第18話:世界で一番最初の友だち

 それからご飯を食べて、家電量販店を目いっぱい楽しんだ。

 けれど、さっきの尊花さんの反応はなんだったんだろうか。今日は妙にグイグイ来ているというか。うーん、考えても人間が考えていることがわからない。

 単純に仲良くなりたいにしても、距離感が近い気がする。

 そういった距離感に疎いわたしでも分かる。けど分からない、尊花さんの考えていることが。


「美鈴ちゃん?」

「あ……。なに?」

「そろそろ帰ろうかなーって、まゆちゃんと話してたの。日も暮れてきたしね!」


 気づけば太陽は水平線に沈む最後の輝きを見せている。

 この時間帯の太陽の日差しが眩しいのは、きっとその日の命がなくなろうとしているから。最後の輝きをわたしたちに教えてくれているから、ってのは流石にロマンチックすぎるか。


「うん、帰りましょう!」

「おっけい! まゆちゃーん!」


 楽しかったなぁ。天使と女神との楽しい非日常。

 転生してからというもの、引きこもるしかなかった2度目の人生に彩りを与えてくれたのは紛れもなくふたりなわけで。

 こちらに大きく手を振る尊花さんのことを見て、なおのこと思う。

 でも、わたしは彼女のことを友だちと呼べたことはない。まゆさんに比べて、1番の最推しにその扱いはどうなんだろう。

 最推しと友だちになるのは解釈違いだし、それに……。


『お前は友だちぐらいの距離感でいいや』


 いつも、この呪詛が頭の中によぎるから。


「まゆさんが来ましたよー、っと。帰ろー!」

「美鈴ちゃんも行こ!」

「……うん」


 やめやめ。わたしにはこのぐらいの距離感がちょうどいいんだ。

 それにもう前世には未練なんてないんだし。

 街中を歩きながら、少しだけ香る中華料理の匂いや通り過ぎる人々の喧騒。わたしたちに受け取って欲しいのか、ポケットティッシュを差し出してくるお姉さん。


 それを受け取って、ポケットがないことに気づく。この服のポケットってどこ?

 ポシェットにすればよかったな、と手先でポケットティッシュを弄ぶ。


「楽しかったねー、美鈴さん」

「うん、楽しかったです。ふたりとも、ありがとうございました」

「美鈴ちゃん、なんか変なの!」


 変、なのだろうか。

 今が非日常なら、日常に戻ることになる。

 そうしたら、また尊花さんと話せない日々が始まるってことなんじゃないのかな。

 考えすぎ? それとも陰キャだから? 普段から話しかけられれば、変わるのだろうか。分からない。わたしは、距離感が分からない。


「どうしたの……?」

「……え?! あ、なんでもないよ!」


 いけない。今は最後の非日常を味わっていたいんだから。

 そんなことを考えていたから、尊花さんがわたしの頭を押えるのに何の反応もできなかった。


「美鈴ちゃん、ちゃんと私の目を見て!」

「ほへ?!」


 大人しく捕まったわたしはどうにか尊花さんの顔を見ないようにする。

 そんなわたしを知っているかのように、逸らした目線の先に回り込む。

 うぅ、顔がいい女に見つめられてる……。


「私、これから美鈴ちゃんの方を優先するよ! もちろんできるだけ、だけど」


 それは後ろから頭をレンガで殴られているような衝撃があった。

 どうして、尊花さんはこんなにもよくしてくれるんだろうか。


「え、えへへ……。あ! 私だけじゃないと思うよ、心配なのは!」

「あ……。そういうことでしたか」


 どこかホッとした自分がいた。なんでかは、分かっている。

 だからそこに保護者のような庇護欲があったから、ここまでのことをしてくれるんだって。

 そう考えたら、なんだからくすっと笑いが出てくるものがあった。


「っ! なに笑ってるの!」

「いえ、なんかわたしって頼りない子供みたいだなーって」

「なに言ってるの? 美鈴ちゃんは一番の友だちだよ?」


 い、いやいやいや! そっちこそなに恥ずかしいこと言ってるの?!

 一番の友だちって、そんなの……。


「そう、ですね。……その。わたしも、尊花さんが一番の友だちです……!」


 今まで最推しがどうとか言い訳していたけれど、言われて初めて気づいた。

 ちゃんと友だちって、言ってよかったんだ。


「あ! でもでもわたしのは一番最初の友だちです! 世界で初めての!」

「もう、大げさだなー」


 フフフ、そんなことはないのだよ。

 心の中で転生ジョークを口ずさむ。わたしにとって。今の『相沢美鈴』にとって、一番最初の友だちは、他でもない尊花さんなんだから。


「ふーん、まゆさんは2番目だったってことなんだー」

「いや、そういうわけじゃ!」

「えぇー、浮気してたのー?」

「もーーーー!!!!」


 沈む夕陽の街中。控えめに叫んだ声は雑踏に消えていく。

 こうして、友だちをちゃんと友だちと認めることができたのだった。

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