第2話 少女の気持ちの変化と思惑

ユイちゃんが来てから数日たったある日、私の部屋の扉をぎこちなくたたく音がした。

「アノマさん、入ってもいいでしょうか?」

「どーぞー」

ようやっと話す気になったのだろう。

いや、もしかすると”ここは何なんだ?”という疑問に抗えなくなっただけかもしれない。

恐る恐るという感じで、ユイちゃんが部屋に入ってきた。

「さ、お話したいことがあるんでしょ?こちらへどうぞ」

私が席を進めると、おずおずと進んできて向かいの椅子に座った。

今日は髪をまとめずにまっすぐに下ろして、白いブラウスにダークブルーで太めのひだ幅のひざ丈スカートをはいている。

うん、清楚でかわいらしい服装だ。

「えっと、いろいろとお世話になりました。ありがとうございます」

「どういたしまして」

「あの、なんで私を助けてくれたんですか?」

「死にたいって言いながらも生きたいって顔をしていたのと、貴女に魔力があったからよ」

聞かれるであろうことはわかっていたので、すんなり答えてあげる。

すると、彼女の表情が訝しげなものになった。

「あの、魔力ってなんですか?そんなもの人間にはないと思います」

そうね、いまラジオから聞こえてくる”人間”の情報を聞く限り、こんな話信じられないでしょう。

”魔法”なんていったって”手品”としか思わなくなった人間たちには縁遠い、おとぎの国の話になってしまってだいぶ経つもんね。

「そーねぇ、説明してあげてもいいけれど、まずはあなたの話をしてもらってからかな?何があってこんなところまで来たのかしら?」


彼女からの言葉で、トワに覗いてもらった記憶と間違いがない内容だった。

ちゃんと素直に事実を話せることは大切だ。

あと、この塔にきたのは偶然だったようだ。

スマホ?の電波の入りが悪いこの森を三日ほどさまよい、いよいよスマホの電池も切れ、引き回していた男が捕まったとしても、罪を増やさないために自分の存在などなかったことにするだろうことから、このまま野垂れ死ぬことも覚悟したとき、この塔を見つけたそうだ。

別に意図的に自殺しようとしていたわけではなかったが、人生をあきらめかけていたとのこと。

こんなところに人が住んでいるはずがない、せめて少しだけ雨風が防げればと思っていたら、私が出てきて驚いたそうだ。

「こんな山奥の廃墟みたいな塔から、銀髪赤目のゴスロリが出てくれば誰でも驚くと思います」

「そう?でも似合うでしょ?」

私この格好気に入ってるんだ。

コンビニで買った雑誌に載ってた服装でここ最近で1番可愛いと思った服装だ。

「…まぁ、お似合いだとは思います」

ユイちゃん?ロリババァってなにかな?

声出てなくても口の動きで分かるからね?

私見た目だけならまだ18歳なのよ?

ババァはやめて欲しいな?

「さて、素直に話してくれたユイちゃんのために、ちょっと説明をしてあげましょう」


*****

まずはこの建物から。

これは、過去に”恐れの塔”と言われて敬われた建物だった。

私が管理者をするよりずっと前、うーんと本当に昔からこの塔はあったんだって。

私も先代からの託けと本の記録でしか知らないけれど、人類が生まれる前からあったものだそうだよ。

この塔以外にも、世界各地に何個か似たような塔があるそうで、この星の要石になっているんだそう。

人類が生まれる前の大量絶滅なんかは、その当日の動物たちの魔力が少なくなったことで起こったらしい。

で、人類が生まれてからは徐々に”恐れの塔”とか”聖なる塔”とか呼ばれて、世界各地で敬われたり、畏怖の念で接されたりしていたんだって。

たまに、ドラゴンの神話とかあるでしょ?あれは塔の管理者が恐竜だったりした時があるからだよ。

魔力を持ち、塔の妖精さんから魔法の使い方を教わると、ありえないぐらいの長寿命になるからね。

で、私はこの国で、二千年ぐらい前に捧げものとして捨てられた子供ってわけ。

当時先代の管理者がそろそろ次代をと考えていたところに、私は捧げられたわけだけど、俗にいう魔力量が豊富だったので、育てられることになったらしい。

そうじゃない場合はどうしたかって?

自然の摂理に任せたんじゃないかな?


「なんか、結構世知辛いですね…アノマさんはそういうささげられた子供とかどうしたんですか?」

「だいたい魔力無しばっかりだったから放置」

「うわぁ」

ユイちゃんがドン引き顔だ。

仕方ないじゃない。数年に1度とはいえ捨て子を育てられるほど人間で来てないんだもの。

「で、魔力っていうのはこの二千年で生物も含めずいぶん減ってきたの。多分星としての力が弱まってきてるのね」

「じゃあ何で私には魔力なんてものがあるんですか?呪文唱えて火とか出せませんよ?」

「魔力や魔法ってこの塔の中じゃないと使えないのよ。それに使うと言っても”想像を具現化する力”が魔力って感じなのね」

「…あの部屋の内装とかが魔法ってことですか?」

「そゆこと。後貴女がここ数日残さずに食べてくれている料理とかも魔法ね」

「え」

ちゃんと調理された料理だと思っていたんだろうなぁ目が点になってる。

「今は私の魔力を使って、料理も部屋も維持しているの。だから塔は今3階建てだし、これ以上魔力を消費すると、この塔無くなっちゃうかもしれない」

「な、無くなるとどうなるんですか?」

「この星に天変地異が起こるか、最悪星がなくなります」

キリッとして答えてあげた。

まぁ現代人だと信じられないだろうけど、今後お勉強していけば塔がなくなることはヤバいことだってわかると思う。

しばらくポカーンとしていたユイちゃんが我を取り戻した。

「いやいやいや、そんなことってあります?!」

「あるよー、今から三百年前ぐらいにこの星が寒冷化したのはしってる?」

「わからないです…」

「まぁそういうことがあったんだけど、あれは確か星の裏側で北のほうにあった塔がなくなった影響なんだよね」

「えぇ…」

「あとこの島にある山も噴火したと思うな」

「富士山の噴火ってやつですか?」

「多分それ」

流石に位置とかは詳しく知らないけれど、塔の消滅は結構な影響が星にでる。

「今のお話を聞くと、他にもこんな塔があるように聞こえるんですけど」

「あるね、ここ以外に10本ぐらいはまだあるかな」

「結構ある」

「地球ができた当初は100本以上あったらしいけど」

「だいぶ減ってる」

「生き物たちの魔力には波が合ってねぇ家畜に魔力はないし、おかげで人間も魔力は無くなってる。そして日々生き物たちは死んでいるから、今ある塔を維持するのが精いっぱいってところかな」

トワがいつの間にか入れてくれていたお茶を飲む。

うん、美味しい。

「あの、塔がなくなるとどうなるんですか?」

「大量絶滅みたいなことが起こるね。隕石が落ちるとか全球凍結とか大噴火とか…塔は星の寿命みたいなもんだよ」

ユイちゃんが来なければ私が息絶えればこの塔がなくなって、また生物界に多大な影響を及ぼすはず。

そうやってこの星の生命はリセットを繰り返しているんだよね。

ユイちゃんが遠い目をしている。

理解が追い付かなくなったのかもしれない。

まぁ”科学”に慣れ親しんで、それにおぼれ切っている人類ではそうもなるだろう。

「あんまり実感がわかないんですけど」

「だと思うよ。なので、これからお勉強しようね。できればユイちゃんには後を継いでほしいから」

「つながないとどうなりますか?」

「うーん、そうだなぁ…人類の滅亡を一緒に眺めようね」

「うわぁ」


*****

アノマさんから聞かされた話は何とも荒唐無稽な物だったけれど、塔の修復魔法を見せてもらって、なんとなく本当なんだって思うことにした。

それに、一瞬で模様替えされた部屋も、毎日出される美味しい食事も、手品マジックっていうには無理がありすぎて、魔法だと言われたほうが納得できた。

私が来た時には5階だてだった塔は今では3階建てで、1階は単なる入り口って空間、2階が私の部屋、3階にアノマさんが住んでいる。

この時点で魔法だって信じるしかなかった。

私がこの塔の管理者っていうのを継がないと人類が滅亡するって言われたけど、そっちはまだ理解できていない。

私なんかが管理者でいいのだろうか?

というより、いっそ地球の環境を破壊しまくっている人間なんて滅んじゃえばいい気もしている。

でも、私が生きているうちに、そんなもの見たくはない…生きられるならわざわざ死ぬことはないと今は思えている。

「さ、今日の夕飯ですよ。お腹がすくと考えがまとまらないですからね」

トワさんが夕飯を持ってきてくれた。

いつもの様にテーブルに並べてくれる。

今日はハンバーグ定食らしい。

「これも魔法ですか?」

「えぇお嬢様の魔力ですね」

「魔力って食べられるんだ」

「食べようと思えば何でも食べられるもんですよ?お嬢様なんてこの塔かじったことも有るぐらいですから」

アノマさんは何をしているんだろうか?

「私が、アノマさんの魔力を食べることで、この塔に影響ってないんですか?」

「あったので3階建てになりましたね」

「え…大丈夫なんですか?」

「まぁ後五百年ぐらいは大丈夫でしょ、お嬢様は簡単には死なないですよ。歴代でも最高の魔力回復量を誇りますし」

カラカラとわらってトワさんは部屋を出て行った。

普段何処にいるんだろうと思って聞いたら「妖精ですから実体なんてないですよ」っていわれた。

一番謎なのはトワさんかもしれない。


炊き立てっぽいお米は粒が立っていて輝いて見えた。

おはして掬って口に入れると程よいもちもち感と甘さを感じる。

本当においしいお米って、お米だけで食べてもおいしいと聞いていたけれど、本当だった。

ハンバーグも冷凍ものとは違ってふっくら焼きあがっていて、肉汁もくどくないしケチャップベースのソースもおいしい。

物心ついたころから、両親は仕事ばかりで私は一人家でメモに書かれた冷凍食品を回答して食べる日々だった。

その後も、ホテルなんかでおごってもらうご飯か、コンビニ弁当ばかり食べていた。

美味しくなかったわけじゃないけれど、味気なく思っていたものだ。

一緒についているオニオンスープも飲みやすくておいしい。

ご飯がおいしいって幸せなんだなって思う。

なんだか、アノマさんの手の上を転がされている気もするけど、このご飯が魔法だとしたっておいしいことに変わりはない。

お腹を満たした私は机に向かうことにした。

ここには電気もないため、持っていたスマホは既に役目を終えていて、仮に充電できてももう支払いも出来ないから勝手に解約されるだろう。

そうなると、寝るまでの時間はやることがない。

電気がないくせに、この部屋が明るいのが解せないけれど、これも魔法なんだと思う。


憧れの机の引き出しには、本が何冊かと勉強ドリルが入っていた。

本は色々な物語が書かれていて、ちょっと読んでみて楽しかったから読み続けている。

今までマンガ本しか読んだことなかったし、文字ばかりの本を好んで読んだことはなかったけれど、これはとても読みやすかった。

定番のシンデレラストーリーから推理もの、戦記物?いろんなお話が数ページごとの短いお話で読める。

後は、あまりに暇すぎてドリルにも挑戦している。

どれも私にあっているらしく、楽しく勉強できている。

トワさんに聞いたら、これは魔法じゃないとのこと。

アノマさんが買いに行ったものだという。

働いてなさそうなのに、お金はどうしたんだろうか?

やれることは少ないけれど、自分が好きなことをできる時間というのは楽しいし、スマホを見ないことがこんなに心穏やかになるとは思わなかった。

初めて勉強が楽しいとも思えている。

出来れば、他にも何か趣味みたいなことをしてみたいと思い始めている。

ただ、何をしたいのかは分からない。

私は何ができるだろうか?


*****

「買ってあげたものはお気に召したみたいね」

「時間の使い方が、まだまだ人間のそれですがねぇ」

トワからの報告を聞いて、私の口角が上がる。

ユイちゃんが理想の部屋を用意した翌日、私は久々にお出かけをして数冊の本と勉強用のドリルと呼ばれるもの、数点の筆記用具を用意した。

彼女はあまり知識を持っていないようだったからだ。

私は有り余る時間をいろんな本を読んで知識を得ているが、彼女はそれすらしていなかったようだ。

「この国の基礎知識がどこまで役に立つかは知らないけれど、知らないことを知るのは大切だと思うのよ」

「まぁ知らないことを知らないのが最も愚かですからね」

トワがお茶を出してくれる。

「ところで、お嬢様。そろそろ魔力は回復したんじゃないですか?」

「うーん、そうねぇだいぶ調子は戻ったわね」

「塔を元には戻されないので?」

「必要?それ」

トワが肩をすくめる。

そらー魔力に余裕が出てきたから、前の様に5階層にすることは出来るし、それを維持するのも問題ないだろう。

ただ、ユイちゃんはまだまだ不安定なのだ、美味しいご飯を用意したり、温かいお風呂を準備する魔力を考えると、しばらく現状維持でいいと思っている。

「トワを少し大きくしましょうか」

「今更姿を変えられても面倒なのでこのままで」

「あ、そう?」

今のトワの姿になったのは確か百年は前だったと思う。

服装はここ20年ぐらいの私の趣味だけど。

「彼女、このままここに居つくとお思いで?」

「そうなるように仕向けているつもりよ」

「今のところは上手くいってそうですね」

ふんと鼻を鳴らしたトワが私の向かいに座る。

「アレに継がせるのはいいが、魔力量は大したことないぞ?私を消滅させる気か?」

急にトワが低い声を出して私に問いかける。

まったく、その見た目で男みたいな声を出さないでほしい。

何のために幼女にしていると思っているのか。

「彼女を鍛えればいいだけよ。今現在あの量の魔力を持つ人間なんて、いやしないんだから」

「人間だけじゃない、他の生物達も魔力を失っている。この星はそろそろ世代交代だ」

「でも、今のあなたは消滅したくない。じゃあ私に付き合ってくれてもいいじゃない?」

しばらく互いににらみ合っていると、トワのほうが根負けしたの目線をそらす。

「ったく、先代はとんでもない女を管理者に据えたもんね」

トワはまた、いつもの幼い声に戻った。

実際問題、普段のトワの見た目を決めているのは私だが、トワはトワの意思で姿かたちを変えられる。

トワに性別はない。

塔の妖精なんて言っているが、実際には”塔そのもの”なのだ。

トワはその一部位でしかない。

「ま、なるようになるわよ」

「お嬢様は本当にお気楽でいいですね、まったく」

悪態をつきながら、見かけだけでもお茶を飲んでトワは目の前から消えた。

さて、読書の続きでもしようかな?

そうだ、深夜のラジオでも聞きながらまったり読書を楽しむことにしよう。

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