わらしべ召喚獣~最弱にも最強にも成れる俺が獣王を目指す理由~

タムラユウガ

第1話

『我々召喚獣は、人間との古の契約を破棄し、召喚には一切応じないものとする』


 その日、人類と召喚獣は獣王によって決別させられた。


 今から一年前、世界中に無数の魔物と召喚獣が現れ、地球と人類を破壊しようとする魔物勢力と、守護しようとする召喚獣勢力に分かれた戦いが始まった。

 魔物は街や人間を襲い、召喚獣は人間の召喚に応じて魔物を倒し、人間の知恵と召喚獣の力が合わさったことで、わずか半年で多くの魔物は駆逐され平穏が戻りつつあった。


 しかし人間は、身に余る力を手にすると尊大になる者が出てくるのは世の常。


 魔物に怯える機会が大幅に減り、召喚獣という力を持った人類は、人間同士の争いに召喚獣を用いるようになった。

 召喚獣たちは契約により、召喚した人間の命を守るために人間の命を奪う戦いを強いられた。

 争いは個人間のみならず、果ては国家間の戦争にまで発展しようかという勢いで発生。


 そんな人間たちの愚かしさに、召喚獣の王である獣王ライズはとうとうブチ切れた。


 古の契約を引き継ぎ、契約に関するすべての権限を持っていたライズだからこそ、混乱したのは人間たち──だけでなく、召喚獣たちも同じだった。

 人間同士の争いに駆り出されていた召喚獣たちは契約破棄に安堵した一方。召喚獣は人間の魂に内包されているマナを貰うことで、能力を存分に発揮できる。

 彼らにとって、召喚して使役される際の対価に、マナという生命エネルギーを分け与えてくれる人間との契約が切れたことで、人間同士の争いに参加していなかった召喚獣に激震が走った。


 魔物がすべて駆逐されたわけではない。充分なマナがなければ、魔物と戦う力と手段が大幅に減り、苦戦する事態が多数発生する。


 地球に降臨してから人間と親しい関係を築いた者ほど、まだ残っている魔物の脅威から救えない命が増えていくことを嘆いた。


 そんな【決別の日】から一ヵ月後。


 〝わらしべ召喚獣〟と呼ばれる、目鼻立ちのハッキリとした長身男──シャノバ。つまり〝俺〟は高層ビル立ち並ぶ大都市を当てもなく歩いていた。


 紺色に黒い紋様の入った着物の着流しと草履。ワラを編んだような茶色い羽織と帯。さらに、逆立った髪から覗く灰色の狼耳が野性味を醸し出す。

 和装コスプレをした夏の狼男といった装いに、道行く女性たちが思わず振り返って友達同士で騒ぎ出す。


 しかし俺は好き好んでこんな外見と格好をしているのではない。

 他のすべての召喚獣たちと同じように、俺は以前、人間として生きていた。


 十八歳の若さで事故で亡くなり、あの世に来たかと思ったら獣界で目が覚めた。

 一部の人間は死してから召喚獣となり、獣界で実力をつけた後、地球の有事の際に降臨して、人間の命を守る戦力として己を鍛える日々を送る。

 そう聞かされ、人生を充分楽しめずに命を終えた身としては、いつになるかわからずとも、再び地球に戻れる日があることを嬉しく思い、新たに得た現在の肉体を鍛え修行に明け暮れた。


 それから十一年。干支が一周する前に訪れた地球の危機に、見た目も名前も大きく変わったシャノバとして降臨した元人間。

 俺は〝最強に成れる〟と言われる能力を武器に、使命感と高揚感を抱きながら、全力を尽くして魔物と戦った。


 しかし【決別の日】よりも前、降臨してから三ヵ月ほどでほとんど召喚されなくなり、もっぱら自主的に魔物を狩る日々を送っていた。


「んー、めぼしい召喚獣はいないな」


 俺はキョロキョロと周囲の人間でも魔物でもなく、自分と同じ召喚獣を探す。

 召喚獣は独特な服装と擬人化した動物のような見た目をしている。

 姿はほぼ人間と同じだが、尻尾や耳、羽が生えていたりする。

 人間との見た目の差で召喚獣を見分けるのは簡単だが、俺はさらに自分の能力を発動させながら歩く。


 獣王ライズが召喚契約を破棄してから、俺はとある目標を立て、それを達成するために仲間となる召喚獣を探していた。

 しかし毎日様々な街を散策し、いろんな召喚獣を見かけ、時には声をかけて話をしたものの、相手が乗り気でなかったり、目標達成に適した能力を持っていなかったりで、事は一歩も進んでいなかった。


