第9話 「覚醒」
俺の家族は皆努力家だった。
そして才能があった。
それぞれが得意分野を持っていて、 世間一般的に敬われるように仕事についたりしていた。
......ここで言う俺の家族とは、 前世の話だ。
かくいう俺もその家族の血を受け継いでいた。
大概の事はそつなくこなせたし、 苦手な事はなかった。
運動も勉強も優秀な方だった。
でも、 そこまでだった。
他の家族はその上で何かしら特出した才能があった。
しかし俺にはそれがなかったのである。
つまりは器用貧乏だ。
だから俺は自分の得意な事を探した。
色んな分野やジャンルに片っ端から触れてみた。
勿論どれもそれなりに出来たが、 やはりそこまでだった。
努力もした。
研究もした。
色んな事を試した。
それでも、 俺には俺が一番になれるような事を見つけられなかった。
それどころか、 何をやっても誰にも届かなくなった。
当然の話だ。
俺があれやこれやと手を出してるうちに、 周りの人間は自分のしたい事、 得意な事を努力し伸ばしていったからだ。
テキトーに色んなものに手を出していた俺とは違い、 真っ当に努力をしていたのだ。
何も見つけられなかった俺と違って。
そして俺は、 自分に絶望した。
何もやる気が起きなくなってしまった。
そんな時だった。
俺は息抜きの為に、 ゲーム好きだった妹から様々なゲームを借りた。
そして片っ端からプレイした。
その中の一つが、 「綺麗な薔薇には棘がある」だった。
最初はそのストーリーにハマった。
次に主人公の女の子を応援するようになった。
けど、 どこか感情移入しきれなかった。
それはイケメンを攻略していくからだとか、
主人公が女の子だからとかそういう事じゃない。
彼女が、 余りにも綺麗な心を持っていたからだ。
そりゃルートによっては卑怯な事もする。
しかし彼女は、 とにかく主人公らしかったのだ。
真っ直ぐで、
挫折を挫折と思わず、
どんな時もひたむきに、
人を憎まず、
人を恨まず、
ただ己と他人を信じて進んでいく。
そんな彼女に共感する事が出来なかった。
俺は真逆だったのだ。
その頃の俺は、
他人を憎み、 妬み、 羨み、 自分を大きく見せようと必死たったのだ。
だから主人公のその真っ直ぐさが、 俺には眩しくて、 そしてどこか胡散臭くてどうにも受け入れられなかった。
主人公に共感は出来なかったものの、 普通にゲームやストーリー自体は好みだったのでそのままその先もプレイを続けた。
そして彼女に出会った。
『おーっほっほっほっほっ! アナタみたいな奴隷上がりは地面を這いつくばってるのがお似合いよ! 』
ヴァイオレットはそんなテンプレみたいなセリフと共に俺の前に姿を現した。
こういった嫌われ役、 悪役令嬢は基本的に嫌われるような、
酷い目に合っても罪悪感を覚えないような演出が成されている。
だから当然、 俺もコイツが最初は嫌いだった。
しかしいつの間にか、 俺は彼女から目が離せないようになっていた。
ヴァイオレットは不器用だった。
何でも器用にこなせる俺とはまた真逆だった。
やる事と言えば主人公の邪魔ばかり。
自分の居場所を奪われないようにと必死だった。
しかも大体最終的には失敗に終わる。
もっと上手くやればどうにかなったのにという事が沢山あった。
そんな彼女に、 俺は呆れはすれど好感なんて全く持てなかった。
「早く諦めればいいのに」、 そんな事ばかり思っていた。
けど、 彼女は諦めなかった。
どんなに失敗しようとも、
何度挫けようとも、
孤独になろうとも、
心折れようとも、
上手く出来なくても、
醜態を晒しても、
恥をかきながらも、
ヴァイオレットは何度も立ち上がり、 主人公の邪魔をした。
やってる事は決して誇れる事じゃない。
自分を棚に上げ、 他人を蹴落とそうとするものだからな。
けど、 彼女のその事に関してはとにかく一生懸命だった。
何をやっても思い通りにいかず、 直ぐに諦めてしまった俺とは大違いだった。
同じ、 失敗ばかりだと言うのに。
