第9話
「いちご味と抹茶味を食べたから、赤色と緑色の魔物、ってところか」
実際はどうかわからないが、食べたかき氷の色と魔物の色は一致している。
鷹と植物、生態が違えば持っている能力も違うだろう。
何をさせられるか否応にも想像できてしまう状況に、俺たちの警戒心はグンッと高まった。
『その二体を倒せば、ゲームクリア。ギブアップするか、倒せなかったら失敗。失敗したとしても、現実世界にはちゃんと戻れるから安心してくれ』
男店主の簡単なルール説明が荒野にアナウンスされる。
引っ掛けがないか慎重に聴いていたが、短い説明の中に違和感はなかった。
「話がシンプルでいいな。ルアン、二人の連携を確認していく作業だと思ってやるぞ」
ルアンの能力特性は、ゲーム屋台に挑んでいる姿勢を見て理解できた。あとは戦闘での連携を確認して、リージョンゲームが終わった後に実践を兼ねて魔物と戦ってみればいい。
これはあくまで実践形式の初めての連携確認作業だと、ルアンの緊張を解すために俺はそう口にした。
「そうですね。ミューがくれた機会ですから、喜んで活用させて貰いましょう」
まだ戦闘に不安はあるだろうが、リージョンゲームはゲームであり特訓の一貫。二度と戦えなくなるような大怪我を負わせてくることは有り得ない。
心置きなく修行ができる今の状況は、願ったり叶ったりとも言えた。
「ルアン、ほら」
「ありがとうございます。お役に立てるように頑張ります」
俺は足元に落ちていた小石をいくつか拾い、ルアンに手渡す。
身体能力に自身のないルアンも、これで攻撃の術を手に入れた。
あとは各々の能力を駆使しつつ、どう戦闘で立ち回るか。あえて作戦は立てずに、ルアンの動きを見ながら共闘時に使える戦略を練っていこう。
俺はそう考え、リージョンゲームゆえか、律儀に待っていた魔物たちを見据えて拳を握った。
「来ますよ」
こちらが戦闘態勢に入ったことを認識し、赤と緑の魔物──俺が内心で赤魔と緑魔と名付けた二体が、大地を蹴って襲いかかってきた。
「おおおおおっ!!」
蔓を球状に固めて伸ばしてきた緑魔の拳と、俺の拳が正面衝突する。
軽自動車並みの大きさの蔓の塊と、人間と同じ大きさの拳。これが人間なら質量も重力も大きなほうが圧倒するはずだが、召喚獣である俺の拳は塊を豪快に弾き飛ばす。
弾かれた勢いと重い蔓の塊が仇となり、緑魔は後ろに大きくよろける。
その隙を見逃さず、俺は畳み掛けるように足を前へ運ぶと、強烈な蹴りを相手の本体に叩き込んだ。
「ちっ。こいつ、見た目より柔らかいな」
手応えはあったものの、編んだ網のように蔓をバラして衝撃を逃がした緑魔に、俺は舌を打つ。
何本かは千切れたりヘコんだ跡を付けられたものの、一撃で倒すには至らなかった。
肉体以外には武器もなく、相手のステータスを見る能力しかない状態の俺とは、相性の悪い相手だ。
「シャノバさん!」
緑魔と対峙していた俺の背後から、ルアンの警告声が届く。
反射的に振り向くと、後ろから赤魔が翼を広げて迫っており、口元から真っ赤な炎が吐き出される寸前だった。
「やられるかよ」
俺は持ち前の身体能力と反射神経を活かし、直線的に飛来した炎と赤魔の突撃を大きく横に飛んで避ける。
「私を無視なんてさせません」
二体とも俺に攻撃を仕掛けたのを見て闘争心に火が点いたのか、ルアンは手にした小石の一つを投げた。
それは放物線を描くと、上空でいくつもの氷の槍となって分裂し、赤魔の背中に向かって降り注ぎ。
灼熱の炎と極寒の氷が衝突すると、激しい蒸気を上げて煙幕のように周囲を包んだが。
「効かない!?」
白く立ち上った煙を割るように、炎と翼が飛び出した。
多少よろついてた場面があったので、完全にノーダメージというわけではなさそうだ。しかし、倒すつもりで放った氷の槍があまり効果を上げなかったことに、ルアンは驚きを隠せないようだった。
「ルアン、これは連携を確かめるための共闘だ。足りない部分は、互いに補い合って勝てばいい」
「二人で一緒に、ですね」
一人で赤魔と緑魔を相手していたら、勝つのは難しいだろう。だが二人でなら、ちゃんと連携をすれば倒すことは可能なはずだ。
まさしく、連携を試して磨くために用意されたかのような展開に、ミューのしたたかな策略が入っている気がして、俺は頬を緩めフッと笑った。
「緑の奴は打撃が、赤い奴は生半可な攻撃では効きにくい。それ以外のやり方であいつらを倒すぞ」
「わかりました」
俺の指示にルアンは小さく頷き、向かってきた緑魔に小石を投げる。
すると今度は巨大な一条の炎槍となって、緑魔の体へと奔った。
打撃とは違い、高熱によって燃やし貫く炎は、伸びていた蔓を焼き切りながら緑魔にダメージを与える。
不利を悟ったのか緑魔は方向転換をして横にスライドして逃げる。だが、自動追尾を付与されているのか炎槍もグンッと曲がり、本体を貫こうと追いかけ。
速い炎の軌道に緑魔は逃げ切れず、灼熱が肉薄して球体の表皮に触れようとした瞬間。
赤魔が獲物を掻っ攫うように割り込み、横手から炎槍を鋭いクチバシで咥えると、鳥が魚を喰らうように飲み込んだ。
「そんな、これも防がれるなんて」
戦闘経験の少ないながらも、短い時間の内に考えて放った一撃が簡単に打ち消され、ルアンはショックで怯む。
