第17話

「ルアン、追加で小石を渡しておく。すぐに追加補給できるとは限らないから上手く運用してくれ」

「わかりました。慣れてはいませんが、なんとか戦況を見極めながら効率よく使っていきます」


 俺が複数の小石を拾って手渡すと、ルアンは緊張しながら受け取る。

 状況によっては互いに離れていて、何も手渡せない場面もある。小石を使い切っているときに攻撃されれば、ルアンには対処する術がない。

 一つのミスが命取りになりかねない戦い。大胆かつ慎重に動くことが重要だ。


「油断するなよ。獣王が直接対処するレベルの相手だと想定して戦うぞ」

「……頑張ります」


 俺の重い言葉に、ルアンはさらに緊張を纏う。

 脅したいわけではないが、イケると思った瞬間、視覚外からの攻撃でやられるなんて漫画のような展開はご免だ。

 空想ではない現実の戦いに、覚悟と集中力は欠かせない。


「大丈夫。俺とルアンなら必ず奴を倒せる。気負う必要はない。自信を持っていけ」

「は、はい!」


 先程とは相反する言葉のようだが、緊張だけでは委縮して実力が存分に発揮できない。

 良い緊張感を抱えつつ、自分を信じ突き進むこと。それが成功への突破口を開くはずだ。


「アヴィスタが動きますよ」


 ルアンが指摘したとおり、腕を振り下ろして止まっていた巨体が再び行動を開始する。

 巨体かつ硬い岩肌を持つ魔物であるため、攻撃力、防御力ともに他を圧倒する。

 唯一の救いとしては、巨体ゆえ空気抵抗が強く働くお陰で動きが緩慢であること。

 これで小動物のように機敏な動きをされれば、もう手が付けられない。


 今のところ一般的な魔物のように炎を吐いたり、トゲを飛ばしたりといった能力を使用していない。

 そういった技能を持ち合わせていない可能性もあるが、見ていない以上、無いとも言いきれない。

 相手を分析しながら攻防を繰り返し、未知の攻撃による不意打ちや能力使用に注意しながら戦うべきだ。


「ルアン、どれくらい強力な攻撃ができる?」

「わかりません。戦闘経験がほとんどありませんから」

「なら、最大級の攻撃を仕掛けてみてくれ。ツラい現実ではあるが、本気でやっても周りに被害は出ないからな」


 アヴィスタの一撃で街には巨大なクレーターができ、生き物も建物も存在しなくなった土地は、皮肉にも思う存分戦えるフィールドと化している。

 心は張り裂けそうなほど悔しさを叫んでいるが、何もしなければアヴィスタは移動を開始し、他の街の破壊もしていく。全力で戦える場を最大限に活かし、ここで仕留める。


「どこまでできるかわかりませんが、思いっきりやってみます」


 ルアンも重々承知なのか、意を決した表情で敵を見上げ。

 俺が手渡した小石の一つを高く掲げると、小石の先にアヴィスタを見据えながら呟いた。


「光よ」


 瞬間、小石が眩い光に変わり、街の一区画を飲み込めるほど、大きな円柱状となってルアンの手元から一直線に伸びた。

 まるで神の放つ光の柱。悪魔に神罰を下す無慈悲な裁き。

 それが大気を振るわし、未だ漂う土煙を瞬時に蹴散らし。

 アヴィスタの左肩を大きく抉り貫いた。


「……嘘だろ……」


 左肩を丸々と削られ耐えきれなかったのか、繋がりを失ったアヴィスタの左腕が轟音を立てながら地面に落下する。

 それだけで風が俺の髪を吹き上げ、着物がバサバサとはためく。

 予想の範疇を遥かに超えたルアンの本気に、俺は見ていた光景を疑いたくなる。

 いくつも飛来した召喚獣たちの攻撃は、ダメージらしいダメージを与えなかった。

 それに比して、たった一人。ルアンという少女然とした見た目の召喚獣が放った一撃が、圧倒的な防御力を誇る巨体を、部分的とはいえ破壊した。


「もしかして、獣界で過ごした年月と戦闘経験の少なさか」


 俺はルアンの強力な攻撃力の理由に思い当たる。

 獣界には自然界に豊富なマナが存在している。召喚獣は獣界で長い年月を過ごすことで、自然から吸収したマナを大量に内包する。


 逆に地球のマナは薄いので、人間の持つマナを力に変える必要があるが、戦闘でそれらを消費してしまい、トータルでは少ししか内蔵マナは増えない。戦闘時の消費量によっては、戦闘前よりマナが減ることもある。


