第2話 「疑心」

 

『綺麗な薔薇には棘がある』。

 それがこの世界のゲームのタイトルだ。

 どこぞの妖狐の名言ではない。


 所謂乙女ゲーというやつだが、 その重厚なストーリーから男女問わず人気の出た作品である。

 かく言う俺もハマった一人だ。


 主人公である少女はある日街を野盗に襲われ、 奴隷として売られてしまう。

 その買われた先は貴族の家で、 そこから成り上がっていくストーリーなのだが、

 ルートによって王妃になったり、

 ジャンヌ・ダルクのように民衆を率いて戦ったり、

 野盗の女ボスとなって犯罪の女王になったりと、

 かなり壮絶な人生を送る。

 そんな彼女の豪快さや大胆さ、 そして強さに攻略対象であるイケメンたちは惹かれていくのだが......まぁ主人公の話はいいだろう。


 この作品はイケメン達も含め、 サブキャラがとても魅力的だ。

 その中の一人が、 ヴァイオレットなのである。



 ヴァイオレット・オーケリバー。

 この作品でいう主人公のライバル役。

 所謂悪役令嬢だ。


 名門貴族の長女であり、

 攻略対象である「第一王子」の許嫁でもある彼女だが、 事ある毎に主人公にちょっかいを出してくる。

 それは「第一王子」のルートでは勿論、 その他のルートでも主人公が彼と仲良くなるからだ。

 ヴァイオレットはそれに嫉妬し、 色んな手を使って主人公を陥れようとするのである。


 その手は卑劣極まるものだ。

 簡単なイジメのようなものから、

 家ぐるみで主人公を犯罪者にしようとしたり、

 ルートによって暗殺まで企てたりまでする。


 ヴァイオレットはそんな役柄なのである。



 しかしよく考えて欲しい。

 自分の許嫁を取られそうになったら、 誰だって必死になるのではないだろうか。


 彼女は本来、

 頭は良くないが、 真っ直ぐで元気で、

 素直で優しくて甘えん坊で泣き虫なただの女の子なのだ。


 しかし、 家柄のプレッシャーに押し潰されそうになったり、

 嫉妬に狂ったりと、

 人間の弱さを体現させられる役を押し付けられてしまっただけなのである。


 そりゃ道を踏み外すの事もある。

 人として越えてはならない線を越えてしまう展開もある。


 でも俺は、 その度に一生懸命頑張っている彼女を見て、 愛しくて堪らなくなってしまうのだ。

 人間くさくて本当に可愛い。

 だから俺はこの子を推していた。



 しかしヴァイオレットは悪役だ。

 当然最終的にはその報いを受ける事となる。

 その展開がまた、 俺が彼女を推す理由でもあった。


 負けヒロイン。

 そう言えば聞こえがいいだろうが、 彼女の場合そんな扱いではない。

 どのルートでも、 必ず悲惨な目に合うのだ。


 簡単に言えば、 死ぬ。

 主人公が幸せになる代わりに、 死ぬ。

 制作陣はヴァイオレットを嫌いなんじゃないかと思うくらい惨い方法で、 死ぬ。



 例えば今の彼女の状態をルートに当てはめよう。


 あの街の路地裏に一人でいた所を見ると、 ヴァイオレットは既に破滅へと向かっている。

 このルートは「第一王子」ルート。

 彼女が最も苦しんで死ぬルートだ。


 ヴァイオレットはそのルートで、

 攻略対象となった第一王子を取り返すべく、 全編に渡って主人公の邪魔をする。


 最初は荷物を隠すだ、 履物に画鋲を仕込むだと可愛いものだった。

 しかし途中からもっと陰湿で直接的なイジメへと代わり、

 最終的には主人公を暗殺しようとするのだ。


 でもその全てがバレてしまう。

 彼女はその責任を問われ、 追放されてしまうのだ。


 勿論第一王子との婚約は破棄される。

 行き場を失った彼女はとある街の路地裏を歩いている時に、 出会うのだ。

 俺たち盗賊団に。


