第3話 最後の7日間

異世界にきたらしい。


「ようこそ、シュベルター王国へ 勇者様、私はこの国の王女マリアーヌと申します」


確かに若い頃小説で読んだ光景だ。


但し、王様もいないし、王女と神官と騎士6人のみ。


しかも、全員が窶れている。


「初めまして王女様、私は泰章と申します、頑張りますので宜しくお願い致します」


自分の容姿はわからないが、自分が凄く若返っているのが解る。


弛んでいたお腹が無くなり、軽くお腹をさすってみたら、完全にシックスパットだった。



「勇者泰章様...折角来て貰ったのですが」


王女はすまなそうに話し始めた。


もうこの世界は全て魔王軍に占領された状態。


一部の人間は奴隷として生かされているが...殆どの人間は殺された。


この王国が最後の人類の砦だったが、それも王都を除き全部占領され、今やこの城に居る300名弱の人間のみしかいない。


「そうなのか?」



ライトノベルの世界とはまるっきり違う。


魔族の数...軍隊だけで20億、生活している者を含めば100億を超える程だという。


確か、地球の総人口が80億満たないと考えたら...地球の全人類相手に戦うよりも難しいと言う事だ。


それに対して人類がたったの300名、防戦なんて出来る訳が無い。


恐らくは、もう向こうは遊び半分で戦っているに違いないな。



「はい、勇者様がどれ程、強くてももう此処からの挽回は無理だと思います...多分魔族は、猫がネズミで遊ぶように最後の人間をいたぶって遊んでいるのだと思います」


解っている、もう詰みだ。


「それで、どうしたい?」


「魔族は1週間、攻撃を休むと言いました、まぁ多分、最後に慈悲を与えたのだと思います、折角来て頂いたのですが、私達は、その期間の間に自決する事にしました...勇者様は、自由にして下さって結構です...お城にある物は自分の物だと思って自由にお使い下さい」


「解った、それなら、君達と最後まで過ごし、その後は...自由にさせて貰うよ」


「本当に申し訳ございません、勇者様が降臨してくれたのに、他の三職(聖女 賢者 剣聖)を揃えられず、騎士団すら用意できない、ううっ...すみません」


「もう良いですよ、気にしないで下さい」


その後は、宝物庫に案内されて好きな物を自由にして良いと言われた。


別に欲しい物はない、しいて言えば戦うのに必要な剣が欲しかったから1本貰った。


夕飯は歓迎会をしてくれると言う事なので、準備が終わるまで案内された部屋で過ごした。


鏡で見た姿は高校生くらいの年恰好だった。


しかも、かなりのイケメンで、体は鍛えぬいたような体になっていた。


ステータスを見ると、ジョブは勇者で、これでもかとスキルは物凄い数で埋まっていた。


幾ら凄い...とはいえ、世界がもう魔族に落ちた後ではどうにもできないだろう。


ライトノベルのどの勇者でも、特撮ヒーローでも多分どうする事も出来ないだろう。


まぁ良い...どうでも良い。


俺はあの時、もしかしたら【死にたかった】のかも知れない。


それとも、ただ茫然としていた、だけなのか解らない。


まぁ、それもどうでも良い。


自分の命もどうでも良い。


少なくとも、トラックで敷かれて死ぬより、自殺するよりは良い死に方だ。



暫くベッドで寝そべっているとドアがノックされた。


「勇者様、宴の準備が整いました」


メイドに案内されて大広間に通された。


席は空席だらけで、実に寂しい状態だった。


出て来た料理も、明かに食材が足りないのが素人目でも解る。


ほぼ兵糧攻めに近い生活から、これを出してくれたんだ、彼等の誠実さが解る。


助けてあげたい...本当にそう思った。


だが、どう考えても無理だ。


「勇者様...」


「ありがとう、久々に誰かの心が籠った料理を食べた」


「本当にすみません、今はこんな物しか用意出来なくて...」


「気にする必要はありませんよ、俺は毎日カップ麺、まぁ我々の世界の粗食ですね、そればかり食べていましたから」


「まぁ、そうなんですか?」


「はい、こうして、ちゃんとした食事は久々です、実にありがたい」


「そう言ってくれると助かりますわ」



よく見ると野菜が入っているスープは俺だけ...他の人のスープには具が入っていない。


話掛けてくれるのはマリアーヌ姫だけだ。


宴と言いながら、他に居るのは全部で10名に満たない。


会話など弾む訳が無い。


多分、王も王妃も有力貴族も死んでいるのだろう。


此処は一応は宴の席だ、魔族に対して聞くのは良くないだろう。



実質、マリアーヌ姫と俺の只の歓談だけで宴は終わった。



もう魔王が勝利して世界が征服された世界。


勇者等...只のお客様に過ぎないよな...



