これを優しさと呼ばないのなら過ちでもいい 〜貞盛と将門〜
四谷軒
01 風と
……風が吹いてきていた。
北からの風が。
「
将門は北に、貞盛は南に。
その陣する位置により、風向きは将門に有利といえた。
「……矢戦の用意」
将門が号令を下すと、将兵らは一斉に矢を構えた。
「……来るぞ」
官軍の副将、
貞盛は軽くうなずき、迫り来る矢への備えを命じた。
「良いか。必ず時は来る。備えるのだ」
とはいうものの、天性の
「だが」
貞盛はふと、昔を思い出していた。
「……だが、風は変わる。いずれ変わる。われら武士が下に置かれるこの世も、変わる」
*
数年前。
平貞盛は、京へ上るとすぐ、年上の従兄弟の平将門を訪ねて行った。
当時の将門は、左大臣・
「貞盛、久しいのう」
「将門
屈託のない将門の顔を見て、貞盛は故郷の
将門は、坂東の大きな空と広い大地を――そのにおいを感じさせる男だった。
だが首を振ってそれに
貞盛は、官人としての出世を望んでおり、努めて坂東のことは考えないようにしていた。
「滝口など、暇なことよ」
将門としては、
その点、貞盛は
「でも、いいのさ」
将門は京を案内すると言って貞盛を誘い、気づいたら夜中、酒を飲みながら
貞盛が「京の酒にしてはきつすぎる」と顔を
「おれは、坂東に帰る」
「将門
「まことだ」
将門は、京の外れから敢えて取り寄せた
「京で……検非違使の仕事をして、学びたかったが、もういい。もうこれ以上いても、検非違使にはなれそうにないし、もういい」
貞盛がその濁酒の入った
「検非違使を目指していたくせに……と思っただろう? だがおれがなりたいのは検非違使というか、けんかをやめさせる男になりたかったんだ」
「なにゆえ」
「坂東を見てみろ、法なんぞ無いところだぞ、あれは。だからおれは、こうして京で学んで、ちゃんとけんかをやめさせる男になりたかった……強いからといって、言うことを聞かせる、坂東の例のあのやり方ではなく」
当時の坂東は無法地帯とも言えて、たとえば、ほかならぬ将門の父が亡くなった時に、おじの
「それも、京から遠いせいだ」
将門はそう結論づけた。
せめて
「そのための検非違使だったんだが……けんかをやめさせるのが、治の最たるものではないか」
だがそれももう終わりだと将門は
「このまま京で鳴かず飛ばずでいるよりは、坂東に帰る。帰って、己の力で何とかするさ」
将門には、夢があった。
この時代、未開の地・坂東に、一大楽土を築き上げるという夢を。
それは――のちに「武士」と呼ばれる身分、あるいは勢力の者たちにとって、より良い世の中をつくりたいという、将門の切なる願いであった。
「将門
貞盛もまたそういう想いを抱いていた。
地方において、開発に、兵事に、治安に携わる「武士」たちの世の中、それはきっと来る。
そのためには、まずは朝廷において官人として立身し、それに備えるべきである。
だからこそ、貞盛は敢えて故郷の坂東のことを頭から捨て去り、京において生きる覚悟をしてきたのだ。
将門は「わかっているさ」と貞盛の肩をたたいた。
「京にいた方が、いいにはいい……けど、親父がもう帰ってこいってさ」
将門の父・
そして、そういうやっかみが原因か、良将は、国香と良兼と仲が悪く、揉めていた。
だから息子に――武勇の誉れ高き将門に、帰れと言ってきているのか。
「――申し訳ありません」
「何、貞盛……おぬしのせいではないさ。親同士、兄弟同士で勝手にけんかしているだけさ」
「ならばそれこそ――将門
ぜひそのけんかを収めて下されと貞盛がおどけると、将門は大いに笑った。
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