第7話 「幕間」
あれから一ヶ月が経った。
街はほぼ全壊状態だったが、 今は急ピッチで復興が進められている。
絶望的だった状態も今や殆ど元通り。
少し前は街中にあった修繕途中の建物も減り、 前の活気を取り戻し始めていた。
そんな中俺は、 また噴水の前に座っていた。
今回は一人だ。
ま、 まぁ一人と言ってもただここでぼーっとしてる訳じゃない。
ある人と待ち合わせをしているのだ。
そして、 その人物は颯爽と俺の前に現れた。
「お、 お待たせ。 待った? 」
「い、 いや。 俺も今来たところだ」
そんなド定番のやり取りをし、 待ち人は俺の隣に座った。
少しおめかしはしているが、 最近馴染んできた街娘の服に身を包む彼女。
髪はポニーテール。
赤く美しいそれがそよ風に揺れている。
そう、 待ち人とはヴァイオレットだ。
そして俺たちは今から、 デートをしようとしている。
◇◆◇
順を追って話そう。
「盗賊団の頭を倒す」
そう俺が宣言したのは、 街が襲撃された後、 全てが落ち着いて夜が開けた時だ。
全てが燃やされ、 それだけではなく壊され、 崩壊した街の中。
俺たちはその時も噴水広場にいた。
理由は単純だ。
ヴァイオレットが奴らに狙われていると判明したからだ。
なぜ狙われているのかは分からない。
しかしそんな事はどうでもいい。
彼女を危険に晒す存在は消さなければいけない、 それだけだ。
でももし、 狙われている理由があるとするならば、 それはきっとこの世界がそうさせているんだろう。
つまりは運命だ。
ヴァイオレットは盗賊に捕まり傷つき、 そして奴隷として売られ最終的に処刑される。
そのストーリーを世界が補完しようとしているのかもしれない。
まぁ何にせよ俺のやる事は一つだ。
そんな運命ぶっ壊し、 この子を生かす。
それ以外はどうでもいい。
だから俺は行動に出る事にした。
待っているだけでは昨晩のように待ち伏せされたりする可能性が高い。
そうなる前に、 恐らく元凶である頭を殺すのだ。
奴らは盗賊団だ。
あんな奴らがあれだけ大所帯で動くのならば頭の命令だろうからな。
そこを叩けば襲われる事もなくなるだろう。
幸いギールたちは納得してくれた。
彼らも盗賊の頭排除に協力して貰おうと提案したのだ。
三人とも二つ返事で乗ってくれた。
と言うか食い気味で手を貸すとノリノリである。
勿論彼らに全部は語っていない。
ただ、 盗賊団にヴァイオレットが狙われていると話しただけだ。
しかし三人はそれだけで十分な動機になったようだった。
彼女は反逆の象徴。
同じ冒険者仲間。
頼れる姉貴分。
そんなヴァイオレットを守りたいと言ってくれたのだ。
頼もしい限りである。
「それで、 姐御自身はどうするんで? 」
ギールのそんな質問は、 彼女を一緒に連れて行くかという意図だった。
俺はそれに、 連れて行く、 と答える。
「危なくねぇでゲスか? 」
「オラ、 どこか安全な所にかくまった方がいいと思うダァ」
ロイとベンはそう言うが、 俺はそうは思わない。
寧ろ逆なのだ。
ヴァイオレットが狙われているという事は、 常に彼女をどうにかする隙を窺ってくる筈だ。
だったら一人にせずに同行させた方が安全なのである。
その話をするとギールたちは納得してくれた。
しかし続く質問への俺の回答で少し場が荒れた。
「出発はいつにしやす? 」
「今日、 この後だ」
「今日!? 」
「それは流石に無理でゲス! 」
「姉御も参っちまうダァ! 」
これにはギールを含め総スカンを喰らってしまった。
このリスクについては俺だって分かっている。
しかし奴らがいつ襲ってくるかどうか分からない状態ではのんびりもしていられない。
だからこその提案だったんだが......。
「それでも無茶でさぁ! 」
「オイラたちだって準備すら整っていないでゲスよ? 」
「姐御がかわいそうダァ」
それは分かるのだけど......ぐぅ、 ヴァイオレットの話を出されると痛い。
けどのんびりしている訳にも......。
「ねぇ聞いていい? 」
そんな話をしていると、 不意にヴァイオレットが口を開いた。
自分が狙われているのがショックだったのか、 先ほどから何も喋っていなかった彼女がだ。
「こういう場合、 どうなの? すぐに別の人が送られてくるものなの? 」
そしてその質問を聞いてハッとする。
「......いや、 そんな事はねぇな」
そうか、 そうだよな。
どうやら俺は冷静じゃなかったようだ。
そもそも今回の街襲撃には相当な準備が必要だった筈だ。
送り込む人数、 作戦を決行させる為の物資、 作戦。
そんな事を考えるのにかなりの時間を使ったに違いない。
だったらまた襲撃をする為には同じくらい準備が必要になってくる。
ならば、 今すぐにまた街を襲うという事はないだろう。
