第4話 「奇跡」
回復要員。
それはどの作品でもゲームでも重宝されるメンバーだろう。
ダメージを負ってもその人物がいれば傷を癒せるし、 簡単に仲間が死ぬ事が無い。
パーティにとって攻撃役よりも重要視される事が多いんじゃないか?
だから仲間の中に必ず誰か一人はそんな存在がいるものだが......この世界ではその常識は通用しない。
何故なら、 この世界には回復魔法や回復魔術というものが存在しないからだ。
つまり他のファンタジー作品と違って、 簡単に人が死ぬのである。
乙女ゲーなのに随分と殺伐としているのだ。
しかし全く存在しない訳じゃない。
一般的に扱える人間がいないだけで、 伝説のものとして扱われているのだ。
それを支えるものは必ず女性であり、
数百年ごとにこの世界に現れるのだという。
そして何を隠そう、 この回復魔術を扱えるのがこのゲームにおける主人公だった。
彼女が回復魔術に目覚めた事により、 奴隷から成り上がり様々な出会いや事件に巻き込まれていくのが主なストーリーだ。
そう、 あくまで回復魔術を使えるのは主人公なのである。
回復魔術を使えるのは主人公だけ。
この前提があるからこのゲームは成り立っていたのだ。
しかし、 実はそれを使える可能性のある者が実は他にもいた。
それは、 ヴァイオレットだ。
勿論本編の中ではそれを予期させるような伏線など全く張られていない。
しかしそれ以外のところで、 彼女のその可能性に触れたものが存在するのである。
それは、 このゲームが人気が出た事によって世に出た代物。
設定資料集だ。
その中にはこう書かれていた。
「ヴァイオレットにも回復魔術に目覚める才能があった。 彼女にはそのチャンスが巡って来なかっただけである」
と、 そう確かに記されていたのだ。
つまり、 つまりだ。
彼女もチャンスさえ巡ってくれば彼女も回復魔術に目覚める事が出来るのである。
けどそんなのはあくまで裏設定だ。
ヴァイオレットを推している俺ですらそんな事を忘れていた。
そう、 ついさっきまでは。
あの時、 俺は彼女の手に触れた。
その瞬間、 確かにそれは起こった。
眩い光が俺を包んだのである。
傷が治った訳じゃない。
その証拠に今の俺は包帯ぐるぐる巻きのミイラ男だ。
しかしその傷のせいで動けないという事はなかった。
何故なら、 傷の痛みが消えたからだ。
それどころか、 少しづつ治り始めているのである。
ヴァイオレットが無意識に使ったそれは、 決して回復魔術とは言えないだろう。
けどその前段階と言うような、 覚醒前の状態である可能性が高い。
つまり、 このままいけばヴァイオレットが回復魔術に目覚めるかもしれないのだ。
この世界で何よりも重宝される回復魔術に。
俺はその可能性に気づいた時は思わず笑ってしまった。
マニアックな所から設定を持ってきたものだと。
いくら推しの事とはいえ、 あの文面を丸々暗記してる俺も俺だが、
そんな裏設定までしっかり織り込んでくるとは......この世界の神は相当オタクなのかもしれないと。
しかしそれ以上に、 喜びに身震いした。
これはチャンスだ。
一度どん底まで落ち、
今はそこから這い上がり生きようとしている、 彼女の転機なのだ。
回復魔術を使える存在はこの世界では貴重だ。
つまり蔑ろに出来ない存在なのである。
国総出でその人物を監視したり守ったり程の存在なのだ。
なんせ利用価値が高いからな。
という事はだ。
そんなに希少な力を手に入れた彼女は、 今後重要視される可能性がある。
殺してしまったり、 そこら辺に放置したり無視したり出来ない人物となったのだ。
生き残れる可能性がグッと上がったという事だな。
