【完結】悪役令嬢(追放後)を助けた野盗の生きる道 ~ 乙女ゲームにモブ盗賊として転生した俺。 推しキャラを助けた迄はいいんだがこのままだと殺される運命なのでなんとか回避させます 〜
グランド
第1話 「悪役」
「げぇっへっへっ!! よぉよぉ嬢ちゃん! こんな所でお一人様でなぁにしてんだァ?! 」
俺は人気のない路地裏で女にそう声をかけていた。
最初が肝心だ。
舐められちゃいけねぇんだなこれが。
「何よアンタ! それ以上近づいたら私の魔術で消し炭にしてやるんだから! 」
「ひゅー! 威勢がいいねぇ! 俺っちってばそんな気の強い女が大好きなんだよなぁ! 」
なぁるほど。
これぐらいじゃあ、 ちっとも怯えない訳ね。
でもいいぜェ。
そういう女だからこそ攫いがいがあるってもんだ。
だが流石にこのままじゃいけねぇ。
1体1じゃ下手に抵抗されたり逃げられたりでもしたらめんどくせぇ。
この女、 意外と強ぇかもしれねぇしな。
俺はどんな相手にでも油断はしねぇのだ。
「いい加減にしないと大声出すわよ! 人を呼ぶわよ! 」
「おうおうやってみな! でも残念だがなぁ......この辺りにいるのはみんな俺っちの仲間なんだよぉ! 」
「っ?! 」
ここで同胞の登場さ。
路地や建物の至る所から野盗仲間が湧き出る湧き出る。
ハハハハっ! これならどんな相手だろうと負けやしねぇぜ!
「ち、 近くんじゃないわよ! 本当に、 私の、 魔術で......」
こりゃいい、 震えてやがるぜ!
俺っちは女のこういう顔を見るのが堪らなく好きなんだよなぁ!
でもまだ足りねぇ!
だからここで言ってやるのさ!!
「ギャハハ! だからやってみろって! でもその前によぉ! 俺っちたち全員で襲いかかって犯してやなんかこの場面見た事あるな」
盗賊たち:「「「「「「は? 」」」」」」
目の前の女:「え? 」
「......あ? 」
おいおい。
何でどいつもこいつもキョトンとしてやがるんだ?
ここで俺っちが決めゼリフを言う。
女はビビる。
テメェらが笑う。
更に女が怖がる。
こういう流れのお約束だろうが。
それをめちゃくちゃにしやがって。
しかも人のせいか?
その反応じゃまるで俺っちが変な事言ったみてぇじゃねぇか。
......ん?
いや待て。
俺っち今なんて言った?
「ちょっと待って。 え? この世界ってまさか......」
は?
今喋ってるの俺っちか?
何でこんな事口走って......。
いや待て。
待てよ。
なんだこれ。
記憶が流れ込んでくる。
そうだ、 思い出した。
思い出した......!!
俺は日本人だ!
日本人だった!
これあれだ!
異世界転生ってやつだ!
しかもこの世界......妹のやってた乙女ゲーの世界じゃん!!
いや待てよ。
じゃあ目の前にいる女の人って......。
「おいアンタ。 めちゃくちゃにする前に答えろ。 名前なんてぇんだ? 」
「......はぁ? 」
俺はなるべく野盗の口調を保とうとしながら聞いた。
でもこの反応である。
おいおい頼むよ!
こっちだってまだ混乱してて何がなんだか分からないんだから!
ええい!こうなったら奥の手だ!!
「話してくれたらよ、 助けてやってもいいぜ? 」
我ながらショボイ奥の手だなおい。
「!? べ、 別にアンタに助けてもらわなくたってどうにか出来るけど......特別に答えてあげるわ!
私はヴァイオレット!
ヴァイオレット・オーケリバーよ!! 」
単純ー!!
そしてツンデレー!!
うん、 でもそのおかげで確信した。
ここは妹も俺もハマった乙女ゲーの世界。
俺はそこに転生した。
そして目の前の人物は......。
俺の推しキャラ!
悪役令嬢のヴァイオレットじゃないか!!
うっそー! マジ!?
マジで推しキャラ目の前にいんの!?
うわっめっちゃやばい!
どうしようこれ!!
「ちょ、 ちょっとアニキ! 何勝手に決めちゃってるんすか! お頭に殺させますよ! 」
「うるせぇ子分A! 今いい所なんだから邪魔すんな! 」
「子分A!? 」
横から茶々を入れきた野盗の子分を一喝する。
確かに酷い呼び方だが、 俺たちの画面越し以来の再会を邪魔するお前が悪い。
というか前世と今世の記憶がごっちゃになってるんだよ!