そしてよく考えればの話だ。
俺たちがこの街に来たのは一ヶ月前。
それ以前は別の場所にいた訳だし、 この街を襲う準備なんて出来無かった筈だ。
つまり俺たちがここにいると分かったのも早くて一ヶ月前。
そこから準備したと考えれば......。
「なら、 どれくらいで来そうなの? 」
どうやらヴァイオレットも同じような疑問に至ったらしい。
俺はそれに、 憶測込みで答える。
「一ヶ月だ」
勿論確証はない。
だが恐らくそうだろう。
「だったらその前までに準備してから倒しに行けばいいじゃない。 何をそんなに焦っているの? 」
「......ごもっとも」
俺はその言葉にそれ以上何を言い返せなかった。
結局、 ヴァイオレットとギールたちの説得に負け、 頭を叩くのは一ヶ月程先となった。
感情論だけで言えば今すぐ向かいたい所だが......向こうの意見の方が理に適ってるからな。
しかし、 かと言ってこのままこの場にいる訳にもいかない。
どこか身を隠せる場所を探さなけりゃ、 準備なんかせずとも向こうから襲ってくるだろう。
今の俺たちをどうこうするには一ヶ月どころか、 人数が揃えば一日もいらないだろうからな。
「だったら、 この街を復興させたら? 」
そんな話をしていると、 またヴァイオレットが口を開いた。
......なるほど。
確かにそれはいいかもしれない。
この場所から動かず、 そのまま潜伏出来る。
いい意見だとは思う。
しかしだ、 それは実際には中々実行が難しいだろう。
俺たちはあくまで冒険者であり、 街を復興させる能力なんてない。
ましてやどう考えても人数が足りなさすぎる。
たった四人。
このメンバーで、
犠牲者の埋葬、
瓦礫や焼け跡の撤去、
建物の建て直し、
その他事務的な処理なんかをやらなきゃいけない。
それにきっと、 今思いつかないけどやらなきゃいけない事が山ほどあるだろう。
どうしたものか。
「それなら俺たちに協力させてくれ」
そんな状況で現れたのは、 顔見知りの冒険者たちだった。
しかもそれだけじゃない、 見覚えのある住民も混じっていた。
どうやら、 盗賊の襲撃から住民を逃していたメンバーのようだ。
夜が明け、 その冒険者たちも逃げた住民たちも戻って来たのである。
変わり果てた街の現状を目にし、 誰もが絶望したそうだ。
しかし今の俺たちの話、 ヴァイオレットの話を聞いて希望が見えてきたのだそうだ。
その人数はざっと見て100人程。
襲撃される前の街の人口からすれば微々たるものだろうが、 これだけいれば何とかなるかもしれない。
俺たちは、 当然彼らに協力を頼んだ。
ありがたい話である。
ありがた過ぎるぐらいだ。
「それで? 俺たちは何をすればいい? 」
流石は冒険者だ。
やると決めれば行動力がある。
即何かしようとしてくれていた。
「そうだな。 まず街を復興する為にどうしたらいいか相談から始めたいんだが......」
俺はそこまで言葉にして、 言うのをやめた。
代わりにヴァイオレットの方を見てこう答えた。
「それを、 あいつ中心で話し合ってくれ」
「はぁ?! 何よそれ! 」
当然ながら彼女からは文句の声が上がる。
しかしこれは別に俺が楽をしようとしてる訳じゃない。
文句を言われる筋合いはない。
ちゃんと理由があるのだ。
まず彼女にはカリスマ性がある。
決して本人が特別有能な訳じゃないが、 それを補う程に彼女の周りには人が集まるのだ。
それは学園時代からそうだった。
勿論それには、 学園時代なら家柄や、 今なら王家に反逆したという何かしらの理由があった。
でもそんな事関係なしに、 今では彼女の周りに人が集まってくる。
ならきっとリーダーの素質があるに違いない。
それに、 だ。
ヴァイオレットはいずれ、
回復魔術に覚醒し、
国の重要人物として働くようになる筈だ。
その時は他人を指揮する事にもなるかもしれない。
だったら今から経験を積ませ、 その時困らないようにしてやるのが俺が推しに出来る事なのである。
そして何より、 彼女はいずれ俺から離れる。
こんな盗賊上がりの俺なんかとは本当は住む世界が違うのだ。
だから、 ヴァイオレットが俺から離れた時、 俺なしでも大丈夫なようになってもらわないとな。
まぁその時には周りにきっと多くの人がいるだろうし、 現時点で俺なんか必要ないかもしれんがね。
そんなこんなで俺はヴァイオレットに、 街復興のリーダーを任せる事にした。
本人は最初は嫌がっていたが、 ちょちょいと褒めて煽ててやれば簡単にその気になってくれた。
チョロい。
リーダーとは言っても難しい事はない。
専門的な知識や技術、 そして計画などはそれが得意な者に任せればいい。
彼女はどんと構えてるだけでいいのだ。
え? ならリーダーとして何をするのかって?
