第5話 「歓喜」

 


 ヴァイオレット・オーケリバーは公爵家の令嬢だった。

 その性格は傲慢でわがまま。

 自分の思い通りにならない事、 気に入らない事にはよく癇癪を起こしていた。

 とにかく文句を言っては立場を振りかざし、 周りに言う事を聞かせようとしていた。

 それでもどうにもならない時は、 ハンカチを噛んで「キーっ! 」と言っていた。

 正に悪役令嬢らしい悪役令嬢だった。

 ......悪役令嬢らしいか?


 しかしそんな彼女も変わった。

 主人公が「第一王子ルート」をクリアし、 EDを迎えた事により、 彼女はテンプレ通り追放された。

 その裏切りと失墜と絶望を乗り越え、 彼女は成長したのだ。


 もはや理不尽なわがままは言わない。

 些細な事で癇癪を起こしたりしない。

 誰かを怒鳴りつけて権力を振りかざしたりしないのだ。


 そんな彼女を俺は目の当たりにした。

 きっとこれからもっと変われる。

 追放されてしまうような悪役ではなく、

 皆から愛される人間になれる筈なんだ。


 筈なんだ、 けどなぁ......。



「ふざけないでよ! なんでこの私が冒険者なんて穢らわしいものにならなくちゃいけないの!? アンタだけなりなさいよ! ちょっときいてるの!? キーっ!! 」



 キャンキャン喚きながらハンカチに引きちぎらんばかりに噛み付くヴァイオレット。

 何も変わってないじゃんコイツ。

 まぁこういう所も好きなんだけどな。



 冒険者になると告げてから彼女はずっとこの調子だ。

 追放されて色々反省して変わったと思ったんだが......人はそう簡単には改心しないらしいな。

 そういえばこの子、 主人公や王子のへの文句ばかり言ってるけど、 自分の行いを悔いてる様子ないもんな。

 そういう所も好きなんだけど。


 俺はそんな彼女を甘やかしたい気持ちを抑え、 無視を決め込んでいる。

 折角変化が見えてきてるんだ、 それを元の状態にするような事はしてはいけない。


 それに人間の怒りというものはそう長続きしないものだ。

 特にこうやって発散するタイプは喚いてスッキリするのがオチ。

 その途中でわがままを聞いてあげるからつけ上がるのである。

 ......俺、 本当にこの子の事が好きなんだよな?


「......」


 まぁそんな事は置いておいて見てみろ。

 騒ぎ疲れたのか流石に静かになった。


「っ?! ねぇねぇ何あれ! 面白そうなものがあるわよ! 」


 それにいつの間にか他の事に興味を持ったようだ。


 子供かな?


 さっきまで怒鳴っていた俺を置いて、 なんかの露店に走って行った。


 子供かな? 迷子にならないでね?


 そして店主の話を聞いて俺の方を目を輝かせて見ている。


 子供かな? 買ってあげないよ?



「ねぇ! あれ買ってよ! 綺麗よ! 私にピッタリじゃない? 」



 今度はいつの間にか俺の腕を掴んで露店に引きずって行こうとしている。

 すごい腕力だ。

 子供ってこんな時どこから出てくるのか分からない力を発揮するんだよな。


 俺は無視を決め込んでいたが、 その謎の力で露店まで連れてこられた。

 そして目当ての商品を指差している。


 よく見りゃこれ『魔道具』じゃないか。

 装飾品なんかに魔術を込めたもの。

 当然ながらそんな特殊品は値段が高い。

 そして冷やかしかどうか見極めている店主の視線が痛い。


 まぁ俺の手持ちで買えない値段ではない。

 しかしこれを買うと何週間か分の宿代が飛ぶ。

 店主から効果の説明がないから、 偽物か大した効果じゃない魔術が付与されているハズレ品かもしれない。

 もしかしたら物凄い掘り出し物かもしれないが、 どちらにしろお財布事情に優しくない。

 そんな余裕はうちにはないのだ。


 だから俺はやはり無視を決め込んだ。

 ヴァイオレットの力に負けないように全身に力を込めて歩き出す。

 冷やかしだと思われても構わないさ。


「ねぇ! ちょ......行かないでよ! 買ってよ!! 」


 当然ながらヴァイオレットは反抗してくる。

 俺の腕を掴み、 自分が後ろにすっ転ぶ事など関係なしに体重をかけ引っ張ってくる。

 俺がそれでも進むもんだから、 ヴァイオレットはしゃがんだまま引きづられている。 地面には彼女の靴の後で轍が出来ていた。


 君、 元貴族令嬢だよね?


