第6話
それから、私達は土台となるプロットを元に意見を交換しあった。
私がこういう要素を加えると、お話がより魅力的に映るかもしれないと提案すると、父はそれを元に、設定に改良を加えていく。
さらに、それをきっかけに彼も新しいアイデアを出していく。
その工程が三日ほど続き、話の骨格が固まると、ようやく次のステップ、漫画のネーム作業に取りかかる。
ネームでは漫画を実際に描くにあたって、どういう風に話を見せていくか、いろいろ考えていかなければならない。
具体的には画面の構図、キャラクターのセリフ、コマ割りの配置などだ。これらを効果的に使えるかどうかで、漫画の面白さが大きく変わってくる。
このネーム作業の仕事を、父がやることになる。母と一緒に漫画を描いてた時もそうしてたらしいから、自然と彼がやる運びになった。
しかし、何度も言うように、彼は長いこと、漫画を描くことが出来ずにいた。
当然、ネーム作業に関しては大きなブランクがある。
その点に懸念を覚えていたが、彼は三日で、ネームをかきあげることができた。
その内容も素晴らしいものだった。
プロットを完成させたことで、漫画を描くコツを思い出したのか、母をモデルにしたヒロインを描くことが、彼のやる気を引き出したのか、理由は分からないが、彼の表情は満足そうだった。
それは私にとって良いことだ。家族の喜びは私の喜びだから。
「さて、ここからは私の仕事だ」
早朝六時、私は自分の作業机に座り、タブレットを見つめる。
そこには漫画のネームデータが表示されている。このネームを基に、実際に漫画を描いていく。
漫画制作が始まって二週間がたった。
プロットとネームの工程では、ほとんど、私の仕事がなかったから、ようやく自分の出番が回ってきたといったところだ。
ネームの出来に文句のつける余地はない、ならば、それに恥じない仕事をする必要がある。
そういった気負いがありつつも、みじんも緊張はなかった。
あるのは、無尽蔵にわく高揚感だ。
タブレットペンを取り、タブレットに絵を描きこんでいく。キャラクターを描いていく。
プールの水を心のおもむくままにかきわけていくように、筆はのびのびと進んでいく。
画面の中には、私がよく知っている人がいる。
少年と少女、二人は私の大事な家族の生き写しだ。
二人を描いてると、心が温かくなる。懐かしさが蘇る。三人家族だった頃の日々を思い出す。
少女が笑った表情をかくと、母が私に笑いかけてくれたことを思い出し、笑みがこぼれる。幸せな気分になる。
そう思えるのは、少女のしゃべる言葉には母の心がしっかり息づいてるからだ。
だから、投影し母を感じてしまう。それは愛のなせる技だ。母のことを深く知り、深く愛していた父だから、できることだ。
気づくと私の心は、すっかり昔の頃に戻っていた。
私は無邪気に遊ぶ、子供のように、自由な心で漫画を描いていた。
没頭するように作業を続けた。
昼前になると、下書き五ぺージを描き上げることができた。順調に進んでいる。
私はイラストの少女を眺める。彼女は今にも動き出しそうだ。生き生きとしている。まさに、少女時代の母そのものの姿だ。
下書き作業をする前に、十四の頃の母の写真を何枚も見て、観察した。
笑った時の表情の動き、話す時の姿勢、幼さから醸し出される雰囲気、ときおり見せる小悪魔めいた表情、その全てを記憶の中に深く焼き付けた。
おかげで、当時の姿を鮮明に捉えることができる。これはその成果だろう。
私は画面の上から、イラストの少女に手を添える。
愛おしさがこみあげてくる。
「本当、生きてるみたい」
私が話しかけたら、返事してもらえるかもしれない。
そんな、おかしな考えが、よぎって苦笑してしまう。
そんなはずないのに。
「はは、ホントすごい、見れば見るほど私そっくりだ」
「えっ……」
懐かしい声がした。鈴を転がすようなきれいな声だ。思わず、声のした方を見る。すると、机の横に、一人の女の子がたたずんでいた。
「久しぶりだね、朝凪」
我が目を疑った。
白いワンピースを着た、十四歳くらいの長い黒髪の少女。
その外見は、私が今描いてる少女のキャラと、まったく同じであった。
つまり、モデルである、昔の母と同じであった。
少女は愛らしい笑みを浮かべて、私を見つめている。その表情も、私がよく知っているものだった。
不可解な自体に、私の頭は混乱する。私は、おぼつかない声で言った。
「お、お母さん?」
そう呼ぶと、少女は嬉しそうに返事をする。
「うんそうだよ。あなたのお母さんの涼城夜鈴だよ」
「嘘……だって母は死んだはず……」
それに、死んだ時、母は二十九歳だった。
若返ってるのは、明らかにおかしい。
母が笑みを消し、真面目な顔をする。
「確かに、私は死んだよ。もう肉体はここにはない」
「じゃあ、今ここにいるあなたはいったい? 」
「うーんと、どう言ったものか……」
彼女は額をトントンと叩き、難しい顔をする。
私はじれったい様子で、彼女の説明を持つ。
「そうだねー、ちょっと長くなるけど私の体験談を聞いてくれる? その方が話が早いと思うから」
それで、今の疑問を払拭できるなら……。
私が首を縦にふると、彼女は「よしそれじゃあ」と言って、近くのベッドに座りこむ。
そして、何かに思いを馳せるように遠い目をすると、穏やかな口調で話をはじめた。
現状の整理がつかない私は、動揺冷めやらぬまま、それに耳を傾けた。
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