 俺の現在の能力は〈アナライズ〉。


 相手のステータスや能力など、指定した様々な情報を見ることができるもので、相手の実力を測ったり、サーモグラフィのように物質を透過して、生物の現在地を知ることも可能。

 戦闘に適した能力ではないが、強者を探すにはうってつけの能力だ。


「あれは……」


 当てもなく歩いていた俺の〈アナライズ〉が反応を示す。

 人間にフォーカスしないよう、人間より筋力値が高い者にだけ、能力が反応するようにしていた。

 それに引っかかるのは召喚獣と魔物だけ。


 契約破棄がされた後も、多くの召喚獣が人間と好意的に交流している。

 街中で見かける他の召喚獣たちも、おおむね人間に悪意を持っているものはいない。むしろ敵意を持っている者は、人間を見るのも嫌で召喚獣たちが住む獣界に引き籠もってしまったり、人里離れた地で静かに暮らす。


 しかしこの感じは……


「ビルの裏側に魔物がいるな」


 俺は目ではなく、能力で見えている相手の姿とステータスで魔物だと断定する。

 街中に出現したばかりなのか、騒いでいる人間は誰もいない。

 近くの大通りでは俺以外にも召喚獣がいる。彼らの協力を得ながら戦えば苦もなく倒せ──


「きゃああああああっ!」


 ──ると思った瞬間、耳を貫くような悲鳴が魔物がいるビルの裏から聞こえた。


「くそっ、人間がいたか」


 筋力値の高い者にだけフォーカスを当てていたせいで、人間がいることに気づくのが遅れた。

 俺は急ぎ助けに入ろうと地面を蹴り、一足飛びにビル裏の道路前へ駆け込む。


「おい、大丈夫……か?」


 そして襲われていた相手を視認した瞬間、理解不能な光景に頭が真っ白になりそうになった。

 〈アナライズ〉で確認したとおり、魔物──所々が毛に覆われた全身緑色の単眼の人型魔物サイクロプスが眼前の相手を見つめていた。

 しかし俺が驚いたのは、魔物のほうではなく襲われそうになっていた相手。


 肩まである金の髪に白いウサギ耳、赤い瞳に透けるような肌。下駄を履き、紅白に金の刺繍が入った巫女のような装い。

 どこからどう見ても召喚獣にしか見えないい出で立ちの者が、魔物に怯えているという光景が俺には信じられなかった。


「なんで召喚獣が魔物を怖がって──というか、どうして〈アナライズ〉に反応しなかった!?」


 召喚獣は間違いなく人間より身体能力が高く筋力も強い。ゆえに〈アナライズ〉を用いて高筋力値に照準を合わせていれば、例外なく反応を示したはず。しかし目の前にいる召喚獣はそれがなかった。

 魔物には未だにちゃんとフォーカスしている。つまり能力が上手く機能していないわけではない。

 考えられることといえば、ウサ耳の召喚獣が人間と同レベルの筋力しか持っていないということ。

 であるならば、〈アナライズ〉が反応しなかったことも、自分より圧倒的に強い〝魔物〟という存在に怯えていることも納得できた。


「能力も使えないほど怖がってるのか」


 例え筋力が低かったとしても、召喚獣には個体ごとに固有の能力がある。

 しかしそれを使用する素振りすらないところを考えるに、能力行使ができないほど恐怖に心が押し潰されているのだろう。

 召喚獣が人間と変わらない筋力しか持たない、という有り得ない状況に戸惑いつつも、俺は行動できなくなっている召喚獣を助けるため、拳を振り上げたサイクロプスに向かって跳んだ。


「パワハラは許さないぞ!」


 まるで部下に圧力をかける上司に制裁を加えるように、俺は相手の胸に蹴りを叩き込む。

 悲鳴を聞いて覗きに来た観衆が目にしたのは、着物を着た男が魔物を二十メートルほど弾き飛ばした姿だった。


「というか、ルアンも〈リアクティブ〉? って能力持ってるだろ? なんでそれで応戦しないんだ?」

「──ッ!? どうして私の名前と能力を知ってるんですか!?」


 ウサ耳召喚獣──ルアンは、教えてもいないのに突然呼ばれた名前と能力名に驚きを発する。

 〈アナライズ〉を相手の全ステータスの閲覧に変更した。ゆえに、ルアンのステータスや名前は見えたが、〈アナライズ〉はなんでもかんでも分かる能力ではないので、相手の能力詳細までは見られない。

