第3話 不毛な会議

「な、なんで俺が怪人なんだよ!」

 改造されて目が覚めた時に、思わず叫んだヤマダ。

「なんたるファンタジー」

「なんたる冗談」

「悪い夢なら覚めてくれ!」

「そして、なんでウサギなんだ!」

 そう四連発で見えざるものに懇願したが、自分の置かれた立場は変わらない。 

 そんなヤマダは現在、魔王軍の会議に出ている。

 会議といっても場所は大きな広間。一体ここがどこかのかも分からない。魔界というのは人間の世界とつながっている。表裏一体の世界なのだ。

 魔界人は召喚門を通って、魔界と人間界を自由に行き来きできる。人間が魔界へ行くことはできない。召喚門を人間は作り出すことができないからだ。

 稀に魔界の住人が使った召喚門に触れて魔界へ来る人間もいる。人間界で神隠しと呼ばれる失踪の原因はほぼこれだ。

 魔界に来た人間は死ぬか、魔界人になって生きるしかない。魔界人と人間は不倶戴天の敵同士なのだ。

 ヤマダが呼び出された場所には、魔界軍のモンスターがぎっしりと場を埋めていた。まるでコンサートホールのようだとヤマダは思った。

 正面の舞台中央に鎮座する魔王様とその側近。魔界の高官から身分の高い順に並んでいる魔界の住人たち。魔界での地位は強さと比例する。

 魔王に近い位置にいるのは、悪魔族や竜族など、いわゆるボス級のモンスターたちである。最下層の地位であるヤマダの位置は舞台下。舞台からはるか遠く離れた場所である。

 コンサートであるならば、一番遠くのC席という奴だ。 

 そんな場所にいるのだから、ヤマダの魔界での扱いがどうでもよい存在であることは十分に自覚できた。

 周りには同じ怪人たちがいる。ハチと合体させられたハチ男。

(黄色と黒の縞模様の帽子にお尻の針とか恥ずかしいよね)

 ライオンと合体させられた獅子男。首にたてがみが生えている。このたてがみ。密度が濃くて剛毛ならそれなりに威厳がある。実際はビニールテープを割いた程度のまばらなたてがみである。

(たてがみがチープ過ぎるだろ!)

 猛毒の蛇と合体させられた蛇男。コブラのような頭に両手が蛇。ビジュアル的にはキモイが強そうには見えない。間抜けなのは股間にも蛇だ。

(ぐあああああっ……これは歩くだけで逮捕されるだろ!)

 だが、周りの怪人たちはヤマダのことを奇異な目で見る。その目は如実に心の声を語っていた。耳のいいヤマダには心の声まで聞こえるのだ。

(こいつ、本当に魔王軍の怪人かよ)

(よかった~俺はライオンと合体して。少なくても強いから生き残れそう)

(ウサギだろ……ウサギはないだろ)

(怪人とはいろいろ出会ったけど、普通は肉食動物なのに草食動物かよ)

(いやいや、クマ男はいたぞ)

(クマは雑食だ。それに体が大きくて強い)

 聞こえてしまう心の声&ひそひそ話

(聞きたくねえ~。なのに聞こえてしまう~byヤマダ)

 彼らは、元は拉致された人間。但し、そのほとんどは元の世界に何らかの不満をもち、どこか屈折した感情をもっている人間たちである。

 勝ち組で拉致されたヤマダとは性格が違う。普通ならば自分たちの不幸を悲しむところだが、全員、ヤマダを見ると心が癒されていた。

(俺も悲しいけど、あのウサギ男よりはマシだろ)

(あっ。それは俺も思った!)

(よかった~。少なくとも自分の身は自分で守れる……)

(ああ~。神様、なんと残酷な運命を俺に与えたのでしょうか~。byヤマダ)

 江戸時代。武士は士農工商という身分を作り、さらにその下にもっと低い身分の人間を作ったという。

 それは人々の不満をそらす巧みな施策。人間は自分より下のものがいると思うと自分の不幸な境遇を忘れられるという罪な生き物だ。それを利用した支配者側の狡猾な仕掛けだ。

 これは現代のいじめと構造が似ている。人は自分以外のいじめる人間を作れば、不安がなくなるのだ。それによって自分の不安定な立ち位置に安心感を覚えるのだ。どれだけ時代が変わっても人の因果は立ちきれない。

 魔界の住人も同じだ。ヤマダのような自分より弱い奴の存在で安心する。

 ウサギ男などという意味のない怪人の存在意義があるとしたら、まさにこの1点であったかもしれない。

 ヤマダを見る怪人たちは優越感に浸った目をしている。

 それもそうだろう。彼らは例外なくモンスターっぽいビジュアルで、いかにも怪人という言葉に合うからだ。

 ハチ男は猛毒の毒針を持つし、蛇男も毒攻撃を備えている。  

 獅子男も虎男も鋭い牙と爪を与えられている。攻撃力はそれなりにある。それに比べてヤマダはどう見ても異質である。

 なぜなら、ヤマダは基本的に人間の黒スーツ姿にウサギの仮面というビジュアルだからだ。

 このウサギ仮面は顔の上半分を覆うタイプで、ヤマダの場合は左半分が露出しているタイプの仮面。

 パンダうさぎのようなツートンカラーで、長い耳がなぜかピンと立っている。丸い黒い鼻はまるで世界的に有名なネズミキャラみたいだ。

 ちなみに仮面と書いたが、これは脱げない。そりゃそうだ。脱げたら、ただのうさぎコスプレである。この仮面は顔と一体化しているかのように脱げないのだ。

 足にはうさぎを模したもこもこの靴。スーツ姿にこれは似合わないが、これも脱げない。改造されて足にくっついたのだ。さらにズボンの後ろからは、うさぎの平たい三角しっぽが生えている。これも自前である。

 くたびれた白いシャツとよれよれの黒いネクタイは、拉致される前に着用していたものである。

(何という中途半端……微妙な格好だろうか!)

