最終話
ぴ、と電子音が響き、金庫が開く。
「……こんなことってあるのか」
「運が良かったわね。逃げましょ」
さやかに渡された金庫の中にあったのは、まごう事なくカードキーだった。走は疲れの滲む顔ながらもさやかと笑い合った。
笑みを浮かべるのは、ずいぶんと久しぶりな気がした。どうやらさやかが毒ガスのないルートを知っているようなので、彼女についてビルの中を歩く。
「処女かどうかなんて、別に大した問題じゃないわ。大切なのは人間性よ。これに懲りたら反省しなさい」
「……そうだな」
心身の疲れに、笑い合える相手がいる安心感。そしてカードキーを手に入れたことで切れた緊張のせいでぼんやりしながらも、走はさやかを見つめた。
改めて考えると、さやかと別れたのは大きな失敗だった。何しろ、別れた後でもこうしてさっぱりと話ができる人間なんて、今まで他にいなかったのだから。
走はクズで処女厨ではあるが、二股はしたことがなかった。一応、彼の中では真剣に恋愛をしていたつもりなのだ。
今まで拘っていた処女。しかし、それこそがすべての発端だったように感じられ、急にどうでもいいことのように思えた。
さやかに言われた、じゃあ走自身はどうなの、という言葉も刺さっていた。
階段を降りながら悶々と考えていた走に、さやかの説教が刺さる。
「ほんと、肉体関係がどうとかで考えるのやめなさい」
「すまん」
「っていうか、少しは懲りたんじゃないの?」
「ああ……もううんざりだよ」
「サバサバっと普通に付き合える人間が一番なのよ」
「そうだな」
「財力もあって下手に誰かと関わらなくても生きていければ最高ね」
「あー……それはたしかに一つの夢だな」
「私なら、叶えてあげられるけどねー。まぁ、浮気者は御免だけど」
「浮気はしたことないんだけども」
「すぐ目移りしてる時点で大差ないわよ、馬鹿」
「……ごめん」
やや気まずい思いをしながらも最下層、防火用の鉄扉を開ける。そこには駐車場が広がっていた。多くの柱が立ち並ぶ駐車場はかなり広く見える。
「ここ、他のビルと繋がってるの。こっちに進めば、そのまま外に通じる扉まで一直線よ」
「よく知ってるなぁ……」
ぼやいた走は、ばちりと脳内で何かが弾けるのを感じた。
――よく知っている、というよりも、なぜ知っているのか。
聞き流していた微かな違和感が、パズルのピースのようにつながっていく。
「バーで拉致されて、見知らぬ部屋にいたんだよな?」
「うん」
「じゃあ、『偶然聞いた』って言ってたカードキーの話とか、俺の持ってる『鍵』ってのはいつ聞いたんだ?」
「どうしたの、急に」
「このビルにいたのだってそうだ。毒ガスで締め出されたのに、どうしてさやかは室内にいた?」
「……何が言いたいの?」
「見知らぬ部屋で『早い者勝ち』って言われたのも変だ。邪魔者がいれば、先に始末してもおかしくないくらい皆キレてたのに、そんな素振りを見せなかった」
足を止める。
「そもそも、こんな空間を用意できるのも普通じゃない。たとえば、財閥レベルの大金持ちでもなければ無理だ」
「そうかしら」
「都合よくカードキーが入ってたのも偶然じゃない。さやか……お前が『主催者』なんだろ……!」
「……もう。せっかく改心させられると思ったのに」
振り返ったさやかが浮かべた笑みからは、他の元カノが浮かべていたものよりもずっと濃厚な狂気が滲んでいた。
「結婚しましょ? 『はい』か『殺してくれ』。好きな答えをどうぞ?」
【完結】駒井くんと100人のヤンデレさん達。 吉武 止少 @yoshitake0777
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