第8話 「作戦」

 


 俺たちが拠点とし、 ヴァイオレットが見事に復興させた街から少し離れた場所。

 山の中腹、 天然の洞窟が幾つもあるその地に、 俺が元いた盗賊団のアジトがあった。

 とは言っても、 幾つもある拠点の一つだが。

 しかし今、 確実にここに、 頭がいる。


 俺はヴァイオレットと二人だった。

 無数にある洞窟のうちの一つの入口、

 そこから数十m離れた岩陰に隠れ、 様子を伺っていた。

 この奥に、 頭がいる。


「いよいよね」


 小声でヴァイオレットが話しかけてくる。

 その声、 そしてその身体は、 少し震えていた。


「......大丈夫か? 」


 思わずそう聞いてしまう。


「無理する事はない。 ここは俺一人でも......」

「今更何言ってるのよ。 やれるわ」


 続く問いかけに、 彼女は真っ直ぐとした視線で答える。

 震えはあるが迷いはない。

 恐怖はあるが、 逃げるつもりはない。

 その覚悟が伝わって来た。

 それならもう、 俺から何も言う事はない。



 次の瞬間、 遠くから雄叫びのような、 お祭り騒ぎのような声が聞こえてきた。

 暫くすると洞窟の入口に居た見張りの元に、 伝令らしき者が駆け寄る。

 何言かのやり取りの後、 見張りは伝令と共に洞窟の奥に引っ込む。

 程なくして人数を増やして見張りたちが出てきた。

 そして山の麓へと向かい、 洞窟の入口は無人となった。


 だ。

 向こうもようである。


 いよいよ、 始まったんだ。



「行くぞ! 」

「うん! 」


 そこから一拍置いて、

 俺の掛け声と共に、

 俺たちは洞窟への侵入した。


 ◇◆◇


 今回、 俺たちは頭討伐にあたり綿密な計画を立てた。

 ただ真正面から殺しに行くのではなく、 暗殺に近い形の作戦を立てる事にしたのだ。


 まぁまずは奴の居場所が分からなければどうしようもないが、 そこはあっさりと解決した。


 俺のいた盗賊団はアジトを幾つも持っている。

 行う仕事によってその拠点を変えるのだ。

 そして、 あの街を大人数で襲えるような拠点は一つしかなかった。


 俺はそれを確かめる為に偵察に向かった。

 予想は大当たり。

 近くの山のアジトに奴らは集まっていた。

 当然頭もここにいた。

 見張りの配置や頭の部屋など、 俺がいた頃と何も変わっていなかった為に調べるのは簡単だった。

 勿論誰にも見つかっていない。

 しかし上手く行きすぎて不安になった。


 これは俺たちが反撃に出ると考えていないからだろうか。

 まさか。

 頭は頭が回る人物だ、 それぐらい想定済みの筈。

 ならば罠か? それとも舐められているのか?

 何にせよ、 俺たちは後はない。


 何故なら、 アジトの様子を見る限り、 再び街を攻める準備を進めている事が分かったからだ。

 再度の襲撃は確実。

 そしてその準備は、 完了に近づいていた。

 最早期間はない。



 俺は街に戻って早速作戦を練ることにした。

 当然、 正面からバカ正直にぶつかっていけば返り討ちに合うだろうし、 向こうもその備えは万全だろう。

 ......だから今回は、 事にした。



 例えばだ。

 真正面から多くの敵がアジトに襲って来たとしよう。

 勿論盗賊たちは襲撃などは想定し、 罠を張り、 人を配置し、 万全の体制でこれを受ける事になる。

 そしてその万全さに自信を持っているだろう。


 しかしこれが、

 何者かによって罠を解除されていたら?

 人の配置を把握していたら?

 罠を新たに設置しても、 その対処法を知られていたら?