俺はそんな所から、 彼女に惹かれ始めた。
そして彼女ばかり見ているうちに気づいたんだ。
ヴァイオレットも、
そして俺も、
家族に、
ただ誰かに、
他人に、
認められたかっただけなのだと。
そのうち俺は、
各ルートでEDを迎え、
彼女がやり過ぎな程罰を受ける姿を見て、
こう思うようになったのだ。
幸せになって欲しい。
諦めてしまった俺の分まで、 彼女に幸せになって欲しい。
もしその手助けが出来るなら、 この命を掛けてもいい。
そんな事を。
......ああ。
まさか死ぬ間際にそんな事を思い出すとはね。
いつも後になってから気づくんだな、 俺は。
消えかかりそうな走馬灯の中。
俺はやはり、
ヴァイオレットの幸せを願った。
◇◆◇
「......っ! ......ッド!! ラッド!! 」
けたたましい声が眠りを妨げる。
俺ももう随分頑張ったろ。
このまま休ませてくれ。
もうゴールしてもいいよね? って感じだ。
「ラッド!! こんな所で死んだら承知しないんだから!! お願い! 目を覚まして!! 」
顔に何か暖かく優しいものが落ちてくる。
......あーあ。 推しにそう願われたんじゃ寝てばかりもいられないな。
何より、 推しをこれ以上泣かせる訳にもいかんでしょ。
「んっ......おはよう、 さん」
「ッ!? アナタ、 生きて......バカっ!! 」
目を開けてニコリと笑ってやる。
ヴァイオレットは最初は目を丸くして可愛い驚き顔を見せていたが、 直ぐに「ふざけないでよ! 」と怒鳴られ頭を叩かれた。
これでも瀕死だと思うんですけどね!
「本気で心配したんだから! もう今度こそ、 死んじゃうと思って.......! 」
「......ああ、 悪かった。 ごめん。 すまん」
彼女は涙を流しながら俺を抱きしめてきた。
その頭を優しく撫でる。
場を和ませようとおもったんだが......どうやら空気を読み間違えたらしいな。
反省反省。
結局泣かせてるし。
まぁでもぎゅうされてるし、 頭なでなで出来てるし。
コレは役得ですな。
そのままの状態で周りを見る。
どうやら今は、 さっきの空間から離れて洞窟のどこかにいるらしい。
まぁ何となく位置は分かるが。
まさかあの状態から瀕死の俺を抱えて逃げたのか?
流石は我が推し。
......と、 言う訳でもなく。
どうやら俺が脇腹を刺された後、
死に物狂いで頭に傷を負わせ、
その場に居た雑魚を全員殺し、
彼女を引き連れて逃げたらしい。
そしてここまで来て力尽きたとか。
「覚えてないの? 」と聞かれたが全く身に覚えがない。
うーん。 火事場の馬鹿力というやつか。
ナイス俺。
そんなこんなでここで俺が倒れた後、
ヴァイオレットは覚醒してない回復魔術を掛け続けてくれたらしい。
確かに痛みは引いている。
ま、 当然傷は塞がっていないが。
その分、 手持ちの包帯などで止血はしてくれたようだ。
流石冒険者として経験を積んだだけはあるな。
うん、 これなら動ける。
痛みがない分誤魔化しが効くからな。
さて。
それじゃあ行くとするか。
「......待って」
立ち上がり、 歩き出そうとすると服の裾を掴まれた。
「どこに行くの? 」
そう問われたので、 頭と決着をつけに行くと伝える。
今から手負いの筈、 同じく怪我をしているなら、 痛みのないこちらが有利だ。
しかしそう説明しても彼女は手を離さない。
「大丈夫だ。 君はここで待ってろ。 後は俺一人でやるさ 」
恐らくこの中にいた雑魚はあの場にいた奴らで全部だろう。
ここにいて誰も襲ってこないのが証拠だ。
残りは陽動部隊が引き付けてくれている筈。
だからヴァイオレットがこれ以上危ない目に合う事は......。
「そういう事じゃないのよ!! 」
俺の思考を遮るように彼女が叫ぶ。
何が納得いかなかったのか。
「ねぇ! アナタ、 怪我が治ってないのよ!? 」
「それでも痛みは君が消してれただろう」
「でも! 傷はそのまま! 血も止まってない! 」
