第6話
直後、コルク銃から大砲を撃つような轟音がしたかと思うと、周囲の空気を巻き込みながら何かが放たれた。
それは高速回転し、風圧だけで屋台ののぼり旗を倒し。台に乗っていた的をすべて吹き飛ばすと、支えていた柱ごと台座を削り取る。
台の中心ではなく、台そのものを破壊する物質の正体は『巨大な風車』
祭りや縁日で見かける物だが、桁違いなのはその大きさと素材。
大人が手を広げたよりも大きな回転円を描き、掘削機かと見紛うほど鈍い銀光を反射する強固な合金。
風を受けて回転する〝柔〟と、触れるものを削る〝剛〟を併せ持った風車に、風圧で飛んだ的たちは屋台から飛び出し。台は一瞬ですべて削られて木片を周囲に飛び散らせた。
それだけでは飽き足らず、風車は屋台後方にあった幕布を切り破り、境内の地面を数メートル削ると、役目を終えたようにフッと消えた。
「なっ……あっ……」
首根っこを掴まれたままの店主が、口を開けて声にならない声を漏らす。
破壊された屋台に残ったのは、風圧でもギリギリ倒れなかったカウンターだけ。他はすべて吹き飛ぶかバラバラに砕かれ、無残な姿を地面に晒していた。
「これで的も台に戻れないので、すべて落としたってことでいいですよね?」
コルク銃をカウンターに置き、一仕事終えた職人のようにルアンはフッと短く息を吐く。
店主に確認をしたのはこういう意図があったのかと、ルアンのしたたかさに感嘆しつつ、俺は掴んでいる男の返答をうかがうが。
「俺の……店が……」
課題のクリア宣言より、自分の店が無くなったことに店主はショックを受けている。
創造されたリージョン内のアバターにもかかわらず、感情豊かに楽しんだり落ち込んだりする姿に、ミューの力の入れようが伝わってきた。
「クリアということで、いいですよね?」
返事をしない店主に笑みを向け、無邪気な子供のように再度問いかけるルアンに、店主は肩を落としながら小さく頷いた。
「すごく楽しかったです。夏祭りってこんなに刺激的なんですね」
リージョンゲームだということを忘れているのか天然なのか。クルリと振り返り輝く表情を見せるルアンに、俺は「あぁ……」と曖昧な返事をした。
ルアンのことは絶対に怒らせないようにしよう……
『まずは一つ目クリアだね。おめでとう』
天から響いたミューの祝福が俺たちの耳に届く。
屋台が壊されたは気にもしていないのか、声はものすごく楽しそうだ。
それもそのはず。リージョンゲームの空間は制作者の意思一つで修復可能なうえ、どんな手を使ってもクリアすれば構わないとされている。
魔物退治の際、魔物がマナーやルールを守るはずがない。だからこそ、どんな状況であっても対処できるよう、ありとあらゆる手段を使うことが許されていた。
魔物がゲームを仕掛けてくるわけではないが、リージョンゲームで知恵と能力を駆使して目標を達成し、己を磨くことに存在意義はあった。
『さぁ、あと二つクリアすれば、あなたたちの勝ちだよ。でも、一筋縄ではいかないゲームばかり用意してあるから、存分に楽しんでね』
小さな神社の夏祭りなので屋台の数は多くないが、定番のゲーム屋台はいくつかある。
初戦から奇抜な展開になったが、すべてをルアンに任せるわけにはいかない。
次は自分がクリアできそうなゲームに挑もうと、俺は境内にある屋台を見回した。
「次はなんのゲームをしますか? 楽しかったので色々挑戦してみたいです」
「気持ちはわかるけどな。二人で楽しむんだろ? 俺にも楽しみを分けてくれ」
「あっ、すみません。私ばかりハシャいでましたね」
意欲満々で瞳を輝かせるルアンに、俺は苦笑しつつ手番を譲って貰う。
楽しむことができるかはわからないが、変化球のようなゲームに面白味は感じている。自分もそれに挑戦ができるかと思うと、ワクワクする気持ちは湧いてきていた。
「俺はアレに挑戦してみるかな」
地面に膝をついて項垂れている射的の店主を背に、俺は三つ隣にあった〝金魚すくい〟の屋台前に立つ。
