第13話 魅了 神谷真理

これで神谷の裏の力は無くなった。


ついでに俺は白金女学院の前に来ている。


さっきから、周りの目が少し痛い。


一応、しっかりとスーツを着て怪しくない恰好をしているから問題ない筈だ。


その証拠に警備員の人にも怪しまれていない。


だが、気のせいか学生の女の子がこちらを見てヒソヒソしている。


まぁ、42歳のじじいが女子大の前に立っているんだ、陰口位は我慢だな。



【学生たち】


「あのおじ様、凄く素敵ですわね」


「私も思いますわ、誰かのお父様かしら」


「歳はかなり上ですが、渋くて素敵ですわね」


「あの位カッコ良ければ、年上もありですね」



泰章は気がついていなかった。


勇者とは決して嫌われない。


絶望に満ちた人間を照らす輝く光り。


その為、例え【魅了】を使わなくてもある程度の好意は寄せられる様になる。


自分のステータスには見えないが人間としての【魅力値】が凄く高いのだ。



ガードレールに寄りかかり、缶ジュースを片手に正門を見ていた。


お目当ては勿論、神谷真理だ。


神谷の裏の力は前回削いだ。


もう、二度と裏の力を使う事は出来ないだろう。


やり方は解らないが、竜ケ崎組の組長が約束した。


しかも、組長が、自分達が原因で片腕無くしたんだ、座間組はもう多分終わりだ。


神谷は...微妙だ。


フロント企業、企業舎弟...付き合い方は解らないが、完全にヤクザではない此奴は、案外見逃される可能性もある。


まぁ、もうヤクザの暴力という力は使えないし、お金という名の制裁はあるかも知れない。



それはさて置き、神谷が北条と繋がるのは不味い。


表の力という意味では北条は強い。


鉄道会社からデパートに自動車工場、通信会社に電気にガス、その全てにおいてシェアで1番。


つまり、北条がその気になれば人一人合法的にどうとでも出来る。


例えば、裏から手を回して【何処にも就職させない】位の事は簡単に出来る。


まぁ、これはあくまでも噂で、そんな事された人は実際には居ないだろう。


だが、本当にするしないは別にしても、そんな力を神谷が手に入れたら、俺に良い事は無い。


だから、それを阻止する必要がある。


しかし、神谷って何者なんだ?


裏で竜ケ崎組と繋がり、表で北条と繋がったら...ある意味日本をどうにか出来る力が、もうすぐ手に入ったそういう事じゃ無いか?



そんなやばい奴と...腐れ嫁が浮気したから関わる事になったのか?...ふざけるなよ!



