第2話
「おい、大丈夫か?」
歩道にヘタり込んでいる少女に声をかけると、ルアンはウサギ耳をピョコっと揺らしながら立ち上がった。
怪我をしている様子はない。眼前まで魔物が迫ったせいで動けなくなっていたのだろう。
戦い慣れしていない召喚獣は珍しいが、何か事情があるのかもしれない。
「少しだけ待っててくれ」
俺は気にはなりつつも、まずはやるべきことをやろうと、近くで律儀に待っていた狐尾召喚獣のもとへ向かった。
「なんで俺と同じ炎が使え──というか、なんで俺は能力が使えなくなったんだ!?」
混乱しているのか、切羽詰まったように狐の尾がピンと伸びている。
俺が彼自身の能力を使って魔物を倒したことだけでなく、炎が出せなくなったことに困惑しているようだ。
「突然の交換に応じて貰って悪かったな。能力を返すから、また〝交換する〟って了承してくれないか?」
「そ、それで俺の能力が戻ってくるんだよな!?」
「もちろんだ。緊急事態とはいえ、急かすように形になってしまってすまなかった」
俺は誠実に謝意を告げると、狐尾召喚獣はゴクリと息を飲んでから、不安と期待が混ざった声音で口にした。
「〝交換する〟」
直後、俺の体内から何かが抜け、入れ替わるように懐かしい感覚が戻ってくる。
同時に狐尾召喚獣も普段の感覚が戻ったのを確かめるように、手のひらに小さな炎を灯した。
「俺の能力、おかえりっ!」
「今回は助かった。協力ありがとな」
元通りになったことを喜ぶ狐尾召喚獣に、俺は苦笑しつつ〈アナライズ〉を発動する。
そして最初に見たとおり、〈狐火〉の能力名が相手のステータスに表示されているのを視認すると、再びルアンの所へ歩いていった。
「待たせたな。怪我がないようでよかった」
一連のやり取りを眺めていたルアンに、俺は柔らかく微笑む。
それを見てルアンは頬を朱色に染めながらも、言うべきことは言おうと思ったのか、言葉に詰まりながらも感謝を紡いだ。
「た、助けていただいて、ありがとうございます」
聞き惚れるような可愛らしい声と、やや幼さの残る少女然とした見た目。
大人なら母性や父性を掻き立てられそうな女の子だが、今の俺は好奇心のほうが勝っていた。
「ルアンも固有能力を持っているだろ? なぜ能力を使って魔物に応戦しなかったんだ?」
武器を持たず、腕力にも自信のない召喚獣は少数ながらいるのは事実。けれど、召喚獣なら必ず持っている能力を駆使すれば、抵抗するくらいはできたはずだ。
それにもかかわらず、ルアンは獣に怯える子供のように震えていた。
魔物の脅威も去り、落ち着いたところで謎を解明しようと俺が問いかけると。
「それです。それなんです!」
ルアンは思い出したかのように、人差し指を立てながら興奮気味に言った。
「どうして私の名前や能力を知って……いえ、それはあなたの能力ということで理解はできます。ですが、どうして能力を〝二つ〟も使えるんですか?」
召喚獣は一人につき一つの固有能力しか保有していない。それは獣王ですら例外ではない。
だが俺は、はたからみれば明らかに〝相手のステータスを見る〟能力と〝炎を生み出す〟能力の二つを使用していた。
常識の逸脱という有り得ないことを目の当たりにしたルアンが、俺からの問いかけをそっちのけに問い質したくなるのも納得できる。
研究者が新たな発見をしたかのような接近に、さしもの俺も面喰いつつ、隠し立てすることでもないかと素直に答えた。
「俺の能力は〈わらしべ〉。了承してくれた相手と自分の保有能力を交換できるんだ」
『わらしべ長者』というおとぎ話がある。
一人の男が最初に持っていた植物のワラから様々な物との物々交換を経て、最後には大金持ちになる創作話だ。
俺はその『わらしべ長者』のような能力を使うことから〝わらしべ召喚獣〟と呼ばれることもあった。
「ルアンと出会ったときに持っていた能力は、相手のステータスが見られる〈アナライズ〉で、さっきの召喚獣の男と交換したのが炎を操る〈狐火〉だ。〈アナライズ〉では魔物を倒すことはできないから、一時的に借りる形で能力交換したという流れだな」
〈アナライズ〉も、すでに隠居した知り合いの召喚獣と交換した能力だし、初めての能力交換は無償で能力を譲渡して貰った。