幅二メートル、奥行き一メートルほどはある透明のアクリル水槽の中を、赤や黄色の金魚が泳ぎ、涼やかな雰囲気を醸し出していた。
「いらっしゃい。金魚すくいやるかい?」
射的の店主と同じく、祭りの衣装に身を包んだ六十代ほどに見える女性が、声をかけてきた。
チャキチャキの江戸っ子という言葉が似合う、快活とした笑顔と声に、俺とルアンの気分も盛り上がって瞳に興奮の光が宿った。
「ああ、もちろんだ。ルールを教えてくれ」
金魚すくいの基本的なルールややり方は知っている。しかしこれはリージョンゲーム。達成するのに普通ではない法則や困難が存在するはずだ。
俺は一言一句を聞き洩らさないつもりで、女店主の言葉に耳を傾けた。
「使えるポイは三つまで。ポイで金魚を五匹以上、水槽の外に出せばクリアだよ」
そう言いながら、紙の張られた虫眼鏡型の道具──ポイを一つ差し出してきた。
「紙はどこまで破れたら使用不可扱いになるんだ?」
「全面破れたら金魚すくいの道具として使うのは駄目だね。人間の使う物より多少は耐久力があるから、水に浸けた程度じゃ破けないから安心しな」
「紙が全部破れたらか。わかった」
俺は地面にしゃがみ込みポイを受け取ると、水面を泳ぐ金魚たちを見つめる。
金魚は色だけでなく、大きいものから小さなものまで、サイズも多種多様。
金魚すくいの経験は子供の頃の一度しかないが、召喚獣となった今は動体視力も身体能力も段違い。金魚をすくうなんて造作もないことだ。
「私がポイの紙をもっと破れにくくしましょうか?」
「それじゃ面白くないだろ。二人で協力プレイするものがあれば、そのときに一緒に楽しもう」
正直、ルアンにポイの紙部分を金属などにして貰ったほうが成功確率は格段に跳ね上がる。
しかし、なんでも他人に任せていては、いつまでも自分の成長は見込めない。
たかがゲーム。されどこれはリージョンゲーム。
一筋縄でいかない遊びに挑む楽しみを奪われるのも悔しいという本音もあった。
「さて、どいつから行こうか……」
見た目はどれも普通の小さな金魚たちだが、この空間内にいる生き物が普通なわけがない。
試しにどんな金魚なのだろうと、俺は〈アナライズ〉を使用して、優雅に泳いでいる一匹に意識を向け。
「……………………は?」
たっぷり十秒。俺の思考が止まった。
金魚なら攻撃力も俊敏力など、どの数値も一か二ぐらいなものだろうと思っていた。
しかし実際に見た数字。試しに見てみた金魚のステータスは攻撃力が二万もあった。
攻撃力が二万あれば、召喚獣であれば体当たりするだけで、高層ビルを易々と破壊し崩壊させられる。
金魚は小さいので貫通するだけかもしれないが、それでも直線上にあるビルを二十棟は易々と突き抜けられる。
もちろん、普通の金魚がそんなバカげた攻撃力を持っているわけがない。ゲームのために意図的に設定した数値なのだろう。
けれど、圧倒的な破壊力を持つ金魚を、ある程度耐久力のある紙を貼っただけの道具ですくえるとは到底思えない。むしろ、ルアンに紙部分を鋼鉄に変えて貰っても、金魚は金属部分だけでなく水槽すらぶち抜くだろう。
他の金魚にも視線を向けると、俊敏力三万や防御力五万など、人間並みの能力値であるルアンが知ったら涙しそうな強さの個体がシレッと泳いでいた。
「普通の金魚がいない……いや、もしかして〝防御力だけ高い金魚〟を狙えということか?」
ステータスが普通の金魚はいないが、攻撃力や俊敏力は一桁で、防御力だけ異様に高い個体が数匹だけいる。
ポイを簡単に貫通してしまう個体を狙っても、道具を消費するだけで終わる。一方、防御力だけ高い個体であれば、ポイを破られる心配はない。
つまり、戦闘能力の高い金魚を避けつつ、守りに特化している金魚をすくえということだろう。
水槽の中におよそ百匹はいる所から五匹を探し出し、それらだけをお椀にすくうのは難易度が高い。だが〈アナライズ〉があるお陰で、時間さえかければ防御力特化の金魚を見つけることは可能。