 当然、 盗賊団は動揺するだろう。


 もうこうなると自分たちの手で侵入者に対処するしかない。

 けど盗賊は、 奇襲や待ち伏せは得意だが、

 正面切っての戦いとなると手練の冒険者には敵わない。

 そうなると質ではなく数でこれに対処しようするだろう。

 そしてその為には、 本来頭の周りについていた盗賊たちまで駆り出される事になるだろうな。


 そうなると頭周辺は手薄になる。

 更にそこに別働隊が奇襲をかけ、 頭を倒す。


 これが、 今回採用された作戦だった。

 所謂陽動作戦。

 単純で使い古されているが、 それには理由がある。

 今の奴らには持ってこいの作戦だった。



 頭を叩く役目は俺とヴァイオレットが担う。

 本当は俺一人でどうにかしたかったが、 彼女が自分で決着をつけたいと我儘を言って聞かなかったので同行を許した。

 まぁ一人じゃ戦力として心許なかったし、 彼女が近くに居れば守りやすい為安心感もあるからな。

 本当ならもっと戦力が欲しい所だが......潜伏し、 陽動作戦に敵が釣られるまで隠れていなきゃいけない為余りこちらに人数は避けない。

 それに陽動の方に戦力が不足しては話にならない。

 だからこっちはこの二人でどうにかする事にした。


 問題は陽動部隊だったが、 こっちもあっさりどうにかなった。

 危険な陽動部隊に人など集まらないかもと思っていたが、 多くの志願があったのだ。

 その全ては、 この街で復興に関わった冒険者たちだった。

 そこにギールたちも含まれている。

 皆、 ヴァイオレットを慕い、 俺と同じく守ろうと思ってくれている奴らだった。

 それに街復興の恩もある、 皆が口を揃えてそう言っていた。


「そんな! 私は何もしていないわ! 」


 その時、 珍しくヴァイオレットが汐らしい事を言った。

 それを見た冒険者たちは笑っていた。

 そして口々に言う。


 俺たちは君の頑張りを見て来たと。

 慣れない事をしながら、 必死に駆けずり回っていたのを知っていると。

 見えないところで努力し、 少しでも街の復興が進むようにと尽力していたのに気づいていたと。


 それは、 俺が主人公を通して、

 学園での彼女の様子を知っていたのと同じだった。

 彼女は今、 やっと多くの人に正当に評価されたのだ。


 そして彼らは言うのだ。

 そんな彼女の為に命を張りたいと。


 彼らは俺と同じなのだ。

 いや、 それ以上かもしれない。

 俺は心から陽動部隊に志願したメンバーに感謝した。


「あ、 ありがとう」


 ヴァイオレットも、 見た事ないくらいに頭を下げ、 礼を言っていた。



 ここまでくれば後はやるだけだ。


 それまでは各自で準備。

 俺は再びアジトに潜入し、 人員の配置、 罠の設置場所と解除、 そして罠の傾向を調べておいた。

 それを陽動部隊に伝え何があってもある程度対処出来る様にしておく。


 こうして準備は整った。


 作戦決行当日。

 俺たちはそれぞれの役割を果たす為にアジトへ向かい、

 俺とヴァイオレットは先行して潜入、

 暫くしてから陽動部隊に動いてもらった。


 かくして、 ヴァイオレットを守る為の戦いの火蓋が切られたのである。


 ◇◆◇


 陽動作戦は成功だ。

 頭のいる洞窟の入り口の見張りは全て、 陽動部隊の方へと向かって行った。

 更には何人かも引き連れていたし、 中も多少手薄になっている筈だ。

 それを見越して二人で中に潜入する。


 ギールたち含めた皆が心配だが、 有利に戦えるよう試行錯誤はした。

 それに、 皆俺なんかより強くて優秀な冒険者たちだ。

 ここは信じて任せるしかない。

 俺は、 俺の役割を果たそう。



 中に入り少し進むと、 直ぐに光が入らなくなった。

 代わりに壁に取り付けられた松明が洞窟内を照らす。


 ゴツゴツとしながらも、 どこか湿ってぬるぬるしている岩肌。

 どこからか現れ、 どこかに貼って行く足の多い虫や羽虫たち。

 ヴァイオレットはこれの出現の度に小さく声を上げていた。

 可愛いが、 見つかったら困るのでやめてほしい。

 後俺の可愛いメーターがカンストしそうになる。


