第4話 悪魔大元帥の提案
「うああああああっ……火炙りは嫌だ!」
思わず叫んだヤマダ。先ほどのマングース男にまた睨まれた。
慌てて目をそらす。また口笛をふく。残念ながら音が出ない。
「まあ、待て、同志よ……」
おもむろに口を開いた男。長い金髪をなびかせ、頭には山ヤギの如く鋭い角をもつ優男。
(魔王だろう……たぶん魔王様だ)
ヤマダは思った。そりゃそうだ。先程から偉そうに豪華な椅子に座っていたのだから、魔界で一番地位の高いに違いない。
「悪魔元帥アスタロトよ。お前に考えがあると聞いたが……」
この偉そうな魔王はそう言った。変なコスプレをしているが、見た目は人間。イケメンだ。だが、背中には黒い翼。手に持つ杖は恐ろしい魔力を放つ武器。ビュジュアル的にも魔王である。
アスタロトと呼ばれたのは、魔族でも地位の高い上位悪魔。黒いコウモリの翼をもち、大きなヒキガエルに乗った老人。不気味な顔がいかにも悪魔だ。
その悪魔はニヤニヤと気味の悪い笑みを浮かべてこう説明を始めた。
「我が魔王軍が残念なことにここまで追い詰められた元凶は、人間の側に降臨した女勇者のせいであることは皆も承知していましょう……」
『女勇者』。
先程からの会議でも幾度もなく話題になった敵のエースである。こいつがいなければ、こんな魔王軍でも苦戦はしなかっただろう。
女勇者の名前は『チョコ・サンダーゲート』。
何となく、中二病臭がする名前だがそれは置いておこう。この女勇者は美人である。会場に設けられた魔法の鏡にその容姿は晒されているのだ。
まず髪は金髪。長さは肩に付くくらいのミディアムショート。但し、一部は長いのか編み込んだ細い髪を頭に巻きつけている。これがいかにも高貴な女を匂わせる。
身長は高い。魔王軍の調査によると170cmで体重は45kg。
ミニスカート上の装備から、白いニーソックスに覆われた太ももがたまらなくセクシー。
そしてお尻が大きくて男の目を釘付けにする。胸は残念ながらそれほど大きくないのが、唯一の弱点だということだが、そんなコメントを付けた魔王軍の能天気さに呆れる。
この女勇者は強靭な体力と魔力をもち、そこから繰り出される剣技と凶悪な攻撃魔法で魔界の誇る凶悪モンスター、レッドドラゴンですら瞬殺するというのだ。
そしてその性格は冷酷で残忍。魔界のモンスターと聞けば、容赦なく襲い掛かり消し去る。躊躇すらしないその冷たい性格から、『氷の勇者』とまで揶揄されている。
さらに彼女が持っている武器も凶悪。神の祝福した細身の剣『デ・リート』。斬ったものを素粒子レベルまで分解、消してしまうという魔界の生物にとっては『なにそれ冗談、やめてよ、そんなバグな武器』と言いたくなる武器なのだ。もはや最強。ゲームバランスを崩すバグキャラなのである。
しかし、女勇者に関するこのようなデータがこのポンコツ魔王軍にあるのか不思議だが、調査員の死を覚悟した仕事の結果らしい。ちなみにその英雄(ちょうさいん)たちがその後どうなったのかは誰も語らない。
おそらく、女勇者に消されたのだろうとヤマダは思っている。
悪魔元帥の声が部屋全体に鳴り響いた。それは凛とした老人の決意を示したものであった。
「いっそのこと、勇者を誘惑して籠絡しましょう」
悪魔大元帥のこの言葉は、濁った沼の水面に一石を投じる結果となった。
この発言にみんな黙った。勝手なことを話し、自分の保身のことばかりしゃべっていた魔界の高官どもが黙った。
それは異質な考え。議論の転換期。そんなものを感じたからだ。
「籠絡だと……勇者は女だぞ」
「男ならハニートラップもあっただろうが」
(あんのかよ!)
心の中でツッコミつつも、議論の変わり目だとヤマダも思った。これは長いこと社会人をやっていた成果。特に会社を経営していたヤマダなら感じ取れる話し合いの潮目である。
だが、ヤマダは予想していた。この潮目がロクでもない結果になるだろうと。それは、『誘惑』、『籠絡』という単語から臭ってくる、ある種の危険な香りを嗅ぎ分けたらだ。
「魔界でイケメンの男モンスターを動員する。その者たちで女勇者を誘惑するのだ。見事、恋に落とせばこちらのもの……」
悪魔元帥アスタロトはそこで言葉を切った。ひと呼吸おいたのだ。
(この悪魔……できる)
ヤマダは直感でそう思った。提案に対してではない。その話し方に対してだ。
人を説得するためには、勢いと間が必要だ。ボソボソ話していては、絶対に共感されない。
そして勢いだけでもついて来ない。
ここぞという時の『間』。これが重要だ。
「落として、寝首をかくというのか?」
「それもまた一興」
「油断したところで殺すというわけか……」
周りの魔族がそう意見する。だが、このアイデアを提案した悪魔元帥は首をふる。
「否」
そう否定した。それでは失敗した時のリスクが大きい。ヤマダはそう思った。恐らく、悪魔大元帥も同じ考えであろう。
「殺さないと……ではどうするのだ、悪魔元帥よ」
しびれを切らしたイケメン魔王がそう尋ねた。悪魔元帥アスタロトは人骨で飾られた杖をぽんと地面に打ち付けた。
(おい、じじい。もったいなぶらないで、早く教えろ!)
ヤマダはそう心の中で叫んだ。これはヤマダだけでないだろう。みんな思っているはずだ。
「あの最強の女勇者を抹殺するのは不可能。だが、抹殺は不可能であるが、社会的に活躍させないことはできる」
(社会的に活躍させない……なんだそりゃ!)
ヤマダの心のツッコミは聞こえない。よって悪魔大元帥は続ける。
「つまり、女勇者を結婚させて、そのまま専業主婦にしてしまえばよいのだ」
シーンとなった。
そりゃそうだ。魔界の大元帥。亡き子も黙る武闘派の大幹部が大真面目に、女勇者を結婚させて専業主婦にしてしまうという作戦を提案したのだ。
(バカですか、あなたバカですよね。悪魔大元帥って、どんなけ、思考がちっちゃいんですかね。よりによって、専業主婦にしてしまって戦力外にするなんて……呆れてものがいえんわ!)
ヤマダがそう思ったが、会場に集まった魔界の住人たちの考えは正反対であった。悪魔大元帥の言葉が終わるやいなや、会議場は割れんばかりに賞賛の声に包まれたのだ。
「ブラボー」
「さすが、大元帥閣下」
「その発想はなかった~」
「すばらしい!」
良策とはそれが成功した時に遡って評価されるものだ。提案した時点では、愚策と侮られるのが常である。
ウサギ男ヤマダのひとりごと4
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