第13話:数日のさみしい
わたしにも陰キャ化する前の、純粋無垢だった人生があった。
それはそれは光り輝いていて、通り過ぎる陰キャはみんな「眩しっ!」って目をくらませるぐらいの陽キャ時代と言えばいいだろうか。そんなもの。
その時はだいたい中学生ぐらいだったっけな。
思い出すのは自分なら何でもできるという謎の万能感と自信過剰な記憶。
当時クラスの委員長として立候補したわたしはいろんなことを自分ともう一人の男の子と一緒に作業を分担していた。
もう一人の子が無理な作業は率先して自分が処理するようにしたし、逆にわたしが出来ないことは相手に渡して、忙しい中でも仕事ができていたと思う。
でも中学生にできることなんてたかが知れてるわけで。
高校生のクラス委員長がすることと比べて、仕事なんて大したことはないんだろう。
それを一人で、女の子が笑顔ですべてをこなすのはきっと大変だ。
校門に寄りかかりながら、空を見上げれば夕日がやや沈み、宵のトバリさんが顔を見せ始める時間帯だ。もうすぐ夜か。今日のご飯は何だろう。そんなことを考えていると、下駄箱から顔を見せるボロボロな尊花さん。
「えっ……、なんで……」
「ほーら、美鈴さん!」
「えーっと、その……。えへへ……」
待っていたという事実を伝えるのが少し照れくさくて誤魔化してしまう。悪い癖だ。でも恥ずかしいのは事実であるわけで。
だいたい1週間も尊花さんと話していないのにいきなり喋れと言われても、言葉に詰まってしまうのは仕方がないと思うんだ、わたしは。
「……美鈴ちゃん?」
「あー。その…………」
勇気を出せ。もじもじている場合ではないのだ!
目線を泳がせているものの、空気の気まずさはなくならないわけでして。
えぇい! やれわたし! 女は度胸!
「い、一緒に帰りませんか?!」
「……えっ」
勢いよく頭を下げて、握手を求める右手をバッと差し出す。
なんだこのプロポーズしているときのポーズは。自分でも恥ずかしすぎる。
それから数秒。固まっている尊花さんをバレないようにちらりと覗き見する。詳しい表情は見えないけれど、どうやら唖然としている、みたい?
もしかしてドン引きですか?! あー、尊花さんの好感度ポイントが滑り台みたいに急降下していくのを感じる。
さよなら、わたしの青春。おはよう引きこもり生活。
「……あっ! も、もちろん! 私、嬉しいよ!」
次の瞬間、空を切っていた右手が暖かいもので包まれる。
顔を見上げれば満天の笑顔。宵に落ちそうな太陽に変わって夜を照らしてくれるかのような元気いっぱいの表情だった。
「ぴ、ぴやぁ……」
「ありゃりゃ、美鈴さんフリーズしちゃった」
「…………はっ! これは夢?!」
「現実だよ! 一緒に帰ろ! 美鈴ちゃん、まゆちゃん!」
「は、はひぃ……」
噓でしょ。嘘じゃないの? ドッキリとかじゃなく?
まさかの尊花さんルートでいいんですか?! いや、でも尊花さんルートとかなかったですし。
ファンディスク……。なぜわたしに授けてくださらなかったのですかぁ……およよ……。
意気消沈しているのももったいないので、できるだけ印象よく振る舞わなければ。
自分に嘘をつくのは陰キャの得意分野だ!
「えっと……いい天気ですね」
「もう夜だけどね! あ、見て! お月さま綺麗だよ!」
「あっ……。そ、そうですね……」
元気に月を指さす尊花さんはかわいいなぁ。じゃなくて。
受け答え下手すぎないか? だってわたし陰キャだったし。
そうだ。陰キャは自分に言い訳をするのも得意分野だった。
だってぇ! あの憧れの市川尊花ですよ?! そりゃあ緊張して言葉なんてものは出てこないわけでしてー! はぁ……。
「……えっと。尊花さんも綺麗ですよ?」
「えー、そうかなー? 美鈴ちゃんの方が綺麗だと思うよ?」
「そ、そんなこと、ないです! 尊花さんの方がわたしの5000兆倍綺麗だし!」
「はーい、ストーップ! これ以上は絶対不毛になっちゃうよー」
そ、そうだ。この話をすると数字が1那由他まで行きかねない。
そういう話をしたいんじゃなくて。えーっと……。
まゆさんがアイコンタクトで伝えてくれる。そうだ。いま言いたかったことはちゃんと用意してきたんだ。
「尊花さん」と真面目な声色で先を進む彼女を呼び止める。
振り向く艶やかな黒髪が夜闇に反射して、ため息を付くぐらいの美少女が浮き彫りになる。
わぁ、本当に美しい。……って、そうじゃなくて。
「え、っと。こうやって話すの、1週間ぶり、ですね」
「あー、そういえば。ここのところ忙しかったからねー。声かけようとしてくれてたよね?」
「っ! は、はい! でも、タイミングが悪かったみたいなので……」
「あはは、そうだねー」
ちらりと横目で女神のまゆさんを見る。
頑張れって、両手を胸の前で握ってエールを送ってくれている。
うん。他でもない、女神のエールにはちゃんと答えなきゃ。
「あのですね。……一週間、ずっと話せなくて」
言え。言え! 言っちゃえ!
「さびしかった、です……」
もはや顔など見ていられないほど俯いて、熱を地面に流そうとする。できない。現実は非情だ。
天使にこんなことを言うなんてどうかしている。
人の関係っていうのは、もっと軽いもので、たくさんいるもので。決してわたしが今しているようなことを伝える間柄ではないはずだ。
尊花さん、なんて思うかな。引いちゃったかな。重たいって、切り捨てられちゃうかな。
怖い。いつだって自分の気持ちを口にするのは、恐ろしい。声に出して、嫌われるかもしれないという覚悟を胸に抱かなきゃいけないのだから。
――だから、その答えは予想外だった。
「うん。私もだよ! 一緒だね!」
コンクリートの地面から視線を尊花さんへと向ける。
まただ。あの時の笑顔だ。
わたしと初めて出会ったときの、真っ直ぐなマリンブルーの瞳。
画面の中ではなく、本物の輝き。
「いっしょ……?」
「うん! 私だってずーっと美鈴ちゃんと話したくって、うずうずしてたんだよ?」
「一緒?」
「そうだよ!」
「……一緒」
その言葉を噛み締める。一噛み二噛み、たくさん咀嚼して、ようやく飲み込むことができた。
「やっぱり、夢なのかな?」
「夢じゃないよ! もう、変な美鈴ちゃん!」
「え、えへへ……」
やっぱり、推しには敵わないや。光の存在すぎて……。
「美鈴ちゃん?」
「美鈴さん?!」
バタン。そのままキューっと意識が縮んでいくのを感じる。
あー。幸せって、こういうことを言うんですね。御年ハタチと15歳、勉強になりました。
「美鈴ちゃん?!」
「あー、美鈴さん、まただねー」
どうやら、推しと一緒に歩くのはまだまだ遠いみたいです。
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