簡単な話だ。
あれがしたい、 これが必要、 そんなわがままを言えばいい。
後は周りが勝手に出来るか出来ないかを判断して実行すればいいだけなのだから。
え? それじゃあ彼女の好き放題の街になっちゃうんじゃないかって?
それもそうかもな。
でもそれでいいじゃないか。
彼女はこの街を救ったんだ。
直接的じゃないかもしれないが確かに救った。
そして街復興の最前線に立ち、 皆を纏め上げている。
そんな人物の好きに街を変えてしまったって誰も文句は言わないだろう。
皆もヴァイオレットを崇拝してるしな。
それに、 多分そんな事にはならないと思うし。
こうしてここから一ヶ月、 ヴァイオレットは街復興の為に尽力した。
当然パーティの俺たちもだ。
俺の予想通り、 街は別に彼女の趣味に塗り固められる事もなく、 全うに復興していった。
彼女はその間、 ずっと一生懸命だった。
ほらね? もう彼女は昔の彼女とは違う。
誰かの為に、 一生懸命になれる子なのだ。
まぁゲーム本編でもそんな所はあったしね。
「後は綺麗で安い服を置いてる服屋を作りなさい! 服のデザインは私がしてあげるわ! え? 需要がない? そんなの関係ないわ! 私が欲しいんだもの! それからこの街では私は何でもタダで…...」
......。
定期的に行われている会議の時、 何か聞こえた気がしたが俺は知らない。
知らないんだ。
◇◆◇
あっという間に一ヶ月近くが経過した。
街はヴァイオレットと皆の力でかなり復興が進んだ。
後は彼女がいなくても大丈夫だという事で、 俺たちは復興から離れ、 頭打倒の為の準備を始めた。
決して本来の目的を忘れてはいない。
そんな時だった。
「ねぇ、 ラッド。 私、 頑張ったと思わない? 」
ヴァイオレットがそう聞いてきたのだ。
うん、 このパターンは知っている。
ゲーム本編でも何度か見た事がある。
許嫁である第一王子や、 親にこんな姿を見せていた。
こういう時のヴァイオレットは、 見返りを求めているのだ。
己が出した結果をとにかく褒めて欲しくて、
更にその上で何か欲しいものがある時の行動なのである。
......可愛いな、 俺の推しは。
俺は基本、 彼女を甘やかすつもりはない。
しかし今回ばかりはヴァイオレットは頑張った。
本当に頑張ったと思う。
だから、 今日ぐらいはいいよな?
