第8話

「シャノバさん、やりましたね!」


 パァーッと表情を明るくし、ルアンは自分事のように喜ぶ。


「これで二連勝。あと一勝でクリアですね」


 規定された三勝まで、あと一回だけ屋台のゲームで勝てば、ミューと能力を交換して貰える。一筋縄ではいかないゲームばかりではあるが、知恵と工夫次第で達成できることは証明済み。

 ゴールまであと一歩に近づいている感覚に、俺の心もボルテージが上がってきた。


「よしっ、次は二人で一気に決めるぞ」


 潔く手を挙げて見送る女店主を背に、俺とルアンは次の屋台の品定めを始める。

 射的と金魚すくい以外にも、ゲーム屋台はいくつかある。あと一つだけなら、二人で力を合わせればどれかはクリアできるだろう。

 そんな気軽な思いで足取りも軽くなった俺は、より夏祭りを楽しむ気持ちで取り組もうとテキトーに屋台を選んで、二人で輪投げのゲームに挑み。

 

 見事に失敗した。


「いやー、ちょっとハシャぎすぎたな。次、頑張ろう」

「あと一歩でしたね。次はどれにしましょうか」


 さほど気にすることもなく、俺とルアンは今度こそとヨーヨーつりの屋台に腰を下ろしたが……

 またも達成とはならず、屋台の店主のニヤニヤとした顔を尻目に、二人でさらに別の屋台へと乗り込み。


「うそ……だろ……」


 どのゲームにも、どんな知恵や能力を駆使して挑んでも、まるで難易度がハードからベリーハードに上がったように、まったく歯が立たなくなり。

 ゲームを売りにしている最後の屋台すらも、クリアできずに終わった。


「もう挑戦できる屋台がないぞ」


 俺はどこか見逃しているゲーム屋台がないか、前後左右をキョロキョロと見回す。

 射的、金魚すくい、輪投げ、ヨーヨーつり、パチンコゲーム、千本つり、型抜き、スーパーボールすくい。

 一度しかチャレンジできない屋台のゲームは、どれも挑戦してしまっていて、残っているものはない。

 いくら浮ついた気持ちで夏祭りを楽しみながら挑んでいたとはいえど、手を抜いてはいない。

 明らかに難易度が調整されたとしか思えない事態に、俺は天に向かって吠えた。


「ミュー、難易度を変えただろ。できるゲームがなくなったぞ」


 その訴えに対し、ゲームマスターであるミューのあっけらかんとした声が響く。


『難易度を変えるなんて、創造主の意思でいくらでも可能だし、最後の一つになったら難しくなるのはゲームでは当たり前でしょ? 魔物がパワーアップしても誰も文句言えないのと同じだよ』


 つまりは、敵が強くなったからと言って文句を言っても仕方ないように、リージョンゲームの難易度が上がっても理不尽ではない、と言いたいようだ。

 それすらも知恵と能力を駆使し、突破することでレベルアップに繋がるのだから、これぐらいで音を上げるなという意味か。


「けど、もうこれ以上挑戦できるゲームがないぞ」

『諦めるってなら終わりにしてもいいけど、そうなると能力を交換するのも迷っちゃうかもね』


 ゲームをしようにも、そのゲーム自体がもう存在しないと告げる俺に、ミューは含み笑いをしているのが透ける言い方をした。

 もう挑戦できるゲームはないのに、こちらが終了を宣言するまで終わらないリージョンゲーム。

 通常は、クリア不可能になったらゲームマスターが元の世界に戻る穴を開けてくれる。召喚獣仲間を閉じ込めておく必要性が一切ないからだ。

 しかし、新たな屋台を増やしてくれるわけでもなく、脱出はあくまで申告されるのを待つ姿勢に、俺は意図が読めず眉を歪めた。


「考えても解決策が思い浮かばないので、いったん休憩にしましょう」


 ミューのことだから、ゲームマスターとして終わらせないのには何か意味があるはず。行き詰まった思考を緩めるためにも、休むことは大切だと誘ってきたルアンに俺は素直に従う。

 二人で足を向けた先は、夏祭りには欠かせない〝かき氷〟を扱っている屋台だった。


「いらっしゃい。ずっと二人の様子を見てたけど、なかなか激しかったね」


 カウンター前に立つと、頭に白い手ぬぐいを巻き、白いティーシャツを着た若い男が声をかけてきた。

 ゲームをクリアするために、屋台を壊し金魚を全滅させ、店主を空高く舞い上がらせたことなどを差しているのだろう。

 苦笑いする男店主は、俺とルアンの大胆さに感服している様子だった。


「あれだけやっても、二連勝後は勝てなくなったんだから、ミューのリージョンゲームのほうが激しいだろ」

「ははっ。マスターは悪戯好きだから、挑戦者が苦戦しているのを見てるのが面白いんだろうね」


 悪戯と言うより、Sっ気が強いだけにしか思えないと俺は顔を歪める。だが、男店主は気にも止めない態度で、カウンターに並んでいるガラス瓶入りのシロップを見せびらかすように両手を広げた。


