第25話 奇跡は簡単に起きた。

神谷から引き継いだ資料を見たら、つまずいているのは地上げだった。


しかも、その理由については...地元ヤクザとの衝突。


そう書かれていた。


だったら、竜ケ崎組にでも頼ってみるか。


「ははははっヤクザの情報網を舐めて貰っては困ります」



一体、何を知っているのだろうか?



「まだ、何も話していませんが...」


「いや、もう知っていますぞ、常務になられたと、そして初仕事は、都市開発の地上げでしょう」


敵に回さなくて良かった...そういう事だ。


此処まで調べられるなら、何時か虚を突かれても可笑しくない。


「その通りだが...凄いな」


「それは蛇の道は蛇ですからな、それでですね、以前、座間会がやっていた地上げはほぼ話がついています」


「それはありがたい」


「但し、1回、奇跡を起こして貰えればですが...」


「奇跡」


「はい、以前に私に行ったような奇跡を一度だけ起こして貰えれば、それで全部片付きます」



多分、これはパーフェクトヒールの事だ。


まぁ、あれだけ大々的にしていれば【それを使う】そういう考えにもなるだろう。


俺は話を聞く事にした。



話は実に簡単だった。


神谷が地上げをしようとしていた地域は山戸連合という昔からある組の縄張りだった。


此処のしのぎは、地元に密着した物であり、組長の小林は義理人情に熱い男だった。


その為、神谷が地上げを頼んだ座間会とも何回も衝突を繰り返していた。


最も人数が少ない組で、竜ケ崎組はおろか、座間会にすら歯が立たない規模だった。


だが、問題は、ある日突然座間会が無くなってしまったので...事実上の勝利を拾ってしまった。


その為、今やその地域の住民は...やたらと高圧的な態度をとる様になった。


「それではどうしようも無いんじゃ無いか?」


「ですが、小林には最大の弱点があるんですわ」


「ほう」



話を聞くと、小林には【大切な娘】がいる。


だが、その娘は、過去の小林のトラブルから、当時揉めていた敵の組員に、顔に酸を掛けられてしまって二目と見られない顔になっていた。


元は可愛らしい顔だったが、酸で火傷をし醜くなってから一切部屋から出ない引き籠りになってしまったらしい。



「それで小林の奴は、娘の顔を治せる医者を探していたが、何処からも断られていた、そこでこっちから持ち掛けたんでさぁ~もし、その顔を治してやったら、傘下にはいるかってね」


「成程な」


「二つ返事で【入る】と答えましたよ、これで今井様が娘の顔を治しちまえば、もうあの地域に住民を守るヤクザはおりません...そうしたら言いなりになるしかありません...住民の家に直接うちの組員にいかせて、思う存分買い叩けば良い...まぁ今井様の言い値で全部売らせますよ」



「その辺りも、蛇の道は蛇、そういう事だな」


「そういう事です」


神谷が強気だった訳だ。


ある意味、会社の一番汚い所を担っていたんだから、当たり前だろう。



その後、竜ケ崎組長は小林に電話を掛けていた。


竜ケ崎組長は「来い」と言っていたが小林が「娘が部屋から来れない」という話をしていた。


ヤクザとはいえ【親子】なんだなとつくづく思った。


「こっちから出向くと伝えてくれ」


「解りました」



パーフェクトヒール一発で、会社の悩みが全部吹き飛ぶなら安いもんだ。



【山戸連合にて】



態々、竜ケ崎組長がついてきた。


日本有数のヤクザの組長がこんな簡単に出歩いちゃまずいだろうが。


その事について言おうとしたら...「ははははっ、なにいっているんですかい、多分この場所が世界で一番安全な場所じゃないですかい」だと。


確かに否定も出来ないな...



