第6話 逢いたくても逢えない地獄。

次の日、不味い病院食を食べていると、主治医が来た。


「目を覚まされましたね、良かったですね」


体が思うように動かない。


手が痺れていて力が入らず、体中が痛くて仕方ない...この状態が良かった。


何故そう言うのか、解らない。


「先生、この状態で【良かった】何故そう言えるのか」


「泰章さんからしたらそうでしょうね...ですが貴方はトラックに敷かれたんですよ、普通なら即死です、生きている事が奇跡です、そうは思いませんか?」


確かに言われて見ればそうかも知れない。


手は片手は動くがもう片方は動かない、無理に動かすと痺れたようになり動かない。


脊髄でも痛めたのか両足も動かない。


幾つかの点滴と尿袋が点滴棒についている。


「あの、社会復帰は出来ますか?」


「リハビリを続けたらあるいはと、そんな感じでしょうか? 車椅子生活しながら、少しは歩ける、その程度まで回復出来れば御の字ですね」


「そうですか」


俺は落ち込んだ振りをした。


別にこの程度で俺は落ち込まない。


それから暫くして、腐れ嫁に腐れ娘が病院にやってきた。


「貴方...その」


「お父さん」



神妙な顔をした二人がいた。



「どうかしたのか? お前達は俺より神谷部長が良いんだろう?」


「だけど、神谷部長はその既婚者だったから...やはり貴方が、貴方を私は愛しているわ」


「そうだよお父さん、私のお父さんはお父さんだけだよ」



今思えば、あの時の最後の話しは何やら揉めていた...恐らくは神谷部長が既婚者と知らなかったのだろう。



「その気持ちが本当だと言うなら全部話してくれ」


俺は気付かれない様にスマホの録音アプリを起動した。


不倫がスタートしたのは約3年前、会社開催のバーベキューパーティーで出会った時からだそうだ。



俺は精々が数回、数か月前からだと思っていたが、本当はもっと長かった。


今、考えてみれば神谷が俺に「期待している」といい、大きなプロジェクトを任して、残業が増えたのもその当時からだ。


考えてみれば、その当時から神谷は直帰が増えていた。


最初はただの食事から始まり、気がつくと今の関係になっていた。


体の関係もホテルから始まり、気がつくと場所は俺の家に移っていった。


つまり、俺が何時も寝ているベッドでしょっちゅう【やっていた】わけだ。


「それで、恵美はどうしていたんだ」


「それは、その...」


一瞬、言い淀んだが、簡単に言うと毎回お小遣いが貰えるから黙認した。


そういう事だ。


しかも、信じられない事に、最初は神谷がお金を出してくれていたが、途中からは陽子が金を出していた。


俺はこいつ等二人と神谷に財産を食いつぶされていた訳だ。


2000万位は貯金が出来ている筈が残高は30万しかない。


真実を説明するしかないだろう。


「恵美、お前はもう大学にはいけない、行くなら奨学金かバイトで行くしかないな」


「幾らなんでも酷いよ、謝るから、謝るから許して」


「違うんだ、お前の為に貯めてた筈のお金は全部母さんが浮気で使ってしまった...本来なら2000万近く貯まっていた筈なんだ、そのお金でお前の大学の学費と、マンションを買う頭金にする筈だったんだが...無い」


「そんな、お父さんどうにかして」


「俺さぁ、お金使ってないよな? ボロボロのくたびれたスーツに、安物の靴、真面に小遣いも無いから飯はほぼカップ麺...一部とはいえお前もお金を貰って贅沢したんだよな? ATMってさぁ...預けたお金以上には払い出されないんだぜ...恨むなら神谷と母さんを恨め、お前の将来の為のお金を使ったのはこいつ等だ、そして自分も恨め、俺を騙した結果が高卒だ」


