険ではあるが、背に腹は代えられない。それに彼女なら理解を示してくれるはずだ」

「私もそう思います。さっそく喚んでみますね」


 善は急げと二人で地面に降り立ち、ルアンは意識を集中し、指で召喚紋を空中に刻む。

 すると、ルアンのマナを対価に召喚の陣が形成され、光の粒が紋様から溢れ出すと、見覚えのある女性の姿を形作った。

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