「......ああ、 お前は頑張ったよ。 何か欲しい物があるなら言ってみな」
本当は抱きしめてなでなでしてやりたい程褒めたかったが、 そんな事をしたら燃やされるのでしなかった。
少しぶっきらぼうにそう答えてやるだけで収めた。
「ほ、 本当に?! っ、 で、 でしょう? これだけ頑張ったんだから感謝しなさいよね! 」
彼女は最初満面の笑みを見せたが、 自分でそれに気づいたのかすぐにいつもの調子に戻していた。
ああもう可愛いな。
そして続いてこんな言葉を言ってきたのだった。
「だったら! 明日一日アンタの時間を私によこしなさい! 拒否は却下よ!! 」
「......え? 」
こうして俺たちは、 デートする事になったのである。
◇◆◇
「次! 次はあっちがいいわ!! 」
「ちょ、 ちょっと待てよ......」
だがデートとは名ばかりだった。
いや思えば、 彼女は一言もデートとは言っていなかった。
俺が勝手にそう思っていただけだ。
俺はさっきからヴァイオレットに振り回されていた。
行きたい店があるからと何件も連れ回され、
食べたいものがあるからとこれまた何件も連れ回された。
要は彼女の目的は、 復興してきた街の自分の成果を視察する兼ストレス発散の買い物だったのである。
俺はその付き添い、 所謂荷物もちだ。
デートとは程遠いものであった。
......まぁ俺は推しと二人きりで出かけられるだけでも満足だし?
これある意味ご褒美だし?
別に期待を裏切られて悲しい訳じゃないし?
「あ! 次はあそこがいいわ!! 」
複雑な心境な上、 荷物持ち&振り回されっぱなしで疲労困憊の俺などお構いなし。
ヴァイオレットは次の目的地を指し示した。
そこはテラス席が特徴的な軽食屋だった。
前世で言えばカフェ見たいな所だろう。
......ふぅ、 少しは休憩できそうだ。
◇◆◇
ヴァイオレットは当然テラス席を選んだ。
店内は少し混んでいるようだったが、 彼女の働きを知っている店側が即座に通りに面したテラス席を空けてくれた。
それを見て彼女は「当然よ」見たいな顔をしている。
やめてくれ、 回復魔術覚醒がどんどん遠くなる。
......まぁいいか。
今は俺も座って休みたい。
席について注文。
カフェと言っても紅茶がメインだ。
コーヒーの存在しないこの世界では仕方ない。
俺は紅茶を頼み、
ヴァイオレットは紅茶とケーキを頼んでいた。
コイツ今日はよく食ってるな。
出てきた紅茶を飲んで一息。
その暖かさ、 そして香りや爽やかさ。
それら全てが疲れた身体に染み渡ってくる。
美味い。
そして落ち着く。
紅茶をこんなに美味いと関したのは初めてかもしれない。
暫く紅茶を楽しみ、 ヴァイオレットはケーキを楽しみ、
俺たちは何ともゆったりとした時間を過ごした。
思えば彼女と出会ってから......いや、 もしかするとこの世界に転生してから初めてなくらいの事かもしれない。
ヴァイオレットに関してもそうだろう。
恐らくED後、 追放されてから俺に出会いここまで、 ほぼノンストップだった。
冒険者になる直前、 この街に来た時もここまでのんびり出来なかった。
たまにはこんな日も悪くないな。
素直にそう思う。
なんせ、 もう数日後には盗賊の頭を倒しに打って出るんだ。
もしかしたらもう、 こんな日は訪れないかもしれない。
なら精一杯満喫しなくちゃな。
「こんなにのんびりしたのはいつぶりかしら」
ヴァイオレットが不意に、 感慨深そうにそう呟く。
やはり俺と同じ事を考えていたか。
推しと思考が被るとかどれだけご褒美だよ。
これだけでも今日来たかいがあったな。
「アンタとはね、 こうして落ち着いた所で一度話してみたかったの。 実は今日の本題はこれ」
そんな事を考えていると、 彼女は唐突に話を切り出してきた。
えぇ? ほんとにぃ?
めちゃくちゃ道中楽しんでたみたいだけどぉ?
まぁそうやってからかう勇気は俺にはないが。
「ずっとね、 聞きたい事があったのよ」
ほう、 聞きたい事とな?
何だろう。 好きな人とか?
それはもう君で......いや待て違う。 俺はあくまでヴァイオレットを推しと考え、 住む世界が違うというのは理解していて......。
「どうして、 私の為にここまでしてくれるのよ」
アホな予想をしている俺を他所に、 ヴァイオレットは真剣な表情でそう聞いてきた。
......なるほど、
「言っただろう。 名前を教えてくれれば助けるって」
「もう流石にそれだけじゃ通らないわ。 あんなに命がけで私を守って助けて、 そんなその場で出て来たような理由で誤魔化せると思ってる訳? 」
ぐぅ、 流石に無理があるか。
確かに、 俺は彼女を助ける理由を明確に話していない。
でもそれは前にも話題に出て、 身体を張った俺の行動で示したじゃないか。
あの時は納得してくれたのに。
まさか、 まだ俺を疑って......?