そういう意味では、召喚獣に生まれ変わったときに得た〈わらしべ〉に、他人と交換した別の能力も使えることを考慮すると、能力を二つ使えると言って相違ない。
召喚獣の中でも異例中の異例。最弱にも最強にも成れる可能性のある召喚獣。それが俺のアイデンティティだ。
「そんな召喚獣、会ったことないです」
「俺自身も見たことないな。ただ、いつどんな能力を所持しているか不明だからか、人間に召喚されることはあまりなかったが」
ルアンが驚きに顔を開き、俺は自身の過去を懐かしみ苦笑をこぼす。
俺は 〝能力を交換する〟という特性上、タイミングによって所持している能力が違う。いざ魔物退治に召喚したとしても、身体能力は高いので肉弾戦はできるものの、状況や相手によっては戦闘で満足な結果を残せない場合もある。
人間側からしたら、どんな能力を使えるかわからない召喚獣は使い勝手が悪い。たまに魔物相手に戦うことはあっても、人間同士の争いに召喚されることは一切なかった。
「ルアンの〈リアクティブ〉って能力も見たことがないんだが、どんな能力なんだ?」
仲間となる召喚獣を見つけるために〈アナライズ〉を取得してから、数々のステータスを閲覧してきた。
さきほど使用した〈狐火〉なんかは、文字通り火を操る能力だと即座に推察できたからこそ、一時的に交換して貰って戦闘に活用した。だが『受動的反応』を意味する〈リアクティブ〉は能力の推察ができず、交換するまでには至らなかった。
「私の〈リアクティブ〉は……口で説明するより、実際にやって見せたほうがわかると思います」
そう言うと、ルアンはキョロキョロと周囲を見回して、地面の一点を指差した。
「そこに落ちている石を二つ拾って、私に渡して貰えますか?」
「俺が拾うことに意味があるのか?」
三メートルほど離れた先に落ちている手のひらサイズの石。正確には、さっきの戦闘で弾け飛んだコンクリートの破片。
訝しげにしながらも俺はサッと歩いてそれを拾ってくると、ルアンの両手に一つずつ乗せて手渡した。
「見ていてください」
ルアンが視線を手のひら向けると、石の一つが淡い光を放ちながらフワッと浮き。 急上昇すると、あっという間にビルの高さを越え雲を越え。
どこに行ったのかさえ見えなくなるほど天高く舞い上がると、パンッと乾いた音を立てて破裂した。
「物を任意の場所で炸裂させる能力か?」
俺が問いかけてもルアンは何も答えず、残っていたもう一つの石を握ると、手の中に日本刀のような刀を出現させた。
石というより岩を削り出したような、ゴツゴツとしたコンクリートの刀。
俺なら苦も無く振り続けられるが、ルアンの腕力では数回振れば、筋肉疲労で持ち上げることもできなくなるだろう。
「物質を思い通りの物に変換する能力か」
ルアンは石を炸裂弾と刀に変えた。そういう能力だと判断できる現象だが、『受動的反応』という意味の〈リアクティブ〉には当てはまらないようにも思えた。
「正確には〝他人から渡された物質を、任意の物や現象に変換する能力〟です。さきほどまで何も持っていなかったので、能力が使えませんでした」
ルアンが俺に石を拾わせた理由はそれか。だからこそ、他人から渡された物を何も所持していなかったルアンは、魔物に抵抗することすらできなかったのか。
「しかも、手渡されてから時間が経つと能力が発動しません。さらに、一度使ったモノは、込めたマナの総量によって持続時間は変わりますが、時間が経つと消滅するんです」
ルアンが自嘲するように呟いた直後、握っていた刀がボロボロと崩れ落ち、地面に小さな瓦礫の山を形成したかと思うと、すぐに空気に溶けるように消えた。
ステータスはほぼ人間並みで、能力も他人から直前に何かを渡されないと使えない。
俺の〈わらしべ〉と同じく、戦闘においては使い勝手の悪いと思われてしまう能力を持つ召喚獣。おそらく戦闘経験も少なく、ましてや人間同士の争いには召喚されたこともないだろう。
似た者同士とも言えるルアンに、俺は勝手ながら親近感を抱いた。
「路地を歩いてたら、たまたま魔物が現れた感じか?」
