第2話 exodus そして別かれ
何時ものように夜が明けて、早めの朝食を食べたらサラはお母さんと一緒に家に戻った。シンはすぐに荷物片づけを始めた。二時間ほどしてサラはバッグに入り切れない荷物を持って、お母さんは大きなバッグを背負って戻ってきた。持っていける荷物が小さなバッグ一つなので、シンはサラと相談し、重複するものはどちらかが持ちなるべく多くの思い出をバッグに詰め込んだ。時間がたっぷりあるとあれを持っていこうか、これにしようかと迷うところだが、時間がないから二人とも迷いを切り捨て集中して詰め切った。
「終わったかい。じゃみんなでこの星での最後の食事をしよう」
「今日も豪華よ。皆の好きなものがたっぷりあるからね。飲み物はシンちゃんとサラはオレンジジュースね。一度飲んだことあったかな。美味しいよ。大人はワイン、あ、シンちゃんのお父さんは、幻のニホンシュよ」
「さ、乾杯しよう。君たちの未来に乾杯!」
「乾杯!」
食事が終わって少ししたらバスが迎えに来る時間が近づいてきた。4人で表に出て集合場所まで歩いて行った。
「先に子供用のバスが来るからサラちゃんとシンはバッグを持ってそれに乗ってね。このバス停は二人だけだよ」
「私たちは荷物が大きいし、後から来る大型バスに乗っていくからね」
サラはお母さんにギュッと抱きついて、顔をお母さんの胸に埋めた。お母さんも何も言わずサラに手をまわして抱きしめた。
「シン、大きくなったな」
お父さんは、手をシンの頭においてシンの目を覗いて言った。シンには「頼む」とお父さんの心の声が聞こえた気がして、小さくうなずいた。
「さあ、バスが来たよ。サラちゃんシンをよろしくね」
「うん、シンちゃんはぼうっとしているからね。ちゃんと見るよ」
「そんなことないわよ、サラのほうがおっちょこちょいよ。こちらこそよろしくだわ」
「お父さん、お母さん、ありがとう」
お互いにハグして、シンとサラはバスに乗った。バスには学校の友達が何人かすでに乗っていた。バッグをギュッと抱えていた。
「発車します。このバスはドームを出ると気密バスになります。ドームまで近いので息苦しくなることはありません」
放送が流れバスは動き出した。シンとサラは後ろに身を乗り出し、お父さんとお母さんが見えなくなるまで手を振った。
「行ったね。荷物回収車がすぐ来るから、手紙や思い出やプレゼントを入れたバッグを積んだら家に戻ろう。二人とも喜んでくれるといいね。時間まで二人でゆっくり過ごそう」
「そうね。二人は気がついていたみたいね」
「ああ、二人ともいい子に育った。カップルの手続きもしたから安心だ。仲良し二人を一緒に送り出せたから幸せのほうだろう」
「……、帰りましょう。私たちの家に」
バスは塔の下に開いた大きな入り口に入っていく。バスが停車するとバスの乗降口に通路が伸びて来て、ロックされ、アナウンスが流れた。
「忘れ物のないようにお降り願います。通路は宇宙船の船内と直結しています。通路を出たら係の案内に従ってください。ではよい航海を!」
アナウンスが終わったらシュッと音がしてバスのドアが開いた。
シンとサラはリュックを背負いしっかり手をつないで歩いて行った。誰も口をきかなかった。
客室は個室で、シンとサラは一緒の部屋であった。
「サラ。一緒でよかったね」
「うん、ずっと一緒」
しばらくして音楽が流れ、続いて船長の音声が流れてきた。
「こちら船長。ようこそ本船へ。本船は20分後に離陸する」
続いてパーサーの放送が流れた。
「本船の部屋のドアは気密ドアになっています。しっかりロックしてください。持ってきたバッグは開けずに部屋の収納棚に入れこれもロックしてください。指示があるまで部屋の備品等にはさわらないように。トイレは離陸までに済ませてください。しばらく部屋の耐圧シートから離れられません」
「お母さんたちはどうしているかなあ」
「二人で一緒にいると思う」
「そうだといいね」
「うん」
再び放送が流れた。
「こちらはパーサーです。間もなく離陸します。ドアのロック、収納だなのロックを確認し、耐圧シートに座ってシートベルトをしてください」
「こちら船長。離陸する」
ゴーと音が下の方から響いてきて、船体がビリビリ震えた。
「離陸」
部屋の窓から外を見ると砂塵であった。
だんだん砂塵が薄れやがてなくなった。砂の移民星の地平線が曲線を描いていた。
操舵室にて。
「船長、上昇スピードが落ちています。このままでは、星の重力圏を離脱できません」
「非常コマンド00Z、総帆展帆」
「はっ、そうはんてんぱん?帆ですか?」
「そうだ、非常コマンド00Zを入力せよ」
「---、非常コマンド00Zを入力しました」
「こちら船長。乗員全員に告ぐ。この船にドームの住民全員を乗せることは出来なかった。この船には未来を背負う若者たちだけが乗っている。我らの星と残った同胞に最後の別れを告げよ。シートベルトは外すな」
全員が窓に、モニターに釘付けになった。自分達が、先祖が、生まれ、暮らし、亡くなった星。ドームが小さく見える。
ドームが光った。
「こちら船長。風が来るぞ。同胞からの餞別だ。風を掴め」
「風により加速。高度上がります。星の重力圏いまだ離脱できず」
船長の声が再びスピーカーから流れた。
「防護シャッターを降ろせ。後部シールド展開。耐圧シート強制モード起動。全員前を向け。スクリーン注視」
スクリーンに星が映し出された。我らの星が真っ白に光り爆発した。
「こちら船長。爆風が来る。掴まれ。さらば、我が友、我が星」
ゴーンと大きなハンマーで打った様な音が、振動が船体を襲った。
「急加速しました。重力圏離脱---、いや重力圏消失。速度はエンジンの推力を超えました。船長----」
「エンジンアイドル。風力発電装置展開。風力発電した電力は、バッテリーの充電に回せ」
「第35資源惑星を目指す。第二惑星に向かいスイングバイ軌道に入れ。星系を離脱する」
チャイムと共にスクリーンに船長が写し出された。
「こちら船長。乗員全員に告ぐ。おおよそ理解してくれていると思うが今からここに至った経緯の説明を行う。詳細は後ほど各自ライブラリで見てほしい」
スクリーンには緑と青に彩られた美しい星が映し出された。その星は段々と緑と青が縮小して行き茶色の星となっていった。
「今見ているのは死につつあった母なる星だ。我々の祖先は幾つもの移民船団で母星を捨てた。星に残った者達もいた」
十数隻で一つの移民船団を作り、幾つもの移民船団が飛び立つ様子が映し出された。
「船団が飛び立つ前に幾つか申し合わせ事項があった。その一つは暦で、飛び立つ年を移民暦(AE : anno exodus)元年とすることだった。もう一つは救難信号を受信した時、三日の間に救助、元の航路に復帰出来ない場合は救助してはならないということであった。冷たいようだが二重遭難を避けるためだ」
船長は手元の資料を見ながら再び口を開いた。
「さて飛び立った船団のうち東国第一移民船団が我々の船団だ。当初は母星や他の船団と通信出来ていた。数年後に母星との通信が切れた。原因は分からないが呼びかけにも応じなかった。他の船団との通信も船団どうしが遠ざかると共に徐々に出来なくなっていき、爆発音と共に通信が途絶えた船団、銃声と共に通信が途絶えた船団などがあった。また救難信号を発信した船団もあったが遠いため申し合わせ通り救助に向かわなかった。東国第五移民船団と西国バッファロー第三移民船団とは通信が届きづらくなる中、友人、知人と最後のお別れの挨拶は出来たと記録されている。AE20年には全て音沙汰が無くなった」
船内は話し声一つ聞こえなかった。
「我々は長い年月を航行し、船の状態が悪化し、エネルギーも少なくなり、どうにか人が住めると思われる星を発見し、不時着に近い形で着陸した。大気は分析では呼吸可能であった。念のため宇宙服で船を降りた先発の移民が大気の分析結果を踏まえ宇宙服を脱いだ。普通に呼吸でき活動を始めたが、数時間して倒れた。急ぎ倒れた人を船に収容したが、すでに亡くなっていた。
移民たちは、急遽協議したが、すでに船の機体は飛び立てる状態ではなく、この星に一時的にも住まなければならないとの結論に至った。移民たちは、運搬船に積んできた資材とエネルギーを寄せ集めて、ドームを建設した。また、来るべき旅立ちの日のために一番状態の良い一隻の船を修理し、一人でも多く乗せ、物資も出来るだけ搭載するために大型に大改造する方針を決定した。
船のエネルギーはドームを建設するために大半を使い果たしていた。この星に船のエネルギーとなる物質は少なく、その希少物質と太陽光と少ない地熱から船のエネルギーを作らなければならなかった。ドームの維持にもエネルギーは必要なので、船が宇宙に飛び出せるエネルギーが十分蓄積される前にこの星の資源が尽きることが分かった。ドームの人達には滅亡の未来しかない。そのため何としても残った一隻の船の改造を完成させ、再び宇宙に飛び立たせる以外に人類が生き延びる手立てはなくなった。
船を宇宙に旅立たせる手段を検討したが、船が地表から大気圏外に上昇できるだけのエネルギーが蓄積された時点で星を爆破して船の推力を得ることに決した。それが今だ。何世代も要する長い時間がかかった」
船長の後ろの壁面がスクリーンとなり、多くの人々が手を振っている映像が映し出された。
「'その'船には若い人しか乗船していない。私も実はドーム地下の指揮所に居た。ドーム爆破を行い、星の爆破スイッチを押したところで船のAIに指揮権を移行した。星の爆破にともなう一連のプロセスが終了した今、AIから指揮権は副長に移行し、副長は艦長に昇格した。諸君は星に残り散った我々の希望だ。未来に幸多かれ。さらばだ」
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