そうやって考え込む俺の様子に不安を感じたのか、ルアンは頭にハテナマークを浮かべたような表情で顔を覗いてきた。
「ルアン、危ないから少し後ろに下がってて貰えるか?」
「金魚すくいが危ないって……そんなに怖い相手なんですか、この金魚たち!?」
「場合によっては腕を失うかもしれない。突発的な事故を防ぐためにも、離れて見ていてくれ」
人間が聞いたら「中二病!?」と言われそうなやりとりだが、実際に危険なポテンシャルを秘めている金魚たちを相手にするのだから、用心に超したことはない。ましてやルアンは人間並みの身体能力しかないので、万が一にでも金魚がぶつかったら大怪我どころでは済まない。
「ちなみに、水槽はどの金魚の衝突にも耐えられるようになっているし、何かあっても金魚は消えるだけで死なない。あんたが怪我してもすぐに治してあげるから、安心して挑んでいいよ」
こちらの会話から推察したのか、俺の能力が〈アナライズ〉だと見抜いた店主の発言。ただ者ではない雰囲気に、ピリリとした空気が漂う。
金魚が挑戦者や道具を攻撃してくると言っているに等しい言葉に、ゲームでありながら真剣勝負の模様を呈していた。
「さて、まともな金魚はどいつだ?」
俺は〈アナライズ〉を駆使し、たくさんいる中から防御力特化の個体を探す。
金魚の特性か、すぐに動いたり密集するので、見つけても一瞬で集団に紛れてしまう。
防御力の高い個体にだけ能力をフォーカスしているので、見つけること事態はできる。一方、他の個体と混ざっているとポイを水中に入れて持ち上げたときに、一緒に何匹もすくい上げてしまう。
ポイを水中に入れる以前の問題にぶち当たり、俺は苦い物を食べたような表情になった。
こういうのは勢いが大事なこともある。そもそも金魚すくいの経験は一度しかなく知識も技術もないのだから、〈アナライズ〉と召喚獣の身体能力、及び動体視力をもって挑むしかない。
俺は物は試しとポイを高く掲げると、着流しの裾を捲り上げて、魔物と戦うかのごとき臨戦態勢を取った。
「………………ここだ!」
偶発的に群れから逸れた防御力特化の金魚を狙いすまし、俺は手を高速で振り下ろす。
目にも止まらぬ速さで水面へ着水すると、ハイスピードゆえに水中でも空気の膜がポイを包み濡れる暇すらない。
そのままスピードを殺さず、金魚が気づく間もなく紙の上に小さな全身を乗せ。水槽すべての水をすくい上げる勢いで、鋭い角度を保ったまま腕を上昇させた。
激しく波打つ──いや、噴き上げる水の飛沫が狙った金魚以外も巻き込む。
すべての水と金魚が水槽から弾き出されるかと思われたが、それらは水槽が上に拡張しているかのように、見えない壁にぶつかって十メートルほど打ち上がり。
頂点に到達して勢いを失うと、滝となって流れ落ちて荒波のように跳ねた。
「こんなに派手に金魚すくいをやる客は初めてだよ」
見事に水槽の外に出した一匹が地面でピチピチと無防備を晒し、役目を終えたようにスーッと消える姿を見て、店主は楽しさと呆れが混ざったような顔を俺に送る。
どうやらポイの上に乗っていなかった金魚や水は、水槽の範囲外に出ない仕組みになっているようだ。
シンプルなルールの裏をかいて、金魚をまとめて水槽の外に出せたらラッキーくらいのつもりでやったが、作戦は失敗に終わった。
「さすがにこの勢いじゃ破れるか」
紙がすべて破けて完全に使えなくなったポイを見て、俺は片目を歪める。
勢いをつければ、他の金魚に邪魔されず、狙った個体をすくうことはできた。しかし、一匹につき一つポイを消費していては、五匹以上という目標の達成は無理。
力技ではなく技量と工夫が求められる金魚すくいに、俺は未だに波打つ水面をジーッと見つめた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます