恐れの塔~拾われ少女は、魔女と妖精に教えられて魔法使いになります~

@syatines

第1話 拾われた少女

かつて、その塔は恐れの塔と呼ばれた。

かの塔がこの地の国を滅ぼしたことは幾百もあり、歴史書にそれを読み解くことができた。

塔を破壊しようとした国は未知の病により滅んだ。

塔を敬うだけの集団となった国は腐敗し朽ちていった。

塔と適切に距離を取りし国は長らく反映したが、戦争に負け崩壊した。

塔には魔女が住む、悪魔が住む、聖女が住む。

その時々で様々な言い伝えがあり、そして物語の幕が閉じるとともに国も終わりを告げていた。

しかし、いつしか”文明”が発展し、”科学”が世界の理であることに人類が気が付くと、塔はその役目を終えたとばかりに、人々から忘れされていった。


「というわけで、暇なんですよね」

「お嬢様、それは塔を修復してからおっしゃってください」

「別に忘れ去られたこんな塔、どうでもよくない?」

「それ本気でおっしゃってます?」

「私はそれでもいいかなぁと思うのだけど」

ふぅと息を吐くメイドの名はトワ。

現在は随分とかわいらしい見た目になっているが、この塔の妖精?である。

「私はまだ消滅したくないので修復してください」

「はいはい」

しょうがないので、下へ降りるついでに修復の魔法をかけていくか…


私の名前はよくわからない。

魔女とか、聖女とか呼ばれていた。

ずいぶん昔…うーん二千年前ぐらいかな?にこの塔の前にささげられた供物の一つとして塔に住む先代に拾われて、コレの管理者と言うことになっている。

先代の管理者が死んで百年ぐらいして私が就任した。

トワからはお嬢様と呼ばれている。

二千年前のトワは恰幅の良いおばちゃんって感じだったんだけれど、私が成人するぐらいに成長してからは、ちょっと年上ぐらいの見た目のメイドさんになった。

で、ここ百年ぐらいで見た目が少女になっている。

どうも、トワの大きさは信仰や私の魔力によって決まるらしい。

先代の管理者は随分魔力が大きかったようだけど、私は”長生きするため”にそこまで塔に魔力を分けていない。

壊れたところを修復するぐらいなので、トワは随分と幼い見た目になったと言っていい。

昔は100層はあったこの塔も、今では5階建てぐらいの小さいものになっていて、森の中にポツンと立っている廃墟みたいな塔だ。


一番上の階が私の移住スペース。

その下はタダの空き部屋で、特に何というわけではない。

今はコンクリート建造物の見た目。

過去にはその時の文化に合わせて、木造だったり石造りだったりしたみたい。

一時は廃墟ブーム?みたいなので、人が来たこともあったけれど、私が出ていくと申し訳なさそうにみんな帰って行った。

お話しぐらいしたかったなぁと思う。


私の部屋は、先代から変わらず六畳ぐらいの大きさで、テーブルセットとベッドが置いてあるだけ。

かわいらしくカーテンとか絨毯とかこだわってはいるけれど、割と殺風景な部屋だ。

ずいぶん昔に買ったラジオが唯一の外界からの情報源。

インターネット?スマートフォン?こんな僻地に回線は着てないし、電波も激弱ですよ。

過去に、携帯電話を買ってみようとしたけれど、維持費払えないからやめた。

現代社会でお仕事してないからお金持ってないのよね。

魔法が使えると言っても、塔を維持して、自分の寿命をいじくることにしか使ってないから、そんなに便利な生活はしていない。

たまーに最も近くにある”コンビニ”ていうお店でお買い物するぐらいしか出かけないし。

お金ないんじゃないかって?

引き落とされる払い方じゃなければ、どうとでもなるの。ふふふー


1階まで降りていくついでに、塔の破損状況を見ながら修復をしていく。

特に考える必要はなくって、修復したいところに魔力を流してあげればいい感じ。

外側は苔むしたりしているけど、それはそのままにしておく。

あんまりピカピカにすると、見た目の違和感が半端ないので。

「おや?」

1階の出入り口まで行くと、なんだか違和感を感じた。

外に人の気配がする。

20年前ぐらいは例の廃墟愛好家達が来ていたし、70年ちょっと前は助けてほしいという人が来たことも有ったけれど、いまではかなり珍しい。

最近人間なんてまず来ないんだけど…ちょっと気になったので外に出てみることにした。


「こんにちは」

「ひっ!!」

外に出ると少女が一人。

声をかけられたのに驚いたのかぴょんと飛び上がる。

「ま、まさか人がいるとは思わなくって」

ふん、まぁそうよな。

廃墟だって言われてる塔だし。

うーん、見た感じ10代美少女?かわいらしいセーラー服はすすけているし、どうしたんでしょうね?

「立ち話もなんだから、お入りになって?」

「うぇ!?え、あー・・・はい」

目をきょろきょろさせて、どうしようか悩んでいたような彼女だけれど、素直に塔に入ってきた。

どうやら廃墟探索の人ではないらしい。

久々にお茶でもご馳走しましょうか。

「あらお嬢様。お客様なんて珍しい」

部屋に入るやトワがびっくりしていた。

そんなに驚くかね?そういえば来客なんて50年ぐらいぶりか。

「トワ、お茶をお願いね」

「はいはい」

私の依頼にするっと部屋を出ていく。

「狭いところだけど、こちらにどうぞ」

「お、おじゃまします」

美少女に席を進めて座ってもらう。

トワとは違い黒髪を後ろでまとめていて、目鼻立ちも整ってるし、なかなか美少女だ。

生娘ではないようだけど、魔力はそこそこありそうね。

塔の管理者は出来そうかなぁ?などと考えている間に、トワがお茶を用意してくれた。

さて、自己紹介をしようかな?

「私の名前はぁ…そうね…えーと」

「アノマとかでいいんじゃないですか」

トワが適当に名前を付けてくれて助かった。それ採用!

「じゃあ、それで。あなたの名前は?」

「えぇ…」

少女が困惑している。

まぁしょうがない。私は生まれてこの方ちゃんとした名前なんてないので。

「私は、二千年ぐらい前に赤子のころ捨てられて、名前がないのよ。アノマって今風でいいでしょ?」

「は、はぁ」

「で、貴方のお名前は?」

「・・・えーと、宇城ユイです。」

「なるほど、ユイちゃんね。で、なんでこんな山奥に?」

私の問いかけに随分と長い沈黙が訪れた。

まぁ言いたくないことってなると、死に場所でも探していたのかな?

でもそんな雰囲気じゃないんだよな?

「まぁ言いたくないのは分かったよ。そうだなぁこんな時間に家に帰すわけにもいかないし下の部屋を使うといいよ」

「え、そんなわけには」

「気にしない気にしない。どうせ私は人間やめてるような生活しているし、このトワも人間じゃないから”人間を気にすることのない時間”をちょっと過ごすといいよ」

「えー・・・あー、はい」

よっし言質とったので、お部屋を準備しよう。

「トワお願いね」

「丸投げですかぁお嬢様」

「魔力は渡すわ」

「じゃあ、ユイ様の好きなようにお部屋を整えましょう。行きますよユイ様」

「え、は、はい」

トワに促されて、ユイちゃんは下の部屋に向かう。

一部屋内装を何とかするぐらいなら魔力は持つと思う。

ダメなら塔を1階層ぐらい減らせばいいや。


*****

金髪碧眼の幼女メイドさんに連れられて下の階に降りる。

見た目的には小学校高学年ぐらい?

