第4話

「じゃあ、マスターに今から休みにして貰ってくるんで、そこで待ってて?」

「いきなり休んで大丈夫なの?」

「へーきへーき。元々マスターが一人でやってた喫茶店だし、そもそもあまり人が来ないから、人生経験豊富なマスターとおしゃべりするくらいしか、やることないんだよね」


 心配するルアンに、ミューは手をフラフラと振って店の中へ戻り、マスターと話を始める。

 そんなテキトーなことで良いのかと俺が思っていると、交渉が終わったのかすぐにミューが出てきた。


「オッケーだって。さっそく挑戦してみる?」


 サクサクと話を進めていくミューに頼もしさを感じつつ、俺はルアンの顔を見やる。

 自分の身体と能力、知識と知恵を駆使して挑むリージョンゲーム。

 召喚獣の娯楽でありつつも、自身の経験値を積むためにも活用される試練。

 事前準備をしっかりして挑む者もいれば、ぶっつけ本番で挑む者もいるが、ルアンは果たして。


「リージョンゲームの経験はほとんどないですけど、私はすぐに挑戦しても構いません」


 シャノバさんが即刻やりたいなら、というニュアンスを込めて見上げてくるルアンの瞳は、期待と不安が入り混じったように揺れていた。

 自分の戦闘力に自信がなく、知識も経験も少ない物事に取り組むのは、誰だって不安になる。

 そんな気持ちを押し殺しても、パートナーのためにチャレンジしようとする気概に、俺の頬は自然と緩んだ。


「こちらも問題ない。事前情報なく挑むのがリージョンゲーム。準備に時間をかけるより、その場その場で上手く立ち回る術を身に着けるほうが実力アップにも繋がるしな」


 魔物と戦うときも事前情報なく、状況に応じて考えて行動することが求められる。

 むしろそれができなければ、どんなに強い能力を持っていたとしても、遥かに格下の相手にも簡単に負けてしまう。

 時間をかけて準備をしていたら、ミューが心変わりしてしまう可能性もある。それ以上に、


「それに何が待ち受けているか、わからないほうがワクワクするだろ?」


 俺は白い歯を見せて、子供みたいに無邪気な笑みを浮かべた。


「シャノバさんって、感情豊かですよね」

「召喚獣である以上、人生は途轍もなく長い。つまらない時を無為に過ごすより、自分の気持ちに正直に生きるほうが楽しいだろ?」


 退屈で無味乾燥な日々を生きるには、召喚獣の生は長すぎる。波乱万丈すら楽しむくらい、思いっきり人生を謳歌したい。

 だからこそ、獣王になりたいと思ったら成る為に行動するし、頼れる仲間や強い能力が必要だから手に入れにいく。

 そうやって生きてきたし、これからも生きていくつもりだと、感想をこぼしたルアンに俺は応えた。


「そういう考え方、私も好きですよ」


 楽しそうな俺の空気に、ルアンも賛同と笑みを向けてくれる。

 どうせ生きるなら楽しい生き方をしたい。その思いが特に強い俺だからこそ、笑ったり悩んだり気持ちに素直に行動し、自分に熱中するという信条を大切にしていた。


「なんだか、恋人同士の会話みたいだね」


 二人のやりとりを眺めていたらミューが、ニヤニヤしながら顎に手を当てる。


「そ、そんなことないよっ」


 意地の悪い笑みを浮かべる相手に、ルアンは両手をフルフルと振り、顔を真っ赤にして否定した。


「ふふーん。いくら仲の良いルアンと言えど、リージョンゲームでは手を抜かないよー。二人共、覚悟してねっ」


 片目をつむりウインクして、ミューは制作者の愉悦を弾けさせる。

 挑戦者側は未知へのワクワクを。制作者側は価値へのドキドキを。

 プレイヤーとゲームマスターに分かれ、両者共に興奮と葛藤を味わえるエンターテインメント。

 遊びでもあり修行でもあるリージョンゲームは、互いに本気を出すからこそ、自己成長とゲーム自体のブラッシュアップができる。


「うーんと、どれにしようかなぁ?」


 今まで数多くのリージョンゲームを作ったのだろう。ミューは視線を上に向け、頭の中から選ぶようにアゴに人差し指を当てた。


「よしっ、どうせなら一番ハードなやつにするねっ」

「お、お手柔らかにお願い……」


 楽しそうなミューに対し、ルアンは少し怯えながら親友の顔を見つめ。


「無理そうだったらギブアップって叫んで貰えればいいから。二人も存分に楽しんでねっ」


 ミューが円を描くように大きく指を回すと、何もなかった道路上の空間に、トラックが楽々と入れるほどの穴が開いた。

 陽炎のように揺らめく大きな穴の先に、ミューが生み出した空間が広がっているはず。

 俺とルアンは互いの顔を見て頷くと、意を決して異領域への扉をくぐった。


「わぁ……」


 薄い水の膜を通ったような感覚が抜けた先。

 ほんの数秒前までビルの立ち並ぶ都市にいたはずの俺たちは、夕焼け空が目に鮮やかな、屋台立ち並ぶ神社の入り口に立っていた。

 赤い鳥居の奥に、射的や金魚すくい、焼きそばや綿あめの屋台など、夏祭りで見かける多種多様な店が並んでいる。


 子供の頃に何度も親に連れていって貰った記憶が一気に蘇る。

 色とりどりの屋台を見て、元気な呼び込みの声を聞きながら、人混みで迷子にならないように手を引かれた思い出。

 実際に訪れたことのある神社ではないものの、夏祭りの活気ある雰囲気は懐かしさを感じる。