「止血してくれただろうが」
「動けばそれも意味ないのよ?! 」
「大丈夫。 そうなる前に決着をつけるさ」
「大丈夫って......死んじゃうかもしれないんだよ? 」
「君を守れるなら、 それでもいい。 刺し違えればいいだけの話しだ」
「っ!? 」
そう。
アイツさえ殺せば俺の役割も終わる。
ヴァイオレットにはもう他に仲間がいる。
後はギールたちと何とかしてくれるだろう。
勿論、 その先を見れないのは残念だが、 彼女が生き残ってさえくれれば......。
「ふざけないで!! 」
ヴァイオレットの声と共に、 左頬に強烈な痛みが走る。
気づけばその頬とは反対の方向に顔を向けていた。
視線を彼女の方に向ける。
前に出された右手の平が真っ赤になっている。
どうやらビンタをされたらしい。
手の平だけじゃなく、 顔も真っ赤だ。
一度止まった涙がまた溢れている。
「私さえ生き残れば自分はどうでもいいっていうの!? 馬鹿にするのもいい加減にして!! 」
なんだ? 何を言ってるんだ?
馬鹿にしてるつもりなんかない。
俺は真剣だ。
真剣にヴァイオレットを守ろうとしている。
それなのになんで怒られてるんだ?
「意味ないのよ」
「え? 」
「私だけ生きてても! アンタが生きてないと意味ないのよ!! 」
「っ...... 」
俺が、 生きてないと意味がない?
なんでだ。
俺はこのゲームの世界の中ではイレギュラーな存在。
いてはいけない存在なんだ。
確かに今はこうして彼女が死ぬ運命を変えようとしている。
けどそれだけだ。
それが終われば俺は邪魔者。
彼女の人生にとってはもう必要ない存在だろ。
俺が転生した意味は、 そこにあると思ってたんだが......。
「いやでも、 俺は君を......」
「うるさいうるさいうるさいっ!! 私にはアンタが必要なの! 今も! これからも!! ここまで言っても分からないのっ?! 」
もはや話すら聞いてくれない。
でも、 今の言葉は、 胸に突き刺さった。
そうか。
そうだったのか。
前世の記憶を取り戻してからずっと。
俺はこの世界に存在してはいけないんだと思っていた。
イレギュラーなんだと。
ただ何かの役割の為に存在してるんだと。
それが終われば必要ないんだと。
だから俺は、 命がけで彼女を守ろうとした。
それが俺に与えられた役割なのかどうかは知らないが、
いつか用済みになる命なら、 推しの為に使おうと、 そう思った。
それが正解かどうかなんて分からない。
ずっと間違った事をしているのかもしれない。
でもイレギュラーだからこそ出来ると思った。
彼女の運命を変えられると思った。
でもそれは同時に、 俺自身がこの世界で爪弾きものだと認める事でもあった。
だから最終的には彼女から離れなきゃいけないと思った。
元盗賊という立場的にも。
イレギュラーという意味でも。
少なくとも、 俺はそうだと今も思っている。
でも、 どうやら違うらしい。
少なくとも、 ヴァイオレットの中では違うらしい。
俺はこの世界に普通にいる人間で。
彼女にとっては必要な存在で。
どうにも、 大きなものになってるらしい。
そう分かった時、 自然と涙が溢れていた。
彼女を抱きしめ、 一緒に泣いていた。
そうか。
そうだったんだ。
俺は、 彼女の隣にいていいのか。
こりゃファン冥利に尽きるね。
はは、 そうか。
そうなんだ......。
「......いい雰囲気の所悪いが」
けどそんかいい時に限って、
「殺しに来た」
邪魔者ってのは現れるんだよな。
声の方に顔を向ける。
そこには頭がいた。
腹から血を流している。
ヴァイオレットの話から推察するに、 俺がやったんだろう。
中々の傷だ。
これで追ってきたとはな。
頭は引き際を見極められる男だ。
それでもこうして固執してくるって事は、 何か理由があるのかもしれないな。
でも今は、 そんな事はどうでもいい。
「悪いがこの子には......」
「この人には手を出させないわ!! 」
なっ?!