その後、マリアーヌと2曲ほど踊って宴は終わった。




塔に登ってみた。


この城は見渡す限りの魔族に囲まれていた。


俺は早速、貰ったジョブを使ってみた。


そのジョブは【強奪】


数ある、昔のライトノベルでは、このスキルで相手のスキルを盗みとり成り上がる少年の物語があった。


最も、余りに強力なスキルで、小説の中の主人公が無双する為、面白みに欠けると言われるようになり、使う主人公は減っていった、また使えても能力を制限されるようになった。



凄いな....結構距離はあるのに、簡単にスキルが奪えた。


多分、相手はスキルが奪われたのにも気がつかないだろう。



俺が若い頃に読んだ憧れの主人公が使う技、こんな最強スキルでも無理だな...この世界を救うのは。




そのまま、幾つものスキルを盗んでたら体が疲れた。


だから、俺は部屋に戻り眠った。


月がとてもきれいで見ているうちに..ウトウトし始めた。


「泰章様、まだ起きていらっしゃいますか?」


声が聞こえたのでドアを開けるとそこには薄着のマリアーヌ姫がいた。


「どうしたのですか、こんな夜更けに」


「とりあえず、部屋に入れてくれませんか?」


夜中に薄着で来たのだから、大体は想像がつく。


「どうぞ」


「有難うございます」


月明りの中で見るマリアーヌ姫は凄く幻想的で綺麗だった。


彼女は、服を脱ぐとそのまま俺の首に手を回してきた。


「抱いて下さい」


事情は兎も角、この状態から女性を拒むのは失礼だ。


だから、そのまま俺は体を合わせた。


久々に抱く女に俺は何回も体を求めた。


彼女はそれに答えるように相手をしてくれた。


シーツにはしっかりと赤い血がついている。


「初めてだったのか?」


「はい、これでも王女ですから」



「だが」


「そうですね、まだ夜は長いですから、お話しでもしましょうか?」


彼女は俺の胸の中で話し始めた。



20年前に、勇者結城がこの国に召喚された、その時は今の現状と違い、魔族と人類は拮抗していた。


今と違い、勇者が召喚された後に三職(聖女 賢者 剣聖)も召喚され、数々の魔族を倒していった。


正に人間の黄金期だ、そう人類側では当時思われていた。


だが、この時のやり方が問題であった。


本来、勇者と魔王の戦いには暗黙のルールがある。


魔王側は、戦わない者、人間でいうなら農民等に対しては命まで奪わない。


勇者側も同じ。


そうでもしなければ、境界に住む人間も魔族も真面な生活は送れなくなる。


そして、その暗黙の了解は実は人間側には凄く有利だった。


魔王は魔王城から出ない。


四天王は、2人以上で戦いを挑んで来ない。


その様な暗黙の了解もあった。



だが【結城たちは勝てばよい】そういう考えから約束を守らなかった。


欲しい物があれば、魔族の村を襲い、更に美しい魔族の女やダークエルフを犯したり、やりたい放題だった。



この時から、魔族はもルールを守らなくなった。


先に人間側がルールを破ったのだ、文句は言えない。


たった4人の勇者達に、四天王2人が率いる2万の軍勢が襲い掛かる。


あっけなく、結城たちは殺された。


4人に対して休まずに攻撃を仕掛けられてはどうする事も出来なかった。


結果、結城たちは命乞いするもあっさり殺される。


そして、世界は暗黒に包まれた。


「最初からこうすれば良かった」


そう魔王が人類に言い放つ。



なんでも有りのルールは魔族にこそ有利だった。


1人1人が強い魔族が徒党を組み人類に襲い掛かってきた。


人間側にも強い能力のある者も居たが、それらは魔族の四天王を含む幹部により殺された。


しかも、統率された魔族の軍団の前にはいかな英雄も無力だった。



更に最悪な事に、勇者結城達が犯した魔族の女から強力な魔族が生まれ、天秤は大きく魔族に傾いた。


このままでは【不味い】と思った人類も軍を率いて戦った。


特に帝国はその強力な兵団を率いて戦おうとしたが、その軍団6万に対して魔族は10万もの軍団で対処した。


しかも、その先頭に立ったのは魔王と四天王だった。


魔王自らが先頭に立つ事によって指揮があがった魔王軍にはひとたまりもなく、帝国は敗亡した。



そのまま帝国は蹂躙されて、滅ばされた。


それから、時間と共に聖教国が蹂躙され...人類の連敗につぐ連敗で今に至るらしい。