これ、勇者の力が無ければ人生詰んでいたよな...多分負け犬のように生きるか、東京湾に浮かんだかも知れない。


そう考えたら、北条と神谷の間は裂いて置かなければならない。



その要となるのが【神谷真理】だ。


可哀想だが、この婚約は完全に壊す必要がある。


神谷はかなり娘を愛していた。


散々、自慢して会社でも写真を見せびらかしていたから、顔も解る。



暫く待っていると、問題の神谷真理が他の学生と共に出て来た。


別に声を掛けるだけだ。


特に問題になる訳じゃないだろう。


「神谷真理さんじゃないですか?」


「そうですが...貴方は誰ですか? 顔見知りではなさそうですが...」


「今井泰章と申します、随分前にバーベキューパーティーで会った」


「あっ...父の会社関係の方ですか?」


此処で俺は【魅了】の重ねがけをした。


女性に掛ける場合は、通常の【魅了】でも、麻薬に嵌った人間の様に、最愛の恋人や夫がいても裏切り好きになる。


それを重ねがけしたら...考えただけでも凄い事になるだろう。


「そうです、お父様にはお世話になっていますので...そうだ、良かったらこれプレゼントします」


俺はそう言ってポケットからギフトカードを渡した。


「そんな、頂けません」


「いや、お父様にお世話になっていますから、大した額では無いですので、お友達とファミレスに行く時でもお使い下さい」


「はぁ...それなら頂戴します、ありがとうございます」


「それじゃ、私は仕事がありますので、つい懐かしくて声を掛けてしまい、申し訳ございませんでした」


「こちらこそ、余り覚えて無くてすみません」


「いえ、良いんです、それじゃこれで失礼します」


俺はその場を後にした。


「あっ、あの良かったら連絡先を交換しませんか?」


「俺は余り、スマホとか詳しくなくてね、メールアドレスと電話番号の交換で良いなら構わないですよ」


「よ、宜しくお願い致します」


顔が少し赤くなっているな...もう効果が出始めている。



「それじゃ、これで失礼しますね」


「はい...」





【真理SIDE】


「あのおじさん、こっち見ているよ」


「ちょっと渋いよね、うんカッコ良い」


友達はこう言うけど...私には関係ないわ。


だって、私はもう婚約者がいるから、幾らカッコ良くても関係...ないわ。


どうしたのかな...確かにカッコ良く見える。


「真理~こっちに来るよ」


「多分、真理目当てだと思うよ~」


「まさか、道とか聞いて来るだけじゃないかな」




「神谷真理さんじゃないですか?」


なんで、私の名前を知っているんだろう?


「そうですが...貴方は誰ですか? 顔見知りではなさそうですが...」


誰なのでしょうか?


「今井泰章と申します、随分前にバーベキューパーティーで会った」


「あっ...父の会社関係の方ですか?」



私...どうしちゃったの、可笑しい。


体の芯から熱くなってくる。


どうしちゃったのかな...初めて会った人なのに【愛おしい】、そう思ってしまう。


「そうです、お父様にはお世話になっていますので...そうだ、良かったらこれプレゼントします」


これが【恋】とか【愛】だと言うなら今迄の私の感情は何だったんでしょう。


彼はポケットから何かを取り出し私に差し出してきた。


ギフトカード? 


「そんな、頂けません」


「いや、お父様にお世話になっていますから、大した額では無いですので、お友達とファミレスに行く時でもお使い下さい」


誰かに物を勝手に貰うとお母さまに怒られます。


ですが、どうしてでしょうか?


どうしてもこれを受取りたくて仕方なくなります。


この位ならまぁ...ちょっと怒られるだけで済みますね。


「はぁ...それなら頂戴します、ありがとうございます」


「それじゃ、私は仕事がありますので、つい懐かしくて声を掛けてしまい、申し訳ございませんでした」


どうしてでしょうか?


私はやっぱり可笑しくなってしまったのでしょうか?


さっきから顔が赤くなって...


愛おしい、そんな気持ちで満たされていきます。


平然と答えていますが、さっきから心臓のドキドキが止まらなくなります。


「こちらこそ、余り覚えて無くてすみません」


こんな方に前に出会っていたのに...なんで覚えて無いのでしょうか?


可笑しい。


「いえ、良いんです、それじゃこれで失礼します」


どうして...


どうして、彼が目の前から居なくなる。


接点が無くなる、そう思うだけで...それだけで心の中に穴があき、冷たくなっていく気がします


気がついたら私から彼を引き留めていました。



「あっ、あの良かったら連絡先を交換しませんか?」


「俺は余り、スマホとか詳しくなくてね、メールアドレスと電話番号の交換で良いなら構わないですよ」


連絡先を教えて貰えた...それだけで嬉しい。


そう思ってしまう...なんでなのかな。


「よ、宜しくお願い致します」


顔が本当に赤くなってしまう。


手なんか汗だらけだ。



「それじゃ、これで失礼しますね」



なんで、彼が離れるだけで...こんなに苦しいの、なんでこんなに寂しく感じるのかな。


「はい...」


それだけが絞りだされた。



「真理、貴方婚約者が居るのに...良かったの?」


「結構、真理って大胆だったんだね、逆ナンなんて」



「違うって、お父さんの部下だから...ほら、ギフトカード貰ったからね、お礼を改めて言おうと思っただけよ」


「そうだよね~ 冗談だから」


「そうそう、それに、お食事券貰ったんなら、何か奢ってよ」


「うん、見られちゃったから仕方ないか、良いよ奢ってあげる」


「真理、太っ腹」



駄目だ...さっきから他の事を考えようと思っても【今井泰章】さんの事ばかり思ってしまう。


こんなんで私...結婚なんて出来るのかな...


心の浸食は続く。



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