「あ、 勘違いして欲しくないのは、 アンタを信用してないからじゃないの。 寧ろ信用してるから聞きたいのよ」
俺の考えは、 読まれていたようにあっさり否定されてしまった。
顔に出ていただろうか。
彼女の話によれば。
これから俺たちはもしかすると死ぬかもしれない戦いに挑む訳で。
しかも相手は俺の元仲間や上司。
そんな昔の仲間を裏切ってまで自分を何故救うのか。
それが彼女には引っかかるらしい。
信用してるからこそ、 そんな気になる事を片付けて置きたかったんだそうだ。
そこまで言われちゃ答えるべきなんだろうが......さて、 どうしたものか。
彼女を助ける理由は、
俺が彼女の運命を知っており、 それを回避させる為だ。
そしてその行動原理は彼女が推しだからである。
しかし目の前の少女が聞きたいのはそういう事じゃないだろう。
何故助けようと思ってくれたのか。
つまりは、 なんで俺がヴァイオレットを推してるか、 という事だろうな。
うーん、 これはなんて言ったらいいんだろうか。
勿論その理由は
きっかけというかなんというかそういうものだが。
しかしそれは前世のゲームをプレイしていた時の話だ。
そんな事話せる訳ないし、 信じてくれる訳がない。
寧ろこの場面で答えを誤魔化したと信用を失いかねない。
それだけは避けなければ......。
だとすれば、 そうだな......。
「アンタが学園にいた時、 実は俺もあそこの生徒だったんだよ」
「え!? 嘘! 」
「知らなかっただろ? その時は盗賊団の任務の一環で学園の内情を探っていたのさ」
俺の言葉に驚くヴァイオレット。
全然分からなかったと目をぱちくりさせている。
当然だ。 その場に俺なんている訳がない。
だってこの話は、 俺が今作った方便だからな。
かと言って全て嘘と言う訳じゃない。
俺は、 確実にあの学園の生徒だった。
主人公という別の人物で、 その人の目線を通してだが。
あの時は、 俺はあの場に存在していたのだ。
だから。
「だから、 そこで俺はお前を見たんだ。 目立ってたぜぇ? 何かと騒ぎを起こしていたしなぁ」
ヴァイオレットが学園で過ごした日々は、 全部俺の記憶の中にあるだ。
「なっ?! あ、 あれはあのチンチクリンのせいよ! 」
チンチクリンって主人公の事か?
ひどい言われようだな。
寧ろ突っかかってたのはお前の方だろう。
そんな事を思いながら思わず笑ってしまう。
それを見て、 ヴァイオレットは実にバツの悪そうな顔をしていた。
「そ、 それじゃあ酷かったんじゃない? 当時の私は......。 そのどこを見て、 今助けようと思ってくれてる訳なの? 同情? それともギールたちと同じなのかしら......」
彼女は、 一生懸命勇気を振り絞ったように聞いてくる。
なるほど、 ずっと聞くのを迷っていた訳か。
その真実を知って、 俺にどう思われているのか理解する事が怖かったのか。
確かに。
彼女は利用され続けて来た。
学園やゲーム本編では、 その地位やその感情を。
そして今は、 王家に反逆したその立場を。
意識的であれ無意識であれ、
そこに悪意があろうがなからろうが、
彼女は利用されて来たのだ。
そしてそれを、 ヴァイオレット自身は気づいていたのだ。
もしかすると、 あの他人に偉そうにする態度もそのせいなのかもな。
簡単に利用されない為に強気に振る舞って......いや、 そうじゃないか。
そう、 自分を守っていたのかもしれない。
だとしたら、 彼女の心の中って、 彼女の人生って......。
「いや、 違うよ。 それ以外のところさ」
俺は気がつけばそう答えていた。
別にさっきの事に気づいてしまったからという訳じゃない。
最初から、 本当にそうなのだ。
「お前、花が好きだろ? 」
「なっ!? 」
「よく校舎裏の花に水をやってたもんな」
「ななななななんでそれを!? 」
顔を真っ赤にして驚くヴァイオレット。
それもその筈。
彼女が花に水をあげているという事実は、 自分のキャラに合わないからと彼女自身が隠していた事だからだ。
その事は、 たまたまその現場を見かけた主人公の目線を通して知っていた。
そんな彼女の優しさを知っていたから、 主人公は何度か歩み寄ろうとたのだが、 プライドの高いヴァイオレットはそれを突っぱね......まぁ今はその話はいいのだろう。
