第3話:陰キャ、高校デビュー
「……小さい」
小さい。何が? 誰が?
わたしですよ! 悪かったなぁ!!
転生前のボディはそれはそれはナイスバディ! というわけではなかったが、それなりに身長はあったし、それなりに胸だってあった。
超高スペック転生後アイドルボディを目にして、初めは目を輝かせていたよ。
でもね、1年もこの身体で過ごしていたら、不都合だって起きるわけで。
「これ、ブレザーって呼べる? 入学したての男子中学生かっての」
萌え袖、とは聞こえがいいが、要するに身体がブレザー制服に合っていない。情けない。
「お母さんに頼んでカーディガンとか用意してもらおうかなぁ。でもあんまり迷惑かけるのもなぁ……」
カチッ。カチッ。カチッ。
時計の針が3回繰り返す。わたしはおもむろに部屋のドアを恐る恐る明けてから、震える足で1階のキッチンへと降り立った。
目的は、そう。この白い液体だ。
「牛乳くん。君にわたしのすべてを託した」
コップに入れた牛乳をグイっと一飲みしている最中に思い出したことがあった。
それは牛乳には身長が高くなる栄養素はあれど、栄養素だけでは成長はしないという点だ。
ホルモンや運動、睡眠だって大きく関与しているという話。それから、遺伝。
お母さん(転生後)の身長は確かそこそこ小さかった気がする。
お父さん(転生後)の身長も男性にしては少し小さかったような……。
空になったコップをシンクの中に叩きつけた。
「そんなことあるわけない。大丈夫。小さいままとかありえないし」
歳をとってもジュニアアイドルとしてやっていけるとか、そんなのあってはいけないのだ。
流石にもうアイドルとしてやって行こうだなんて微塵も思ってないけど、それでも。それでも20歳にもなって子供身長などと煽られたくない。
だから牛乳くん、頼んだよ。パックを冷蔵庫に入れながら未来の自分を託す。
息を、吸って。吐いて。準備は整えた。大丈夫。
わたしはこの日のためにひきこもりを卒業して、力技で恐怖を克服した。
外を散歩したり(人を避けながら)、ちょっと電車に乗ってみたり(人を避けながら)。
よし。相沢美鈴、やるぞ。相沢美鈴、戦うぞ! 勢いに任せてうぉおおおおお!!!!
スクールバッグを持ち、ローファーを履いて、ドアを開いてダッシュ!
あ、鍵かけ忘れた。ガチャっとかけて。うぉおおおおお!!!
「はぁ……」
もう辛い。対人恐怖症ここに極まれり。
周囲にいる高校生たちがいるだけで怖い。視線がこっちを向いているとか向いてないとか、そんなの関係ない。そこに存在するだけで辛いのだ。
ただ楽観視できることはある。わたしが "あの" 相沢美鈴だとは気づかないからだ。
一般生徒として通れるから、まだ心の安寧は取り戻せる。だから下を向いて、背筋を丸めて、鬱々と登校する。これでアイドルだった過去なんてさっぱり卒業だ。
それでも対人恐怖症というものがそう簡単に克服できるわけもなく。
校門から学校に入れば、その足でそそくさと戦線を離脱。誰もいない木陰の下で、死体のように木の幹に寄りかかった。
「あぁああああああ、しんどい……ムリ。つらつらつら太郎……。なにあの陽キャの集団。光の存在すぎて、わたし溶け死ぬ……。蒸発してまた転生するんだ。……ははっ」
もう瀕死である!
HPが100あるとすれば、今はマイナス5000兆点!
わたしはいま50兆回死んでいるのだ!!
そんなオーバーキルを受けてしまえば、そのまま地に伏せて雑草が生えてくるのを待つしかないのだ。
嘘。せっかくの制服が汚れるから、木の幹と同化させて。何百年経ったかな? え? まだ100秒ぽっち?
「みんな強いなぁ……」
木の幹から遠い目で入学生一団を目にいれる。
どうも、木のつら之です。
彼らはメンタルつよつよパーフェクト超人なのでしょう。それが300人前後もいるんだから、この世界って陰キャに厳しいなぁ……。
「やめてぇ……。人生やめてぇ……」
頭痛くなってきたよホント。こうして桜の木陰でがやがや聞こえる声を遠くに耳にしながら見上げる空は心地がいい。
吹く風は春。肌を撫でるような優しい風が涼しい。人混みで熱した身体を冷やしているみたいだ。
桜の花びらも風に乗って入学を祝ってくれているみたいだった。
まるで、実はわたしはこの世界の住人ではないのかもって思わせるみたいに。
「……まぁ実際そうなんですけど」
神様はなんて試練をお与えになられたのか。
でもあれを神様って呼びたくないな。様付けしたくない。神とも呼びたくない。
何て呼ぶかは、今後の課題ってことにしておこう
「ねぇ、何してるの?」
「……え?」
声が聞こえた。優しい声だ。
振り返った瞬間、桜の花びらとともに出会いの予感がふわりと彼女を運んできた。
風に流れる艶やかな夜が木陰からこぼれる光で輝く。
少し幼く、きちんと女性として成長している証の指がなびく髪の毛を抑える。
ちょうど風が止むと、少したれた目のマリンブルーがわたしを見つめた。
その目に、髪の毛に、姿に。わたしは心当たりしかなかった。
「……尊花、さん」
こぼれた声はしまったという考えすら捨て去るほど。
どうしてここまで運命的な出会いができるのだろうかと、都合よく神様に感謝するのだった。
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