それに、さっきのアノマさんって人よくわからないことを言ってた。

というか、こんな廃墟みたいな塔に人がいるなんて驚きだ…ある意味助かったのかもしれないが油断は禁物だ。

「あの、魔力とか妖精とか冗談ですよね?」

「お嬢様は冗談を言いませんよ?私はこの塔に住まう妖精のようなもので合っています」

「…幼女のメイドさんにしか見えないんですけど」

「まぁ今はそういう見た目をしていますからね。とりあえずお風呂に入ってくださいな。」

促されるまま、服をあっという間に脱がされユニットバスに押し込まれた。

小さなユニットバス、トイレ付。

ここ2年ぐらいよく見た光景。

こんなところでも構わずに犯されたこともあったなと、嫌な記憶がよみがえった。

トイレを済ませ、シャワーを浴びる。

お湯の温度がちょうどよい。

身体を綺麗にするのなんて何日ぶりだろうか…


事は数日前。

私は交通事故に巻き込まれた。

バカな男に引っ掛かり、体を売る羽目になった私は、その男の車に乗っていた。

両親なんてもういない私に失踪届を出してくれる親族なんていない。

家賃も払えず家を失った私はその日を生きるために身を売る日々を過ごすしかなく、ついにはヤバいやつにつかまった。

男の車で次の客のところへ移動する途中事故は起こった。

単独事故だ、ガードレールの間から路肩に落ちた。

飲酒して運転していたんだから当然の結果だろうが…私は奇跡的に頭を打ったぐらいで済んだ。

シートベルトって本当に大切なんだなって分かった。

男には意識があったようだけれど、山奥だからか持っていたスマホはつながらなかった。

というか、こんな男を救っても意味はない。

どちらにせよ警察に捕まるのは確定しているような男だ。

ここに居ても自分の居場所なんてないし、いまさら保護施設なんて行きたくなかった。

だけど、もう身を売ってまで生き延びたくもなかった。

たしかに、お金はもらえるし食事にもありつける。

その日の寝る場所にも困らないが、身を削るのはもうこりごりだった。

男達から性欲をぶつけられたこの身体は、幸いにも変な病をもらうこともなかったが、快楽というものも知ることはなかった。

ただ生きようともがきながらも、もうこの世界に自分の居場所なんてないと、心のどこかで思いながら彷徨うこと数日。この建物を見つけた。

せめて雨風凌げるところで休みたい。

もしもそのまま目覚めなくても、そうなったらその時だって思っていたら、扉が開いてびっくりした。


頭を洗った後、洗面台にあるボディーソープで体を洗いはじめると、足や腕にあざを見つけた。

車は横転していたんだから当たり前か、この程度で済んで良かったと思うことにする。

そういえば、着替えはどうなるんだろう?

あの薄汚れたもらい物の制服はトワとかいうメイドに持っていかれてしまった。

石鹸の泡を流しユニットバスから出ると、柔らかなバスタオルと新しい下着にフリースが置いてあった。

先ほどは何もなかったはずの部屋は、私一人には大きすぎるキングサイズベッドが一つとソファーに小さなテーブルだけが有る部屋になっていた。

よく見たやっすいホテルの一室みたいだ。

「お体をお拭きしますね」

驚いていたらトワさんがどこからともなく表れて体を拭かれてしまった。

あざの部分には触れないようにされているのか、痛くはない。

「では、こちらをお召になってね」

そういって、準備されていたフリースと下着を渡された。

胸のサイズなんて言っていないはずなのに、Bカップの私のサイズにジャストフィットする下着をもらう。

他の服もサイズはあっていた。

「お召しになっていた服は少々質が悪いようでしたので、お嬢様から別に用意するように言われましたから、お気になさらず。それより、先の服は捨ててもよろしいでしょうか?」

「…はい、だいじょうぶです」

トワさんはにっこり笑うと私の着ていたセーラー服を抱えて部屋から出て行った。

私はベッドに腰掛ける。

思わず自分の”慣れ”に嫌気がさした。

身体を綺麗にしたらベッドへ…何時もなら服は着ていない。

今は質感の良いフリースが体を包んでいる。

もう少し味気ある部屋がよかったな…

ばったりとベッドに倒れ込んで目を閉じた私は、暇な時に読むんだ少女漫画の主人公の部屋を思い浮かべる。

一人用のベッドにかわいらしいクローゼット。花柄のカーテンに勉強机が一つ。

それほど高さのないクローゼットの上には何個かのぬいぐるみ。

後はくつろぐための足の短いテーブルとその下に敷く淡い色の絨毯…

憧れの部屋に思いをはせ、目を開ける。

そんな夢を見たって、現実は変わらな…

「うそ…」

目の前には自分が理想とする部屋が広がっていた。

私が腰かけていたはずのベッドは一人用で淡いピンク色が基調の花柄の上掛けになっていたし、自分の胸元ぐらいの高さのクローゼット付きチェストの上には、イルカやカワウソのぬいぐるみ。

アイボリーカラーの勉強机と椅子は小学生時代にあこがれたものだった。

「おや、ずいぶん模様替えをされましたねぇ」

突然声がして振り向くとトワさんがニコニコと立っていた。

「さっきは無意識で部屋を構成していたんでしょね、今度はしっかり意識されたんでしょう?いいですねぇ理想の部屋は心が躍りますからね」

気が付くと、さっきまでは黒いストラップシューズを履いていたはずの彼女は靴を脱いでいた。

部屋の中に靴はない。

何処で脱いだのだろう?扉の外に靴がそろえておいてあるんだろうか?

