第15話  指10本

「すみませんが、この度の婚約は無かった事にして頂きます」


北条家の執事がきて伝えてきた。


当人で無く執事がくると言う事はもう「此方の事などどうでも良い」そう思っているのだろう。


「理由は聞いても良いでしょうか?」


理由がさっぱり解らない。


北条家は日本有数の金持ちだが、その背景には【黒い部分】がある。


その黒い部分は地上げから始まり、暴利の金融など色々な物が存在する。


その部分の協力者として俺が必要な筈だった。


本来は家柄は決して釣り合わないが【黒い部分】を強化する為に俺が必要だった筈だ。


それゆえに今回のシンデレラストーリーが描かれた。



「はぁ~ 貴方はまだ気がついて無いのかも知れないが、もう貴方は終わったようですな! もはや貴方達は北条にとって只の犬程の価値もありません、そんな野良犬の娘を北条が貰う訳にはいかないのです」


「俺が犬だと!」


「はい...犬ですな...それでは私もこれで失礼します」



用件だけ伝えると北条家の第一執事は去っていった。


何が起こっているんだ...


しかも、これだけじゃない。


仕事でもそうだ。



「この土地は譲って頂ける約束だった筈ですが、事故が起きても知りませんよ」


「あはははっ事故なんて起きませんよ? それにそれは脅しですか?」


「ほう、そちらがその気なら」


「地回りのヤクザさんが教えてくれたんですよ? もう座間会は絡んで来ないから大丈夫だって、もし何か言われたら警察に駆け込んでも何も起きないってね」


「クソッ...本当にどうなっても知りませんからね」


「あんたの方が多分これから大変な事が起きるんじゃないですかね、とりあえずアンタの顔は見たく無いんだよ、しっしっし」


「覚えていろよ」



何が起きているんだ。


何からこれが始まったんだ。


今井泰章の妻を寝取った。


その事が彼奴に発覚してから【何かが狂い始めた】


今迄の人生で、此処まで可笑しくなった事は無い。


地位だってそうだ【部長】で留まっているのは目立ちたく無いからだ。


本気を出せば、常務だって専務だってなれた。


だが、その場所は目立ちすぎるから敢えて部長でいる。


そこで甘い汁を吸っていれば直ぐに億のお金が貯まる。



俺はエリートの道を捨ててこの道を選んだ。


エリートになっても所詮は生涯2億から3億稼げれば良い方だ。


だが、俺の生き方なら数年でそんな金は稼げる。


実を選んだ。


表より裏で生きる事を選んだ。


その俺の計画に...何が起きたと言うんだ。




連絡がつかないので、俺は座間組の事務所にきた。


可笑しい、本来なら事務所の前には3人以上の見張りがいる筈だ。


だが、誰もいない、そのまま進むと事務所には鍵も掛かっていない。


そのまま、中に入った。


本当に可笑しい、誰もいないなんて、事務所は荒らされ、散乱していた。


これが抗争による物なら...血や争った跡もある筈だが全く無い。


可笑しい...



「神谷よく来たな」


「なっ」


俺は何者かに頭を殴られ...気を失った。








此処は何処だ...


暗い、何も見えない。


ドアが開いた。


「神谷さんよぉ~よくもやってくれたな?」


「あっ、貴方は」


「あっ貴方はじゃねーんだよ、座間組と一緒によぉー、今井泰章ってやつ殺そうとしたそうだな」


この方は竜ケ崎組の確か幹部で田尻さん...の筈だ。


ならば、普通に伝えて良い筈だ。


「色々と邪魔になったので処分をお願いしたんだ」


「この野郎、あんな危ない奴に手を出しやがって、しかもあの狂犬みたいな奴の妻を寝取ったそうだな」


何でこんなに怒るんだ...解らない。


「確かに、しましたがそれが問題にでも」


「馬鹿野郎、組長クラスの女を寝取るとな、この世界では腕を取られちまうんだ」


「ですが、今井はヤクザじゃないですが...」


「そうだな、だが、この世界じゃ力が全てだ、竜ケ崎組に乗り込んで来て全員ぶったおした後に、ケジメだと言われたら【そうですね】しか言えねーんだよ! お前があの狂犬の妻を寝取ったからよー 組長が腕1本無くしたんだぞ...どう責任取るんだよ...あん、しかも機嫌が悪いから俺もこれもんだ」


そう言って口を開いた田尻の前歯は無かった。


「ひぃ...すいません」


「すいませんじゃねーよ...まぁ、お前は企業舎弟、しかも問題が起きるといけないから正式には盃を親父とかわしちゃいねー...だからよ、切らないでやるし、命も助けてやる...だがそれ以上は望むな」



そう言うと三人の男が神谷を押さえつけた。


「何をするんだ、止めて、あぁーーーーーーっ」


ボキッ、音を立てて神谷の指が折られた。


「お前は、ヤクザじゃ無いからエンコは詰めなくて良い、その代わり指を折らせて貰う、両手併せて10本だ」


「嫌だ、止めてくれーーーーっ」


「おい、誰か此奴を黙らせろ」


他の男が、お絞りを持ってきて神谷の口に詰め込んだ。


「うぐうぐうーーっ」


ボキッ



「うぐーーーーっ」


ボギッ


「ううううううーーーーーっ」


暗闇に神谷の悲鳴がこだまする。


10本の指を全部折り終わると、田尻は神谷を睨みつけた。


「お前、一応堅気で良かったな、組員なら座間組の様に死んで詫びなくちゃならんのだぞ! 指十本折って、3億で手打ちにしてやるってよ...本当にお前はついているぞ...3日以内に組の口座に3億、それで終わりだ...まぁお前は堅気だがこれは破門みたいな物だから、竜ケ崎の【り】も出したら、その時は殺すからな...良いな解ったか...警察に言っても殺すかんな」



「....はい」



神谷は折れた指を見つめながら出て行った。


顔は涙と鼻水でこれでもかと濡れていて...股間も濡れていた。


野望に満ちた男の姿はもう何処にも無かった。



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