「おい、そいつが娘の顔を治せるっていうのか?」


「そいつ? 言葉に気をつけろ...今井様、もしくは泰章様と呼べ、この方は神の使いだ」


「はんっ...日本有数の組織の長が奇跡を起こせるという奴が居るというから見て見れば、只のガキじゃ無いか?」


「お前、失礼だぞ」


俺がガキ? どう考えてもお前の方が俺より年下だよな。


「まぁ、良い...とりあえず娘を見させて欲しい」


「どうぞ....」


そのまま組に入っていく。


組事務所というよりは日本家屋だ。


後をついていき2階に上がると途端に洋風の作りになっていた。


「おい、茜ちょっと此処をあけてくれないか?」


「....」


声は帰ってこない。


「頼むから開けてくれ」


「...嫌だ」


居る事は居るんだな...なら簡単だ。


「ちょっと変わって...せぇーーの!」


俺はドアを蹴破る事にした、まぁ勇者の俺からしたら簡単。


「嫌ぁ嫌ぁーーーーーっ見ないで、見ないでよーーーっ」


茜は慌てて毛布を被った。


だが、そんな事は俺は許さない、そのまま毛布をはぎ取った。


ドアの外から小林の怒鳴り声が聞こえてきたが無視だ。


「これで満足した? どうせ治せないよね? 私の醜い顔みて満足したんなら帰って、帰ってよーーーっ」


多分、元は凄く可愛かったに違いない。


それがこんな顔になったんじゃ、こうなるのも当たり前だ。


俺から見ても凄い美少女だ、テレビで見ている子役より数段上だ。


「俺は泰章...君の顔を治しにきたんだ、安心して必ず治すから」


「お兄ちゃんは...お医者様なの?」


「違うよ」


「それじゃ駄目じゃん...こんな顔治せないよ」


多分、茜はこんな普通に話さない...恐らく普通なら泣き喚くし、他の人間が毛布を剥いだら殴り掛かるだろう。


だが...今井泰章は【勇者】だ...無条件で信頼される。


「大丈夫...俺は女神の使い、勇者だ、だからそんな傷、簡単に治せる」


俺は無詠唱で【パーフェクトヒール】を唱え、手を顔に当てた。


「勇者? そんなの居る訳ないよ...でもお兄ちゃんは私を化け物を見る様な目や、蔑む様な目で見ないんだね」


俺は顔にまいてある包帯を取ろうと手を伸ばした。


「嫌ぁぁぁぁぁーーーっ、嫌だ、包帯取らないでーーっ」


「顔ならもう治ったよ、だから大丈夫だよ」


「嘘だよ、そんな簡単に治る訳ない」


「治ったって...もし治って無かったら何でも言う事一つ聞くから、信じて」


「なんでも良いのよね?...もし治っていなかったら...この部屋で茜と暮らして貰うからね」


「あはははっ...良いよ、茜ちゃん可愛いし(娘みたいで)」


「そう、解ったよ...それじゃ鏡見て見る...嘘、治っている...本当に元の顔だ」


「うん、ちなみに体の火傷も全部直しました...それじゃね」


「ええっ、もう行っちゃうの?」


「うん、まだ仕事中だからね」


「そうなんだ...」


何だか寂しそうだな...俺の腐れ娘にもこんな時期があったな。


「また、暇な時に遊びに来るよ」


「そう、遊びに来てくれると嬉しい...私、いま10歳だから」


うん、確かに子供だよね。


「少し待ってて、大人になったらお嫁さんになってあげるから」


「あはははっ、そうだな大人になった時に茜ちゃんがまだ俺の事好きだったら貰ってあげるよ」


「絶対だからね」


子供って可愛いな...こんな子でも多分将来【じじい】【臭い】【ATM】なんて言う様にいつかなるんだろうな。


「うん、解った」


結局指切りする事になった。



様子を見ていた小林は顔が治った事が解ると茜に抱き着いて泣いていた。


ヤクザでも父親って事だ...一しきり終わると、俺にはこれでもかとお礼を言っていた。


また分厚い封筒を渡してきたがそのまま返した。


そして俺は山戸連合を後にした。


小林組長も茜もこれでもかと手を振っていた。




「しかし、子供って可愛いよな【お嫁さん】になってあげるってさぁ」


「あの...今井様」


「うん、どうした」



こう言う所は本当に鈍感だな...


相手は子供でも【顔が焼け爛れて化け物みたいな姿で引き籠っていたんですぜ】しかも小林の話じゃ何回も自殺をしようとしたらしい。


そんな相手に、まるで物語かアニメの主人公が現れ、その顔を奇跡の様に治したんだ...子供でも本気になるだろうよ。


しかも、今井様...流石は神の使いだよな、若返っているぞ、前見た時は中年だけど、今は25~26歳に見える。


どんなガキでも女は女【こんな本物】に出会っちまったら、本気になるんじゃないか?


神の使いのせいか、どうも無頓着だな。


気難しいうちの娘も「話しがしたいわ」なんて言っていた。


うちの組員だって、指を生やして貰ったり、無くなった腕を生やして貰ってからあんたにとんでもない恩義を感じている。


まぁ仕方ないのか、神の使いだから。


「罪作りだな」


「ん...なに言っているんだか、子供がいった事ですよ」


「そうだな」



本当に罪作りだな...多分あの子は一生他の男性なんか好きにならないんじゃないかな?


まぁ儂には関係ないが。







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