 そこでヴァイオレットは俺たちに捕まり、 玩具にされる。

 そして飽きたら奴隷として売られてしまう。

 第一王子の婚約者という立場から、 どん底まで落ちるのだ。


 それでも彼女はもがき生きる。

 しかし最終的には、 第一王子を崇拝する騎士団に捕まり、 処刑されてしまう。

 それが、 このルートでの彼女の運命だ。


 救われない。

 本当に救われない結末である。


 けど本当に救われないのはここからだ。


 確かに彼女は悪い事をした。

 主人公を殺そうとまでしたのだから。

 けど彼女は利用されたのだ。

 第一王子失脚を狙う黒幕によって、 騙されいいように使われてしまっただけなのである。

 しかもその計画自体は失敗。

 何も結果を残せず、 ただ罪を全て擦りつけられ追放されるのだ。


 しかしまだ追放されるだけならいい。

 本来なら投獄されてもおかしくない彼女を、 第一王子の計らいでその程度に済ませたのだから。

 けどそのせいで彼女は盗賊に弄ばれ、 奴隷にまでなってしまう。


 そして騎士団に処刑されるのは、 第一王子の命ではなく、 彼らの暴走によるものだった。

 しかもその処刑が公にされる事もない。


 プレイヤーはそんな彼女の姿を、 「第一王子ルート」のエピローグで知る事になる。

 しかし、 その事を主人公と第一王子は知らない。

 二人が幸せになっていく中、

 逃したヴァイオレットがどこかで改心して暮らしていると信じている中、

 その裏で、 彼女は悲惨な運命によって殺されるのだ。



 むごい。

 むご過ぎる。


 せめて彼女の行動によって黒幕の計画が成功していれば、

 彼女の死を主人公たちが知る事になっていれば、

 まだ物語のキーマンとして役割を果たせたかもしれない。

 しかし結果だけ見れば彼女は何も為せていない。

 全くの無駄死になのである。


 これが、

 このゲームでの、

 このルートでの、

 彼女の立ち回りだ。



 どうして彼女をこんな風に扱うのか。

 俺はこのゲームをプレイしていた当時から可哀想で仕方がなかった。

 そうやって彼女に同情しているうちに、

 俺はヴァイオレットを推すようになっていたのである。


 そして、

 どうにか助けられないのかと何周もプレイしてみたり、

 救済エンドがDLコンテンツで配布されるんじゃないかと待ってみたりもした。


 しかしそれはいくら探してもいくら待っても、 彼女が救われる事はなかったのである。


 だから当時の俺は、

 ヴァイオレットが救われるエンドを勝手に妄想し、 救った気になっていたのだった。



 もしかすると、 その妄想が俺をここに転生させたのかもしれない。

 だからこそ、 本来なら彼女を襲う野盗として生まれ変わったのかもしれない。


 だったら、 やる事は一つだ。


 俺は、 ヴァイオレットを生かす。

 残酷な運命を回避させる。


 それが俺のやるべき事、

 この世界に生まれた意味なんだ。


 彼女の追放を今更防ぐ事は出来ない。

 でもその後の最悪の運命からは逃す事が出来る筈だ。


 彼女の運命を知っているのは俺だけ。

 彼女を救えるのは俺だけ。


 だから俺がやる。

 絶対にヴァイオレットを守り抜いてみせる!

 たとえこの身がどうなろうとやり遂げるのだ!!


 俺はもう覚悟を決めた。

 彼女の目の前で宣言した時、 自分に誓ったのだ。


 だからもう何があろうとやってみせる。


 そう、 決めた。

 ......のだが。


 ◇◆◇


「何よこの服!! 美的センスを疑うわ! アンタ目が腐ってるんじゃないの?! 」


 もう心が折れそうです。


 推しキャラにこんな事を言われた日には......いや、 逆にご褒美か?