「いや、よくやった」
そんなパートナーを背に、俺は思いっきり地面を踏み締め、大きく前方に跳び出すと、炎槍を喰って意識が逸れた赤魔の背中を、思いっきり拳で殴りつけた。
「獣はエサを取る瞬間が一番無防備になるんだってな」
炎を纏っていない隙間を見定めて打撃を加えた俺が、得意げに相手を見下ろす。
防御する暇もなく、不意打ちで背後から攻撃を受けた赤魔は、地面にできたクレーターの中心で、羽を痙攣させながら白目を剥いていた。
「さて、次はお前の番だな」
俺がニヤリと口角を上げると、恐怖かたまたまか、視線の先にいた緑魔の全身が震える。
相手は打撃の効きにくい魔物。時間をかければ一人でも倒すことは可能だが、時間もかかるし効率も悪い。
ルアンの手を借りて挑むのが定石だと、俺が協力を仰ごうと振り向くと。
「シャノバさん、私がサポートします」
何も言わずともこちらの意図を察して、声をかけてきたルアンに俺は驚きつつも、すぐに破顔して敵へ向き直った。
緑魔は蔓が無数に絡まった形態。点での攻撃は解けることで受け流されてしまう。大きい面か線、または弱点属性での攻撃が必要だ。
「ルアン、大剣を」
「わかりました。作ります」
俺の申し出にルアンは即座に対応し、小石を俺の横に放り投げ。ドンッと振動を響かせながら、身の丈はある分厚い鋼の大剣を地面に突き刺す形で手渡した。
俺はそれにチラリと目を配ると、右手で剣の柄を掴み、ブンッと横向きに振った。
「異様に軽いな」
大地に突き刺さるほどの重量があるにもかかわらず、見た目に反して軽さすら感じる武器に、俺は驚きの声を発する。
剣を扱いやすいように、持ったときに程よい重量になるよう何かしらの性質付与をしてくれたのだろう。
剣は重すぎても軽すぎても振りにくくなる。素材にもよるが、身の丈もある大剣なら、本来は大型バイクほどの重さになるはず。
太い蔓をいくつも同時に切れるような重量はあっても、持ち主は軽々扱える付与がされた武器。
緑魔を倒すのに最適化された大剣に、俺はルアンの聡明さに感服しつつ、動きを止めていた緑魔を見据えた。
「覚悟しろよ」
威嚇しながら大剣を正面に構え、俺は右足を後ろに引く。
それに対し、緑魔は自分を鼓舞するように長い蔓を頭上に掲げると、大地に亀裂を生み出しながら突進してきた。
「ハァッ!!」
自分より遥かに長いリーチを持つ相手に臆することなく、俺は蔓を切り刻みながら足を踏み込み間合いを詰めていく。
緑魔に戦闘センスはないのか、ただ振り回されているだけの蔓。そんなものが当たるはずもないと、俺は易々と相手の懐に飛び込み、手にした大剣を一閃した。
「スゴい……」
目の前で起きている一連の流れにルアンが感嘆する中、緑魔の本体と目される大きな球体が斜めにズレる。
召喚獣としての腕力と大剣の重量を合わせた一撃は、無数に絡んだ蔓の塊を易々と斬り裂き、見事に敵を討ち取った。
「やっぱり、攻撃手段があると気持ちがいいな」
ここしばらくは〈アナライズ〉を所持していたので、魔物を倒すときはもっぱら蹴りか拳だった。久し振りに剣を握り敵を斬る感覚を味わった俺は、大剣を横向きに持ち上げ、光を反射する刀身を眺めた。
さて、これでこの空間からも脱出でき──
「シャノバさん、まだです!」
──ると思ったが、ルアンが上げた警告の声に、俺の意識は刀身の先に移った。
「なっ、まだ生きてるだと!?」
二つに分かれ地面に転がったはずの緑魔が、ゾンビが立ち上がるように蔓を足として復活する。
しかも切り分けられた二つが〝同時に〟立ち上がり、球体状に修復された姿に、俺は驚きを隠せなかった。
サイズは二回りほど小さくなったものの、先程と同じ形態になって対峙した敵を見て、俺は急ぎルアンの横まで跳ぶ。
斬られても生きていたというよりは、二つの個体として独立して復活したという表現が正しいだろう。
通常の植物であれば、根と分断してしまえば後は枯れるのみだが、そもそも根が存在しない緑魔は、本体を切っても効果がないようだ。
「斬るのが駄目なら、燃やすか凍らすしかないな」
「それなら」
俺の方針転換にルアンが反応し、三つ目の小石を大剣に押し当てる。
何をするのかと俺が興味深く見つめると、刀身全体が淡く白い光を放ち始めた。
「氷の力を付与しました。これで斬りつければ、対象を凍結させることができるはずです」
「そんなこともできるのか。ルアンの能力、パートナーさえいれば万能だな」
人から与えられた物を自分の思い通りに作り変える能力で、まさかエネルギーにも変換できるとは想像していなかった。
ルアンは仲間さえいれば、どのような戦闘でも大活躍できたのではないか。そう思えるほどの汎用性の高さに、俺は驚きと感心を寄せた。
「私も一体受け持ちます。サポートばかりではなく、自分も戦えるようになりたいです」
「わかった。倒すのが難しそうなら、遠慮なく頼ってくれていいからな」
今後、サポートだけでは足りない場面も出てくるはず。そんなときに足手まといにはなりたくないと、ルアンが示した意思に俺は頷いた。
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