しかもその覚醒に俺が関わっていると言うのだから嬉しくない筈がない。
推しキャラが成り上がるきっかけを俺が作ったのだ。
もう浮かれて飛び跳ねたいくらいだ。
まぁそんな事はしないが。
俺はあくまでこの世界におけるモブなんだからな。
それは徹底しなければいけない。
まぁ何よりだ。
これでヴァイオレットを今後どうするかの方針は決まった。
当初俺は、
彼女を生きながらえる方法として、
「田舎でひっそりと暮らす」というものを考えていた。
なんせヴァイオレットは目立てない。
目立てば盗賊団に見つかり、 今度こそ捕まる可能性がある。
もしそうでなかったとしても、 騎士団に見つかっても殺される。
だから目立つ訳にはいかなかったのだ。
しかし今は事情が変わった。
ヴァイオレットは逆に目立つべきなのである。
回復魔術の使い手として、 その名を轟かせるべきなのだ。
そうすれば国が放っておかない。
保護され、 かなりの高待遇を受ける事になるだろう。
ルートによって主人公もそうだったのだからこれは間違いない。
だから俺は今後の目標として、
彼女を目立たせ、 国に目をつけてもらう事を目指す事にした。
これなら見つからないようにひっそり暮らすよりも何倍も楽だ。
それにきっと、 ヴァイオレットの性格からしてもそっちの方が合っているだろう。
ちょっと前までは絶望しかなかった。
しかし今は大きな希望がある。
俺はこの事が本当に嬉しくて、
またまた飛び跳ねたくなっていた。
勿論それを成し遂げるためにはヴァイオレットの協力が必要だ。
と言うか彼女自身が頑張らなければいけない。
当然俺だって協力する。
回復魔術を完全に覚醒させる条件が分かっていないし、 それを見つける為に全力を注ぐつもりだ。
練習だっていくらでも付き合う。
しかしその為にはヴァイオレットの努力が必要なのである。
まぁこれはなんとかなるだろう。
彼女だって回復魔術の使い手になれると分かればやる気も出る筈だ。
けどこれに関しては少し問題もあった。
ゲーム本編中、 伝説の回復を扱う人間についてこう語られているのである。
『慈しみの心を持ち、 他者を思いやり、 己を過信しない、 心優しき女性』
それが回復魔術の使い手の定義だった。
◇◆◇
「オーッホッホッホ!! やっぱり! やっぱりそうなのね! 私ってば特別な存在だったのね! これであの忌々しい泥棒猫と同格! いえ! それ以上になれるわ! 見てなさい! 今に目の前で這いつくばらせてあげるから! 」
これである。
真逆だ。
正に真逆だ。
主人公はその生い立ちからか、 誰に対しても優しく接する事の出来る少女だった。
他人の事を見下さず、 どんな相手にでも真正面から向き合う人物だった。
しかしヴァイオレットはどうだ。
わがままで他人を見下し常に上に立とうとする性格をしている。
正に悪役令嬢らしい性格をしている。
こんなので回復魔術が覚醒なんかする訳がない。
そりゃ本編中でチャンスが巡ってこないよ。
寧ろなんであの時少しだけ兆しが見えたのか分からん。
回復魔術覚醒の可能性が浮上した後、 俺はその事をヴァイオレットに話した。
そして今後どうするべきかも話した。
そしたらこの調子である。
ほんとすぐに舞い上がるんだから。
これはゲーム本編とも変わらないな。
というか追放されたトラウマはどうした。
少しは改心したり成長したんじゃないの?
そう簡単に人間は変わらないという事か。
まぁなんにせよこのままじゃダメだな。
「その考えは早々に捨てたほうがいいぜ? 」
「なんでよ! 」
なんでよ! じゃないでしょ。
君も知ってる筈でしょ、 伝説の回復魔術の話を。
「何よ! 全部私に当てはまってるじゃない! 」
本気で言ってます?
自覚無いってわけ?
