第4話

 父と私の漫画制作が始まった。

 ということでまず、どんなお話を作るか考えるプロット作業をしなければならない。

 長年父は、そのプロットを作ることができなかった。漫画を作ることができなかった。だけど、私には確信があった。

 今の彼なら漫画を作ることができる。その根拠を彼の瞳の中から見た。

 彼は相変わらず、人生に疲れたやつれた顔をしている。でもその瞳には希望が芽生えていた。意思の力を感じ取る事ができた。

 作業開始の最初の五日間は、パソコンの作業画面にわずか数文字を打ち込んで、消してく工程を繰り替えしていた。

 今までと同じように、前に進まない作業をくり返していた。ずっと同じ場所で立ち止まっていた。

 でもそこに絶望の気配はない。

 それは自身の殻を打ち破る前兆に見えた。事実予想は当たっていた。

 作業六日目、彼はたどたどしくも、キーボードで文字列を重ねていった。

 五行、十行と、その速度は時間とともに、ましていった。

 それを見て、私は心底喜んだ。次の日の午前中には、プロットは完成し、私はお疲れ様と彼をねぎらった。


 その後私は、プリントアウトされたプロットを父から受け取ると、自室に戻り、一人でそれを読むことにする(近くに人がいると、集中して読めないかもしれないから)。

 プロットには話の概要と、キャラクター設定、2つの項目があった。

 まず、話の概要に目を通すと、その内容に私は心を奪われた。


 それは二人の少年と少女の話だった。

 疫病、環境汚染により、食料不足、国家間の摩擦による核戦争、様々な事情が重なり、人口は激減し、人類は滅びを迎えつつあった。

 誰もが希望をなくし、主人公である少年も生きる意味を見失っていた。

 しかし、ある時少年は、ある一人の少女と出会う。

 少女は世界の絶望をあざ笑うかのように、どこまでも明るく、前向きに人生を生きていた。

 彼女に影響されて、少年も前向きに人生を生きるようになる。

 やがて、少年と少女は引かれ合う、愛し合うようになる。

 少年は結局、疫病で死んでしまうが、幸せな人生だったと、笑って、最期を迎えた。         

 少女も笑ってバイバイと見送り、そこで物語は終わりを迎える。


 なんて、せつなくも美しい物語なんだろう。感情が強く揺さぶられる。やはり、父は天才だ。

 次いで、主役二人、少年と少女のキュラクター設定を見る。

 これもやはりすごかった。

 味わい深い個性があり、このキャラをもっと見たいと思わせる魅力があった。創作意欲がかきたてられる。

 気づくと、机にあるタブレットとペンタブに手がのびていた。

 タブレットを起動すると、漫画作成用の作業ソフトを開き、ペンタブを画面に走らせる。はんば、衝動に身を任せるように手を動かす。

 三十分が経過したとこで、手を止めると、息をつき、椅子にもたれかかる。

 達成感を感じながら、二人のキャラクターの立ち絵が描かれた画面を見る。

 我ながら、よくできたと思う。二人の特徴をうまく絵に落としこむことができた。          

 じっと眺めていたら、なぜだか不思議と懐かしい気持ちになった。

 このキャラ達を始めてかいたはずなのに、もうすでに知っている気がする。

 なんでだろう? 

 そんな事を考えていると、ふとドアが開き、父が顔を覗かせる。


「もう読み終わったか?」


 どこかそわそわした様子で聞いてくる。

 そうだった。漫画のプロットの意見を父に言わなきゃいけなかった。

 絵の作業に夢中で、すっかり忘れていた。


「ああ、うん、読み終わったよ」


 頭の中に渦巻いてる疑問は、一旦忘れよう。今はすべきことがある。

 父を部屋に招き入れると、私達は、ベッドの上に座る。


「それでどうだった?」


 ごくんと、つばを鳴らし、おそるおそる聞いてくる父。

 額に薄っすら汗がにじんでいる。

 すごく緊張してるのが分かる。

 その様はさながら、大学の合否を確認する受験生である。

 あんな、すごい企画を作れるんだから、もっと堂々としてればいいのに。いやでも無 理ないか。六年間ずっと描けなかったんだ、自分に自信がなくても仕方ないか。

 私は彼を安心させるべく、プロットを読んだ感想を正直に話した。

 父は両手を強く握り、黙ってそれに耳を傾ける。


「……ということですっごく良かったよ。きっといい漫画になると思う」


 気づくと、弾んだ口調になっていた。いざ話すと、先程の興奮が蘇ってしまったのだ。


「そうか、良かったか。それはなによりだな。実を言うと、不安だったんだ。俺の感覚がもう世間からずれてるんじゃないかって」


 父は肩を撫でおろし、安堵の表情を浮かべる。


「安心してよ。この作品のクオリティは私が保証する。天国にいるお母さんも気に入ると思う。もしかしたら、「私が描く!」って言って化けて出てくるかもよ」


 おどけるように言うと、父は少し寂びそうに微笑んで、天井を見上げる。


「そうなったら、俺は泣いて喜ぶよ」


 父の言葉に、私はしんみりとした気分になる。


「……私も同じ反応すると思う」


 つい母のことを話題に出してしまった。

 おかげで、変な空気になってしまったが、父がやる気を出してくれたなら、結果オーライだろう。

 私達はしばらく、感傷に浸りきると、元の漫画制作の話に戻った。

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