第14話:陰キャのファッション力検定

「体痛い……」


 不器用な形で倒れたからか、地面に思いっきり身体を打ったことを思い出す。

 あれから尊花さんとまゆさんのおかげで、なんとか家に帰ってくることができた。

 もちろんお母さん(転生後)は酷く驚き心配していたが、これぐらい何ともないということで丸くはないけど、収めることができた。

 今は部屋でクローゼットとタンスの両方を見比べていた。


「……お出かけ。週末。着ていく服。ない」


 帰ってくる途中、話は学外へと向けられた。

 最近、ゲーセンに好きなキャラのぬいぐるみが出たから欲しいとか、あそこのレストランが新しくできたから今度食べに行きたいなーとか。そんな他愛のない事。

 だが他愛ないで終わらないのが市川尊花という天使であり、陽キャである。


『じゃあ、今度お買い物に行かない? 3人の交流記念も兼ねて! みたいな?』


 デートじゃん。

 いやいやいや、デートじゃん。3人デート! もしくはJKのお出かけ!

 やっばー、テンション上がっちゃうよ! これをギャルゲー内で見れたら天へと昇る気持ちだっただろう。まぁ天国には一回行ったことはあるんだけど。

 わたしも思わず行きます! と答えてしまった以上、そのままあれよあれよと今週末。早速ながら、明日出かけることとなった。


『尊花さんとまゆさんの私服、かわいいんだろうなぁ』


 なんて口に出してしまったが故に、何故かこちらに目線が向く。


『まゆさんは美鈴さんがどんなかわいい服を着てくるかが、楽しみかなー』

『そうだね! 美鈴ちゃんなんだもん! 何着ても似合うと思う!』


 それはそれはもういい笑顔がふたつあったよね。

 ひょっとしたらこの人たち、わたしがアイドルだったことを知っているのではないだろうか。

 ない話ではないと思うけれど、自分から言わなければバレないと思うのもまた然り。触れないようにしてくれているのだろうが、それとこれと話は違う。


 わたしがアイドルをやめたのは転生して中身が入れ替わったことに他ならない。

 今までの相沢美鈴だったらいざ知らず、今の相沢美鈴には超高難易度ミッション。SSSランクのテクニックと技術が必須の恐ろしい期待を背負ったのだ!

 まぁ難しく言ったらこうなるんだけど。要するに……。


「着ていく服、どうしよう……」


 元自堕落女子大学生を舐めるな。ファッションセンスは皆無だぞ。子供並みだぞ。赤ちゃんに勝てればいい方。

 隙間なく詰められたクローゼットの洋服を見たり、タンスの中に畳まれている衣類を見ても、どれをどう着飾ればいいのかが分からない。

 わたしとお洋服の素材はよくても、肝心のファッションセンス。技術力がない。

 どう着飾っても、コレジャナイ感が否めないのだ。


「これは、違う。これも違う。こっちも……」


 次第に時間は過ぎていく。そうか、デート前の良い子はこんなにも大変なことをしていただなんて。このハタチ+15歳、新たな知見を得ました。


「って、そんなこと考えてる場合じゃない!」

「美鈴ちゃん、ご飯ですよー」

「あ、はーい」


 お母さん(転生後)に呼ばれたので考え事を一つ断ち切る。

 とはいえ、戻ったらまた考えなきゃなぁ……。

 お箸で焼き魚を摘まんでいると、お母さんが気になったのか声をかけてきた。


「美鈴ちゃん、何か悩み事?」

「え? い、いえ。何でも……」


 お母さんとは、あまりうまくいっていない。

 転生前のお母さんならいざ知らず、今のお母さんはなんと言っても自宅にいる他人というか、知らない人が家にいるというか。とにかく接していて落ち着かない。

 向こうも仲よくしようと思っているのだろうけど、アイドル引退事件が原因であまり深く立ち入れないみたいだった。


 確か相沢美鈴の専用ルートではアイドルになった理由が明かされたことはなかったはずだ。

 それもこれもファンディスクの方で設定を出す予定だったのだろうけど、例によってファンディスクは未プレイ。

 理由が分かっていれば演技のしようもあるけど、真相は闇の中。加えて陰キャは嘘をつけないのだから、結果的に微妙な食卓の出来上がりだ。


(わたしも今世のお母さんとは仲良くしたいけど……)


 きっかけがつかめないと、やっぱり声をかけるのは難しい。

 こんなに料理が美味しいのに、美味いの一言も言えないのだ。もどかしいな。


「……学校は、どう?」

「えっと……。まぁ、なんとか」

「そう……」


 今がチャンスだったのかも。

 でも……、勇気がない。勇気があれば、陰キャにはならないのに。


「あ。明日友だちとお出かけするので、お昼ご飯は大丈夫です」


 用事だけ済ませて、食器を片付けようとした時だった。

 カチャン、と箸が地面に落ちる音がする。自分のじゃない。音の方に顔を動かせば、お母さんが信じられないと言わんばかりの顔でこちらを見ていた。


「あれ、お母さん?」

「美鈴ちゃんに、友だち……?!」

「え。うん」


 もう一度言う。陰キャは嘘をつけない。


「美鈴ちゃん!」

「はい!」


 急な大声にビクンと身体が跳ねる。

 な、なに?! お母さん怒った?!


「明日の待ち合わせ時間は何時?!」

「えっと、11時……」

「なら8時に起きて! 最高の美鈴ちゃんを作ってあげます!!!」

「あっ……はい……」


 もう何も言えなかった。

 圧倒的な"圧"に介入する術なんて、今のわたしには持ち合わせがない。

 流されるまま、流されて。……翌日11時になっていた。

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