第2話 山田はヤマダになる

 山田正則はおっさんである。

 ただのおっさんではない。

 彼は怪人である。

『怪人』。

 実に懐かしい響きである。

 但し、この物語での設定については詳しく説明する必要があるだろう。 

 怪人は、魔王軍の下っ端モンスターである。そのほとんどは、普通の人間を改造して作り上げたものである。

 怪人と書くとなんだか強そうな響きが若干するが、魔界においてその立ち位置はオリジナルのモンスターよりはずっと落ちる。基本的には戦力不足を補うためにだけに作られた存在なのである。

 つまり、どうでもよい存在。下っ端、モブ、やられ役、かませ犬……悲惨な役柄名が思い浮かぶのである。

 ヤマダはそんな魔界では普通の怪人だ。彼は山田という姓のとおり、生粋の日本人であり、ちょっと前までは魔王軍などというファンタジーな世界とは無縁な生活をしていたのだ。

 彼は魔界と呼ばれる異世界に拉致され、魔王軍によって改造される前は38歳の中年男。180センチの身長に鍛えられた上半身。いつも着用している黒スーツが似合うダンディな男であった。

 30代後半になると、さすがに顔には年相応のシワが刻まれてはいるが、それにより年齢の高い者しか得られない威厳というものが醸し出されていた。

 ちなみにヤマダは、人間ドックで若干血圧が高めだが、あとはA判定を毎年獲得している健康的なおっさんである。残念ながら妻子はいない。

 だが、おっさんという響きで彼を語るのは彼にとっては失礼にあたるかもしれない。38歳で妻子なしと書いただけで、このおっさんは汗くさい負け組に属する人間だと世間一般の人は想像するからだ。

 これはおっさんに対する差別である。偏見である。人権侵害である。

 そして、その差別は根強い。一般的におばさんよりもその世間的地位は、相対的に下がる。

 ある意味いろんな場面で最強の称号に例えられる「おばさん」に比べて、おじさんは馬鹿にする対象として取り上げられることが多いような気がする。

 おっさんというものはそういう存在である。

 ライトノベル小説においてもおっさんの立ち位置は、異世界に最強設定で転生してスローライフでも送らなければ、誰も関心をもってくれない存在だ。

 そして、その世界でさえ、かっこいい容姿と高校生程度の若返りが必須となっている。元おっさんという肩書きの若者が活躍しないと売れない。誰も手に取ってくれない。

 返品の山が倉庫に積まれることになる。

 打ち切り街道まっしぐらとなるのだ。(悲)

 そしてこの物語の主人公ヤマダはおっさんだ。若返りもない。そして、容姿は怪人。

 物語の設定的には、完全に失敗である。(終わった~)

 この物語のおっさん、ヤマダは負け組なのであろうか?

「否」

 それは全く違う。

 少なくとも魔王軍に拉致される1日前は、彼は勝ち組のおっさんであった。ベンチャー企業とはいえ、株式上場を果たした昇龍の如く伸びゆくIT関連企業のオーナーであったのだ。少し前までは金なんて腐るほど持っていた。

 妻子がいないのは、負け組だからではない。単に仕事が忙しく、また、人生の過程において芽生えた女性に対する不信感が邪魔をして結婚しなかっただけだ。

 結婚できないではなく、ヤマダの言葉を借りれば「俺に相応しい女がいなかった」だけなのだ。

 そこが負け組と勝ち組の差である。

 女性なら誰もが憧れるセレブな男性。社会的な地位。そしてダンディな物腰。どれを取っても弱みのない人間。

 それがかつてのヤマダというおっさんであった。

 では、今の立場はどうか。

 セレブか?

 「否」

 地位は高いか?

 「否」

 モテるか?

 「否」

 ダメである。全てにおいてダメである。

 なぜなら、現在のヤマダはしがない怪人だからだ。

 魔王軍はヤマダを動物と合体させて、怪人とした。

 それは魔王軍の一員として、その戦力として活用するためだ。

 無論、百歩譲ったとして、合体した動物の力で最強の力を取り入れたとしたらどうだろう。チートな力を手に入れた怪人。

 十分に異世界ファンタジーで主役を張れるかも知れない。少なくてもこの方向の主人公は数が少ない。

 小説でのおっさん主人公。おっさんで賢者。おっさんで勇者。おっさんで美女。大体、大体このあたりが主流であろう。そうなれば、おっさん怪人の天下が来てもおかしくはない。

 だが、それも「合体」した動物が最強ならばこそである。

 動物……。異世界でも普通に動物がいる。それは元いた世界に生息する動物と変わらない。強い動物との合体。それならば「強さ」は手に入ったはずである。

 しかし、ヤマダが合体した動物は……。

 この異世界でも最弱部類の動物であった。

 おっさんヤマダが合体させられた動物。

 それは「ウサギ」である。

 ただのウサギである。

 しかもミニウサギと呼ばれるツートンカラーのただのクソうさぎ。ミニと名付けられてはいるが、成長すれば猫ほどの大きさにまで育つ。種別では『ダッチ』などとも呼ばれるが、雑種であることの方が多い。

 ペットショップの片隅に1万円以下で売られているただのウサギである。

 動物ヒエラルキーでは下の階層。捕食され、食われる方なのだ。


 おっさんは異世界に転移すると最強主人公になれる。しかし、現実のおっさんはやっぱり、どこまでもおっさんでしかない。

                    ウサギ男ヤマダのひとりごと2

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