 まぁ何にせよ、 今のところ見つかってないのが不幸中の幸いだ。

 その為俺は存分に彼女の可愛さを堪能出来......じゃなくて。

 俺たちは苦労する事なく奥へ進む事が出来た。


 洞窟は入り組んでいる。

 ゲームのダンジョンのように、 何股にも分かれて奥へと続いているのだ。


 とは言っても、 俺はこの洞窟の全容を理解している。

 だから間違えて進んではいけない道も知ってるし、

 進むと何故か別の洞窟の入り口に辿り着いてしまう道も分かる。

 その分岐は避けなければいけない。

 罠にも注意しつつ、 ゆっくりと進む。

 そうやって危険な道を避けていけば、 自ずと一番安全な頭の場所へと辿り着ける寸法だ。

 道案内でもされてる気分だ。

 一番安全な場所に作ったからこそ、 俺にとっては分かりやすい。

 皮肉なものである。


 まぁそんな事せずとも、 実は頭の居場所もそこへ向かう道順も知ってはいる。

 そうそうボス部屋を移動する事はないとは思うが万が一もある。

 慢心せずに、 一つ一つ確かめて進むのが一番安全で効率がいい。

 何より今は横にヴァイオレットがいる。

 俺一人なら無茶も出来るが、 彼女を守る為にはやはり慎重になるべきなんだ。


 そういう訳で俺たちは少し時間が掛かっても慎重に進んだ。

 そのおかげか、 途中一人の敵も見掛けずに奥へ行く事が出来た。


 ......ん? 一人も?

 それって......。


「ねぇ、 流石におかしくない? 」


 どうやらヴァイオレットも同じ事を思ったようだ。

 いくら見張りや中の人間が陽動に誘われたとはいえ、 誰一人出くわさないのは異常だ。

 こっちだってある程度の戦闘は想定してきたのだから。

 となると、 これは......。


 そう考えついた時には遅かった。

 俺たちは、 頭の部屋と入口との中間地点、

 大きな空間のある場所へと辿り着いていた。

 いや、 と言うべきだろうか。


 その場所は、

 盗賊団の集会や訓練に使われる、

 大人数が集まり動き回っても支障の無い場所だった。


 そして、 そこに奴はいた。



「......久しぶりだな」



 銀の長髪と、 気持ち悪いくらいの細く、 そして気持ち悪いくらいに身長も手足も長い、

 2m程の男。

 そいつが空間の中心に立っていた。


「お前には期待していたんだがな」


 表情をあまり変えず、 鋭い眼光をこちらに向けてくる人物。


「......お久しぶりです、 頭」


 盗賊団の頭。

 ブレイクだ。


「何が久しぶりだ。 お前、 そんな口調だったか? 」

「はは、 野盗からは足を洗ったもので」

「それでどうこうと言う話では無いだろう」

「何と言うか、 今は冒険者をしてるもんで」

「ほぉ。 どうにか食えてるのか? 」

「まぁ何とか」


 突然始まる世間話。

 一見穏やかに見えるかもしれないがそんな事はない。

 盗賊は、 相手の隙を突いて、 殺し金品を奪う者。

 まともな戦闘になる前に先手必勝の一瞬で勝負を決めるのだ。

 俺たちは、 会話をしながらお互いの隙を窺っているのである。

 一瞬たりとも気を抜けない。


 警戒を解かないようにしつつ、 ヴァイオレットに意識を向ける。

 彼女もその異常さに気づいているのか、 何も話さないし動かない。

 それでいい。

 そうしてくれていれば隙を生まず、 簡単に殺される事も無いだろう。


「その女がそうか? 」


 俺が向けている意識に気づいたのか、 ブレイクがそう聞いてくる。

 コイツが狙っているのはヴァイオレットだ、 そりゃ気になりもするだろう。

 やはり連れてくるべきではなかったか......いや、 もう遅い。


「はい、 そうです」


 かと言って嘘をついても仕方ない。

 正直に答えると、 ブレイクは笑った。


「ご苦労だったな。 わざわざ届けてくれたんだろう? 」


 あからさまは挑発、 動揺を誘う為のブラフ。

 俺には通用しないが......。


「その手は通用しないわよ。 申し訳ないけど、 私、 この男の事信じてるの」


 ヴァイオレットの方も大丈夫そうだ。

 ......こうして言われるとめちゃくちゃ恥ずかしいけどな! 嬉しいけど!