「ひと月前の【決別の日】から、元々時間を持て余していたのがより顕著になって。獣界に帰ってもやることがないので、人間界でお役に立てることがないかと歩いていたら、急に魔物が現れたんです」
獣界は平和ではあるが刺激が少ない。反面、人間界は常に新しいことが起きるので、刺激を求める召喚獣にとってはうってつけの世界だ。
特に元人間であるという意識が強い召喚獣は、余程のことがない限り地球に留まり、人間の役に立ちつつ暮らしたいと思う傾向がある。
獣王ライズや人間同士の抗争に近かった者や人間に悪意ある者を除けば、人間に好意を抱き、親しくしている者も多かった。
「そういえば、まだ自己紹介をしてませんでしたね。もうご存知だと思いますが、ルアンと申します」
「シャノバだ」
「シャノバさんはどうしてここにいたのですか?」
召喚獣が街中にいることは現在は一般的になったが、自分の力だけでも戦える召喚獣を積極的に助けようとする召喚獣は少数派。
それにもかかわらず、なんの躊躇いもなくルアンを助けに入った俺が、街中にいた目的を知りたくなったのだろう。
「俺は『獣王』になりたいんだ」
「えっ?」
質問の答えではなく、突拍子もないことを言い始めた俺に、ルアンは戸惑うような声を漏らした。
「【決別の日】以降、獣王ライズのせいで、新規に個別契約すれば召喚に応じられるものの、人間全体の召喚には一切応じれなくなった。それもこれも、獣王に古の召喚契約の権限が一任されていたからだ」
古の時代、人間と召喚契約を交わしたときに、召喚獣全体の召喚は個々ではなく、獣王がすべての権限を持つことになった。
個別契約にすると、人間と召喚獣が一対一で一人ずつ契約しなければいけなくなり、膨大な手間と時間がかかってしまうための処置だ。
【決別の日】までは、人間との契約を破棄することなぞ毛ほども考えられていなかったので、誰からも異論が出たことはなかった。
それが仇となり、獣王の気持ち一つで現在の状況に陥ってしまった。
「俺は需要が少ないとわかっていても、召喚されて人間を助けることが好きだった。それなのに強制的に召喚を禁じられて、魔物に襲われて助けを求めている人間のもとへ即座に行けなくなった」
人間が召喚してくれれば、召喚者の目の前へ瞬時に移動できる。しかし、召喚そのものが行われなくなったせいで、少しでも距離があれば、駆けつけている間に惨劇が終わり、死屍累々となっていることもあった。
「【決別の日】から魔物に殺される人間がまた増加し始めている。元々、人間にあまり喚ばれない身だとしても、救えない命が増えていくのは心が痛い」
今回のようにすぐ近くに偶然いたなら、助けに入ることもできる。魔物の多くが地球上から排除されたものの、魔物はどこからか湧いてきて、また少しずつ数を増やしているとも聞いていた。
繁殖しているのか何者かが生み出しているのか。獣王と対を成すような司令官がいるとか、母となる存在がいるとか言われているが定かではない。しかし、いったん駆逐しても空間を渡るように出現する魔物に、人間も召喚獣も完全に休まる暇はなかった。
「俺が獣王になって、人間全体と召喚の再契約を結びたい。そのためには弱い能力じゃ無理だ。獣王になれるほど強い能力の召喚獣と能力を交換したい。だからこそ、能力を交換してくれる相手か、俺の目標を後押ししてくれる仲間を探して街を歩いてたんだ」
たとえ召喚獣と言えど、一人ですべてを変えるには限界がある。個別に召喚契約も可能ではあるが、俺だけで世界中をカバーできるはずもない。
すぐは無理でも、能力の交換を繰り返し、獣王になれるほどの能力を手に入れれば、また世界中の召喚獣と人間が手を組んで魔物の脅威に立ち向かえるはずだ。
そのために、隠居した召喚獣に〈アナライズ〉を交換して貰い、能力の高い者や賛同してくれる仲間を見つけ出し、交換を繰り返して獣王になることを目指していた。
「その気持ち、痛いほどわかります」
理由を聞き終え、ルアンは胸に手を当てギュッと握る。
他の召喚獣に話したときは「夢物語だ」と笑われるか、聞いてすら貰えなかった理想。それをルアンは自分事のように感じているのか、自分の想いを語り始めた。
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