俺が前に出るとりも先に、 ヴァイオレットが俺の前に出た。
おいおい! 狙われてるのは君なんですけど?!
「......どけ。 用があるのはそっちの元部下の方だ」
え? どういう事だ?
ヴァイオレットを殺そうとしてるんじゃないのか?
「訳あって、 そいつを殺してからお前を殺さなきゃいけない。 順番があるんだ。 さっき決めた。 だから、 そこをどけ」
何言ってるんだコイツは。
さっき決めた?
狙ってるであろう彼女を殺すチャンスを逃してでも俺を殺したい?
こっちとしては時間が稼げるから良いが、 訳が分からない。
「ふざけないで! 」
奴の言葉が頭にきたのか、 ヴァイオレットが叫ぶ。
「この人は! 私が守るんだから!! 」
そして相手に向けて火球を放った。
しかも一気に何発も。
成長したなぁ、 おい。
狭い空間でも連続攻撃。
頭は手負いの為か、 それを捌ききれなかった。
とは言っても顔を少し掠っただけ。
しかしそのおかげで、 彼の自慢の長い髪が少し燃えた。
「......」
「......」
「......」
なんか気まずい雰囲気が流れる。
え? もしかして怒ってる?
「......別にいいか」
「え? 」
「どうせどっちも殺すんだ。 順番なんて気にしなくていいか」
やっぱり怒ってる!
そんなにその髪気に入ってたのかよ!
つーか、 んな事気にしてる場合じゃない。
奴はどこからともなく斧を取り出した。
ゲームやアニメでしか見た事ないような、
槍のように長く、 それでいてめちゃくちゃデカい斧だ。
これを使って暴れるのが彼の真骨頂。
キレた時にしか使わない、 必殺の武器。
これを出す時、 頭は敵を皆殺しにする。
しかもかなり残虐に。
仲間である俺達もどれ程恐怖を感じたか。
それが今、 俺たちに向けられている。
「死ね」
そしてその斧は、 殺気とともにヴァイオレットに振り下ろされた。
「っ!! 」
無意識に身体が動く。
彼女の前に出る。
両手を広げ、 庇う。
その鋭く重たい斧の一撃が、
俺の肩から胸を斜めに切り裂いた。
「ーーーーっ!!!! 」
声にならない悲鳴が洞窟内をこだまする。
やばい。
これは致命傷だ。
流石に一発で理解出来た。
「次は首だ」
そんな俺に向けて奴は容赦なく次の攻撃を仕掛けようとしている。
もはや殺せればどちらからでもいいようだな。
もう身体が動かない。
でもここで死ぬ訳には。
今ただ死んだら、 次はヴァイオレットが......!
「やめてぇ!! 」
そんなヴァイオレットが俺の前に出た。
おいおいマジかよ。
このままじゃ、 先に死ぬのは彼女だ。
それだけは、 させない!!