「命令よ! 買いなさいよ! あのくらいの金額大した事ないでしょ!? 」


 なんでそこは悪役令嬢らしいの。

 いやらしいか?

 ただの金銭感覚というものが分からない子供の駄々こねなのでは?


 何にせよ買ってやるつもりはない。

 だから無理矢理先に進むが......途中ヴァイオレットの手がすっぽ抜けて仰向けにコロンと転んでしまった。

 あー、 もう。 後先考えないからー。


「っ!! びぇぇええええっ!! 買って買って! 買いさないよぉ!! 」


 すると転んだ事に驚いたのか、 それとも痛かったのか。

 ヴァイオレットは大泣きしながらもっと駄々をこねだした。

 ......いやこれは。

 痛みやなんやよりも、 俺が言うことを聞いてくれないからムキになっちゃってるんだな。

 引っ込みがつかない感じだ。

 子供ってこういうところあるんだよな。


 ......いやこの子は子供じゃなくて元貴族令嬢の悪役令嬢だし。

 なるほど。

 つまり、 悪役令嬢=子供、 という訳か。

 んな訳あるか。


「お前、 いい加減に......っ!? 」


 流石にどうしようも無くなって後ろを振り向いた。

 すると俺はとある変化に気づいてしまった。


 ヴァイオレットは何も変わっていない。

 変化があるとすれば、 「ぎゃおおおお」と雄叫びのような声を上げて泣き喚き、 地団駄を踏んでいる事ぐらいだ。

 もう目も当てられない。

 そんな事よりも気になるのは周りの視線だ。


 先ほどの店主。

 通行人。


 そこら辺の人の視線が明らかに変化している。


「無視してかわいそう」

「買ってあげればいいのに」

「早く泣きやましてよ」


 誰も口には出していない。

 でも確実にそんな言葉が視線から伝わってくる。

 それが俺の心に突き刺さり、 いつの間にか冷や汗をかいていた。

 盗賊として数々の修羅場を乗り越えてきたこの俺がだ。


 ......なるほど。

 世のお母さんお父さんはいつもこれに耐えているのか。

 本当にお疲れ様です。


 いやそれにしてもこの流れはまずい。

 ヴァイオレットだけじゃなく、 この場の空気が買わなければいけない状況を作り上げている。


 そして見ろあの店主の顔!

 したり顔で「してやったり」みたいな表情をしてるぞ。

 ムカつくなアレ!


「はっ......! 」


 そしてその時気づいた。

 ヴァイオレットが、 店主と同じ顔をしている事に。

 それは子供がその空気感を察知した時のものに似ている。

 自分は、 買ったのだと。

 そう確信した時の顔だ。


 な、 なんだと......?

 この状況、 まさか計算で作り上げたというのか?!

 全てはコイツの掌の上だったとでもいうのか?!


 ふっ、 流石は悪役令嬢と言ったところか。

 悪巧み、 自分の立場を良くする方法、 世渡り。

 そこら辺には長けているという事だな。

 流石は俺の推しキャラ。

 悪役令嬢、 舐めていたぜ......!



 ......いやただのおもちゃ売り場での子供じゃね?


