第3話
「私も、力が弱いし能力も受け身なので、人間を助けられる機会がほとんどありませんでした。人間が魔物に襲われた跡を見るたびに、悲しい気持ちになっていたんです」
そう言って、ルアンは俺とサイクロプスの戦闘痕に視線を送る。
今回は死者が出ていないとはいえ、魔物に対処できる召喚獣がもしいなかったら、大惨事になっていただろう。
「できることは少なくても能力さえ使えれば、皆さんが逃げるまでの時間稼ぎや救助の手助けならできます。ですが召喚されなくなった今では、それすらほとんどできません。だから私も、召喚の再契約を獣王にして欲しいと思っていました」
無力だと自覚しながらも、自分がやれることはやりたいと強い意思を示す少女。
上辺ではなく、本音だと伝わってくる真剣な眼差しに、俺の視線も吸い込まれていく。
似たような言葉を口にした召喚獣は今までもいたが、誰もが〝誰かがそうしてくれたらいいな〟という、他力本願と捉えられる程度の思いしか伝わってこなかった。
一方、ルアンには〝微力でも自分も理想を実現していきたい〟という、能力の
〈リアクティブ〉とは正反対の積極的な意志が感じられた。
「……私たち、なんだか似てますね」
目線を下げながら言った、ルアンの何気ない一言に、俺の心臓がドクンッと跳ねる。
俺の知る召喚獣たちは強い者ばかりで、戦力にならない自分はいつも嘲笑されていた。ルアンも戦闘時に似たような境遇を味わっていたのかもしれない。
あくまで俺の想像で、単なる思い込みかもしれない。けれど、俺はルアンの言葉に心が動くのを感じた。
「あの……シャノバさん」
何かを思案するように目を伏せていたルアンが、意を決したように顔を上げる。
その瞳には、憂いを断ち切ろうとする小さな炎が燃えていた。
「私に何ができるかわかりませんが……シャノバさんの夢、手伝わせて貰えませんか? シャノバさんが獣王になるまで、行動を共にしてサポートしたいです」
突然の申し出に、俺は面食らって目を見開く。
ルアンの能力は受け身だが、自信のなさは垣間見えるものの、性格は前向きなようだ。
互いに特殊な能力と似た境遇を持つ者同士。イレギュラーとも言える二人が志を共にし、獣王という最強を目指す。
「似た者同士、人間に必要とされなかった召喚獣コンビがテッペンを取って人間の命を守る……か」
何もかもがひっくり返る無双を二人で志す夢想に、俺の心はワクワクが溢れてきた。
「ルアンが良いのであれば、こちらからも是非お願いしたい」
にこやかに手を差し出す俺に、ルアンはパーッと輝くような笑顔を見せると。
「ありがとうございます。こちらこそ、よろしくお願いします」
手をしっかりと握り返し、ここに召喚獣コンビが結成された。
「さっそく、私と能力を交換しますか?」
「いや、仲間同士で交換しても、戦力が底上げするわけではないから意味がない。それにルアンの能力は、まだ上手い使い方を見出していないだけで、扱い方次第で大きく化ける気がするんだ」
他人から渡されたモノにしか能力が扱えず、しかも使ったら消失する。
確かに不便な能力ではあるが、裏を返せば仲間が常に近くにいれば、小石でもなんでも渡せば使用の縛りはなくなる。
〈わらしべ〉で能力を交換して強くなるだけであれば、長い時間をかければ一人でも目標達成はできる。だがそれでは、命の灯が消えることは止められず、一人で対処できない事態が発生すれば詰む可能性もある。
魔物と戦う上で戦力もあるに超したことはない。今回は不意打ちかつ緊急事態だったので、身近にいた召喚獣も能力交換に応じてくれた。
しかし、普通の状況で能力交換して貰うためには、ほぼ間違いなく召喚獣特有の条件のクリアを求められるだろう。
そのときのためにも、ルアンには使い慣れた能力を保持していて欲しかった。
「まずは引き続き、能力交換に応じてくれる相手を探すところからだな」
「誰か当てはありますか?」
