第11話:主人公は俺! 俺?! 俺俺俺俺!!

 ――櫻井万葉。


 その名を聞けばだいたいの人が「あ、ライクオアラブの主人公だな」って思いつくぐらいには、プレイヤーの中で有名なキャラクターである。

 容姿最高、学面そこそこ、私生活も悪い場所はなく、ちょっと不良をやっているけれど、それも悪ノリが過ぎるだけ。

 一言でいえば、人を愛するために生まれてきた完璧超人が彼である。


 ま、主人公なんだから当然だよね。

 わたしなんかそのあまりのさわやかイケメンオーラに当てられて、消し炭になりそうだし……。


「あ、すみません……」

「いやいいよ。それより馬場、お前初対面相手に、何やってるんだよ!」

「ん? そりゃあ、サイン会だぜ」


 サムズアップしている赤髪の彼女のことも思い出した。

 彼女は馬場鈴鹿。絶世の美女の見た目であるにもかかわらず、中身は残念というギャップの塊ここにあり、という人物だ。


 主人公の悪友枠であり、鈴鹿さんについても専用のルートがない。

 強いて言えば、万葉さんが誰とも恋愛に陥らなかった友情ルートのヒロイン。その時の反応がなんとも可愛らしいっていうか。普段そういう素振りを見せないのに、お前がいればいっか、って言われた時の嬉しそうに友達やってる姿が本当にキュンキュン来るっていうか。


 多分このENDの2人は大学ぐらいになってもバグった距離感でくっつかないんだろうなー、って妄想をいつもしている。

 二次創作でもそういった需要があり、たまに目にするからベストカップル度でいえば、きっとこの2人に勝るものはないだろう。


 話が脱線したけれど、馬場鈴鹿さんは相当頭がお粗末だ。

 通称、黙っていればエリザベス一世。とか、名前の最初と最後を取ってバカとも言われたりもする。可哀想に。


「バカかお前は。初対面にボディタッチはないだろ」

「いやいや、アタシはずっと見てたぜ! もちろん雑誌の中でな! いやぁ、雑誌と本人とじゃ触感が違うよな……」

「当たり前だろ……」


 雑誌を開く素振りを見せたり、輪郭を覚えたかのように頬をなでる仕草。とにかくタッチにランゲージと、身体が動きやすい人。

 多分運動もできるんだろうなー、って遠い目で見てます。

 その視線に気づいたのか、万葉さんが今まで険しかった顔を諦め、にっこりと笑ってこちらを見る。

 きゃー、そのさわやかの波動で溶ける―!


「ごめんな、このバカがセクハラして」

「バカってゆうなし!」

「じゃあもっと距離感を大切にしなさい」

「何センチぐらい?」

「そういうことじゃねぇよ!」


 あぁ、生でこの2人の漫才が見れてる。神……。

 って、感傷に浸っている場合じゃない。早く、なんとかこの場から離脱しなきゃ。


「い、いえ。大丈夫です……」

「大丈夫なんだったらサイン書いてもらうぜ!」

「そういう大丈夫じゃねぇよ」

「あはは……。で、では……」


 同性ならいざ知らず、異性なんてわたしが50人いても一気に即死しかねない。わたしが長女でよかった……。次女だったら空に昇っていた。


「お、おい! サイン!」

「バカ野郎、行かせてやれって」

「ちぇー、仲良くなる機会だと思ったのに」


 ごめんなさい。それはもうちょっと、なんというか。1か月ぐらい学校に慣れてからでお願いします……。死ぬってわたしが。

 嵐のような人物の奇襲を受けて、ボロボロになったメンタルを必死の持ちこたえて、校門へと歩いていく。あぁ、遠い……。遠すぎて校門自体が遠のいていくようだ……。

 あー、なんか視点が、さがって。いる、ような……。


「お、おい!?」

「美鈴?!!」


 最後に聞こえる声は先ほどまでわたしと会話していた鈴鹿さんと万葉さんだった。

 あやふやな意識の中で、1つの言葉が浮かんでもやへと消える。


 ――またやらかした。


 ◇


「はっ?!」


 見知った天井。肌触りのいいシーツ。うん、ここはリスポーン地点だ!


「うわぁあああやらかしたぁああああああ!!!」


 思わず声が出た。そりゃそうだよ。だって2日連続で保健室にインって。

 入学2日で常連客か、っての!


「だ、大丈夫か……?」

「うわぁあああああああ!!!!」

「な、なんだ?!!」


 びっくりしたー。いきなりカーテンの向こう側から万葉さんが覗いてくるから、イケメンの波動で急性イケメン中毒で死ぬかと思った。

 安心したのもつかの間、鈴鹿さんも一緒にベッドのそばにやってきた。その顔はいかにも罪悪感に苛まれましたって表情で、わたしの奥底で切り傷ができたような気がした。


「す、すまん……。その、嫌だったよな?」

「い、いえ! その。大丈夫ですから」


 こういうのは笑顔を見せて、大丈夫って言って立ち入り禁止にすれば、それ以上入ってくることはない。

 ましてや初対面だ。これから関わることにはなると思うが、今はこの距離感がいいと思う。


「……お前、相沢美鈴だよな? 去年急にアイドル活動を休止した」

「っ……。はい」


 そこで持ち出してくるか。万葉さん、そういえば元々美鈴のことを知っている設定だったっけ。しまったな。


「えっ、休んでたのか?! 最近見ねぇなーとは思ってたけど」

「頼むから今は黙っててくれ」

「……うっす」


 万葉さんが鈴鹿さんを制すると、改めて言葉を繋ぎ始めた。


「まぁ、どんな理由があったかは分からないけどさ。これも何かの縁だし、俺たちと仲良くしてくれるか?」


 彼の言葉は心地よかった。深くまで入ってこない立ち入り禁止のテープの前で、撫でるような声色。

 その距離感も、優しさも。何もかも都合がよくて、その判断に委ねてしまう。

 この人には本当に悪意とかはない。鈴鹿さんも含めて、ただただ仲良くなりたいだけ。

 この優しさが、並み居る女性を篭絡してしまう距離感が、彼の本当の魅力なんだ。


「ずるいなぁ」

「え?」

「あっ! いえ! わたしでよかったら、よろしくお願いします」


 昔のことを思い出した。優しさは柔らかな刃だ。いつの間にか傷をつけてしまう。

 傷をつけられたことを思い出して、胸を少し撫でる。大丈夫、まだ失敗してない。


「よろしくな! アタシは馬場鈴鹿! こいつが主人公さんの櫻井万葉だ!」

「お、おい!」

「ふふっ。よろしくお願いします、主人公さん」

「お、お前なぁ……」


 そう、友情で済めば関係は絶対に崩れないんだ。

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