第5話

「そうだ、キャラ設定から、実際にイラストに描きおこしてみたんだ。見てくれる?」

「もう描いたのか?」

「うん、プロットの感想言うの忘れて、夢中で描いちゃった」

「すっかりその気ってわけか」


 私は、机からタブレットを持ってきて、また元のベッドの位置に座り直す。

 タブレットを操作し、先程描いたキャラクターを画面に写すと、それを父に見せる。

 すると、父は目を見開き、信じられないものを見たかのような顔をする。

 それがどのような感情からくるものなのか、私には分からない。

 私が描いた絵が想像より、上手かったのだろうか、それとも下手だったのだろうか。

 緊張し、少し身構えてしまう。


「なんで……どういうことだ?」

「なんでって、何が?」

「俺と夜鈴がいる……」

「えっ?」

「俺と夜鈴がいるんだよ!」


 父は戸惑いながら、画面の中のキャラクターを指差す。


「あっ……」


 私はそこで気づく。先程、キャラクターを見て感じた、心の引っ掛かり。

 奇妙な違和感の正体。

 私は手元のタブレットを操作し、ある画像ファイルを表示させる。

 私のタブレットのデータの中には、父と母がこれまで撮ってきた写真データがたくさんある。

 二人の子供時代から、結婚してからのものまで。データは父からコピーさせてもらった。亡くなった母が今までどのように生きてきたか、知りたくなったのだ。

 映し出された画像は、父と母が十四歳の時のもの。二人はどこかの公園を背景に、幸せそうにピースをしている。

 その表情には、子供らしいあどけなさがあった。

 見た瞬間に、私の鼓動は大きく震え上がった。遅れて、混乱が頭を支配する。

 横でそれを覗く父も、瞳を大きく震わせる。

 先程見たイラストと、並んで映るように表示させる。

 見比べると、それはとてもよく酷似していた。

 イラストに描かれた少年少女は、写真に映る父と母の特徴を、余すことなくすべて鮮明に捉えていた。まるで、合わせ鏡のようだった。

 どうして、私はこのイラストを描いたのだろう? 私の両親の子供時代を描こうとしたんだろう? 

 そこには何かしらの意味があるように、感じられた。

 同じ混乱の中にいる父は、口元を抑え、思案げな顔をしている。

 しばらくすると、彼は真顔でこう言った。


「ヒロインのキャラクター設定を作った後、そのキャラが物語の中で、どういうことを言うか、どういう行動をとるか、しばらく考えた。その時、なぜか救われた気がした。優しい何かに包まれてるみたいに、心が温かくなった。今思うと、その温かみは夜鈴が隣にいた時に感じたもの、それと同じものだった」


 ああ、そっか。 

 ようやく合点がいった。

 父が最初に考えたから、私はそれを形にしたんだ。


「つまりさ、俺は夜鈴にまた会いたかったんだよ。物語の中でもいいから、彼女を蘇らせて、その隣にいたかったんだ。だから、十四歳だった時の俺と夜鈴を、主人公とヒロインのモデルにしたんだ。無意識に……」


 父は瞳を震わせる。私は胸がしめつけられる思いだった。

 彼の無意識の願望。それは、私自身の心の中にもあるものだ。

 そのことにようやく気づいた、

 昔、母は私に話してくれた。父と一緒に過ごした子供時代の頃の事を。

 当時の写真を見せながら、話してくれた。

 私はそれをよく覚えていた。だから、父と母がモデルのキャラクターイメージから、彼らをイラストとして再現することができた。

 私も無意識に母を求めていたのだ。どうしようもなく、愛していたのだ。

 そして、父と母が一緒にいる未来を望んでた。

 このことを話すと父は「お前も同じ気持ちだったんだな……」と言って、納得した顔をする。

 私は失ったものの重みを改めて知り、胸が苦しくなる。気づくと、涙がこぼれていた。

 父はそれを見て、深刻そうな顔をする。そしてためらいがちにこう言った


「キャラ、また一から考えなおすか……」

「えっ……」

「今のやつでいくと、お前は思い出すだろ? 何度も夜鈴のこと。それはつらいだろ……」


 父はじっと私を見る。

 その手は震えていた。

 当然だ。虚構のなかとはいえ、自分の手の中で蘇った大切な人を消そうとしているんだから。

 今の発言は父にとって、断腸の思いのはずだった。

 私はすぐさま首を横にふった。

 父のためだけにそうしたんじゃない。

 私のためでもある。


「うんうん……このままがいい」

「いや、でも……」

「嬉しかったんだ。いなくなったお母さんとまた出会えた気がして……だから、このままがいい」


 本心からの言葉だ。嘘じゃない。

 涙をぬぐい、自分は大丈夫だと言うように、笑顔を作る。

 父は、黙ってそれをじっと見つめ、それから、安心したように笑みを作った。


「わかった。今のキャラのままでいこう」

「うん、そうしよう」


 この話を描くことができたら、私達家族は大きく変われる気がする。

 そんな、期待のようなものが胸の内からふつふつとわき上がってくる。

 場の空気が和らぐと、私はからかうようにこう言った。


「でも、よかったね、自分と自分の好きだった人のイチャイチャを描いてもらえるだなんて。それも実の娘相手に。普通だったら、ドン引きものだよ」

「た、確かに、改めて考えるとすごいことしてるな俺。うわ、恥ずかしい。穴があったら、入りたい」


 赤くなった顔を、手で覆う父。

 私はその反応に、くすりと笑いながら、言った。


「だから、描いてくれる人が理解ある娘でよかったね」

「ああ……まったく、本当、よくできた娘だよ」

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