「いろいろ疑問もお有りでしょうが、まずは腹ごしらえを。お嬢様は明日以降好きな時に、これまでのことと今後についてお話を聞かせてほしいとのことですので、まずは調子を整えましょうね」

トワさんは持っていたお盆を足の短いテーブルにおいてくれる。

「お嫌いなものがあれば残していいですからね。とりあえず当たり障りのないものを用意しましたよ。お飲み物はミルクでよいかしら?」

あまり牛乳は得意ではない、言ったら希望が通るのだろうか?

「で、できればオレンジジュースを…」

「えぇご用意いたしましょうね」

テーブルに並んだのは、ロールパンが二つとスクランブルエッグにベーコンが2枚、一緒にレタスとミニトマトが添えられていた。

何処から出したのか、トワさんはコップにオレンジジュースを注ぐ。

「気にせずしっかり食べてくださいね。足りなければお声がけを」

そういって、トワさんは部屋を出て行った。

リベイクしたのか、ロールパンはふわふわだし、スクランブルエッグは水っぽくなかった。

カリッと焼かれたベーコンを食べたのも初めてだし、付け合わせの野菜もしおれていない。

たまに食べたホテルの朝食は明らかに”冷凍食品・作り置き”って感じだったが、今出された食事はどれも出来立てという感じ。

トワさんが作ったのだろうか?

どこか別のフロアに厨房でもあるのかもしれない。

出された食事はあっという間に私の胃の中に消えていく。

思いのほかお腹が減っていたらしい。

まともに食事をしたのは数日前だから当たり前か…ほろりと涙が頬を伝った。

温かい食事がこんなにおいしいなんて…生きていてよかった。

さっきまで死んでもしょうがないと思っていたのに、現金なものだなと思はずクスっとわらってしまったが、涙は止まらなかった。

過去に優しい男もいたが、所詮それは”その後の為”でしかなかった。

そういった”欲望”のない純然たる施しは私の心を確実に溶かしていた。


*****

私が座って本を読んでいると、トワがやってきた。

「残さず食べたようですよお嬢様」

「人間って不便よねぇ」

「お嬢様も”人間”だったでしょう?」

「さぁ二千年前に忘れたわ…しかし随分魔力を使われたわね。階層へらしてもいい?」

「これ以上私の見た目を幼くしないのであれば」

「じゃあ、今の見た目を維持するために減らすわね」

2階層ほど塔を減らす。

これで3階建てで円柱形の建物だ。ずいぶん小さくなったものである。

この塔は”管理者の魔力”で成り立っている。

私も二千年という歳月の中で魔力量は目減りしており、先代の管理者が維持していた100階層以上の塔は1日とて維持できない。

過去には”恐れの塔”などと呼ばれたこの塔も、今じゃ形無しだ。

まぁ先代も100階層を維持できていたのは、周辺住民たちからの”信仰”があったからだと言っていた。

ここ二百年はどんどん信仰心は無くなり、今じゃひとかけらもない。

20年ほど前にきた”廃墟愛好家”なんて人らは私がいることがわかると、申し訳なさそうに帰ってしまい、信仰心なんて得られなかったし、話し相手にもならなかった。

まぁ魔力を持つ人間がいなかったので、帰しても惜しくはなかったが。

「今の人間には珍しく、彼女はなかなかの魔力持ちね」

「先祖返りでしょうよ。記憶を覗く限り、小学校卒業後に両親が亡くなったようですよ。といっても幼少期からまともに世話をされていなかったようですがね」

「ふーん、それで身を削って生きてたわけね」

「清めは無事におわりましたよ」

「自分で清められるだけの魔力を持っているってことね。うん、いいじゃない」

私が待ち望んでいた人材が転がり込んできたわけだ。

今から何年かかるかわからないが”次期管理者”に育てられれば御の字だ。

「あとは心が回復して、いろんなことを自分から話してくれるのを祈るだけね」

「自分から話してくれますかねぇ?」

「話すわよ。私はそう思うわ」

私は一人で頷く。

彼女の目は死のうとする目ではなかった。

ただ、この世に絶望していただけ。

大丈夫、身と心の禊ができれば自ら話してくれるわ。

「私は彼女が世界崩壊の引き金にならないことを祈りますよ」

トワがぷいっと私から目線をそらした。

「私がこのままあと千年も居座れば、かってに崩壊するわよ」

「それもそれで困りますね、お嬢様」

「ふっふっふーじゃあ協力してね」

「はいはい、そうします」

幼い見た目のくせに妙に年寄り臭い動きをするトワが面白い。

私は再び本に目線を写す。

読書の続きしながらゆっくり待ってみましょうかね。

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