「文句を言うなよ、 ヴァイオレット嬢。 そこらの平民に化ける為には......」

「入ってこないで! 変態!! 」

「ぎゃあっ! 魔術を使うな!! 」


 扉を開けると浴びせられる罵声。

 飛んでくる火球。

 色んな意味で死にそうです。

 いやでもやっぱりご褒美......流石に無理があるわ。



 野党たちから逃げ、 俺たちは街近くの森の中にいた。

 そこには壊れかけた小屋が合って、 そこに逃げ込んだのである。


 何を隠そうここは俺の隠れ家だ。

 外見はボロ小屋で今にも崩れそうだが、

 そういう偽装をしているだけで中身はしっかりとした造りになっている。


 俺はモブとはいえ、 盗賊団の中では上の方の立場にあった。

 そういうメンバーは大体こんな隠れ家を個人で所有している。

 しかも他の団員にはその場所を教えない。

 だから今の俺たちには好都合。

 こうして逃げ込む場所として使わせてもらっているのである。


 けどここはまだあの街の近くだ。

 時間は稼げるだろうが、 ここに居たら何見つかってしまうだろう。

 だからこの小屋は一時の仮宿。

 もっと遠くに逃げる為のその場凌ぎなのだ。

 その為こうして準備をしている訳だが......これが全く上手く進んでいないのが現状だ。

 何故なら......。


「乙女が着替えてる途中に中に入ってくるとかどういう神経してるの?! 服のセンスもなければ紳士としての立ち振る舞いも出来ないのね!! 」


 何かにつけてヴァイオレットが文句を言ってくるからだ。



 俺たちはここから更に遠くへ逃げるつもりでいる。

 しかしその為には変装が必須だった。

 俺は野盗仲間には顔がバレているし、

 ヴァイオレットは貴族令嬢らしいドレスを着ている為に目立ち過ぎる。

 だから目立たないようにする必要があったのだ。


 まぁ俺はいい。

 モブとはいえ変装のスキルを持っている俺は簡単にバレないように出来る。

 しかし彼女はそうはいかない。

 しかもここまで来るのに綺麗なドレスが薄汚れているから更に目立つ。

 だからそこら辺の町娘にでも化けさせようと服を調達してきた。

 そして小屋の中で着替えさせていたのだが......この有り様である。


「そもそも何よこの服! めちゃくちゃ地味じゃない! 」


 扉の向こうで文句を言っていたヴァイオレットが中から出てきた。

 今着替えたばかりの服を確かめるように回ったり、 ヒラヒラさせたりしつつ、 不満そうな顔で叫んでいる。

 ずっとこの調子だ。

 持ってきた何着もの服にこうやってダメ出しをしているである。


「地味でいいんだよ。 目立っちゃいけないんだから」

「はぁ?! アンタ! 貴族の令嬢である私に、 こんな服で外を出歩けと?! 」


 お前はその貴族の家を追放されたんだろうが。

 まだ自覚がないのかこの人は。


 ヴァイオレットにはこういう所がある。

 プライドが高く、 自分が身分の高い存在で偉いと疑わない。

 そしてそれを他人に振り撒き、 そういう扱いをするように強要するのだ。


 ゲームをしていた時は、 その態度に何度もイラついたりした。

 でもあのEDを見たりしているうちに、 その自分を曲げない姿勢がカッコいいとも思えるようになっていたのだが。

 流石にこうして目の前で直接対応するとめんどくさいしイライラするな。

 こっちはお前の為にやってるというのにさ。

 まぁそれは俺の勝手な訳だし、 そんな事ぐらいで推しを辞めたいと思ったりはしないんだが。


 それにしても地味とは失礼だな。

 彼女が今着ている服は、 平民の間では流行りの服だし、

 何よりヴァイオレットに似合いそうなものをチョイスしてきたつもりだ。

 それをセンスがないだの言われたら流石に傷つく。


 まぁ別にもう少し金持ち向けの服を調達して来てもいいんだが......甘やかす訳にもいかない。

 本心的には、 推しキャラを甘々に依怙贔屓してやりたい所だがそれでは意味がない。

 そうやって甘やかされた結果が彼女の追放の原因の一つでもある。

 ここは心を鬼にしなければ。


「いいか、 ヴァイオレット嬢。 俺たちは追われてる身だ。 なるべく目立たない服装で行動して見つからないようにしなきゃいけないんだよ。 センスの無い服はその為だ。 殺されない為には少しは我慢してくれないかねぇ? 」