 パッと一瞥したところ、ルアンも人間で言えばトップレベルの身体能力を有しているが、召喚獣の中では最下級に位置するステータスだった。


 しかし力や素早さに自信のない召喚獣は、足りない分を能力で補う傾向が強い。

 人間と大差ないステータスのルアンであれば、能力を駆使して魔物と戦うはずだが、彼女はただ恐れているだけだった。

 何か理由があるかもしれないが、今は目の前に集中して相手を倒すのが先と、俺は身を起こしたサイクロプスを見据えた。


「思いっきり蹴ったのに、致命的なダメージはなさそうだな。身体能力だけで倒すには時間がかかるか」


 五メートルは超えるサイクロプスの巨体は、全身が密度の高い筋肉で占められている。打撃では衝撃が減衰されて致命傷を与えられない。

 斬撃や砲撃のような、相手の体内にまで届く一撃か破壊力のある一撃を加えたい。もしくは……

 そこまで考えて、俺は差し当たって最適な召喚獣が近くにいないか、〈アナライズ〉で周囲を探った。


「あいつ良さそうだな……一旦ここを離れるぞ」

「えっ? えっ?」


 近くに役立ちそうな能力を持った召喚獣を見つけ、俺は戸惑うルアンの手を引いて駆け出す。

 ビル裏から離脱し大通りに出ると、車行き交う車道をルアンを抱えながら一足飛びに飛び越え。反対側の歩道から様子を眺めていた、狐のような黄色い尻尾の生えた召喚獣の男に声をかけた。


「すまん。後で返すから、お前の能力と俺の能力、交換してくれ」

「え? 交換って?」


 突然の申し出に、困惑顔を浮かべる狐尾の男。


「緊急事態なんだ。一言〝交換する〟って了承してくれればいい」

「ちょっと意味がよくわから──」

「いいから早く!」

「こ……交換する」


 俺の切迫感と押しの強さに負け、狐尾召喚獣は気圧されるように交換を了承する。

 直後、俺の体内から何かが抜けていく感覚と、何かが入ってくる感覚が同時に発生した。

 見えていた相手のステータスが見えなくなり、替わりにエネルギーの球を心臓部分に抱えたような熱の高まりを感じた。


「ちょっとかるーく片付けてくるから、待っててくれ」

「えっ、ちょっと」


 怒り心頭といった様子で、車を撥ねながら車道を猛進してくるサイクロプスを見据え。戸惑うルアンに一言告げると、俺は敵を引きつけるために大通りの交差点のド真ん中に跳んだ。


「さぁっ、来い!」


 慌てて急停車したり逃げていく車を後目に、俺は胆力をもって相手を挑発する。

 その動きと声に反応したのか、サイクロプスは歩道に乗り上げる直前、ルアンの目の前で急転回すると、コンクリートの道路を割りながら迫ってきた。


 一八〇センチメートル近い身長の狼耳の男召喚獣と五メートルを超す単眼魔物との一騎打ち。

 歩道を逃げ惑う人々が騒乱を奏でる中、両者の拳が振り上げられ。

 体格差ゆえに、魔物の腕のほうが早く届くが、俺は紙一重で風圧を伴った拳を躱した。


「燃え──尽きろッ!」


 ガラ空きになった魔物の横腹、そこに俺の〝青い炎〟を纏った右ストレートが食い込む。

 その光景に、狐尾の召喚獣が〝自分の能力を行使した俺〟に驚き、限界まで目を見開く。

 青い炎は俺の拳からサイクロプスの全身に瞬時に燃え広がり、巨体を真上に殴り飛ばす。

 まるで青い花火のように打ち上がった魔物に、ルアンの視線も上空へ向いた。


「やっぱり、派手な能力は使ってて気持ちいいな」 


 太陽と並んだサイクロプスを眩しく眺め、俺は爽快感に白い歯を光らせる。

 その視線の先で、巨体が落下を始めたかと思うと、魔物は通常では有り得ない速度で燃え尽きて灰となり、地面に到達した瞬間に黒い粉を大量にぶちまけるように広がって消えた。

 自然の炎と違い、召喚獣の能力は単体でケタ違いのパワーを有し、魔を祓う力も内包している。魔物には抜群の効果を発揮した。


「後始末は人間たちに任せるか」


 俺は捲れているコンクリートを眺めて呟く。

 さすがに大きな魔物が暴れ回って、被害ゼロというわけにはいかない。

 できるだけ人的被害が出ないように立ち回ってはいたが、怪我をする人間が出ること、ましてや物的被害はどうしても避けられない。しかし、召喚獣がいなければ人間は魔物に対処できないのも事実。

 俺には他人の傷を癒やす能力も無ければ、壊れた物を修復する能力も無い。

 怪我人や損害への対処は人間たちの役目だと割り切り、俺は放心状態のルアンのもとへと向かった。

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