名前思い出せなくて悪かったな!
「おいこらラッド。 テメェお頭のお気に入りだからってあんま調子に乗るんじゃねぇぞ? 」
「うるせぇ兄貴A! 邪魔するなって......」
「誰が兄貴Aだボケェ!! 」
「っぶべらぁぁ!? 」
子分Aの後ろから現れた巨漢先輩にも同じようにしようとしたが、 流石にこれは通用しなかった。
思い切り殴られてヴァイオレットの横の壁に叩きつけられてしまう。
見た目的には、
兄貴Aがガキ大将で、 子分Aがスネかじりだな。
まぁそんな事はどうでもいい。
俺は力なく地面にずり落ちる。
こりゃまずいな。
ダメージは対した事ないが、 兄貴分を怒らせてしまった。
急いで頭を下げろと俺の中の「俺っち」が言う。
俺もそうしなきゃマズいと思う。
下手したら殺されると思う。
でも、 でもだ。
もしここで俺が兄貴分に頭を下げて許してもらって、
それで
ダメだ、 そんな事は出来ない。
推しキャラを、
だとしたら。
やる事は一つだ。
「おい、 ヴァイオレットとか言うお嬢さんよ」
「な、 何よ! というかアンタ大丈夫なの!? いきなり仲間割れ!? 」
やば、 推しキャラに話しかけちゃった。
しかも心配までしてくれてる!
ああもうこのまま死んでもいい!
......いやダメだ。
「んな事はどうでもいい。 テメェ、 生きたいか? 」
「え? 」
「ここから逃げて生き延びたいかって聞いてんだ! 」
「っ! そんなの当たり前じゃない! 」
「ふっ、 それが聞きたかったのさ」
よし、 本人の意思は確認した。
ついでにキメてみた。
惚れられちゃったらどうしよう。
とにかくこれでこの子を助ける大義名分が出来た。
後はどうするかだが......。
俺は何か手はないかと周囲を確認した。
そしてある物を見つける。
それはちょうど野盗どもの近くに置かれている。
あれを使えば......!
「ちょっとアンタ! カッコつけてないでどういう事か説明して......」
「おいおい。 カッコイイとか言ってねェで話を聞いてくれや」
「誰もそんな事言ってないでしょ! 」
ああもう、 怒る姿も可愛いなぁ。
と、 いけない。
本題本題。
「テメェ、 火の魔術が使えるだろ? 」
「な、 なんでそれを! 」
「さっき魔術使えるって言ってただろうが。 火の魔術は基本だからな、 それぐらい使えるだろうと思ってよ」
「そ、 その通りだけど......」
テキトーに誤魔化すが勿論嘘だ。
ゲームの中で彼女が火の魔術を使っていたから知ってるだけなのだが......今はそれどころじゃない。
「いいか? 合図したら、 俺が投げたナイフに向かって火の魔術を使え。 なるべく魔力を込めて、 思い切りな」
「は? いったいどういう......」
「おいおい! 内緒話は終わったかよ!! ラッド! 」
いい所で邪魔をしてくる兄貴A。
人の恋路を邪魔する奴は馬に蹴られちゃうんだぞ。
まぁいい、 伝えたい事は伝えられた。
「テメェ! ラッド! ソイツを助けるだぁ? 逃がすつもりなのかよ? んな事したらどうなるか分かってるんだろうなぁ?! ああん!! 」
兄貴Aは馬鹿そうな頭をフル回転させ脅すように怒鳴りつけてくる。
馬鹿な頭でもさっきの話は覚えてたんだな。
忘れてくれてていいのに。
「それを聞きたいのはこっちの方だぜ兄貴。 俺っちはな、 アンタのやり方にずっと不満を持ってたんだ。 だからこうしてアンタを殺せる機会を伺ってたんだよ。 それが今って訳だ。 そんな俺っちに楯突くとどうなるか分かってんのか? 」
勿論そんなの嘘だ。
今考えたんだもの。
コイツは口も頭も悪いがそれなりにいい兄貴分だった。
でも今の俺には逆らう理由がある。
ヴァイオレットという理由が。
「はっ! ならどうなるか......やってみやがれ! 」
「おうやってやるさぁ!! 」
俺はそう叫びながら袖に隠していたナイフを投げた。
それが兄貴Aの顔面目掛けて飛んで行く。
しかし、 あっさりと避けられてしまった。
「ガハハ! テメェが仕込みナイフを使うなんざ簡単に予想出来るんだよ! 」
「ちっ! 」
そりゃ仲間だもんな。
手の内なんて知り尽くしてるよな。
避けてくれて正解なんだよ!!