「いないから〈アナライズ〉で街中にいる召喚獣を見て回ってた」
獣王に匹敵する、または高レベルの能力を所持していて、交換に応じてくれる知り合いに心当たりはない。
召喚獣として生まれ変わったときに得た固有能力は、自分にとってのアイデンティティの一部だ。俺の所持している能力に魅力があるか、相手自身が保有能力に不満を感じていなければ、気軽に交換してくれるはずもない。
「それなら、私に心当たりがあるので、一緒に来て貰えますか?」
「隠居した召喚獣の知り合いでもいるのか?」
「隠居はしていないんですけど、【決別の日】以降、やることがなくて能力を持て余している友達がいるんです。彼女、元々自分の能力に頓着がない……というか、使い所がなくて『いらない』って言っているくらいの子なので、丁度いいかと思ったんです」
「それは好都合だな。交渉は必要だと思うが、闇雲に探すよりは手応えありそうだ。紹介してくれ」
ルアンの提案に俺は嬉しくなって、自然と頬が上がる。
獣王まで成り上がるためには時間と労力がかかる。しかし一人でなく二人なら、それが大幅に少なくできる可能性は高まる。ましてや心当たりの提案は、願ったり叶ったりの流れだ。
俺はルアンに出会えたことを感謝しつつ、彼女の後に続いた。
「ここです」
ルアンに案内され、たどり着いた場所。そこは、二人が出会った通りから徒歩五分ほどにある小さなカフェだった。
街中でよく見かけるチェーン店ではなく、長年営業してきた風格を漂わせる赤レンガが特徴的な昭和レトロの純喫茶。
昼時だからか、外に面している窓から覗ける店内に客はおらず、店主らしき白髪の初老男性が誰かと楽しそうに談話している姿だけが見えた。
「人間の店に知り合いの召喚獣がいるのか!?」
「このお店で働いているんですよ」
人間に召喚されて魔物を退治する。それを使命として地球に降臨したのが召喚獣。そんな存在が人間の店で働いているという風変わりな話に、俺の声は裏返りそうになった。
「魔物が現れるようになったときに、私と一緒に地球に来たんですけど、知り合った店主と意気投合して、つい最近働くことになったらしいです」
風変わりな性格の召喚獣はたくさんいるが、人間と一緒に働こうとする者は見たことも聞いたこともない。
昔から人間と共に暮らしていたならまだしも、古代を除き、召喚獣が姿を見せるようになったのはここ一年だ。
召喚獣であろうと元人間であり、意思を持つ存在。喜怒哀楽もあれば、社会的な欲求もある。召喚に応じつつも、地球に来たのを機に生活基盤を整えるのは普通のことだ。
しかしそうであっても、戸籍も無く、いつ獣界に帰還するかもわからない者を雇用して共に仕事をする。そんな人間と召喚獣は、ハッキリと物好きと言えるだろう。
「ルアン!」
店前で話していると扉が開き、中からメイド服姿の女性が顔を覗かせた。
見た目は二十歳ほどの赤髪で背はルアンより少し高く、人懐っこそうな犬耳と大きな瞳が印象的だ。
〈アナライズ〉でステータスを閲覧すると、『ミュー』という名前と『フリクション』という能力名が目に入った。
「時間に正確なルアンが、来るって言ってた時間に来ないから心配してたよ。何かあったの?」
飛びつく勢いでルアンの両手を握ったミューは、すぐ横にいた俺に視線を送る。
それを紹介しろという意味に受け取ったのか、ルアンは優しく手を解くと、手のひらで俺を差した。
「さっき近くで魔物に襲われて、こちらのシャノバさんに助けて貰ったの」
「えっ!? どういうこと!?」
突然の知らせにミューは驚愕し説明を求めると、ルアンは魔物に遭遇してから店に来るまでの経緯を話した。
「……なるほどね。本当、無事で良かった」
事情を聞き、安堵したようにルアンを抱きしめるミュー。
一緒に地球に来たほどの仲となれば、親友と言っても過言ではないのだろう。
「ルアンを助けてくれて、ありがとうっ」
そんな彼女を救った男に、ミューは最大級の喜びと感謝を込めたような、飛びっきりの笑みを浮かべた。