こりゃ根本的に意識を変えていくしかないのかもしれない。
まぁいい。
これで俺のやる事は確定した。
有名にするとか回復魔術を覚醒させるとかは勿論だが、 それよりも先ず、 彼女を更生させないといけないらしい。
このままじゃ回復魔術を覚醒しないどころか、 したとしても本編と同じ末路を辿りそうだ。
そうならない為には彼女の性格を変えるしかない。
あんまり他人の性格にケチつけるようで気乗りはしないがね。
でもここは心を鬼にしなければいけないだろう。
「私こそ回復魔術の使い手に相応しいのよ! あんな田舎娘なんてやっぱり奴隷がお似合いよ! 」
だって放っておくとこの調子なんだもん。
「そんなんだと回復魔術覚醒するどころか、 同じ事の繰り返しにだぞ? 」
それを聞いてヴァイオレットは何故か目を丸くして俺を見ている。
「繰り返しって......アナタが私の何を知ってるのよ」
「知ってるさ。 家を追放されたからあんなところにいたんだろ? 許嫁と学友に裏切られて......それはアンタの性格にも原因があったんじゃなかったのか? 」
俺は素直だから質問にも素直に答える。
推しには常に正直でありたいのだ。
しかしこれは正直過ぎて逆に傷つける発言になっていないか?
難しいな。
いやでもいい。 彼女を変える為なら、 救う為なら。
俺は喜んで嫌われ者になろうじゃないか。
けどヴァイオレットはそれに傷つくわけでも怒るわけでもなく。
俺の顔をじっと見ている。
何か変な事言ったか?
けどその疑問はすぐに解決した。
「アナタ、 何でそんなに私の事に詳しいの? 」
「あ」
思わず情けない声が出る。
そりゃそう思うよな。
いきなり現れた盗賊に助けられただけでも驚きなのに、 そいつが自分の事を知ってたらビックリするよな。
というかストーカーだと思われてもおかしくないやこれ。
当然ながら、 俺たちはお互いの身の上話などしていない。
全くもってそんな余裕はなかった。
だからこの疑問が出てくるのは当然だ。
こりゃまずいな。
折角築きかけている信頼関係を崩しかねない失敗だ。
ゲームの知識があるだけに当然のように話してしまった。
でも待て大丈夫だ落ち着け。
まだ慌てるよな時間じゃない。
こういう時ばかり頭が働くのは嘘つきの盗賊故か。
俺は即座に言い訳を思いついた。
「そりゃ詳しいさ。 オーケリバー家の没落や令嬢の追放は有名な話だからなぁ。 寧ろ俺たちはその情報を聞きつけたからこそ、 ヴァイオレット嬢を狙った訳さ」
よくもまぁこうつらつらと嘘を吐けたもんだ。
推しに正直でいたいってのはどこいった。
まぁ半分ぐらいは嘘じゃないからいいか。
別に盗賊団は最初からヴァイオレットを狙ってた訳じゃないが、 追放の事を知っていたのは本当だからな。
そりゃ第一王子の許嫁の婚約破棄に追放だ。
有名じゃない方がおかしいだろう。
「ふーん」
彼女は俺の言葉にそれだけ反応した。
信じているのかそうじゃないのか。
「そっか。 有名になってるんだ。 へー」
いや、 もしかするとそんな事はどうでもいいのかもしれない。
不名誉の事実が公になっている。
その事が気がかりなんだろうか。
分からない。
やはりED後の彼女の気持ちは分からない。
確かに彼女は悪い事をした。
しかしそれは追放によって償われな筈だ。
けどその事は、 何らかの形でヴァイオレットの中にトラウマを作っている。
彼女の考え方を変えてしまう程に。
成長とも言えるのかもしれない。
そのおかげで、 ゲーム中の思考回路とはズレが生じている。
俺はそんな彼女を理解し、 支えてあげる事が出来るのだろうか。
そして、 その心を救う事が出来るのだろうか。
ふとそんな事を考えてしまう。
いや、 そこまではおこがましいか。
結局どう生きるかは彼女が選ぶ事だ。
俺は、 それを手助け出来ればいいんだから。
その後暫く気まずい沈黙が流れた。