「ヴァイオレット! 今だ!! 」
きゃっ! さり気なく名前呼んじゃた!
「え? ええっ!? ああ、 もう!! 」
ヴァイオレットは動揺しつつも打ち合わせ通り火の魔術を使う。
小さな火球。
それが兄貴Aの横をすり抜ける。
「おいおい! どこ狙ってんだよぉ! ガハハ! 」
当然余裕の高笑いを見せる相手だが、 それは間違いだ。
ヴァイオレットの放った火球は狙い通り。
俺の投げたナイフに向けて真っ直ぐ飛んで行った。
ナイフはあるものに突き刺さっている。
高く積まれた、 酒樽に。
深々と。
その場所からは何かが漏れていた。
当然、 酒だ。
「ほら! 追加だ!! 」
俺は更に数本のナイフを投げた。
それが何個かの酒樽に刺さる。
溢れる酒。
地面に水溜まりを作り、 匂いだけで酔ってしまいそうになる。
水溜まりはいつの間にか野盗たちの足元まで来ていた。
その瞬間、 俺の投げたナイフに火球が直撃。
酒に引火し、
一気に火の手が野盗たちを襲った。
流石はヴァイオレット!
これぐらい出来るってのはゲームで予習済みさ!
その場は騒然となった。
炎に焼かれたり、
その勢いに怯えたり、
野盗たちは混乱の最中だ。
「ほら行くぞ! 」
「え? ちょ、 ちょっと!! 」
俺はヴァイオレットの手を引いてその場から離れた。
ああもう手まで握っちゃった。
俺はこの温もりを一生忘れない。
◇◆◇
俺たちはその後、 街中をグルグルと逃げ回った。
あの火事のおかげですぐには追ってこないだろうが念の為だ。
俺はこの世界では野盗なのだ。
奴らがどれだけしつこいか知ってるし、
それを撒く方法も知っている。
ここまですれば大丈夫だろう。
「はぁ......はぁ......」
街から少し離れた森の中、
ヴァイオレットは肩で息をしてしゃがみ込んでいる。
改めて実感する。
俺の目の前には推しキャラがいるのだと。
名前を体現するような、 青紫の長い巻き毛。
悪役らしく目はつり上がっているが、 美しい顔立ち。
来ている貴族のドレスはもう汚れてしまってはいるが、
その上からでも分かるスタイルの良さ。
俺の推しは本当に最高である。
「さっきから、 何見てるの、 よ」
そして息を切らしても変わらないこの強気な態度。
本当に最高である。
「ねぇ。 アンタ盗賊なんでしょ? 人攫いなんでしょ? 私を捕まえて売るつもりだったんでしょ? なのにどうして助けたの? 」
息を整えたヴァイオレットが改まったように質問をしてきた。
流石は俺の推し、 あの状況でそこまで理解するとは頭がいい。
それにしても、 なんで助けた、 か。
そんなのは決まっている。
「言ったろ? 名前を教えてくれたら助けてやるってな」
それを聞いてポカンと口を開けて唖然とするヴァイオレット。
ごめん、 今のはカッコつけた。
惚れちゃってもいいんだぜ?
勿論本当の理由は別にある。
俺は、
「ハッ! アンタも物好きね。 今更助けられたって、 私は......」
俯き唇を噛むヴァイオレット。
ああ、 分かってる。
それも知ってる。
今からじゃもう遅いのも分かってるんだ。
それでも俺は、
この先に待ち受けているものから、
アンタを助けたいんだ。
「おいお嬢さん、 もう一度聞くぜ。 生きたいか? この先も生き残りたいか? 」
だから俺は覚悟を決めたい。
その為には、 アンタの言葉が必要なんだ。
「......そんなの、 そんなの!! 生きたいに決まってるじゃない!! 」
顔を見上げ、
涙を流し、
美人を台無しにしながら彼女が叫ぶ。
これで俺の覚悟は決まった。
「分かった。 なら俺に着いてこい。
アンタの運命、 俺が変えてやるよ」
こうして、
モブ野盗に転生した俺と、
追放された悪役令嬢の、
世界への反抗が始まった。
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