第21話:一人暮らしは何かと万能になれる

 相沢家の食卓は基本的に母親が作っている。

 ぶっちゃけお母さん(転生後)の負担が大きいし、わたしも多少は料理の心得があるから作るよと言ったが、その返事は任せられないというものであった。

 悲しいよ。そんなに信用ないかな、わたし。


 ……多分ないよね。うぅ。


 それはさておき、今起きている現状をお伝えしよう。

 部屋からキッチンに行った尊花さん。

 数分後キッチンから匂う焦げ臭さという異臭。

 最後に、市川尊花の苦手なことは料理。


「役満じゃん!!!!!」


 大慌てでベッドから飛び出す。

 一度寝たのと、尊花さんが一緒にいるという事実がわたしの体調を回復させるには十分だった。

 廊下に飛び出したわたしの脚力は、どこまでも飛んでいけるんじゃないかってぐらい強靭に踏み出される。

 ヤバい。お母さん(料理人)がいない間に家が火事にでもなったら……。


『あなたなんてわたしの子供ではありません! ぷんぷん!!!』


 と、激おこぷんぷん母太郎になって、家から追い出されてしまう!

 それから多分わたしは公園のベンチで暮らすようになり、次第に衰弱して、そのまま……。

 バッド超えてデッドエンドは困る! せっかく拾った命なんだ、こんなところで死んでたまるか!


 駆け降りる階段の速さはおそらく全世界一だろう。知らんけど。


「尊花さん?!」

「あ、あはは、美鈴ちゃん。やっほ」

「……よかったぁ」


 幸いにも火は出ていなかった。

 出ていなかったけど、散らかったシンクと焦げ付いた鍋の中の炊かれてないお米。極めつけは尊花さんの普段見せないであろう頬が引きつった笑顔ですべてを察した。


「もしかして、炊く前のお米を……?」

「水で戻したら行けるかなー、って」


 生米って行けるのかな。でもその場合って水必要だよね。あとこんな短時間で焦げるわけない。

 どことなくファンタジーめいた失敗を見て、頭の中が困惑する。

 風邪のせいかな? いや、間違いなくこの料理下手のせいでしょ。


「で、でもお米だよ?! 焦げるなんてことないよ! これは多分。そう! 鍋の精霊さんのせい!」

「尊花さん、現実を見てください……」

「うぅ……ごめん……。私、料理下手なの……」


 知ってました。

 キッチンに言った段階から妙な緊張感はあったけれど、まぁなんとかなるかで寝たのが悪かった。

 結果としてその斜め上を行く失敗を目の当たりにして、逆にドン引きである。


「分かりました。わたしがおかゆ作ります」

「でも! 美鈴ちゃん風邪だし、病人に作らせるわけには!」

「じゃあプライドを犠牲にコンビニでおかゆを買ってきますか? 制服姿で」

「うっ」


 今はちょうどお昼前。そんな時間に制服姿でコンビニに行ったらどうなるか。

 優等生の尊花さんなら、その意味が分かるはずだ。


「で、でもー……」

「大丈夫です。これでも今朝よりは元気になったので!」


 ふんす! と腕まくりをしてガッツポーズを見せびらかす。

 体調が良くなったのは事実だ。理由は、ちょっと言えないから寝てスッキリしたと言うことにする。

 お相手の尊花さんの顔は渋々、といった理解はしたけれど納得はできてない表情だった。


「尊花さんがここまで看病してくれた、その……。お礼、ということでここは1つ」

「……なにそれ」


 ――かわいい。

 しょうがないなぁ、というはにかんだ笑顔がまたなんというか。尊い。

 尊花と書いて、尊い花と読む。その心は。てぇてぇだ。


「あれ? 実は私の分まで計算に入ってる?!」

「お腹空いてますよね?」

「いやいやいや! 私の分は――」


 グー……。


 虚空に音が鳴った。お腹の。


「…………っ!」


 恥ずかしさで顔が真っ赤な彼女が、実に可愛らしくて思わず天を仰いでしまった。

 あー、生尊花さんいいなぁ……。


「ちょ、ちょっと! 有難らないでよ!」

「す、すみません……」

「そんなに怒ってるわけじゃないよ!」


 なんというか、その……。

 ごにょごにょと、口の中で言葉を混ぜ込んで顔をそらす尊花さん。

 最推し最高か?! 風邪とかそんな理由なしにも死んでしまいそうになる。


「は、恥ずかしい……」


 ぐはっ! 心臓を抑えて倒れ伏すわたし!

 もはやわたしのキッチンはプロレスのリング場!

 レフリーがわたしのそばによってスリーカウント! ワン! ツー! ス……。


「尊花さんはわたしを殺す気ですか?!」

「え?!」


 立ち上がったわたしからの反撃に思わずたじろぐ!

 フフフ、流石のわたしだって慣れてきた相手に何度も三途の川を渡りそうになったりはしないさ。


「そんなことしません! はい、料理作って!」

「あ、はい」


 ここの切り返しは流石委員長と言わざるを得ない。

 指差しで強く指示されたら、陰キャは動くしかないのだ。

 くぅ……、何たる人類上位種:イインチョー……。


 まいっか。とりあえず作ろうっと。

 そんな感じで作り置きのお米を冷凍庫から取り出し解答。

 たくさんの水とお米を鍋に突っ込んで、塩をちりばめ煮込む。

 ……尊花さん、これすらできなかったのか。


 確か刻みのりはあったはずだから、それをかけて完成っと。


「お待たせしました。付け合わせに冷蔵庫にあった沢庵もどうぞ!」

「わぁ……! 美鈴ちゃん、すごいよ!」


 へへっ。褒められ慣れてないけど、これぐらいのことは前世でいつもしてましたから!


「一人暮らししてましたからね!」

「……ん? 一人暮らし、って。まだ高校生だよね?」

「あっ」


 やらかしポイント、1点加算です。


「え、えーっと……。両親が、その。海外出張に行ってた時にですね……」

「あ、うん。そうだよね!」


 口から出まかせでなんとかした。ふー、陰キャの言い訳も大したものだぜ。

 器に盛ったおかゆと箸休めの沢庵を並べて、一緒にダイニングを囲む。

 目の前には自宅にいる天使。……なんだか。


「そわそわしますね」

「えへへ、そうだね!」


 そんな笑顔満点夢百点みたいな顔をされると、また意識が飛びかねない。

 この市川尊花という女、本当にかわいいな。反省しろ!

 と、心の中で呟いても、顔は平穏なのが陰キャである。

 両手を合わせて、食事前のアレを行う。


「じゃあ、食べよっか!」

「はい!」


 ――いただきます!

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