盗賊たちを撃退した事で多少の信頼は得ただろうが。
ヴァイオレットは、 今俺をどう思っているのだろうか。
そんな微妙な距離感の俺たちは、 噴水の淵に座っていた。
彼女と出会った街の隣の街にある噴水広場に俺たちはいる。
ヴァイオレットを襲ったのが朝。
追いかけてきた野盗を返り討ちにしたのが昼過ぎ。
そしてこの街にやってくる頃には夕方になっていた。
今夜はここで宿を見つけ一泊するしかない。
本当はもっと遠くまで逃げておきたかったが仕方ないだろう。
それにこの街では少しやる事があった。
その前に休憩しようとここに立ち寄ったのだが。
お互い疲れているんだろうな、 変な地雷を踏んで気まずい空気になってしまった。
さてどうしたものか。
流石にこのまま移動しよう出来る程俺は無神経じゃない。
なのでもう少しここにいる事にして、 周りの様子を眺めた。
それなりに大きな街の為、 人通りが多い。
これなら、 また別の追手が来ても簡単には見つからないだろう。
見つかったとしても人混みに紛れて逃げる事が出来る。
噴水の広場の周りは市場になっていた。
イメージ的には海外によくあるような市場か。
この世界では買い物をすると言えばここで済ませるのが普通だが、 前世の記憶を取り戻した俺には縁日の出店のように感じる。
「それで? 休憩はいつまでする訳? 」
そんな風に周りを見てぼーっとしていると、 ヴァイオレットの方から話しかけてきた。
彼女の服は結局最後に着てもらったもので落ち着いた。
そのおかげでそこら辺の平民と同じ服装になった為そうは目立たなくなった。
しかし流石に髪色は変えられない。
青紫なんてこの世界では珍しくはないが、 容姿を知ってる人間から見れば一発でバレてしまう。
そこで巻き毛を何とか伸ばしてストレートにし、 後ろで一つに束ねる事にした。
所謂ポニーテールだ。
地味とまでは言わないが前よりは落ち着き、 おかげで庶民にも溶け込んでいる。
まぁとは言っても俺の推しが可愛いのは変わらないんだけどな。
その表情は楽しそうで、 悪役令嬢らしく俺を見下ろして不敵な笑みを浮かべていた。
さっきのは皮肉だったんだろ。
こうやって見ると以前の彼女と同じ魅力もちゃんと残っている。
しかしヴァイオレットは確実に変わっている。
本編中の彼女は、
いつもイライラしていて、 それでも余裕な勝ち誇った態度を振りまいていた。
主人公を楽しそうにいじめ、 高笑いをしていた。
けど今の目の前の美少女はどうだ。
普通の子のように無邪気に皮肉を言ってくる。
ゲーム本編最後でどん底まで落とされた変わったのか?
それとも主人公の前だけそうだったのか?
事実はわからないが、 俺は前の彼女も今の彼女も好きだ。
だから俺は、 なんとしてでも彼女を守りたいのだ。
この、 笑顔を。
......まぁしかしだ。
彼女を守る為には即、 そして定期的に欲しいものがある。
それは、 金だ。
金がなければ食事も買えずに生きていく事が出来ないのだ。
正直まだ多少蓄えはある。
しかしさっき彼女の服を大量に買い込んでしまったのでだいぶ減ってしまった。
それに飯や宿にだって必要だ。
だから俺は、 ある場所に向かおうとしていたのである。
「いや、 休憩はもう終わりだ」
色々色々思考した後、 ヴァイオレットの質問機答える。
「休むって言ったのはそっちなのに偉そうね! 」なんて言われもしたが気にしない。
俺はお前の事を気遣ったんだっつの。
「それで? この後どうするの? 」
その質問に俺は覚悟を決めて答えた。
「冒険者ギルドに行って冒険者になる」
正直これはあまり気が進まなかったがやるしかない。
こうして俺たちは、
野盗と悪役令嬢から冒険者へとジョブチェンジに向かったのだった。
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