第5話
「おっ、嬢ちゃん、射的やるかい?」
コルク銃を置いた台を挟んだ向かいから、五十代ほどに見える人間の男が声をかけてきた。
背中に〝祭〟と大きく赤文字で書かれた紺色の半被に白い股引を履いた、昔ながらの日本の祭り衣装に身を包んだ格好。
周囲のざわめきの中でも響く景気のいい声は、活気のある祭りをさらに盛り立てていた。
「はい。お願いします」
俺の横に立っていたルアンがスッと一歩前へ進み出ると、自分より背の高い店主の顔を見上げた。
「撃てるのは三発まで。すべての景品を落とせば勝ち。挑戦は一回きりだ」
「これだけの数があるのに、三発ですべて落とすのは無理だろ」
店主の説明に俺が抗議の声を上げる。
的となる景品は全部で二十個、それらが等間隔に置かれている。すべてをたった三発で落とすのは普通にやったら不可能だ。
『もちろん能力を使用して構わないよ。挑戦者が全身全霊でクリアするのがリージョンゲームの醍醐味だからね』
上空から届いたミューの助言に、俺はアゴに手を当て考える。
〈アナライズ〉は、ステータスや能力の他に、様々なものを数値化して見ることもできる。
的のどこに当てれば落とせる確率が高いかも測ることも可能。だが、あくまで数値が見えるだけなので、命中率を操作することは不可能。ましてやすべての的に当てる必要があるとなると、俺では能力を駆使しても課題達成は無理ゲーだった。
「ここは私に任せてください」
思考を巡らしている俺を尻目に、ルアンは店主にやり方を教わり、台に置かれていたコルク銃を手に取ると、コルクが三発入った陶器の小皿を横にズラした。
「シャノバさん、このコルクを私に手渡しして貰えますか?」
「自分で取るほうが早……なるほど、そういうことか」
彼女の意図を察し、俺は小皿からコルクを一つ取り上げると、ルアンの手のひらに落として乗せる。
ルアンはそれを銃口に押し込み、銃を両手で持ち狙いもつけずに先端を台へ向けると、ポンッと軽い音をさせながら発射した。
的を絞らずテキトーに撃ち出したコルクがまともに飛ぶわけもなく。台に届く前に失速したコルクは地面へと落下──せずに空中でピタッと静止し、パワーを得たように淡い光をまとうと銀のコルク弾へと変化した。
直後、上向きの放物線を描いた銀弾がおもちゃの入った紙箱に直撃すると、パコンッと景気のいい音を立てて弾き飛ばす。
しかし、これでは飽き足らないとでも言うように、コルクはグルッと旋回したかと思うと、今度は背後から犬のぬいぐるみに当たり、台下に敷いてあった布の上に落ちた。
「このまま全部落とします」
思い通りの事が進んでいることに活気づき、ルアンは嬉しそうに銀の弾を操る。
あえて俺からコルクを手渡しして貰うことで能力を発動させ、コルクを銀の弾丸に変換して威力を底上げ。ドローンのように自分で操作し、縦横無尽に飛び回る弾丸とした。
これならば、台の上に乗る的をすべて落とすことなど造作もない。
ワンゲーム先取できるという確信に、俺も思わずガッツポーズを取りかけ。
クマのぬいぐるみにコルク銀弾が当たりそうになった瞬間。
クマの目からビームが出て、銀のコルク弾を粉々に撃ち砕いた。
「えっ!?」
「そんなのアリかっ!?」
突然のことに驚くルアンと、思わずお笑いのようなツッコミを口走る俺に、店主はチッチッチッと人差し指を立てて振る。
「リージョン内で行われるゲームが、普通なわけないだろう?」
ニヤニヤと悪戯っぽい笑みを浮かべる店主に、ルアンはムムムッと唇を尖らせる。
普通のゲームじゃ刺激に飢えた召喚獣は満足しない。ゆえに、リージョンゲームは趣向を凝らしたものを織り込むのが一般的だ。
そもそも、たった三発のコルクで的のすべてを落とさなければ勝てないルール。その時点で普通ではなかったが、まさか的が金属の弾丸を撃ち落とすとは俺も思っていなかった。
「シャノバさん、次のコルクをください」
予想外の展開と店主の反応に闘争心に火が点いたのか、ルアンは俺の顔を見ずに右腕だけ横に伸ばすと、次のコルクを所望した。
「お、おう」
その勢いに圧され、俺はすかさず小皿からコルクを掴み取るとルアンの手のひらに乗せた。
「同じ方法じゃ、的をすべて落とすなんて無理だぜ」
店主が挑戦的な一言を投げかけながら、腕を組み一連の流れを見守る。
生半可な弾では、またビームで破壊されて終わるだけだろう。しかしルアンの能力は、他人に手渡されたモノの形状や性質を自由に変えられる。
銀の弾丸ではなく、もっと防御力の高い物質に変換したり、捕捉できない素早さで操れば、的からの攻撃という奇怪な現象にも対抗できるはずだ。
パートナーがどうするつもりか俺も固唾を飲んで見つめる中、ルアンはコルクを銃口にグッと詰め、今度は腰を落としてカウンターに両肘を置きながら構えた。
「行きます」
気合十分、ルアンはカウンターを喰らわせてきたクマに狙いを定め、引き金に掛けた指に力を入れる。
もちろん、ぬいぐるみのクマを一体倒しただけでは〝すべて落とす〟という条件を達成できない。自弾をコントロールすることは不可欠だが、あとはどうやって相手を撃ち落とすか。
そんな俺の思考の答えを現実に体現するように、ルアンの撃ち出した弾は、銃口から離れた瞬間──消えた。
「なっ……」