「くそがぁ!! 」
胃や肺から、 喉奥から血が溢れてくる。
それが痰のように声帯に絡むもんだから変にいい声が出る。
俺はその調子で叫び、
鼬の最後っ屁の如く、
こんな時の為に用意しておいた煙玉を投げた。
相手の視界を奪った所でヴァイオレットの手を引く。
そして死にものぐるいでその場から駆け出した。
実際に死にそうなんだけどな。
走る足がよろける。
ヴァイオレットの腕を握る手に力が入らない。
煙幕暗闇関係なく目がよく見えない。
それでも、 俺は彼女を連れて逃げた。
煙玉を何個も落としながら。
「いいのか女ぁ! 」
後ろの方で奴の声がする。
関係ない。
今は逃げる。
「そいつはお前に人殺しをさせたんだぞ! それでも一緒にいるつもりか!! 」
関係ない。
「そんな男! 庇う価値があるのか?! 」
関係......。
......。
とにかく逃げていると。
次第に奴の声が遠くなった。
◇◆◇
「と、 とりあえず逃げれた、 の? 」
「......ああ。 そうみたいだな」
しばらく走った後、 その場にへたり込む。
ヴァイオレットは周りを気にしながら息を切らしている。
俺も同じだが......呼吸が上手く出来ない。
ヒューヒューと空気が抜ける音がする。
肺をやられてるんだ、 当たり前か。
「っ! ......待ってて」
ヴァイオレットは半覚醒の回復魔術をかけてくれた。
そのおかげでだいぶ楽になる。
けどこれは痛みが消える訳であって、 傷が治る訳じゃない。
腹を刺された傷だって塞がってない。
血もかなり流した。
こりゃもうダメだな。
自分で分かる。
後数十分もしないうちに、 俺は死ぬ。
そして、 それは彼女も分かってる。
分かった上で、 なんとかならないか手を尽くしてくれてるんだ。
でも、 これ以上は......。
そうなると、 俺の出来る事をもう一つだけか。
「お嬢」
俺は彼女を呼んで、 目の前にある分かれ道の片方を指差した。
「あっちを進めば、 外に出られる」
「え? 」
ヴァイオレットは目を丸くして驚いていた。
けど直ぐに、 その意味を理解して悲しそうな怒っているような表情になる。
でも仕方ない、 もうこれしか手はない。
俺は闇雲に逃げた訳じゃない。
この洞窟は天然の迷路。
けどそのいつくかの道は外に通じている。
今の俺に出来る事は彼女を逃す事。
一人で。
死にそうで足でまといの俺を置き去りにさせてだ。
「私だけ逃げろって言うの? ふざけないで」
当然のように反論が返ってくる。
その気持ちは嬉しいが......。
「......見ろ。 この傷じゃもう無理だ。 君だけでも生き残れ。 安心しろ、 アイツは道連れにしてでも殺すから」
俺はそう言って懐から爆弾を取り出した。
それは洞窟の一部を崩すには十分な威力のあるものだ。
あの時切られなくて良かった。
これで洞窟を崩して奴を道連れにする。
その為には、 ギリギリまで近くに引きつけないといけないが。
「何で? 何でそんな事言うの? アンタがいないと意味がないって言ったじゃない」
ヴァイオレットは起こりながら泣いていた。
同然の反応だ。
さっきはそれを受け入れたのにな。
でももうこれしかない。
彼女を生かし、 奴を倒す為にはもうこれしか。
そりゃさっきの話の後じゃあ俺も生きてヴァイオレットの隣にいたいが、 もう無理そうだ。
こうするしか、 ないんだ。
俺は喋るのも上手く出来ない中、 それだけは彼女に伝えた。
これは決して自分を軽んじている訳じゃない。
大切な人を守る為に、 そうするしかないだけだ。
何とかそう説得しようとしたんだが......。
「嫌よ。 アンタだけ死なせない。 最後まで一緒に戦うわ! 」
彼女は断固として聞こうとしなかった。
そう言ってくれるのは嬉しいんだが、 この戦いは君が死んだら意味がないんだよ。
それに......。
「いいか。 俺は君に人殺しをさせた。 そしてそれを黙っていた。 そんな男、 とっとと見捨てた方がいい」
アイツの言ってた事は事実だ。
それにより、 俺はこの子に背負わなくていい業を.......。
「だからなんだって言うのよ」
「え? 」
そんな言葉に返ってきたのは、