「勇者は、勇者はどうなったんだ? 結城の後にも居た筈だ」


「ええっ、勇者は10年周期で召喚出来ますので、結城と泰章様の前に1人いました」


結城、呼びつけと言う事はかなり嫌われているのだろう。


「その人はどうなったんですか?」


「実は、私の婚約者だったんですが...王国の門から出た所を魔族の大群に嬲り殺しにされました...当時、私は17歳だったんですが、勇者がいればどうにかなる、なんて思っていたんですけどね、現実は厳しいですね」


もう、なんて言って良いか解らないな。


だけど、婚約者が居たのに...処女って。


「だけど、初めて」


「ああっ、これでも王族ですからね婚姻までそういった行為は出来ません、まぁ今は父も母もいませんし、27歳の行き遅れですから」


確かに1週間で死ぬのであれば...【最後に】そういう考えもあるのかも知れない。



「それで、相手は俺で良かったのか?」


「泰章様は、凄く素敵ですし、まだ10代ですよね、寧ろ、歳食った私なんかで良かったのかと思いますよ」


確かに俺の体は17~18歳位、かなり美少年に見えるが...中身は42歳だ。


「いや、俺が知る中じゃ、マリアーヌ姫より綺麗な女性は女神様位しか見たことが無い」


「うふふ、そう言って貰えると助かります、泰章様はお優しいのですね」



そのまま、マリアーヌと共に朝まで過ごした。



そのまま5日間たった。


その間に沢山の人間が自殺していった。


恐らく、自分に見切りをつけた者から自殺していっているのだろう。


この状況じゃ、勇者なんてもう意味はないな。


そんな中で俺には皆が敬意を払ってくれた。


だからこそ【何かしたい】そういう思いが込み上げてきた。



「マリアーヌ、何かして欲しい事はないか?」


女神もマリアーヌも俺には誠実だった...役に立たない勇者だが何かしてあげたかった。



俺を馬鹿にした、上司の神谷。


俺の事をATM扱いした腐れ嫁に、腐れ娘。


あんな奴らとは全く違う。



だから、本当に何かしてあげたかった。


「そうですね、う~ん、恥ずかしいのですが、死ぬ前に結婚をしてみたかったですね」


「それは相手は俺でも良いのか?」


「もしかして泰章様が貰って下さるのですか?」


「マリアーヌ姫が良ければだが」


「はい、なら貰って下さい」



この世界の結婚はあっさりしていた。


女神の像の前で愛を誓いキスをするだけだった。


騎士6人が参列してくれた。


多分、この6人と俺たち2人がこの世界で最後の人間だ。



「おめでとうございます姫様、勇者様」


「おめでとう」


「「「「おめでとうございます」」」」



騎士達はその日の夜自害した。


残りの時間は、2人で新婚生活を送った。


一緒に食事をして無人の街を歩くだけ、それだけ。


「此処の噴水は前は恋人たちのデートスポットでした」


「確かに綺麗な場所ですね」


「うふふっ、王族だから来たくても来れなかったんですけどね」



それだけでも、楽しかった。



そして運命の7日目が来た。


「楽しかったですね、この7日間は、結婚までして、色々な体験までできました」


「そうだな」


「それで、お願いがあるのですが良いでしょうか?」


「ああっ、妻であるマリアーヌが俺になんの遠慮をしているんだ」


「大変、心苦しいのですが...殺して下さい」


ああっそうだよな...


「だが、俺は」


「生きていたら、恐らくはこの世の地獄になります...勇者のスキルに【光の翼】という美しい剣技があると聞いた事があります、しかも痛みも無く一瞬で相手を消し去るという話です...それで逝きたいのです」


「今からか?」


「はい、もう時間はありません」



それしか無い...解っている事だ。



「解った、これは勇者が誇る最強奥義...光の翼だぁーーーーーーっ」


俺は剣を抜き技を使った。



剣は光の翼を纏いマリアーヌを斬った、その瞬間マリアーヌはまるで消えるように霧散していった。


「ありがとう...勇者 泰章様」


「マリアーヌーーーーっ」


マリアーヌがいた場所には1個の指輪が転がっていた。


俺はその指輪を手にしたら...涙が止まらなくなった。





※次回で異世界篇は終わります。

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