 一方、ルアンはあまり戦闘に参加しなかったため、獣界で長い年月を過ごす内に溜まった膨大なマナを消費する機会がほとんどなかった。

 それが幸いし、膨大なマナの使用と放出が可能になり、アヴィスタを貫くほどの攻撃力を発揮したのだろう。


「これならイケるかもしれない」


 嬉しい誤算に、俺の内側から高揚感が湧いてくる。

 地道に〈フリクション〉で相手の体を削っていく方法もあるが、効果範囲が狭いため、巨体相手ではどうしても時間がかかるのが難点。

 その点、強力でいくらでも応用の利くルアンの〈リアクティブ〉であれば、上手く運用すれば二人でアヴィスタを倒すことも可能に思えた。


「や、やり過ぎでしょうか?」

「とんでもない。むしろ活路が見えた。それだけの威力が出せるなら、コアに当てられれば俺たちだけでも奴を倒せる」


 萎縮しかけているルアンに、俺は惜しみない激励を送る。

 現時点でも、相手の戦闘力を大幅にダウンさせることに成功している。連続で同じ攻撃を当てさせてはくれないだろうが、同レベルの威力であれば他の手段でも構わない。ようは相手の隙を突いて、強力な一撃を加えればいい。

 戦闘には慣れていないと及び腰のルアンだが、ミューの作ったリージョンゲームでの戦闘を見た限り、気持ちが定まっていないだけで持ち前のセンスはあった。

 自信のなさは、俺の指示とサポートで補えば充分に真価を発揮できるはずだ。


「あいつが体勢を立て直す前に、できるだけダメージを与えるぞ。俺が近接で戦うから、ルアンは遠距離から俺がいる所以外を狙って攻撃を加えてくれ」

「頑張ってみます。シャノバさん、気をつけてくださいね」


 俺の作戦を聞き、ルアンは気遣いと共に身体強化の付与をかけてくれた。

 現時点まで、アヴィスタは遠距離攻撃をしてきていない。離れた位置であれば、最初の一打のような攻撃をされても、ルアンの能力ならダメージを回避できる。

 戦闘経験が少なく、能力による補助がなければ、人間のトップアスリート並みの身体能力しか持たないルアンに、近接戦闘をさせるのは危険極まりない。


 俺がアヴィスタの気を引きつつ着実に相手の身を削り、ルアンの大火力で破壊していくのが合理的。

 そう判断した俺は、普段より大幅に速くなった足で、巨大な影を落とす魔物へと駆け寄っていく。

 ルアンとやりとりしていた間にも、アヴィスタが怯んでいる隙を好機と、召喚獣たちの散発的な攻撃が巨体に当たっていたが、大した成果は挙がっていなかった。


「これ以上、命を奪わせない」


 走っても走っても目に映らない人間や召喚獣の姿に、命が大量に失われたことが胸に染みる。

 他者を守りたいと口にしていながら、誰一人として助けられなかった。

 命を奪われた悔しさと怒りを、マナと共に右手に宿す。

 そして〈フリクション〉の効果範囲を最大まで伸ばし、不可視の刃を形作ると、アヴィスタの足を斬り裂いた。


「まだまだッ!」


 重さ感じない長大な刃を、荒ぶる鬼神のごとき勢いで振り続ける。

 摩擦係数をゼロにする見えざる武器。分子同士の繋がりを断つ二十メートルもの巨大な刀。

 物質なら何でも切り裂ける無慈悲な刃は、相手が普通の魔物なら数秒で倒せるだろう。

 しかし、雲をも貫くほど高い身長と、街の広範囲を一撃で潰してしまえる太い手足が対象では、致命傷を与えるには至らない。


 それでも不快感を覚えたのか、アヴィスタはギラリと赤い瞳を光らせると、斬られていた足を上げ。

 俺を踏み潰そうと、音自体が攻撃になるほど、激しい衝撃波を伴わせながら下ろそうとした足が動かなくなった。


「同じこと、やらせると思うなよ」


 力を入れて足裏を地面に到達させようと踏ん張るが、いくらやっても下げられない足。心なしか相手がイラ立っているように見え、俺は不敵な笑みをこぼす。

 空気の摩擦力を最大にし、絶対不可侵の防壁を空中に生み出した。

 巨足が地面に勢いよく叩きつけられれば、途轍もない衝撃波が発生し、地面が波打って大地に立つものすべてが破壊される。それならば、持ち上げた足が地面に到達しないようにしてしまえばいい。