「そうか」


 それを聞いて頭が苦笑する。


「念の為聞くが、 その女を差し出すつもりや、 女自らこっちに来るつまりは無いのか? 」


 愚問だな。


「「無い!! 」」


 俺とヴァイオレットの声が重なり、 洞窟に響き渡る。

 何と言うか、 嬉しい感覚だな。


「......そうか、 なら仕方がない」


 頭はその反応を見ると残念そうにそう口にしながら......指を鳴らした。


 するとどうだろう。

 何十人という盗賊がこの空間に集まってきた。

 なるほど、 やはり俺たちは誘い出された。

 罠にかけたつもりが、 逆にかけられたのだ。

 俺たちは、 待ち伏せされたのである。


 この空間にはいくつもの横穴が空いている。

 その至るところにコイツらは隠れていた事になる。

 つまり、 俺の行動はお見通しだったのだ。


「さぁどうする? 女を渡す気になったか? 」


 しつこい。

 愚問だ。

 そんな可能性1%だって増えない。

 こうなったらこの数相手に戦うしかないが......流石に一人では無理だ。

 ならば......。


「私はいつでも準備いいわよ! 」


 言う前にヴァイオレットが構えていた。

 頼もしい限りである。


 しかし今回は人間相手だ。

 いつもの魔物相手とは違うのである。

 だとしたら......。


「お嬢! ちゃんと俺の指示に従えるか? 」

「事と次第によってはね! 」


 そこは分かったと普通に言ってくれよ。

 まぁいい。

 ヴァイオレットはいつも通りだ。

 それが何とも頼もしい。


「......あくまで反抗するか。 やれ」


 頭の合図と共に部下たちが一斉に動き出す。

 しかしそれは各自が勝手に動いてるものではなく、 統率が取れ、 洗練されたものだった。

 流石は頭が待ち伏せように用意した奴らか。

 けどだからこそやりやすい。

 そう言った動きは読みやすいし、

 何より、 んだからな!


 こうして、 俺たちの最後の戦いが始まった。


 ◇◆◇


「ぎゃああああっ!! 」


 断末魔を上げて一人、 倒れる。

 当然ヴァイオレットや俺のものではない。

 そして、 頭のものでもない。

 雑魚の悲鳴だ。


 あれからどれくらい経っただろうか。

 雑魚どもも半分ぐらいに減った、 筈だ。


「はぁ、 はぁ」

「く、 はぁ」


 流石に俺たちは息が上がってきた。

 この二ヶ月で冒険者として経験も積んで体力も実力もついてきた筈だ。

 この前みたいに魔物の群れに囲まれ、 突破した事だっていくらでもある。

 それでも、 この状況は流石に堪える。

 しかもこっちは二人となれば尚更だろう。


「どうだ? 渡す気になったか」


 ここまでの間、 頭は執拗に同じ事を聞いてきた。

 いい加減答えてやるのも疲れてきた。

 けどそれでも、 俺は言ってやる。


「誰が!! 」


 そんな自分に気合を入れるような台詞と共に、 俺はナイフを投げた。

 それが頭に届けばどんなに良かったかと思うが、 流石にそうはいかない。

 部下に阻まれ、 防がれてしまった。

 どいつもこいつも頭を守るように訓練されており、 それを忠実に守っている。

 これだから心酔し切ってる奴らは嫌いだ。

 まぁ俺もかつてはそうだった訳だし、

 今は推しに心酔してんだけどな!


 けどまぁこの攻撃自体が無駄な訳じゃない。

 こうして地道に雑魚にダメージを与えている訳だし、 何より......。


「ぐわぁ! 熱っ!! 」


 もう一手加えて追加ダメージを与えているからだ。


 何をしているかと言えば簡単な話。

 俺とヴァイオレットの合わせ技である。


 俺がナイフを投げる。

 そこにヴァイオレットが火の魔術を合わせる。

 そうすると刺さった場所から炎が上がる。

 単純だがかなり効果的な技だ。

 よくよく考えればかなりエグい攻撃だが、 しのごの言ってられない。


 まぁ本当は彼女の特大火球で全てを焼き尽くせば良いのだが......。

 ここのところそれぐらいの実力はついている。

 覚醒しかかっている回復魔術のおかげで魔力量も大幅に増えたようだ。

 実際、 それを使って何度も魔物を焼き尽くし窮地を回避している。


 だが今回それは使えない。

 はあるが、 ここは密閉空間だ。

 一気に大きな炎を出せば酸素が持っていかれて呼吸が出来なくなったり、 一酸化炭素中毒にだってなるかもしれない。

 まぁそれでもこうやって炎を使っている訳だから時間の問題なんだが。



「どうした? 何故もっと大掛かりな火の魔術を使わない」


 疲れてる俺たちとは裏腹に、

 頭は余裕そうにそう聞いてきた。

 そりゃそうだよな! 部下に隠れて逃げ回ってるだけだもん!

