第04話「少年と焼き栗(2)」
その時まだ小さかったボクの心は不安でいっぱいだった。
「こっちよクマ吉!!」
「えっと違う、精霊の……」
「いや、クマ語じゃなきゃ」
ボクの左手の大火傷で慌てているフェイはキョトンとする灰色グリズリーのクマ吉にクマ語で言い直す。
「クマ吉……ごめんなさい、ボク、ホムラにいたずらして、全部ボクが悪いんだ」
クマ吉はボクの大火傷した真っ黒な左手を見るとその手が崩れないようにそっとボクを抱えてくれた。
「大丈夫よヒロ、大丈夫だからね」
フェイはボクのそばを何度も往復するように飛び、何かを呪文を唱えている、たぶんだけど少しでも回復するようにだと思った、でもボクには何の効果も感じなかった。
「ホムラいる?」
ボクがクマ吉の背の後ろに目をやるとオドオドしながらもホムラは四足歩行でついて来てくれていた、ホムラは元々この森の住人ではなかった、フェイが精霊語で聞くと西の森の先、人間と精霊の森を分ける火山地帯に住んでいるサラマンダーの子供だったけど力が弱くまだ飛ぶ事も出来ないので仲間にいじめられてこの森に逃げて来たらしい。
「ごめんねホムラ、ボクがバカな事したから怖いめにあわせてしまって」
ホムラは無理に笑ったボクが良くなったと思って走り近づいて来たけど必死に呪文を唱えるフェイとボクの治ってない左手を見てガッカリとした顔をして、シュンとうつむきまたクマ吉の後ろに隠れてしまった。
「ごめん、ホムラ……全部ボクが……」
ボクは友達を傷つけたと思い、涙が溢れて来た。
***
そこはすごく静か、いや、無音の世界だった。
そこは聖剣が沈められているとされる、水の大精霊ウンディーネの住まい。
「ヒロ、ウンディーネは気難しいからヒロは話してはダメよ、わかった?」
ボクは優しく、でも真剣なフェイの顔を見て言葉には出さず『うん』とうなづいた。
フェイは目一杯ニッコリとして、ボクのほほにキスをしてくれた。
サラマンダーのホムラも灰色クリズリーのクマ吉もボクとフェイの会話がわかったかのようにお互いうなづく。
森の温度が下がったように感じる、この森の一番の大精霊ウンディーネがその住みか聖剣の湖からその身を天へと溢れるよう立たせ太陽の光を屈折させさえぎるようにその巨体を表した。
フェイは天へと上り高い場所でウンディーネと何かを話している、フェイは必死で話すようではあったがウンディーネは山のように動かずウンディーネ自身が住む湖のように静かだった。
「ウンディーネ!!!!」
フェイは叫び声と共にその長い黄金の髪を腰の小さな短剣で切り落とし天から湖にばらまいた、キラキラとした金色の髪と共にフェイの涙の粒が落ちて来る。
山のように動かなかったウンディーネは少し驚いた様子だったが、ため息を一つついて悲しい顔をしただけだった。
『クマ吉?』
クマ吉がボクを湖から少し離れた大樹の
ホムラがボクに近づき寄り添うと凍えた体が少しだけあったかくなった。
「ヒロ、大丈夫? 痛くない?」
ボクはウンディーネの機嫌を損ねないように小声で囁くフェイに対し、言葉には出さず『ホムラのおかげであったかい』とホムラを見つめた。
ボクの手の感覚は無くなっていたので大丈夫ではないのだけれどそれでもホムラがそばにいると嬉しくてボクはホムラに笑いかけた、ホムラも少し笑い、近づき過ぎないようにボクをあっため続けてくれている。
「今クマ吉が交渉してるわ、クマ吉はクマ吉にあげるウチのジャム半分でどうかとか言ってる」
クマ吉、ボクの作ったジャム好きなのに半分もウンディーネにあげるんだ。
「ヒロの手が治らなければもうジャム作って貰えないからよ!」
『ハハ』
ボクは心の中で少し笑った。
「あのゴウツクバリのウンディーネ! クマ吉から報酬のジャム全部取り上げたわ、でもまだ足りないって言ってる!」
クマ吉が帰って来た、ボクの焦げた手の匂いをかぎウンディーネを見つめる、ボクはクマ吉に『手が治ったらまたジャム作るね』と少し笑い弱々しく片目を閉じて見せた。
ウンディーネはそんなボクをその高みから冷たく見下ろしている。
でも交渉に成ってる、ボクには少しの希望が生まれていた、もう少しだ、何かボクに差し出せる物があればきっとウンディーネは……
そう思ったボクの考えは間違っていた、ウンディーネが求めるのはボクの何かでは無かった、差し出すのはボクではいけなかった。
『ホムラ?』
ホムラが何か覚悟を決めたようにウンディーネをにらみつけた、ボクは思わず残った右手でホムラを止めようとする。
「ダメ!!」
フェイがボクの指にしがみつき、一瞬おくれてクマ吉がホムラを追ったボクの右手を地面へと叩き落とす。
ホムラはその光景を見て『シシシ』と笑った。
「ヒロ見てなさい、ホムラには何か差し出せる物があるみたい」
フェイはそう言いホムラを指差す、そしてウンディーネが意地の悪い笑みを見せた瞬間だった。
「ホムラ!!!!」
ボクは思わず声を上げ、ウンディーネはチラリとボクを見て初めて優しい笑顔をボクらに見せた。
サラマンダーのホムラは炎のしっぽを自ら引っこ抜き『どうだ!!』と言わんばかりにウンディーネに見せつけた。
「交渉成立よ」
フェイがそう言うとウンディーネはサラマンダーの頭をなでその左手をジュッといわせると、その手でボクを湖に導いた。
ウンディーネと精霊語で何かを話したホムラはおもいっきり湖に自らの炎のしっぽをほおり投げ湖の真ん中にその燃える炎のしっぽを沈めた。
「ヒロ、ウンディーネがこっちに来なさいって」
「……うん」
ボクは震える体で立ち上がる。
フェイの髪。
クマ吉のジャム。
ホムラのしっぽ。
ボクは試されている。
ウンディーネはただ助けを求めるだけの者にその手をさしのべない。
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