とんでもなく真っ直ぐな気持ちだった。
俺は思わず素っ頓狂な声を上げてしまう。
「人を殺したから何? そんなのアンタだって同じじゃない」
違い。
全然違うだろ。
君は貴族の令嬢で、 しかも回復魔術に目覚めかけている特別な存在。
でも俺はそこら辺にいるモブの盗賊だ。
命の重さが違う。
俺はそれを訴えた。
ヴァイオレットは人を殺していい存在じゃないと、
これから成り上がっていく為には背負うべき業でははいと、
そう説いた。
でも彼女は、
「でも私、 そもそも友人を殺そうとしてたんだけど? 」
そう、 当たり前かのように返してきたのだった。
そして彼女は続ける。
「そもそもね、 貴族として生きてる人間で手を汚してないものなんていないのよ。 それぐらい私だって知ってるわ。 生きる為に、 のし上がる為に、 家を守る為に、 貴族は当然のように汚い事をするわ。 私はそんな中で育った。 覚悟だってしてた。 だから、 今更なの」
そんな彼女の言葉が、
俺の中の常識を崩していく。
そして、
「それに、 それぐらい出来なきゃ......アンタの隣にいる資格なんてないわ。 私、 そこら辺のヤワな女とは違くてよ? 」
その気持ちが、 俺の脳天を貫いた。
......。
はは、 はははは。
そうか、 そうだったな。
俺は何を頑なになってたんだろうか。
彼女は、 彼女だ。
主人公とは違う。
例え回復魔術を使える才能があったとしても、
清廉潔白な主人公とは違うんだ。
ワガママで、
卑怯で、
偉そうで、
それでいて真っ直ぐで優しい、
そんな悪役令嬢だったんだ。
回復魔術がどうこうなんて関係ない。
綺麗に生きてなくたっていい。
だってこれは彼女の人生だ。
俺が、 決めていいものじゃなかったんだ。
ああ、 そうか。
そうだよな。
それなら......。
「何度も同じ事は言いたくないが」
そしてやっぱりそんな時に邪魔者はやって来る。
「殺しに来た」
斧を引き摺りながらやって来た、 頭だ。
でももう、 負ける気がしない。
「ヴァイオレット」
「......っ! な、 なに? 」
俺は久しぶりにまともに彼女の名を呼んだ。
どこか嬉しそうだ。
流石は俺の推し、 可愛いやつ。
「一緒に、 戦ってくれるか? 」
「っ!! もちろんよ!! 」
更に嬉しそうだな。
可愛い。
本当に可愛い。
そうさ。
俺は今、 推しと並んで立っている。
それだけで、 負ける気がしない......!
どちらからともなく自然と手を繋ぐ。
しっかりと握られた手からは、 まるで力が溢れてくるようだった。
凄いな。
たったこれだけの事で傷が治ってくような錯覚すら起こる。
......いや待て。
あれ?
これ本当に治ってない?
自分の身体を見る。
治ってるねこれ。
「な、 なんだそれは......!? 」
あ、 奴が動揺してる。
こりゃ妄想でも幻覚でもないな。
横を見ると繋いだ手が光っていた。
半覚醒の時とは明らかに違う、 もっと大きく強く、 そして温かい光。
うん、 これは確実だな。
ヴァイオレットは回復魔術に覚醒したんだ。
けどなんで。
どうしてこのタイミングで。
......いや、 でもそうか。
思えばこの子は、 いつ覚醒してもおかしくなかったんだ。
回復魔術を使える者の条件、
『慈しみの心を持ち、 他者を思いやり、 己を過信しない、 心優しき女性』
これをヴァイオレットが満たしてないなんて思っていたがとんでもない。
彼女は、
慈愛の心を持って花壇の花を育てていた。
取り巻きやギルドがある街の人、 そして俺を思いやる心を持っていた。
自信過剰に振る舞いながらも、 彼女は努力を怠らなかった。
そして、 こうして瀕死の俺を見捨てず、 一緒に戦うと言ってくれた。
そうだ。
彼女は成長したのだ。
追放された頃とは比べ物にならないくらい。
回復魔術を扱うに相応しい人間に。
そしてそれは元から備わっていたものだ。
ただ少し、 彼女が追放をきっかけに自分を見つめ、
学園の頃とは違う形で他者と関わり、
罪と向き合い、
受け入れ、
そして前に進もうとした。
そのほんの少しの変化が、 それでいて大きな変化が、
回復魔術を目覚めさせたのだ。
ははははっ!
流石は俺の推し!!
