第03話「少年と焼き栗(1)」

「痛っ!」


「だっ、大丈夫ヒロ?!」


 ボクは北の森でソフトボールくらいの大栗おおぐりの実を拾っていた、ボクはバカでかい栗の大樹が落とした茶色のトゲに包まれた大栗の実を厚手に作った手製の革靴の足で踏みつけ、そのトゲを左右に押し開き器用に割って中にある硬い革に包まれた大栗の実を取り出していた。


「うん、大丈夫、大栗の実を取ろうとして指にトゲが刺さっただけ」


「もう気をつけないと、ヒロはそそっかしいんだから指をだしなさい、さ、早く」


「いいよ、こんなのすぐに治るんだから……」


「私はヒロの世話を焼きたいのよ、言う事を聞きなさい!」


 そう言うとフェイはボクの右手の人差し指からプツリと小さく血が膨らんでいるのを見てその血を口で吸出しプイッと捨てると、その小さなトゲの傷あとに人には理解出来ない言葉の呪文を唱え体を金色に光らせその傷口にキスをしてくれた。


「……ありがとフェイ、もう痛くないや」


「ホントよヒロ、このくらいなら簡単に治るけど小さい頃みたいにホムラのしっぽをつかむなんてバカな事しないでよね!」


 せわやきなフェアリー、フェイの癒しの魔法だ、ボクがもっと小さい頃は怪我をしたり病気にかかるとフェイは何時もこうして癒してくれていた、フェイが居なければ、ボクはこの森でただただ怪我や病気の痛みや苦しみに耐えながらそれでもご飯を探し歩き夜になると丸まってその痛みや苦しみに耐えなければいけなかっただろう。


 何より一人でいる事は人の心をよわらせてしまうのだ。


「本当にありがとうフェイ、気をつけるしバカな事なんて二度としない」


「当然よ、もしバカな事をしそうになったらその左手を見て思い出しなさい!」


 ボクはそう言われ自分の左手を見る、そこには火傷をしたあとヒジあたりまで赤黒く変色したボクの左手があった。



***



「あづっいぃ!!!!」



 その昔もっと小さかったボクは今まで出した事のないような大きな声を上げて丸くなった、ボクはそこに居た友達の揺れるしっぽを面白がってつかんでしまったのだ。


「どうしたのヒロ!!」


 長い金髪を振り乱しトンボ羽のフェアリーがミサイルみたいに飛んで来た。


 ボクは本当に酷い声を上げたんだと思う、慌てて飛んで来たフェイは左手をお腹の下に隠すように丸まるボクをみて真っ青だった。


「ホムラ何したの?!」


 フェイが火の精霊トカゲの子供、サラマンダーのホムラに詰め寄る、ボクとちらりと目があったホムラは自分が悪い事をしたと怯え立ちすくんでいる。


「だっ、大丈夫だよフェイ、ちっ、ちょっと火傷しちゃっただけだから、ボクが悪いんだ、ふざけてホムラのしっ、しっぽつかんじゃって……」


 ボクはフェイとホムラを安心させようお腹の下に隠していた左手を二人に見せた。


「ヒロ……」


 ボクはその手を見てゾッとした。


 真っ黒だった。


「……治る?」


 ボクは恐る恐るフェイを見て聞いた。


「…………」


 フェイは答えない、いや、答えられなかったんだと思う。


「フェイ? 治る?」


 ボクは心配になりフェイに近づこうとする、何時もの魔法のキスで治してもらおうと黒焦げの左手を差出しながら。


「動いちゃダメよヒロ!! 手が崩れちゃう!!!!」


 ボクは慌てて大丈夫な右手を左手の下にまわした。


 ボクから血のけが引く音がする、熱い筈なのに手足が冷たく感じる、ボクの手もうダメなんだ、これからどうしよう? 右手があるから生きて行ける? 木登りはダメになるから落ちた木の実だけを拾って……狩りは罠を張って……でも右手だけだと罠を作れない?


 どうしよう、どうしよう、どうしよう、


「ホムラ!! クマ吉呼んで来て、クマ吉に家にあるジャム全部あげるから走って来るように言って!」


「あっ、違う!!」


 フェイの大きな声に怯えたホムラはこっそりを見て更に不安そうな顔をするがフェイが身振り手振りで何かを説明すると慌てて森の奥にかけて行った。


「フェイ……何話してたの?」


 ボクはフェイに聞く、フェイ達精霊は人間のボクには聞き取れない言葉で話す、フェイは昔、人間の冒険者と旅をした時に人間の言葉を覚えたと言っていた。


「もう大丈夫よ、灰色グリズリーのクマ吉がヒロを湖まで連れて行くわ、そしたら湖の精霊ウンディーネがヒロの手を治してくれるから……」


 フェイは全然大丈夫な顔をしていなかった、きっと難しいんだろうとボクは思った。


「わかった、それまでガンバル、ボク、気を失ったりしないよ……」


 フェイはあきらめていない、だったらボクもあきらめない。


 寒気とどんどんと下がる体温の中でボクは自分の運命に対する嗚咽をおさえるだけで精一杯だった。

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