 ◇◆◇


「いいか、 ヴァイオレット嬢」


 俺はヴァイオレットに、 歩きながら何故冒険者になる必要があるか説明した。

 彼女の手にはさっきの魔道具。

 結局空気に飲まれて買っちまった......まぁ後悔はない。


「とにかく今の俺達には金がない。 流石にアンタを連れて盗賊稼業は出来ない。 そうなると手っ取り早く稼げる方法が冒険者になる事な訳よ」


 いくら追っ手を倒したとはいえ油断は出来ない。

 だから一刻も早くもっと離れた街まで行きたい訳だが、 それにも金がいる。

 遠くへ行くとなればそれはもう旅だし、 そうなってくると出費がかさむのだ。


 装備や道具、 宿代や飯代。

 そこら辺を常に用意しなきゃいけない。


 その点、 冒険者というものは都合がいい。

 下手すれば任務で遠くに行くものもあるかもしれない。

 なんにせよちょうどいいのだ。

 受ける依頼にもよるが報酬は高いしな。


 それに冒険者になれば何時でもどこでも依頼を受けられる。

 手に職は困らないという訳だ。


「なによ。 そんなにお金がないの? 貧乏人はこまっちゃうわね」


 そんな俺の考えを無下にするが如く、 ヴァイオレットはそんな事を言ってくる。


 ここ直近の出費はお前の服やその魔道具なんだが?


 そう言いたくなるのをグッと抑える。

 ここで喧嘩しても何も意味がないからな。


「それになんで寄りにもよって冒険者なのよ。 もっと他にこの私に相応しい仕事があるんじゃないの? 」


 あの、 話聞いてました?

 いくら推しキャラと言えど流石にイライラしてくるな。

 そもそも野盗の追放された令嬢に出来るまともな仕事があるなら教えて欲しいものである。


 まぁでも彼女の言ってる事が分からない訳じゃない。


 冒険者は所謂何でも屋だ。

 その中には勿論冒険者になりたくてなった人間もいるだろうが、 大半はそれになるしかなくてそうしている人間ばかりなのである。


 もっと努力すればまともな職につけたかもしれない。

 もっと考えれば冒険者をせずとも生活出来るかもしれない。


 大概の冒険者がその日の仕事で稼いだ金を、 その日のうちに使い切ってしまうような金銭感覚の持ち主しかいない。

 そんなの見下されても文句は言えないのだ。


 それにヴァイオレットは貴族の生まれ。

 貴族が金持ちなのは、 しっかりきたんとした仕事をしているからだ。

 それを見てきた彼女にとっては、 安定しないその日暮らしの冒険者なんて論外なんだろうな。


 しかしそれとこれとは別の話である。



 でも困った。

 このまま行けば冒険者ギルドに着いてしまう。

 乗り気でないヴァイオレットを無理矢理冒険者にしてもいい結果を生まないだろう。


 まぁ彼女をその気にされる方法はいくらである。

 そのいくつかを試して機嫌を直してもらえばいいか。

 まずはまぁ簡単によいしょか。

 そんな簡単にはいかないと思うが。


「まぁでも、 それは買ってよかったな。 装飾にもなるし、 ヴァイオレット嬢にも似合ってるしな」

「っ!? 」

「というか、 いくら平民の格好をしていてもアンタのその気品さってのは隠せないもんだな。 バレねぇか心配だ」

「っ......」

「それにあれだけの魔術が使える女性だからな。 その気品さもあって話題の中心になっちまうかも」

「......」

「オマケに回復魔術を使えるなんて知られたらこりゃもう人気者だな。 どのパーティからも誘いがくるかもしれない」

「......誘い」

「それに何よりその見た目の良さよ。 普通にモテちまうか」

「モテる」

「うん、 やっぱやめよう。 冒険者になるのは......」

「行きましょう! 冒険者がなによ! そんなに怖がる必要はないわ! 私に任せなさい! 」

「......」


 チョロぉ。

 まさかこれで簡単に乗ってくるとはな。

 我が推しながらチョロ過ぎである。


 まぁこのように彼女の性格を分かっていればコントロールしやすい。

 大まかにはこうだ。


 ①単純。

 ②チヤホヤされるの好き。

 ③負けず嫌い。

 ④天邪鬼。


 これさえ把握しとけばどうにかなる。

 まぁED後の彼女はこれだけでは説明出来なくなってきているが、 それでもこの通りである。



 ともあれ。

 こんな感じでヴァイオレットも乗り気になった為、 俺たちは冒険者ギルドへ向かった。


 ◇◆◇


 冒険者ギルド。

 この街にあるのはその支部だが、 正にという感じの出で立ちだった。


 そこは三階建ての支部兼、 酒場兼、 宿屋である。

 ここで依頼を受けたものは格安で宿を使え、

 依頼同行関係なしに酒場は普通に利用出来る。

 言うなれば冒険者の溜まり場。

 なんというかイメージ通りである。


 異世界転生者ならきっとどの世界でも一度はお世話にことだろう。

 ......いや、 普通にこの世界の人間でも何かしら関わりはあるだろうが。

 冒険者は何でも屋。

 依頼する側も老若男女立場身分様々だ。

 この世界で生きる上で冒険者以外にも欠かせない場所などである。


 しかしながら、 俺は冒険者ギルドを今まで一度も利用した事がない。

 こっちの世界では物心ついた頃には野盗だった。

 寧ろギルドに討伐や捕縛の依頼の対象になる側だった訳だ。

 所謂狩られる側だ。

 まさかそれが狩る側に回る事になろうとはな。

 人生何が起こるか分からんね。


 でもま、 前世の記憶を取り戻した俺にはそんな事は関係ない。

 感傷に浸ったりつまらないプライドに囚われる気もない。

 ヴァイオレットの為に出来る事をする、 それだけだ。


「......ねぇねぇ。 いつまでそうしてるの? 」


 と言いつつ少し物思いにふけっていたらしい。

 俺はヴァイオレットに急かされ冒険者ギルドの扉に手をかけた。


 扉は西部劇の酒場のようなものだった。

 それもその筈、 一階はギルドの受付兼酒場になっている。

 中に入るとその雰囲気がまた西部劇っぽくなった。

 いくつものテーブルやカウンターに荒くれ者たちが集まっているのだ。

 酒を飲んだりトランプをしたり、 正に西部劇の酒場だ。

 まぁここにいるのはガンマンじゃなくて冒険者だが。

 というかギルドにいるなら仕事受けたら? 暇なの?


「なんだ? ガキか? 」

「依頼か? 」

「だとしたら仕事にありつけるかもな」

「まさか冒険者志望じゃねぇよな? 」

「まさか、 どう見ても弱そうだろ」

「もしそうなら新人潰しといくか。 ああいうのは一度痛い目にあっておいた方がいい」


 おいおい物騒な事言ってるな。

 冒険者は新人には優しくないってか。

 まぁいい無視だ無視。


「すみません。 冒険者になりたいんですけど......」


 俺はヴァイオレットが離れないように気を配りつつ、 カウンターにいる店員らしい男に話しかけた。

 すると彼は何も言わず少し奥を指差す。

 そこには受付みたいな場所があり、 女性が座っていた。

 なるほど、 あっちで申し込めと。

 無愛想だが親切だな。


 俺はその男に礼を言ってから、 テキトーに飲み物を二つ頼んで奥に進んだ。

 去り際に金を渡すと、 店主はニッコリしていた。

 親切だけど厳禁な奴。


「ではこちらの書類に目を通して必要事項にご記入をお願いします」


 受付で事情を話すと女性は二人分の書類を出てきた。

 俺たちはそれを説明を受けながら書いていく。



「おいおい。 本当に冒険者希望かよ」

「あれが? マジか」


 後ろの方でそんな声が聞こえてくる。

 いいだろうるさいな。

 お前らだって金が必要だから冒険者してる奴もいるだろ。

 まぁいい、 やっぱり無視だ。


 とまぁ俺はこういう煽りには慣れてるからいいんだが......横を見ると、 ヴァイオレットは後ろが気になるようだった。

 そうだろうな。

 この子はああやって野次を入れる事はあっても入れられる経験はないだろうからな。

 基本煽り耐性がないのだ。


「いいか、 何を言われても無視しろ。 絡んできても相手にするな」

「わ、 分かったわ」


 一応釘を刺しておく。

 こんな所でトラブルがゴメンだからな。

 しかし返事はしたが本当に分かっているのだろうか。


「おいお前ら。 本当に冒険者になろうってのか? やめとけやめとけ」

「お前らのような弱そうなのに務まる仕事じゃねェ。 とっとと失せな」

「そもそもテメェらいい身なりしてんじゃねぇか。 どうせ平民か貴族のお遊びだろ? ふざけんじゃねェぞゴラァ」


 そうこうしているうちにとうとう絡んでくる奴らが現れた。

 しかしコイツらの観察眼も伊達じゃないな。

 まさか貴族と見抜かれるとは......。

 まぁお遊びでもなく金を稼ぐ為に本気だし、 貴族は貴族でも元貴族だけどな。


 少し気になって横をチラリと見る。

 ヴァイオレットはそんな事を言われながらも反応しないでいてくれた。

 ちゃんという事聞けて偉いぞ。

 けどなんかソワソワしてるな。

 いい身なりとか言われてちょっと喜んでない?


 ちなみに受付に一応聞いてみた。


「身分で冒険者になれないって事は? 」

「ありませんよ」


 女性はにこやかに営業スマイルで答える。

 ならばなんの問題もないな。


「おい無視してんじゃねぇ! 先輩に挨拶ぐらいしろってんだ! 」

「っ?! 」


 絡んでくる輩を無視して書類の記入を続けていると、 一人が痺れを切らして突っかかってきた。

 正確には俺を持ち上げ投げ飛ばしたのだ。

 そのまま壁に激突し崩れ落ちる。

 けど特に反応もせずに立ち上がって服のホコリを払った。


「ちょっと! 」

「やめろ! 」


 流石にこれにはヴァイオレットも反応してしまったが、 それを言葉で制する。

 そして目線で「大丈夫だ」と伝えながら頷く。

 彼女は何か言いたげにしていたが、 下唇を噛んで記入に戻った。


「ちっ! 」


 それで俺が長髪に乗ってこないと踏んだのか、 男たちはこっちに背を向けた。

 ちなみに受付の女性は張り付いた笑顔のままだし、 カウンターの男も仏頂面だ。

 助けるとか動くとかそんな素振りも見せないどころかこっちを見てすらいない。

 慣れたもんだな。 こんなの日常茶飯事なのか。

 そしてギルド側は責任は負わないし関わらないってか。

 徹底してるな。


 まぁなんでもいい。

 これでゆっくりと記入を続けられる。

 と、 思ったのだが。


「なぁお嬢ちゃん。 アンタいいとこの出だろ? 」

「わかるぜぇ。 溢れ出る気品が違うもんなぁ」


 標的が俺からヴァイオレットに移っただけだった。

 さっきの反応で向こうのほうがからかいがいがありそうと判断したのだろう。

 しかも挑発じゃ反応ないから今度は褒め落としか。

 暇つぶししたいのか、 ストレスをぶつけたいのか、 ナンパしたいのか。

 なんにせよめんどくさいなぁ。


「そ、 そう? わかる? 溢れ出てる? 」


 反応してんじゃないよ。

 なんか照れてるし。

 ほんと単純。


 しかしこのままじゃまずいな。

 ヴァイオレットが乗り気なのもまずい。


 別にこのまま褒めて彼女の機嫌を良くしてくれるだけならいいんだが、

 どうにも彼女がED以前のように振る舞うとめんどくさい事になる事が多い。

 何事もないといいんだが。


「お名前はなんて言うんで? さぞかし高貴な家の令嬢なんでしょう? 」


 向こうも何かしら取っ掛かりを見つけるのに必死だな。

 どれだけ絡みたいんだよ。

 てかもう本当にナンパだろこれ。


「ふふ。 そんなに知りたい? 」


 そしてなんで君は乗り気なの。


「それなら教えてあげるわ! 」


 なんで教えるの! そうなっちゃうのは悪役令嬢のサガなの!?


 俺は痛む身体を引きずってそれを止めようとした。

 しかし間に合わなかった。


「いい! よく聞きなさい! 私はヴァイオレット! ヴァイオレット・オーケリバー!