「さて、どの味にする? どれもこだわりの一品だよ」


 赤や青、緑など、色とりどりのシロップが並び、ガラス瓶の前には、いちごやスイカ、抹茶やレモンなどの味の表記がされた紙が貼られていた。

 色も味も違う、かき氷フレーバーが八種類。

 果物フレーバーには、どれも実際の果汁と果肉が入っており、トロリとした見た目からして、そのまま潰したり絞ったりした物であることがわかる。


「どれも美味しそうで、迷いますね」


 ルアンは瞳を輝かせながら、一つひとつを丁寧に眺めていく。

 果汁のみで作られ、果肉まで入ったかき氷は非常に珍しい。

 実際にはミューのマナが生み出したもの。本当に果汁でできているわけではないが、見た目や香りなどリアリティにこだわっている彼女であれば、味や風味も本物と区別がつかないクオリティであろう。

 俺も期待感を抱きつつ、定番の味にするか変わり種にするか、アゴに手を添えながら悩み。


「決めました。いちご味をお願いします」

「俺は抹茶味を頼む」

「あいよ。ちょっと待ってな」


 俺たちの注文を聞き、男店主は自動の機械ではなく、手動の削り機で四角い氷を削り始める。

 シャリシャリと小気味いい音が響き、薄くスライスされた氷がふんわりとガラスの器に盛りつけられていく。

 手際よく二つの氷の山を築いた男店主は、ガラス瓶の蓋を開けて、綺麗にシロップをかけた。


「お待たせ。隣にある椅子でどうぞ。食べ終わったら食器は返してな」


 氷に木製のスプーンを刺し、差し出されたかき氷を受け取る。

 ガラスの器の上に乗った白い氷の山。そこにたっぷりと掛けられた果汁と果肉満載のシロップ。

 食欲をそそる見た目と香りに、俺も思わず生唾を飲み込んだ。

 二人揃って隣にある木の長椅子に並んで座り、ルアンは赤い山、俺は緑の山にスプーンを差し込み。

 期待に胸を膨らませて、自然の恵みをゆっくりと口の中に入れた。


「──ッ!? おいしいっ!」

「これは……良いな」


 思わず大きな声を出してしまうルアンの横で、俺もしみじみと味を噛み締める。

 ふわふわとシャリシャリが同居した氷。今まで味わったどんなスイーツよりも味わい深いシロップ。サッパリとしていながら自然の甘みが口いっぱいに広がるかき氷に、俺たちは夢中で二口、三口とスプーンを動かした。


「ははっ。そう言って貰えると、こちらとしても嬉しい限りだね」


 屋台の中から見守っていた男店主が、口角を上げて白い歯を見せる。

 ホロリと解ける冷たい氷に、甘みと渋みが絶妙にマッチした山が、スプーンが入る度にどんどん小さくなっていく。


「そんな急いで食べずとも、溶けにくい氷でできてるから、ゆっくり味わいな。それに」


 すでに多くが喉を通り、標高が下がったかき氷を見て、男店主はカラカラと笑い。


「すぐにゲームが始まるから、慌ててると器を落とすよ」


 意味深な言葉を吐いて、自身の腰に手を当てた。


「えっ?」


 言っていることが理解できず、俺の手が止まり。

 急激に襲われた軽い頭痛に、器とスプーンを落としそうになった。


「なんだ……これ……」

「頭が……痛い……です」


 俺たちは器を慌てて椅子の上に置き、痛む頭を押さえて、俺は男店主を見上げた。


「それじゃ、二人でゲーム楽しんできてくれ」


 にこやかに微笑む相手からは敵意を感じない。冷たい物を一気に食べると起こる頭痛とも違う。

 脳が強制的に夢の中へ引っ張られるような感覚に、頭を抱えたまま意識が遠のき。

 ハッと気づいた次の瞬間には、目の前に見たことのない荒野が広がっていた。


「……どこだ、ここ」


 一瞬前まで椅子に座っていたはずなのに、いつの間にか大地を踏みしめて立っていた自分に驚き、俺は周囲を見回す。


「シャノバさん、ここはどこなんでしょう?」


 一緒に移動させられたのか、すぐ横にいたルアンも、不安そうに視線を動かしていると。


『お兄さんは抹茶味。お嬢さんはいちご味。さて、どんな奴が相手だろうね』


 先程までしゃべっていた男の声が、空から降り注ぐように聞こえた。


「どういうことだ!?」


 かき氷屋台の男店主が仕掛けたことであるとわかり、俺は天に向かって問いかける。

 しかし、理由や意味の説明が返ってくるより前に、俺の知りたい答えが出現した。


「ま、魔物!?」


 驚いて一歩下がるルアン。彼女から二十メートルほど離れた位置から、そいつらは黒い泉から湧き出るように現れた。

 一体目は、メラメラと燃え盛る赤い炎を身に纏い、巨大な翼と扇状の尾を持つ全長五メートルほどの白い鷹。

 もう一体はすべて緑色で、蔓を幾重にも巻き付けたラグビーボールのような体からトゲを伸ばし、蔓が手足のようにいくつも生えている一軒家サイズの球体。


「ゲーム屋台でしかゲームができないと思ってたが……どうやら、すべての屋台でゲームが発生する仕様だったみたいだな」


 よくよく思い返せば、ミューは「境内にある屋台のうち、三つの屋台のゲームを突破すればクリア」と言っていた。一度も〝ゲーム屋台〟とは明言していない。つまり、飲食屋台でもゲームができることを暗示していた。

 それに気づかず、息抜き休憩のつもりでかき氷屋台で注文をし、まんまとゲームステージに強制移行させられたというわけだ。

 ゲーム屋台をすべて回っても、リージョンゲームの終了宣言がされなかった理由はこれだったのかと、〝してやられた感〟に俺は唇を噛んだ。

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