 でもそれでも俺は常に奴を狙ってナイフを投げている。

 だから常に動き回っているのは間違いない筈なんだが......。


「うるさいわね! あんまり使ったら空気が無くなるでしょ空気が!! 」


 そしてこっちはやはり余裕がない。

 挑発を含めた意味での問いかけだっただろうが、 ヴァイオレットはそれに乗っかってしまった。

 あんま反応しないように言ってあったんだがな。


 ちなみに、

 この世界でも密室で火を使えば空気が無くなるぐらいの知識はあるらしい。

 だからこの説明をした時、 彼女は普通に納得してくれた。

 おかげでだが......。



「それだけか? 」



 そんなタイミングを見計らって、 頭は問いかけ続ける。

 ......コイツ、 もしかしてのか?


「他に理由があるんじゃないのか? 」


 しつこい。

 こりゃ気づいてるな。

 ヴァイオレットも奴の発言に意識を向け始めている。

 何とか気を逸らさないと。

 そうでなければ、


「んな余裕ぶっこいて話してる場合かよ! 」


 俺はより一層ナイフ投げの精度を上げ頭を狙い、 手数を増やして避ける事に集中させようとした。

 これなら話してる余裕もなくなる筈だ。


「相変わらず無尽蔵のナイフだな。 だから買ってやったと言うのに」


 おいおい。

 だいぶ部下も減ったし手数も増やしてるんだぞ?

 まだ余力があるってのか。


「それだけの実力があれば、 なるほど。 確かにそこの女を誤魔化す事も可能か」


 ......やめろ。 それ以上言うな。


 口を開かせない為に攻撃のスピードを上げる。

 でも足りない。

 それでも奴の口を閉じさせるには足りない。

 何は部下も倒しきり盾もなくなる筈だが、

 それでもきっとこのままじゃ喋るのをやめないだろう。

 まずい、 このままじゃ......。


「いったいどう言う事......」

「聞くなっ!!!! 」

「っ?! え?」


 そんな状態でヴァイオレットが聞き返してるもんだから思わず怒鳴ってしまった。

 それを受けて驚き固まってしまう彼女。

 しまった。 これも挑発だったか。


 それを裏付けるように、

 まるで事前に打ち合わせていたかの如く、

 雑魚どもが数名、 ヴァイオレットに飛びかかった。

 流石に全てを倒すには間に合わない。

 そう感じた俺は、 彼女を突き飛ばしていた。


「っ! ラッド! 」


 ヴァイオレットが俺の名を呼んだ時には全てが終わっていた。

 彼女の代わりに、 俺が雑魚どもに拘束され組み敷かれ、

 うつ伏せに地面に押しつけられて手足を拘束されてしまったのである。

 逃げようにも、 どかそうにも、 数名がかりで押さえつけてきてるから動けない。

 やばい。 焦りだけが先行する。

 頭が回らない。


「さぁ、 これで二人で話が出来るな」


 どうやら狙いは最初から俺だったらしい。

 ヴァイオレットを囮に俺を拘束し、 そして彼女と話す為。

 相変わらず回りくどい手を使いやがる。

 まぁそんな事悠長に考えてる暇はないんだが!


「そいつから離れろ! それ以上何も話すなこの野郎! 」


 なるべく騒いで頭の言葉を遮ろうとする。

 しかし奴はそんな事お構いなしにヴァイオレットに近づいて行く。

 やばいやばい。

 これは話どうこうの前に彼女の命がやばい。


「安心しろ。 何をするにしても話をしてからだ」


 んなの信用出来るか!

 ......けど何故だ。

 もし本当にそういうつもりだとして、 どうしてそんな事をする必要がある?

 ヴァイオレットを殺すのが目的じゃないのか?


「おい女」

「......女、 じゃないわ。 名前があるもの」

「ははっ、 それは失礼」


 こんな時まで我が推しはブレないね!

 頭が笑ってるところなんて初めて見たけど!


「じゃあヴァイオレット。 こいつとの関係は何だ? 」

「......相棒よ」


 ああもう! 嬉しい事言ってくれるな!

 こんな状況じゃなきゃ飛び跳ねるのによぉ!

 というかマズいな。

 会話が相手のペースだ。


「それ以上喋......むぐぅ?! 」


 そして周りの奴らも馬鹿じゃない。

 叫んで邪魔しようとする俺の口を布で塞ぎやがった。

 くそ! これじゃ本当に何も出来ねぇ!


「相棒か。 だとしたら、 お前は良い相棒に恵まれたな。 お前に不利益な事を誤魔化してるんだからな」

「ど、 どういう事よ」


 こうなってしまってはもうずっと頭のターンだ。

 ヴァイオレットも警戒しながらも話に乗っている。

 くそ! いいだろそんな事!

 てか何で逃げない!