 俺は少し強めの口調でそう説教した。

 ここまで言えばいくら彼女と言えど、 分かってくれはしなくても言うことは聞いてくれるかと思うのだが。


「......」


 しかしどうやら効き過ぎてしまったようだ。

 怯えたような目で俺を見つめて黙ってしまった。

 そうか、 そりゃそうだよな。

 あんな目に合ったばかりだ。

 もう少し優しくしてやる必要があったのかもしれない。

 そう思ったのだが。


「......殺されるって何よ」


 彼女の口からは、 予想外の言葉が出てきた。


「そもそもおかしいわ。 あの野盗たちは、 私を捕まえて......その、 色々しようとしたり、 奴隷として売ろうとしてたんでしょ? でもアナタはずっと、 生きたいか、 とか、 殺される、 とか言ってる。 それって変じゃないの? 」

「......」


 しまった。 これはまずったな。


 俺はここに来る過程で、 野盗がどうして彼女を狙ったのかを説明していた。

 それは当然、 ゲームで言う野盗の役割だけの部分だ。

 だから捕まえて慰み者にしようとか、 奴隷として売るつもりだとかそんな話しかしていなかった。

 けど俺は、 そんな彼女の命の危険があると言ってしまったのだ。

 これは確かに話が矛盾している。

 先の展開を知っているからこその失敗だ。


「落ち着けって。 俺は結果的にそうなるかもしれないって話をだな......」


 言い訳をしてみるが苦しい。

 彼女だって幾ら何でもそこまで馬鹿じゃない。

 疑心暗鬼の視線が俺に向いている。


「嘘よ」


 そしてそれは言葉になって溢れ出てきた。


「嘘よ嘘! アナタもそうなのね! 私を騙して裏切るのね! !! 最初はいい顔をしておいて、 最後には見捨てるんでしょ! 油断させておいて! 仲間を裏切ったフリをしておいて! 本当は私を裏切るつもりなのね! そんなのね!! 」

「そんなつもりは......! 」

「じゃあ何で野盗の一人のアンタが私を助けるのよ!! 」

「それは......」

「ほら言えないじゃない! 嘘つき! 裏切り者!! アンタなんか最初から信じてなんかいないんだから!! 」

「っ?! 」


 俺は彼女の言葉にショックを受け、 何も言えなくなってしまった。


 ヴァイオレットに信じてもらえてない。

 それ自体もかなりのショックだが。

 それ以上に、 無意識のうちに彼女を傷つけていた事に胸が苦しくなってしまったのだ。


「彼」とか「あの子」とかいうのは、 恐らく「第一王子」と「主人公」の事だろう。

 主人公サイドから見れば、 先に裏切ったりしたのはヴァイオレットの方だ。

 しかし彼女からすれば、 自分を見捨てたのは向こうの方なのである。

 そんな気持ち、 ヴァイオレットを推している俺が一番理解してる筈なのに。


 甘かった。

 あの場から救い出せば信じてもらえると思っていた。

 でもそんな訳はなかったのだ。

 彼女からすれば俺は他の野盗と同じだし、

 追放が彼女に与えた心の傷は思ったよりも深かったのでたる。


 俺は、 ファン失格だ。


 しかし信用してもらえてないとはいえ、 ここで彼女を見捨てる訳にはいかない。

 一体どうすれば信じてもらえるんだ。


 動揺する。

 焦る。


 そしてそんな俺の焦りを煽るように、

 ソイツらはやって来た。



「おい! 今こっちから声が聞こえたぞ! 」

「探せ! この辺りにいる筈だ!! 」



 それは、 さっき撒いたばかりの野盗たちの声だった。

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