そんでもって、
そのほんの少しでも、
些細なきっかけぐらいには、
俺も影響を与えてるんだよな?
それぐらい、 自惚れてもいいよな?
身体の傷があっという間に回復していく。
致命傷だったものですら消え失せた。
色んな意味で、 今の俺なら何でも出来そうな気がする。
「傷が、 治ったくらいで!! 」
状況を飲み込めたのか、
俺の傷が完治する前にと先手を取ろうとしたのか、
奴は俺たちに向かって斧を振り降ろした。
俺は、
それを、
片手に持ったナイフ一本で受け止めた。
ヴァイオレットと手を繋いだままでだ。
「な、 なにぃ!? 」
流石に動揺する頭。
どうやら知らなかったようだな。
いや、 知る筈もないか。
回復魔術は本来主人公だけが使える特殊能力。
それは主人公補正なんて言葉で片付けられないくらいにご都合主義のチート能力なのだ。
具体的に言えば、 回復だけでなくバフがかかる。
回復されて人間の身体能力をかなり引き上げるのだ。
だからこそこの世界で貴重であり、 重宝されるのである。
......いや、 そんな事関係ないな。
例えそうだとしても、 今の俺にはそれ以上のバフがかかっている。
それは、
推しに応援されてるという、
推しと手を繋いでいるという、
推しと共闘してるという、
俺にだけしか効果のない、
俺専用のハイなバフが......!!
「ふざけるなぁ!! 」
もはや雑魚のように叫ぶ相手など俺の敵じゃない。
勝負は、 一瞬でついた。
◇◆◇
頭はもう虫の息だった。
というか死ぬ気で攻撃したのにまだ生きてるのが凄い。
肩で息をし、 死にかけている頭。
俺とヴァイオレットはその死にいく様子から、 何故か目を背けられなかった。
そんな時だ。
「っ!? 」
「きゃああっ!? 何!? 」
洞窟内に爆音が響き渡った。
どうやらどこかで何かが爆発したらしい。
俺が自爆に使おうとしていた爆弾は手元にある。
という事は......。
「洞窟が崩れるように爆弾を爆発させた。 無駄かもしれんが、 道ずれにする為だ。 精々逃げてみろ」
コイツ!
どうやったんだが知らんが最後の最後まで抜け目がないな!
まぁ俺が近くに洞窟の出口がある事を知っているのは理解してるだろうし、 悪足掻き程度のものだろうが。
それでも、 ここに留まるのばまずい!
「逃げるぞ! 」
「う、 うん! 」
ヴァイオレットの手を掴んだまま走り出す。
うひょひょひょ!
さっきからずっと手を繋いでて役得ですなー!
......。
いや待て、 ダメだ。
「っ!? どうしたの? 早く逃げないと! 」
俺が突然立ち止まったもんだから、 ヴァイオレットが驚いている。
俺はその手を、
彼女の手を、
名残惜しく思いながらも離した。
「先に行っててくれ。 コイツに少し聞きたい事がある」
「ええっ!? そんな暇......それに聞くなら一緒に......」
「いいから先に行け! 」
時間がないので少し強めに言うと、 ヴァイオレットは身体をビクッと震わせてしまった。
ごめんね、 でもほんと時間がないの。
「......心中する気じゃないよね? 」
勘弁してくれ。
何でこんな奴と。
でも彼女の表情は真剣だ。
はぐらかさずにちゃんと答えよう。
「直ぐに合流する。 絶対だ。 約束する」
俺の真剣な気持ちが伝わったのか、
ヴァイオレットは頷き、 先に出口へと向かって行った。
さっき方向は教えたし、 一人でも大丈夫だろう。
「......さて。 教えて欲しい事があるんだが、 答えてくれるよな? 」
俺はそのまま、 頭にそう問いかけ、
彼の最後の瞬間まで話しをしたのだった。
そしてその後、
俺はちゃんとヴァイオレットと合流し、
更に雑魚を全滅させたギールたちと合流し、
勝利の余韻に浸ったのだった。
こうして、
ヴァイオレットの運命は変わった。
そしてまた、 新しい歯車が回り始めた......。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます