砂の移民星 Exodusふたたび

SUGISHITA Shinya

第1話 exodus前夜

移民暦 AE (anno exodus) 1265年


 遠いかなたの地平線に太陽が近づき、ドームの外に見える吸排気塔が夕陽に染まる頃、シンは校門を出た。


 「シン兄ちゃん、一緒に帰ろ」


 サラが追い付いてきて、シンの手をとった。サラは3学年下であり、授業はシンより早く終わるが、家が隣だったのでシンをいつも待っていた。


 「ああ、帰ろう。日が落ちるね」


 沈み行く夕陽を眺めながら家路につく。サラはシンとつないだ手をぶらぶらさせながら学校であったことを一人でしゃべっている。サラの家はシンの隣で、生まれてからずっとシンと一緒にいたので、妹のような気の置けない関係であった。


 サラの心地よい声を聞き流しながら、ドームの外を眺める。砂漠にポツンと立っている塔と呼ばれている吸排気塔の影がどんどん伸びて、伸びきったかと思うと、あたりが急速に暗くなってゆく。空だけが少しの間、茜色を保っている。それもしばらくすると真っ黒になってゆく。


 「ねえ、聞いてる?」


 「うん、聞いてるよ。ほら空が黒くなった。サラの家はまだ明かりがついてないから、うちに来る?」


 「もう、聞いてなかったでしょう。まあいいや。お母さんは遅くなるって言っていたから、シンの家で待ってるね」


 「うちも遅くなるって言っていたよ。ああ、着いた。やっぱり帰って来てないや。待っている間おやつにしよう」


 サラはさっさとキッチンに行き、シンに聞いた。

 「何がいい?ジュース、コーヒー、紅茶、お茶?」


 「お茶。荷物置いてくるね」


 「お茶っていつも渋いね」


 サラの声を後ろに聞きながら自室に行き、カバンをポンと置いて着替えた。カバンからノートを出しながら今日の授業に歴史があったと思い出した。


 「よし、サラに教えてやろう」

 独り言を言いながらキッチンに戻る。


 「何か教えてくれるの?面白い話?」


 「歴史だ」


 「ゲッ、勉強。嫌だぁ」


 「まあそう言うな。故郷の星の話も出て来るし、面白いんだから」


 「お茶飲もう。冷めちゃうから。紅茶にはミルクよね。冷蔵庫、冷蔵庫、今日の夕飯は何かな。何食べたい?」


 「こらこら、話を逸らすな。シンの歴史講座の時間だよ」

 シンは語る。

 

 シンの歴史講座

 この星の昼間の空は、先祖の故郷の空と同じ青空なのだが、夜の空は黒い。祖先が10隻の移民船に乗って渡ってきたという星の海が見えない。先祖は長い時をかけてやっとこの惑星を発見し着陸した。観測機器類では測定できなかった大気成分によって、多くの移民が亡くなったが彼らの英知によりかろうじて絶滅をまぬがれた。乗ってきた船も破損し、飛び立つことが出来なかった。とりあえずこの星に定住し力を蓄え、将来に期待するよりほかにとるべき道は残されていなかった。そして全力を尽くして有害な大気から住民を守るドームを建設した。全てを自給自足出来る体制がととのえられ、今に至る。

 

 「歴史講座は終わり。あれ寝ちゃったか」


 机に突っ伏してスースー寝息を立てているサラをソファに運び、ブランケットをかけてやり、頭を撫でてやる。


 「ずっと一緒だよ」

 サラが呟いた。


 「寝言かな。もちろんずっと一緒だよ。いつか二人でドームの外に見える塔に行ってみたいな。塔はこの星の大気から有害物質を取り除きドーム内の古い空気と入れ替えていると言われているけど、少し違うと思うんだよね。それにこの頃出入りが激しいんだよ。塔の管理要員と補修物資の搬入と発表されているけど」


 夕飯を作るようかな、お父さんが帰ってくるかなと考えながらノートで塔について検索した。すでに知っている程度のことしかわからない。情報は何も増えていない。ノートの検索では、この星のことも故郷の星よりやや小さく、ほぼ砂に覆われているとしか出てこない。中央図書館に行き、調べてみたことがあるが、開示制限がかかっていた。


 「何かおかしいんだよね。だれもドームの外の事を気にかける者はいないし」

 

 玄関のドアの開く音がした。


 「ただいま」


 「お帰りなさい。あれサラのお母さんも。サラはソファで寝てます」


 「ありがとう。ほらサラ、起きなさい」


 「今日の会議の話があってね、サラのお母さんにも来てもらった。夕飯が終わったら話をしたい」


 「夕飯は買ってきたわ。みんなで食べましょう」


 「お帰りなさい。お母さん。ええ、すごおい。美味しそう」

 サラが目をこすりながらテーブルの上の料理に気付き言った。


 「ほんとだ。食べたことないや」


 「あのね、今日ね」


 サラが今日あったことを話し初め、サラのお母さんが相槌を打ち、シンの父は微笑みながら皆んなで食事をした。夕飯はいままでで一番豪華だった。


 サラがニコニコして言った。

 「家族みたいだね。いつもこうだといいね。えへ」


 サラのお母さんが微笑んだ。シンはその微笑みに翳りがあることに気づいた。


 「お父さん話って何?今日の会議は何だったの」


 「食事を片付けたら話をしよう」


 「サラ、一緒に片付けよう」


 「あれ、シン兄ちゃん、今日は親孝行だね」


 「いつもだよ」


 「嘘だぁ。知ってるもん。いつも食べっぱなしで、お母さんが来て手伝ってるもん」


 「うぅ、ほら大事な話かあるっていうから、お手伝い、お手伝い」


 「シン済まないな。サラちゃんもありがとう」


 サラのお母さんも頷いて

 「ありがとうね」


 「うん-------」


 「お母さんも変だよ。いつもお礼なんか言わないじゃない」


 サラのお母さんは目を擦りながら洗面室に向かった。

 

 「片付けは終わったね。皆んな座ってくれる。大事な話だ」


 「お父さん、大事な話ってサラの家も関係するの?」


 「そうだ。サラちゃんの家だけではない。今頃は何処の家でも話しているよ。では今日の会議の話をしようね。少し硬い話になるけど聞いてね」


お父さんの話

 実はもうだいぶ前からこの星の資源が尽きつつあった。自給自足できるということになってはいたが、全てまかなえるわけではなかった。少しづつ資源を必要とした。

 20年前についにこの星の全ての資源を探査し終え、資源の残りは30年分と推定された。30年たてばこの星に生きる私たちは必ず滅びることが判った。

 それを受けてその当時のドームの代表者会議で、10隻の難破状態の移民船の一番状態のよい船にその他の船から部品を集め改造して大船を作り、再び新天地を目指す案が出た。

 様々な事情があってなかなかその案が決まらなかったが、10年前にやっと新天地を目指すことが決議され、船の改造が始まった。すべての船は隕石などから守るため地下の格納庫に係留して手入れはしてあったので改造作業は順調だった。

 しかし、色々な事件があった。船を飛び立たせることに反対する一派もあった。そのため、船への地下通路は全て破壊し、入り口は塔のみとした。

 この間とうとう船が完成した。

 シンもサラちゃんも気づいているだろうけど、今子供の数は大変少ない。人口が増えないようにしている。船に皆んなが乗れるように人口を減らし続けていたんだ。


 お父さんはお茶を一口飲んで続けた。


 「大変急だけど、明日午前中に身の回りを整理して、これから配るショルダーバッグ一つに荷物をまとめてくれる。これはシンの、これはサラちゃんのバッグだよ。日用品や服は船にあるからノートと思い出の品だけでいい。

 そしてお昼を食べたら船に搭乗し、出発する。ドームの外に見える塔が搭乗口だよ」


 「お母さんのバッグは?」


 「大人のバッグはちょっと大きいから部屋においてあるよ」


 「お母さん、今日はシンの家に泊まっていい?」


 「そうね。迷惑でなければ私も泊まらせてもらうわ」


 「どうぞどうぞ、シンも喜ぶでしょう。私も嬉しいかな。あはは」


 「お風呂に入ってから寝ましょうね。今日はお湯もたっぷり出るからね」


 「お母さん、水って足りてなかったんじゃないの」


 「不足気味だけど、今日はたっぷりだよ。たまには贅沢をしようということになったの」


 「そうだ。だからシンもサラちゃんもゆっくりお風呂に入って寝ようね。なんでも僕らの先祖はお風呂好きだったらしいよ」


 シンとサラをお風呂に入れ寝かしてから大人二人は会話する。


 「いよいよだな。後悔はないかい」


 「そうね。ちょっと思うところはあるけど、これしかないから。みんな最後はこれしかないと納得しているわ」


 「一緒にお風呂に入るか?」

 「…ええ」


 「サラ起きてる?」

 「うん」


 「お父さんやお母さんは詳しく話さないけど、お別れなんだろうね」

 「うん…、そうみたい」


 「気が付かないふりをしていようね」

 「うん……、そっちに行っていい?」

 「おいで」

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