見えなくなった弾に店主が驚き、どこへ行ったのかと辺りをキョロキョロと見回す。
弾は誰に目にも映らず、風を突き抜ける音だけが祭囃子の中を駆け抜け。
パコンッと景気のいい音を立てて跳ね上がったのは、ビームで第一射を破壊したクマのぬいぐるみだった。
すかさず俺は〈アナライズ〉を発動する。
すると現実には目視できないものの、コルク大の風の弾丸が、落下していくクマの頭上を通り過ぎ、曲線を描きながら別の的に迫る様子が見えた。
不可視の弾丸であればカウンターを受けないと踏み、コルクを風の弾丸に変えて放ったようだ。
「このまま全部落とさせて貰います」
構えた銃を下ろし、風の弾を操ることに集中したルアンが、残っている的へ向けて力を振るう。
他にカウンターを行う的がいるかもしれないが、見えない弾丸に対処できないのか、次々とおもちゃやぬいぐるみが落ちていき。
最後、愛らしい女の子の人形が額を撃ち抜かれると、乗っていたすべての的が台から消え去った。
「これで課題クリアですね」
ルアンはコルク銃をコトッとカウンターに置き、店主に終了を告げる。
最初は的をすべて落とすなんて不可能かと思われたが、ルアンの能力と機転で見事に達成できた。
幸先の良い出だしに、俺もカウンターに手を置き、ルアンを激励しようと身を乗り出すが。
「まだ終わりじゃないぜ?」
店主が放った一言に、二人揃ってバッと発言者に顔を向ける。
よく観察すると、台の下に落ちたはずの的の何個かは、敷かれた布の上に落ちずにわずかに浮いていた。
かと思った次の瞬間、四つのぬいぐるみがフワフワと上昇し始めると、自分たちがいた場所に戻り、何事もなかったかのように腰を据えた。
「残念だなー。まだ全部落ちてないぜ?」
「おい、こんなもん詐欺と変わらないだろ」
台からすべて落としたのに、的自体が戻ってくる仕様。不正とも言える現象に、俺は食って掛かるが。
「これはリージョンゲームだぜ? 知恵と能力を駆使して、理不尽に思える課題すら乗り越えていくところに楽しさと興奮があるんじゃないか」
店主は飄々とした態度に、ゲームマスターのような口振りで、アゴに手を添えて応えた。
「こんなこと言ってるけど、さすがに理不尽すぎないか?」
本来のゲームマスターに問いかけるつもりで、俺は天に向かって声をかける。
これではいくら的を落としても、達成など不可能だ。自分の主張には正当性があると訴えた。
「この空間を作ったのは私だし、店主の言葉は私の考えでもあるけど、クリア不可能な課題は用意してないよ。最初に言ったとおり〝一番難しい〟ものを用意したから、全力で挑んでみて?」
ミューの楽しそうな声が、祭囃子に混ざって境内に響き渡る。
彼女の言うとおり、リージョンゲームは原理的に達成不可能のものを用意することはない。それでは挑戦する側も運営する側も楽しめないからだ。
達成が不可能ではないなら、あとは知恵と能力を駆使して突破する挑戦者の地力が試される。
俺には〈アナライズ〉しかないためルアンに頼るほかないが、突破するのに必要な妙案が思いつかなかった。
「一つ確認なのですが」
親友の言を聞き、ルアンが店主に質問を投げかける。
「的が台に戻れなくなったら、落ちたという認識でいいですか?」
「台に戻れなければ、そういう判定になるよ。的自体が戻れない状況になっても、同じ扱いになる。けれど、完全に落ちなければ戻って来る的もあるし、壊そうとしても抵抗する。あと一発で完遂するのは難しいと思うぜ」
白い歯を見せて意地の悪い笑みを浮かべる店主を見向きもせず、ルアンは説明だけを聞いて俯き考える。
先程のような銀や風の弾丸では、的を台から落とすことはできても、地面まで落下させること、ましてや破壊することは曲芸の域。
「……シャノバさん、残りも私が撃っていいですか?」
「もちろん構わない。というか、俺には対応する術がないから、むしろ打開策があるならお願いしたい」
「わかりました。最後のコルクを渡してください」
顔を上げ、腹を決めたような瞳で見つめてくるルアンに、俺は運命の一発を手渡す。
なんの変哲もない、木の樹皮から作られているコルク。能力を使ってそれをどんなモノに変換して放つか。そこに掛かっていると言っても過言ではない。
店主が目の前にいるので、どうするつもりか聞くわけにはいかないが、買って出てくれたルアンに俺はすべてを託した。
「シャノバさんに一つお願いがあります」
台の上に乗っている四つの的を眺め、一度だけゆっくりと振り向いたルアンが告げる。
「店主さんを、私の後ろに下がらせてください」
俺はその顔を見て、〝なぜか目が座っている〟異様さに、ビクンッと体を跳ねさせた。
「おいっ、屋台から離れろ」
ルアンの小さな体から発せられる静かな熱に、俺の脳内で警報が鳴り響く。
その雰囲気に店主は気づいていないのか、不思議そうな表情を浮かべながら首を軽く傾げる。
そんなやりとりに構わず、ルアンは片手を伸ばしてコルク銃を構えた。
「ちっ、仕方ない」
もう一刻の猶予もないことを察し、俺は慌ててカウンターに上半身を乗り出すと、召喚獣の腕力を活かして店主の首根っこを摑み、放り投げるように屋台内から無理矢理引き抜いた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます