第20話:グロッキーin自宅
夢を見た気がする。
気がするだけで、覚えていない。
ただ、感覚だけが覚えている感じ。寝ているのにね、変なの。
その夢は砂漠を歩いているみたいに暑くて、今にも倒れそうなときにひんやりとしたオアシスがわたしをどこかへ連れ去ったもの。
オアシスが動くってそんな訳の分からない事、夢でしか起きないよね。
だから夢。間違いない。
「あー、オモシロ!」
「……ここ」
不愉快極まりない声が脳内に響き渡って目が覚めた。
自分の部屋だ。右を見ても、左を見ても。
異物があるとすればベッドの端でポップコーンを食べながら、わたしのことを見下すカミサマの姿だった。
「……人のベッドの上でポップコーン食べないでもらっていい?」
「大丈夫! これカミサマ製!」
ポップコーンが入った容器を真っ逆さまにしても、ポップどころかコーンのかけらも落ちてこない。
不思議というか、不気味というか。感じるのはそういう単純なことだけ。
肝心のどうしてここにいるかということが分からない。
「カミサマはさ、基本夢の中か転生者が危篤の状態しか出てこれないようになってるのね」
「それとこれと何の関係が……あっ」
「思い出してきたかなー? キミが無茶した挙句、尊花ちゃんに家まで担がれてきたんだよ! いやはやキミ、意外と無茶するねー」
無茶するしないはわたしの勝手だろうに。煽られるのは癪に障る。
だけどそれ以上に尊花さんに迷惑をかけたと思うと、少し心が沈む感じだ。
「今はだいたいお昼前。で、尊花ちゃんは学校にふたり分の欠席の連絡を入れて、今は薬を買いに行ってるところ。おかげでこうやって出現できてるわけだから、尊花ちゃんの優しさにかんしゃー」
「……別にあなたのためにやってるわけじゃないですから」
「前の子も含めて、どーしてこーもカミサマ疑われやすいんだろうね。カミサマ泣いちゃって雨降らしちゃう! ぴえん!」
どうにもこのカミサマは本当に気に入らない。
いい人か悪い人かでいえば、間違いなく邪神の類だ。
言葉の端々にどことなく悪意を感じて仕方がない。それも自身の愉悦のための自己中心的な悪意を。
転生しても、記憶の引き継ぎはなし。関係性もわたしに都合のいいものではない。
Aの内側だけをBに入れ替えて、そのまま。神の気まぐれのままにこの邪神に遊ばれている気分だ。
「安心して、カミサマはハピエン主義者だから! 怖い顔しないでよー、体調悪くなっちゃうよ?」
「……っ!」
まるでその言葉がトリガーになったかのように、頭が少しだけ重たくなった感じがした。
もちろん感じだけで、痛くはなってない。
「今日は流石に因果律を少しいじったけど、今後は気を付けてよねー。また死んだりでもしたら、オモシロくないからさ!」
「やっぱり、あなた嫌いだわ」
「うぇへへ! カミサマはキミみたいな人間大好きだけどねー!」
食べていたポップコーンの容器を天高く放り投げると、わたしに降りかかってくる。
思わず目をつぶって、顔をガードしたけど、落ちてくるものはなかった。
代わりと言っては妙だが、カミサマがいた場所には最初から誰もいなかったかのように痕跡が残っていなかった。
「邪神こわ」
その言葉だけ呟いて寝ようと、掛け布団をかけ直す。
尊花さん、自分も休むって言ったのか。誰かも知らない中身のために。
わたしだって流石に気づいている。自分が『相沢美鈴』ではないことを。
事象だけじゃない。環境も含めて。
おそらくゲームの設定からは大きく逸脱してしまった。
それでも尊花さんとまゆさんというふたりと友だちに慣れたのは、世界の強制力が発生したからなのだろうか。
何にも分からない。考えれば考えるほど沼にハマっていく。美鈴というキャラもフレーバーだけは知っているものの、真に考えていることは分かっていない。
こういうことになるなら、もっと美鈴ルートやっておくべきだったなぁ。
部屋の外から足音が聞こえて、思考を止める。尊花さんが帰ってきたのだと察したからだ。
「……美鈴ちゃん、大丈夫?」
「うん、平気です」
よっ、と立ち上がろうとしたからだが、左側によろける。
ヤバい。不意に立ち上がろうとしたから足にチカラが入ってなかったんだ。
「もう、全然平気じゃないじゃん!」
床にぶつかる前に、尊花さんがわたしを支えてくれた。
そのままベッドの端に座らせた彼女が、わたしに指を指してこう言う。
「今日は安静にしておくように! これ、委員長命令!」
「……はい」
「よろしい!」
今までにないほどの怒りを見せていたと思えば、途端に春のそよ風みたいな微笑みを見せる。
うぅ!!!!! この女、本当に油断ならないな……!
布団をかけてベッドに身体を沈める。外はそこそこ快晴で、窓から入る風もそこまで冷たくない。
そんなに熱出てたのか、わたし。
「じゃあ胃に何か入れてからお薬飲まないとね! 家に何があるとか分かる?」
「さぁ? お米はあるかと……」
「じゃあおかゆだ!」
薬と飲料水が入ったビニール袋を机の上に置くと、回れ右。そのまま尊花さんがドアから出て行ってしまった。
その足は、なんだか浮足立っているような気が……。
「あれ、尊花さん料理できたっけな……」
やけに寒さが身に染みる。外側じゃなくて内側から。
推しのプロフィールは把握している。いま脳内の引き出しから取り出したけど、苦手だったはずだ。それも壊滅的なまでの。
……まぁ、流石におかゆだったら大丈夫だよね。
自然と寒気が悪寒に変わった気がしたが、紛らわすように布団に包まった。
――相沢家のキッチンから焦げ臭い匂いがしてきたのは、ここから数分後のことだった。
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