 オーケリバー家の長女にして第一王子様の婚約者よ! 覚えておきなさい! オーッホッホッホ!! 」


 いやそれもう令嬢の名乗りじゃないだろ!

 悪役の名乗りだろ!

 まぁ悪役令嬢なんだけど!

 ......じゃなくて!!


 堂々と!

 正体を!

 明かすな!!

 お前だってそれ......。


「ヴァイオレット......オーケリバー......? 」


 ほら見ろ、 やばい。

 色々バレちまった。


 ヴァイオレットは第一王子を主人公から取り戻す為に彼女を暗殺しようとした。

 世間はそれを第一王子を陥れる為のものだったと広まっている。

 そんなヴァイオレットが正体を明かせば、 どうなるか容易に想像出来るだろう。


「マジか」

「本物? 」


「......あ」


 周りの反応に、 ヴァイオレット自身も事の重要さに気づき始める。

 助けを求めるようにこっちを見ている。


 おいおい今のは身から出た錆だろ。

 とは言っても助けない訳にはいかない。


 このままじゃ彼女はこの場の人間たちに責め立てられるか、 下手すれば捕まって殺されかねない。

 別にお尋ね者という訳ではないが、 世間ではそれと同等の印象の筈だ。

 こう言う時の俺がいる。

 俺が、 彼女守らなければ。


「おい待て! この子はな! 」


 そう言いながらヴァイオレットの前に立った時、 空気が一変した。


「うぉぉおおおおっ!! 」

「すげぇ!! まさか会えるなんて!! 」


『わぁぁぁぁぁ!!!! 』


「「へ? 」」


 俺たちはその反応に目を丸くしてお互いを見合った。

 だってなんかめちゃくちゃ盛り上がってるんだもん。

 なんか皆嬉しそうなんだもん。

 てか、 カウンターの男も受付の女性も仕事忘れて騒いでるぞ。

 どうなってんのこれ。


「え、 これ一体どう言う......」


「おいおい! アンタ一緒にいたのに分からないのか?! 」

「この人は王子を陥れようとした! 即ち反逆の象徴! 」

「俺たちのような身分の低い人間を虐げる王族に逆らったんだよ! 」

「しかもそれが貴族だろ?! こんな嬉しい事があるか! 」

「この人は俺たちの救世主! 反逆の女神なんだよ!! 」


『わぁぁぁぁぁ!! 』


 俺の質問に絡んできた奴らが口々に語り出す。

 そして酒場は更に盛り上がった。


 ......ええぇ、 そっち?


 皆に責められてヴァイオレットの魔力が暴走するとか、

 殺されそうになる彼女を俺が救うとか、

 そう言うイベントじゃないのこれ?

 いや別にいいんだけど、 いいんだけどさ。


 けどこれはまずい。

 非常にまずい。


 単純でチヤホヤされるのが好きなヴァイオレットの事だ。

 こんな風に煽てられたら......。


「......フフ、 あなた達、 よく分かってるじゃない」


 ほら、 ほらきた。


「うふふ、 オーホッホッホ!! あなた達みたいな底辺な冒険者に褒められてもちっとも嬉しくないわ!! でもいいわ! もっと言いなさい! 褒める事を許可してあげる!! 」


 ほら調子に乗った。


『うぉぉぉぉおおお!! 』


 そして何が「うぉぉ! 」なんだ。

 なんも中身がなかったぞ今の話!


 あれー? なんかしようとしてた事がなんも出来ないぞー?

 これで、 いいの?


 俺はこの子をもっと成長させて更生させないといけないんじゃないの?

 生き残るようにしなきゃいけないんじゃないの?

 回復魔術を利用して成り上がらせるんじゃないの?


 そんな事を考えながら彼女の顔を見る。

 ヴァイオレットは、 俺と出会ってから見せた事のない笑顔を見せていた。

 これでもかと楽しそうだった。


 ま、 推しキャラが良ければそれでいか。


 ......本当にいいのこれ。




 こうしてこの日、 大型新人冒険者が誕生した。

 俺はもう展開についていけなかった。

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