第23話:ニセモノの距離感

 差す太陽の日差しはやや痛かった。

 眩しくて目を覚ましたわたしは、暖かかった手のひらを確認して、何もなかったことに後悔した。


「……そっか。そうだよね、わたしじゃなくて相沢美鈴だからだもん」


 元々高望みするつもりはなかったけれど、ちょっと。そう、ほんのちょっとだけ残念に思った。

 高嶺の花というものは手が届かないから高嶺の花なんだ。

 登山家でもないわたしが手を伸ばそうとしたって、届きっこないんだ。ましてやニセモノなんだから。


「ニセモノ……」


 思えばこの1ヶ月、すごい勢いで時間が過ぎていった気がする。実際過ごしたのはたかが30日で、もっと言えば尊花さんと交流してたのなんて1/3程度かもしれない。

 それでも、中学校時代の1年間のことを思い出せば、貴重な体験だった。幸せな宝物だった。


「はぁ、これからどうしよ」


 『相沢美鈴』ならもっとうまいことできるんだろうか。だってジュニアアイドルだよ? CDやDVDだってたくさん出している。これほど有名だったアイドルがこんな存在になるんだから、『相沢美鈴』はきっと恨んでいるだろう。どうしてわたしなんかが、って。

 彼女の意識だってどこにあるか分からない。内側で潜んでいるだけなのか、それともわたしが上書きしてしまったのか。

 1人の人間にはひとり分の意識しか入らないように、『相沢美鈴』の意識や考えはどこに行ってしまったんだろう。


 ……やめよう。こんな事を考えても、何の得にもならない。

 損しかないんだ。机の棚に入っているCDを見て、より強く思う。わたしは彼女じゃないんだって。


 ――市川尊花に望まれた彼女じゃないんだって。


「思えば、今までがうまく行き過ぎたんだよね」


 桜の木の下で声をかけられて、まゆさんと出会って、2人とお出かけして、友だちになって。

 なんだよ、陰キャだったわたしにとっては出来すぎた産物にすぎないじゃん。

 全てはわたしの表面の成果。これが『わたし』だったらきっとこうはなっていない。

 だから高望みなんてしてしまうんだ。


 掛け布団を胸の上の方まで抱き寄せる。

 でも、とても幸せな夢だった。わたしもあの出来事がなかったら、こういうリア充的展開があったんだろうか。


 例えば、桜の木の下で出会ったわたしと尊花さんが友だちになって。

 いっぱいいっぱい話すんだ。まだ緊張してうまく言葉がまとまらないけれど、せめて気絶しないように必死に会話を回して。

 それから遊ぶ! いや、その前に委員長としての仕事を手伝ったりとかかな。

 尊花さんの仕事が早めに終わったら、それだけたくさん遊べるし。


 でもわたし要領悪いからなぁ。失敗して資料とか地面に広げちゃうかも。

 そうしたら「もう、美鈴ちゃんってばー」みたいに言われるんだ。あ、いまキュンってきた。

 言われてー。最推しにそんなこと言われてー。


 だからずっと引っかかる。『相沢美鈴』だったから。

 その言葉ひとつで、全部のわたしじゃない誰かに向けられた笑顔なんだって。


「…………」


 苦虫を噛み潰したような自分の顔が姿鏡に映っている。

 ブッサイクだなぁ。こんなんじゃ相沢美鈴としてやっていけない。


『お前は友だちぐらいの距離感でいいや』


 うん、大丈夫。友だちぐらいの距離感で。

 じゃないと、傷つくのはわたしなんだ。夢を見たあとに現実に戻されてしまう。


「よし! 体調も戻ってきたし、今日はお母さんの代わりにわたしが夕飯作ろうっと」


 って、時計見たらもう夕方も6時半すぎじゃん!

 やばいやばい。ワンチャンお母さん(転生後)が戻ってきてるかも!

 急いで1階に降りると、なにやらワイワイとお母さんが誰かと会話しているような声が聞こえる。

 ……ん? ダイニングの方だよね。どっちも聞き覚えがある声、というか。


「え?! 美鈴ちゃん大丈夫なの?!」

「今日は休んでいいんですよ、美鈴ちゃん」


 目を丸くしてしまった。

 だって、帰ったと思ってた尊花さんがまさかこんなところにいるだなんて……。

 というかお母さん(料理中)となに話してたの。


「お母さんはとても嬉しいです。美鈴ちゃんに友だちができたことに……」

「咲耶さん! 美鈴ちゃんがお世話になっています!」

「ご丁寧にありがとうございます」

「そ……」


 そうじゃないってば!!!!!!


 あまりの展開のスピードに、わたしの脳は全力の突っ込みをすることしかできなかった。

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