02 雲と
やがて将門は父の死により、跡を継ぎ、
そして仕事に励み、たまさかに京の諸賢を訪ねては学ぶ日々を過ごしていた。
そんなある日――。
「父が死んだ? 将門
貞盛は故郷・坂東からの使いにより、父・
それも、貞盛のおじ・
貞盛は急ぎ、朝廷に帰郷の許可をもらい、坂東へと帰った。
帰った先で――。
「
正確には、源護の三人の息子たちが何らかの理由で平将門への害意を抱き、将門を討とうとして、待ち伏せした。
ところが将門は逆に三人の息子たちを返り討ちにした。その際、逃げる彼らを追って、源護の館や、平国香の館を焼き討ちにした。
そして――巻き込まれたかたちで、国香は焼け死んでしまったのである。
「――もとはと言えば、源護の息子たちの待ち伏せが原因。父・国香は待ち伏せに参加していないとはいえ、かつて、将門
そして今なら、坂東平氏同士の内輪揉めということで収めることができる、将門とは融和の道を、と貞盛は言った。
だが、おじの
「行くには行きますが」
貞盛としては、これ以上騒ぎを大きくして、朝廷が取り上げるようになったらことだと考えた。
それゆえ、良兼らについては行くが、それは彼らを止めるか、将門と話し合いたいという気持ちでの行動だった。
案の定、将門は反攻に出て、戦場においては無類の強さを誇る将門の前に、良兼らは追い詰められていく。
そんな中、貞盛が「話を」と言っても、将門は取り合わなかった。
むしろ、寂しそうな目をして、刀を振るった。
*
「あれは――いくさに魅入られている」
将門の勇将ぶりには、まさにいくさの申し子という言葉が似合う。ただ、それがために――いくさに天賦の才を誇るだけに――さらなるいくさをと求めるような雰囲気をまとっていた。
むろん、そうであらねば、誰もついてこず、ましてやけんかを収めることなど、できやしないと思いつめているようでもあった。
……かつては「法」を求めていたというのに。
「このままではいかん――やはり、朝廷に申し出よう」
貞盛は帝へ上奏することを決意し、密かに信濃を経由して、京への道をたどった。
だがそこで将門の兵に追いつかれてしまう。
「将門
「……悪いが」
将門は矢をつがえた。
弓を引く、きりきりという音。
「……結局のところ、強くなくては誰も言うこと聞かなかった。けんかはやめない。なら――どこまでも強くなるまでさ。だが、そのためには、今少し時を要する。あと少し……朝廷には黙っていてもらおうか」
坂東一円を己がものにして、一大楽土を築くまであと少し。
下手の官軍に来られても困る。
邪魔だ。
そう言い切って、将門は矢を放った。
*
……平貞盛は生きていた。
生きて、京へと上って、平将門追討の
が、その時すでに坂東は平将門の勢力下に入っており、頼みの綱のおじの平良兼は病没していた。
そこから、貞盛の苦難が始まった。
「今や、坂東は将門
貞盛の逃避行、あるいは募兵の試みはつづく。
一度、五千の兵を率いる将門と遭遇したこともあった。
「貞盛、もはや風はわれらに!」
「されど、風は変わることも……」
乱戦のうちに、別れ別れとなり、それ以上は言えなかった。
あるいは、将門も、聞きたくなかったかもしれない。
いずれにせよ、何度も何度も追われた末――。
「もうよかろう」
将門は「新皇」と称し、これまで自分に付き従った将兵らを慰労し、帰郷を許した。
「――好機だ」
貞盛は、これを待っていた。
さしもの将門とて、いつまでも大軍を集めていられるわけがない。
休息を取らせ、一度は解散する時が来る。
「今こそ」
貞盛はおじの
この時、将門が召集できた兵は千。そして衆寡敵せず、退却を余儀なくされる。
そして――。
「将門
「そうだ」
老練な藤原秀郷は、各所に間者を放って、今や遁走をつづける将門を追った。
すると、
「攻めよう」
将門の味方が集まっては、もう将門には勝てない。
官軍の貞盛と秀郷も負けないにしても、その時、坂東は泥沼の戦乱争乱の地と化す。
「そうなる前に」
それこそ――坂東が一大楽土となる芽をつぶさないうちに。
決戦を、と言おうとした貞盛は、風を感じた。
「雲が……」
雲が流れていた。
北から南へと。
今は。
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