「他にもあるぞ? 」
「ほ、 他?! 」
動揺する彼女を他所に、 俺はヴァイオレットの色んな隠れた面を語った。
自分と同じ名前の花、 「すみれ」が大好きだという事。
取り巻きたちが困っていれば、 何を差し置いてでも助けに行く事。
学園内に迷い込んだ野良犬を助けた事。
負担偉そうにしてるくせに、 さり気なぁく周りの人間を助けている事。
言えば言うほどヴァイオレットの顔も耳も赤くなって言ったが、 俺は止めなかった。
ストーカーじみた感じだったけど、 気にしなかった。
だって推しの魅力を語ってるんだもんよ。
止まれる訳ないじゃん。
「分かった、 もうわかったから......! 」
結局そうストップがかかるまで話は続き、
「とまぁ、 こんだけ色んな面見てりゃあ助けてやろうとも思わないかい? 」
そう、 締めくくった。
正直彼女が納得出来る答えを言えたかは分からない。
でも俺は満足だ。
「ま、 まぁそうね。 そんな女の子が目の前でピンチになっていたら、 助けたく、 なるかもね」
結局こんな感じで納得てくれたようだが、 所詮は誤魔化しの力押しだ。
ヴァイオレットは恥ずかしさからか判断力が鈍ってるのかそれ以上追求してこなかったが、 何とも悪い事をした気分でもある。
しかしまぁそうだな。
俺は改めて彼女の魅力を思い出せてよかった。
やっぱりヴァイオレットには幸せになって欲しい。
確かに悪い事をしたが、 彼女は、 普通の女の子なのだ。
ここからやり直す機会くらい与えてもいいじゃないか。
改めて、 そう思えた。
「ま、 仕方ないわね」
暫くして、 気持ちを切り替えたヴァイオレットが言う。
「それだけ私のファンだって言うなら、 これからも身を粉にして私の為に働きなさい? 」
それはいつも通りの彼女だった。
「私が有名になったら、 第一の従者にぐらいしてあげるんだから! 」
いつの間にか上機嫌になっていたその言葉に、 俺は、
「......ああ、 期待してるよ」
そう答えるしかなかった。
ヴァイオレットの言葉には、
「私をここまで世話したんだから最後まで面倒見てくれるわよね? 」という気持ちが透けて見えた。
それは、 いつまでもどこまでも、 俺が傍に居るという信頼が感じられた。
その思いは、 嬉しくもあり、 申し訳なくもあった。
だって俺は、
彼女がそうなった時には、
もう隣には居ないのだから。
だってそうだろう。
今はヴァイオレットが成り上がり、 その立場を取り戻す為の旅路の途中だ。
俺はその為にこの世界に転生したのだと考えている。
だったら、 それが済んでしまえば俺なんて用済みなのである。
俺の役割はそこまでなのだ。
彼女は回復魔術の使い手としてだろうが、 冒険者としてだろうが。
成功すればこんな盗賊上がりが隣にいてはいけないのだ。
俺はそんな事を、 ずっと考えている。
ま、 何にせよその時はもう直ぐだろう。
盗賊の頭を倒せば彼女を狙う人間はいなくなる。
後はギールたちにでも任せて俺は消えればいい。
俺は彼女のファンだ。
ヴァイオレットを推している。
推し活はあくまで本人の手助けをするだけだ。
その人の人生に、 大きく関わってはいけないのだから......。
「さ! 聞きたい話も聞けたし休憩も終わりね! 次! 行きましょう! 」
俺がそんな事を考えてるとも知らずに、 ヴァイオレットは立ち上がった。
まだ回る気かよ......。
彼女は笑っていた。
俺はこの笑顔を守りたい。
本気でそう思った。
その為にはこの命なんて......。
「ほら何ぼさっとしてるのよ! 早く早く! 」
俺の思考は彼女の声に遮られる。
今は深く考えなくてもいいのかもしれない。
「へいへい」
だからこの日、 俺は余計な事を考えず、 楽しんだ。
デートではないだろう、 デートを。
こうしてヴァイオレットは、 この日で随分とリフレッシュしたのか、
街の復興を最後までやり遂げ、 冒険者として復帰した。
そして数日後。
俺たちは、 盗賊の頭討伐へと旅立ったのだった......。
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