「お母さん...ふざけないで、あんたが私のお金を使ったから、進学出来ないなんて」


恵美は頭がそこそこ良かった。


国立は流石に無理だが中堅所の大学なら余裕で受かる学力があった。


派手な事が好きな此奴はキャンパスライフを歩むのが夢だった筈だ。


「だけど、貴方が働いているから何とかなるわよ」


「お前、まだ俺の現状聞いて無いのか? 俺に関心が無い証拠だな、俺はもう再起不能だ、この後リハビリを受けても最早どうにもならない」


「そんな」


暫くして、腐れ嫁の両親が来た。


笠井さんにも連絡したら時間があるから来てくれると言う。



「本当に、娘が大変な事をしたすまない」


父親は土下座をして、母親は来るなり腐れ嫁にビンタした。


「あんたって子は、本当になんて事をするのよ」



「嘘、両親に話したの酷い」


「仕方ないだろう? 俺はもう終わりだからな、ついでに弁護士にも連絡したから、今後について話しあおう」



「「「「「弁護士」」」」



「ああっ、離婚して今後どうするか話す必要があるからな」



「あの、泰章さん、私が責任もって更生させますから、離婚だけは許して貰えないでしょうか?」


「離婚だけは許して貰えないか」



「お義母さん、お義父さん...離婚はそれだけが理由じゃ無いんですよ、もし俺の体に問題が無いなら再構築も考えます、ですがもう肉体的に無理なんです」


自分の体について話した。


再起不能に近い事。


リハビリしても元の様にはならない事。


「この体じゃもう、真面な働き口は無いでしょう...二人を養う事は金銭的にも肉体的にも無理です...こんな時の為の貯金も不倫で陽子に使われてしまったからどうする事もできません」



「そんな、この馬鹿者がーーーっ、あれだけ尽くしてくれた泰章くんに何て事したんだーーーっ」


お義父さんがグーで腐れ嫁を殴った。


「そう、怒らないで下さい、お義父さん」


「だが、此奴のした事は実の娘だが許せない、泰章くんがそんな体になったのも娘のせいじゃ無いか」


「そうよ、実の娘ながら...あんたって子は」


腐れ嫁も腐れ娘も黙っていた。



「もう良いですよ、二人は俺を愛して無かった、それで良いじゃ無いですか? それにこれ以上は一緒に暮らしてももう無駄でしょう? 今の俺はもう真面に働けない...だから二人を養う事が出来ない、正直、2人が凄く憎い。 二人にしたって働けない旦那がいたって困るだけだと思いますよ、本当に俺を愛してくれているなら働いて看病する生活も出来るかもしれないけど、それは出来ないだろう? どうだ陽子に恵美」



「それは...ごめんなさい出来ないわ」


「ごめん」


所詮はその程度だ...



「ねぇ、まずは離婚はする事、そこから考えなくちゃ駄目だと思います」


「それで泰章くんは良いのか? なんなら、この馬鹿に死ぬまで看病させても良いんだぞ」


「私もそう思うわ」



二人は黙っている。



「それは惨めだから止めて貰いたい」



暫くすると弁護士の笠井さんがやってきた。


話し合いの結果...


【慰謝料無し】


【元から俺の子で無いので養育費無し】


【遺産分与無し】と言っても残金30万と今住んでいるマンションの家具や家電と敷金に車位しか財産は無い。


まぁ2000万近いお金の大半を使ってしまったんだ当然だ。


これで手を打った。


その代り、スマホを含み【神谷との浮気】の証拠を全部出す事。


俺への接近禁止命令、一切の連絡なし勿論、メール電話も無し、これを破った時は【1回につき100万】支払う事も約束させた。


これで、今後の生活にこれでお互いに干渉する事は無いだろう。



お義父さんからは


「本当にそれで良いのか?」


そう言われたが...まぁこれで良い。



「仕方ないですよ、妻も娘も俺を愛していない、慰謝料を取らないのが、最後の情けです...二人ともこれで良いだろう?」


2人とも黙っていた。


だが、「納得しないなら、2人が働いて生涯俺を養ってくれてもいいんだ」そう伝えたらあっさりと納得してサインした。



義両親は何回も頭を下げ、2人を連れて行った。


このまま、俺の部屋から必要最低限の物を持って、腐れ嫁と腐れ娘は実家に引き取っていくそうだ。


信頼が出来ない相手なので、離婚届けは義両親と笠井弁護士が腐れ嫁と一緒に出しに行ってくれるそうだ。



俺はこっそりと【腐れ嫁】と【腐れ娘】に魅了を掛けた。



これで終わりで良い...俺への【魅了】が掛かった状態ではもう誰も愛せないだろう。


俺を好きになった状態なのに...俺には逢えない、気持ちを押さえられず、逢ってしまったら100万円。


そんな地獄の中で一生、生きていけば良い。



義両親は年金生活者だから、家から支援していた...働けない二人を抱えて仕送りが無い状態になったのは、少し申し訳ないと思うが仕方ないだろう。


まぁ腐れ二人が働けば良いだけだ。


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