 リージョンゲームで生み出される領域空間は、製作者である召喚獣のマナとイメージで自由にカスタマイズできる。

 ミューの場合は、屋台立ち並ぶ夕方の神社を今回の舞台として選んだということだ。

 ここでどんなゲームやイベントが起こるのか。俺は何が起きても即座に対処するため、夏祭りの雰囲気に飲まれないよう留意しつつ周囲に視線を配った。


「私、夏祭りって初めてです」


 一方、楽しげな境内の雰囲気に感動したのか、ルアンは瞳を輝かせながら、華やかな屋台やデカデカとした文字の書かれている暖簾を見つめていた。

 どうやらルアンは人間のときに夏祭りを体験したことがないようだ。出会ったときから日本語を話していたので、生前は日本人か日本語を学んだことのある外国人だろう。そのへんの話も、ゲームをクリアしたら聞いてみようと思った。


「この一年、イベントを楽しむような状況じゃなかったからな。疑似的とはいえ、日本の夏祭りをこの目で再び見られたのは感慨深いな」


 これがリージョンゲームでなければ、俺も祭りを存分に楽しんだことだろう。

 しかしこれは五感全てで体感できるものの、ミューが造り出した仮想空間。視界に入る風景も屋台も人物も、すべて現実の存在ではない。

 そうと理解していても、涼しさを感じる風も、肉やソースが焼ける香りも、本物と同じように届いてくる夏祭りに、俺も風情を感じずにはいられなかった。


「ここで何をすればいいんでしょうか?」


 キョロキョロと周囲を見回し、今回のゲームが何かをルアンは探る。

 リージョンゲームでは、空間内から脱出するものや、出された課題をクリアするものなど、多種多様な条件が提示されるが。


『二人にやって貰うのは〝屋台巡り〟だよ』


 上空から聞こえたミューの声が告げたのは、夏祭りを満喫させるかのごとき内容だった。


『境内にある屋台のうち、三つの屋台のゲームを突破すればクリア。屋台一つにつき、挑戦できるのは一回だけ。単純明快でしょ?』


 この場に姿はなくとも声のトーンから、いかにも愉しそうな雰囲気が伝わってくるミューの説明。

 シンプルかつ簡単に聞こえる内容に、俺とルアンは顔を見合わせた。


「そんな簡単なことでいいのか?」


 茜色に染まっている空を見上げ、俺が主催者に問いかける。


『簡単かどうかは……やっていけばわかるよ』


 意味ありげに含みを持たせたミューの一言に、ルアンがゴクリを息を飲む。

 難易度が低いように思える今回のリージョンゲームだが、実際は一癖も二癖もありそうだ。


「私の親友が創作したものです。難しいでしょうけど、絶対に楽しめるもののはずなので、存分に楽しみましょう」


 難しく考え込みそうになる俺の背中を押し、ルアンは満面の笑みをたたえる。

 確かに、ミューは敵対している相手ではない。一番難しいと言ってはいたものの、親友を貶めたり辱めるようなものであるはずがない。

 ゲームを是が非でもクリアして、能力を手に入れることばかりに意識が向いていたが、そもそもリージョンゲームは召喚獣たちが楽しみながら行うものだ。


「そうだな。肩に力が入っていたら、本来の実力も発揮できないな」


 目標を達成することは大事だが、目的地にたどり着くまでに心も体もクタクタになっては意味がない。

 俺はフッと笑みを零すと、緊張を解すように右肩をグルリと回した。


「よしっ。日本の夏祭り、二人で楽しむか」


 心を軽くしてくれたルアンと足並みを揃え、屋台立ち並ぶ境内の中へ俺たちは足を踏み入れた。

 まさに真っ盛りという雰囲気を漂わせている、神社の境内での夏祭り。

 屋台に立つ人間以外にも、境内を歩く若い男女や、子供と手を繋ぐ両親など、楽しそうに行き交う人の往来に、ルアンの表情にも華が咲いていた。


「どのお店から回りましょうか」


 見るものすべてが新鮮で興奮するのか、目移りしているルアンは子供のように足取りが軽くなっている。

 ルアンは小柄でお互いに身長差もあるので、傍からは親子か兄妹が連れ立っているように見えるかもしれない。しかし、周囲にいる人間はすべてバーチャル上のAIアバターのような存在なので、誰も気にしないし見つめてもこない。

 現実と虚構の狭間にいるような状況に、俺は奇妙な感覚を覚えながらルアンの背中を眺めていた。


「シャノバさん、これに挑戦してみませんか?」


 屋台立ち並ぶ中を歩き境内の中頃に来たとき、ルアンが一つの屋台を指差した。

 その指の先には、手前側にコルクと筒の長い銃が置かれた台。奥側には犬や猫のぬいぐるみや、箱に入ったおもちゃが棚に並べられていた。


「射的か。コルクを撃ち出すおもちゃの銃で的に当てるだけとはいえ、腕に自信はあるのか?」

「銃も射的も経験はないですけど、たぶん大丈夫だと思います」


 根拠は不明だが、ルアンは大きな瞳に自信の光を覗かせる。

 もちろん俺も射的の経験はない。一時的に扱っていた能力の中に、銃に似たものはあったが、能力と実物とでは精度や命中率が段違いだ。

 俺にも難しいと感じる内容のゲームだが、ルアンには秘策でもあるのか、自ら進んで屋台へと近づいていった。

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