 物質を一切通さない空気の壁なら可能だと読み実行したのだが、どうやら上手くいったようだ。


「ルアン!」

「──雷よ!」


 片足立ちの状態で動きが止まったアヴィスタ。その隙を逃さず俺が声を響かせると、ルアンが作り出した特大の雷光が大地を走り。

 光ったと同時に鼓膜が破れそうなほど激しい雷鳴が轟いたかと思うと、巨光がアヴィスタの全身を包みこんだ。

 通常であれば、電気は岩に大した影響を与えられない。

 しかし、外見は無機物に見えて、魔物という生物であるアヴィスタ。さらに、ルアンの強力〝すぎる〟一撃は、常識なぞ軽くふっ飛ばし。空気と巨岩の肌をバリバリと割り砕きながら大地から空へと降った。


 落ちてくる無数の岩塊を後方に跳んで避けながら、俺は敵の顔を見上げる。

 最初の光は威力を集中させて貫通力を、今回の雷は範囲を広げて破壊力に重きを置かれていた。

 光はアヴィスタの腕を落とすに至ったが、果たして雷は。


「……イケる……イケるぞ!」


 大きな岩の落下があらかた落ち着き、砂煙の中に佇むアヴィスタ。その姿を見て、俺は討伐できる可能性が充分にあることを確信する。

 剥がれ落ちていない箇所を探すほうが難しいほど、全身に無数の亀裂が走り、天を突くほどの巨体は、出現時より明らかに一回り小さくなっていた。


 自分もマナを消費する機会が少ないタイプの召喚獣だったので、一般的な召喚獣よりマナの総量は多い。だが、ルアンが数十年蓄えたマナの総量と威力は底知れず、俺は興奮で心が沸き立った。


「俺も負けてられないな」


 マナのポテンシャルはルアンに軍配が上がるかもしれないが、〈わらしべ〉で数々の能力を交換してきた俺は、誰よりも能力の運用と応用に自信がある。

 パワーが足りないのならば技術で補う。

 ミューに〈フリクション〉の説明を受けたときに、思いついた能力行使の手段はまだいくつかある。

 何事も応用を利かせれば幅を広げることは可能。

 初めて思考を現実に落とすのが、過去最大の敵に対してというのが懸念点ではあるが、出し惜しみできる相手ではないので、やれるだけやるしかない。


「図体がデカいだけの人形かよ! アヴィスタってのも大したことないな! 悔しかったら捕まえてみろよ!」


 数百メートル離れた位置から俺は相手を挑発する。

 普通はそれだけ離れていたら、建物や車の騒音が邪魔をして聞こえないが、周囲に何もないので、俺の声はよく通った。

 相手は言葉を発さないので人並みの思考ができるのかすら定かではない。けれど、魔物という生物である以上、最低限の意思や本能はあるはず。

 挑発はあくまで作戦の一環だが、上手くいかなければ別の手段を講じるまでだが。


「どうやら、怒りの感情はあるみたいだな」


 焼け焦げた全身を震わせ、ルアンではなく俺に向かって一歩踏み出した姿に、俺はニヤリと口角を上げた。

 このまま進撃を許して捕まれば、原型を留めず跡形もなく潰される。

 〈アナライズ〉であれば手も足も出ない愚かな挑発だが、〈フリクション〉であればそれは絶大の効果を発揮するお膳立てになる。


「足元注意だ」


 さらに一歩、巨体が前進しようと片足を上げた瞬間。アヴィスタは氷上でバランスを崩したように、足を勢いよく滑らせて両足を地面から離し。

 全身が浮いて背中から地面に倒れようとしたる直前。机の角にぶつけたように、空中で頭が一度跳ねて、横向きに地面に転がった。

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