「それで、私と能力を交換したいということだけど……」
表情を窺うように上目遣いで見つめてくるミューに、俺はゴクリと息を飲む。
緊急事態下では運よく〈わらしべ〉を実行できたが、平時の召喚獣同士ではおそらく……
「ルアンの恩人となら、喜んですぐにでも能力交換したい……ところだけど、ただで交換するのもつまらないから〝リージョンゲーム〟しない?」
と、俺の予想どおり、ミューはゲームの提案をしてきた。
「私、暇が嫌いなんだよねー。だから獣界にいたときは数々のリージョンゲームを作ったり、自らも他人のゲームに挑戦したり。人間界の喫茶店で働いているのも、楽しい経験と出会いがあるかなって期待でやっているくらいだし」
召喚獣は体のすべてが精神とマナが合わさったエネルギー体だ。
肉体を構成する要素が物質ではないため、完全に消滅しない限り、年を取ることもなく悠久の時を生きる。
ゆえに修行に生きがいを見い出せない召喚獣は、とにかく暇を潰せることを探し、刺激的なことに喜びを感じる者が多い。
それが高じた結果、自分のエネルギーの一部を使ってオリジナルのリージョン──領域を創造して、他の召喚獣にゲームとして挑戦させたり、自らが他人のリージョンゲームに挑戦したりするのが日常となっていた。
時には遊びだけでなく、揉め事の解決や物事を決める際の手段として用いられることも。
ただ能力だけ交換して終わるのは、暇も潰せないし面白くない。どうせならリージョンゲームで召喚獣らしく決めようというミューからの提案だ。
召喚獣にとって自身の固有能力は、新たな生を得たときから共にいた家族と思う者もいれば、ただの道具だと思う者もいる。
喫茶店に来る道中でのルアンの話によれば、ミューは自身の能力のせいであまり召喚されなかったことに消化不良を感じているフシがあった。
能力交換に応じたい気持ちはあるが、せっかくなら私を楽しませてくれと言わんばかりだ。
そんなミューの子供のような悪戯っぽい笑みに、俺はしょうがないなと苦笑いを浮かべながら問うた。
「ちなみにミューの能力は?」
「私の能力は〈フリクション〉。摩擦係数を自由に操作できる能力だよ。動いている物を静止したり、逆に滑りやすくできるの」
物質同士の摩擦力を操作できるということは、魔物からの攻撃を止めたり逸らしたり、そういった使い方が可能。防御手段としては優秀だが、攻撃手段としては扱いが難しいと思われて、あまり召喚されなかったのだろう。
暇が嫌いということは、満を持して訪れたにもかかわらず、存分に力を振るえなかったことに欲求不満を抱いているはずだ。
だからこそ、せめて自分が製作したリージョンゲームを他の召喚獣に挑んで貰って、攻略するまでの様子を眺めて楽しみたいといったところか。
「こちらとしては、機会を与えて貰えるだけでも有り難いくらいだからな。喜んで挑戦させて貰うよ」
通常は、相手にとって魅力的な能力でなければ交渉にすら応じて貰えない。それをリージョンゲームに挑むだけでチャンスを与えてくれるのだから、破格と言ってもいい。
「それに、リージョンゲーム造りに力を入れていたミューが、どんな領域とゲームを造ったか楽しみでもあるしな」
俺自身は、領域を自作するより挑戦するほうが好きだった。
人間界に来てからは他の召喚獣も魔物討伐に忙しかったので、互いにリージョンゲームに挑戦する習慣はほとんどなくなっていた。
リージョンゲーム好きが久し振りに挑む攻略戦。心が踊らないわけがない。
「ルアンも一緒にやるの?」
「シャノバさんと行動を共にするなら、互いの戦い方や考え方は知っておいたほうがいいと思うから、私も挑戦する」
ミューの問いかけにルアンは緊張気味ながらも意気込みを語ると、自身の両手の拳をグッと握った。
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