 いや逃げるのは無理かもしれないけどもっといつもみたいに暴れろって!

 ......もしかして、 俺の事だから興味があるとか?

 そりゃ嬉しいがタイミングを考えて欲しいな!


「不思議に思わなかったのか? 何故狙われてるお前をわざわざ敵の目の前まで連れてきたのかを」

「そ、 それは私がそう頼んだから」

「そうだとしても、 そいつの性格なら何とか断るだろう。 けどそれをしなかった。 つまり、 お前を傍に置いておきたかったのさ」

「それは、 どうして? 」


 クソ!流石は話術に長けてるな!

 ああやって他人を騙したり操ったりしてるんだよアイツは!

 ヴァイオレットも見事にその手中にハマってしまっている。

 ダメだ!それ以上は!


「簡単な話だ。 お前が陽動組に入ればある可能性が高まる」

「ある可能性? 」

「そう、 人を殺す可能性だ。 ラッドはそれをお前にさせたくないのさ」

「......え? 」


 ヴァイオレットの視線が俺の方を向く。

 今更? といった表情を浮かべている。


 ああそうさ、 その通りだよ。

 俺はだからお前を近くに置いた。

 そしてお前が人を殺さないように......。


「お前が人を殺さないように、 近くで攻撃をコントロールしたのさ。 さっきの魔術への指示だってそうだろう。 お前はあくまで補助、 止めを刺すのはソイツ。 お前に人殺しをさせたくないのさ」


 もう何でもお見通しかよ。

 それを聞いて複雑そうな表情を見せる彼女。

 だって仕方ないだろ。

 アンタには人殺しなんて無縁な、 そんな生活が戻ってくるかもしれないんだ。

 その為には、 今手を汚すべきじゃないんだよ。


 でも良かった。

 この程度ならいつかはバレると思っていたし、 特に問題はない。

 何故なら......。


「けどこれは、 お前に本当に隠したい事から意識を逸らす為のブラフだ」

「え? 」


 っ?!

 おいおい。

 おいおいふざけるなよ!

 それだけは!

 それだけは言っちゃいけないだろ!


 俺は必死になって拘束してる奴らをどかそうした。

 けどピクリとも動かない。

 ちくしょう! ちくしょう!

 なんだってこんな時に!

 そしてなんでこんなにもお見通しなんだ!!


「ラッドがお前に人殺しをさせないようにし始めたのは、 あるきっかけがあったからなのさ。 そのきっかけを気づかれない為に、 お前をコイツは守り続けてる」

「......」


 それ以上言うな!

 お嬢も黙って聞くな!


「お前たちが出会った時、 二人は俺の部下から逃げた。 ラッドの機転で、 ヴァイオレットの魔術を使って」


 やめろ! やめろぉ!


「その後、 何故多くの部下は追い掛けて来なかったと思う? 本当は気づいてるんじゃないのか? 」

「......」


 聞くな!

 聞くな聞くな聞くな聞くなぁ!


「あの時、 部下はお前の魔術で焼け死んだんだよ。 多くの部下がな。 ラッドはそれを隠そうとしている。 だからお前にこれ以上人殺しをさせないようにしてるのさ」

「っ! 」


 ......言った。

 言いやがった。

 一番言って欲しくない事を言いやがったなコイツは。


 ヴァイオレットの顔が見れない。

 どんな表情をしているか見る事が出来ない。

 怖いからだ。

 絶望してしまってるからかもしれないからだ。


 だから、

 俺は、

 その怖さを、

 怒りへと変えて、

 誤魔化した。



「うぅ、 おおおおおおおっ!! 」



 力が湧き上がってくる。

 身体がぶっ壊れそうな程に限界を超えた力が。


 拘束してる奴らはぶっ飛ばした。

 即座にナイフを投げて殺した。

 口の布を投げ捨て、 頭をぶち殺そうとそちらを向く。


 しかし、 そこに奴はいなかった。



「やっと隙を見せたな」



 次の瞬間、 後ろから声が聞こえた。

 そしてドスンという脇腹への衝撃。

 すぐにやってくる熱い感覚。


「あ? 」


 そっちを向くと、

 頭が、

 俺の脇腹に、

 深々とナイフを突き立てていた。


 それを自覚すると途端に痛みがやってくる。

 俺はそれに耐えられず、 膝から崩れ落ちた。



「いやぁああああっ! 」



 そしてヴァイオレットの悲鳴を聞きながら、

 俺は意識を失った。


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