 そしてこの格好は、どう見ても弱そうだ。

 攻撃するにも爪も牙もない。

 攻撃力は0に等しい。

 ちなみにこの黒スーツだけは脱げる。脱ぐと人間の肌である。ウサギのように全身が毛むくじゃらということではない。

 ちなみに改造されたといっても、下半身にはしかるべきものが付いている。よって、一応、生理的現象については解決できる。ズボンを下ろせば用は足せるのだ。

(ああ~よかった~。下半身は改造されなくて……)

 下半身を改造は深刻な問題だ。プラスの改造ならよいが、どちらかというとお笑いの方向へ改造されてしまうだろうから。

(……ああ、脱線した。そんなことはどうでもいい。今、話し合われていることに比べれば!)

 突然、拉致されてこの世界に来たヤマダには状況は詳しく分からない。だが、それでも下っ端3等兵のヤマダでも何となくわかる。

 というか、元はベンチャー企業とはいえ、1部上場を目の前にした会社のトップに立っていたのだ。組織を見れば、それが優秀な人間の集まりなのか、ダメダメ人間の集合体なのかすぐに分かる。

 そのヤマダの目から見る魔王軍の幹部のダメっぷりは、もはや喜劇であった。

(こいつら、やべえ……)

(絶対、負け確定だろ)

(敗戦国の軍事会議って、絶対、こんな感じに違いない!)

 意見を言う幹部はてんでばらばら。好き勝手なことを言っている。大半が保身に駆られての発言。

 そもそも魔界の連中が人間界に来るのは、魔界がもうすぐ暮らせなくなるからだ。 

 神による最後の審判。これは人間と融和し、平和に暮らせという神の命令である。 

 しかし魔界の住人にはそれはどうしても受け入れられないことだ。

 そうなると人間界へ行き、そこの人間を駆逐し、そして土地を奪うしかない。人間界に魔界人の国を設立するのだ。

 しかし、その考えは人間界にいる勇者を中心とした討伐隊によって阻まれている。戦いは敗色が濃厚。戦闘部隊は撃退され、魔界へ敗走。

 一部が人間界に潜んで反撃の機会をうかがっているとはいえ、その機会はありそうにない。

 出る意見はすべて後ろ向きだ。山や森の奥に引っ込んで目立たたないように暮らすしかないとか、人間に化けて限界集落でシェアハウスを拠点にすべきだとか、降伏して魔族が最低限暮らせる無人島を確保しようなどという意見が飛び交う。

 もはや、勝とうという気概がない。

「こいつら、ポンコツだ……」

 思わず声に出てしまった。近くにいた同じ怪人、マングース男がヤマダをにらむ。 

 慌てて口笛をふくヤマダ。

(こんな会議は無駄だ。もう降伏すればいいじゃん……)

 降伏して処罰されるのは、魔界の高級幹部たちだけだろう。

 さすがに人間たちも敵対する魔族を全て滅ぼそうとは思わないはずだ。特に元人間の怪人は、哀れんで助けてくれるかもしれない。

「おいおい……お偉いさん方、まさか降伏するんじゃ……」

「それだけは……それだけは勘弁してくれ~」

 となりのフクロウ男とガチョウ男がそんなことを話している。

「どうして、降伏すると困るのですか?」

 ヤマダは疑問を口にした。元人間の怪人なら、生粋の魔族、モンスターよりも人間の世界に受け入れてもらえるはずである。

 心の中ではバカにしている同僚に丁寧な言葉遣いをしているが、それはヤマダの保身がなせる業だ。

「お前、そんなこともわからないのか?」

「これだから、ウサギなんて弱っちい奴は危機感がない」

 怒られた。丁寧な言葉遣いなのに怒られた。

 理不尽にも怒られたヤマダ。

 よく考えて見れば、フクロウ男はともかく、ガチョウ男に弱っちいと怒られるのは納得がいかないが、それを主張するのは何だか虚しい。

 それでもヤマダは、同じ怪人だから、粘って聞いてみた。ふくろう男は首を振る。一応、この男、ふくろうを模した帽子と顔半分にふくろうの仮面を被っただけ……いや、手の代わりの翼に全裸……人間の男……とんでもない姿のフクロウ男に聞いてみた。

「俺たち、怪人が一番危ない。何しろ、裏切りもの扱いだからな」

「う、裏切り者?」

「おうさ……。元人間で魔王軍に属しているのだ。裏切り者なのさ。人間に捕まれば、間違いなく火炙りだね」

 そうガチョウ男が言った。この男は飼われているガチョウのようにまるまる太っている。この男なら火炙りされるだろう。火であぶったら、いかにも美味しそうだ。

(いやいや、それを言うなら俺も一緒じゃないか!)

 日本ではあまり食べられていない食材ではあるが、場所が変わればウサギ肉は、絶品の食事である。

(捕まれば……)

 火炙り決定だろう。


 裏切りの代償は常に苦痛を伴うものになる。だから裏切ってはいけない。

                       ウサギ男ヤマダのひとりごと3


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