第2話

 あの日から三年が経った。


 俺は5歳となり、平々凡々な人生を歩んでいた。


「気持ちいな」


 暖かい陽気。


 流れる雲を見上げ、揺れる体が俺を眠りへと誘う。


「ここにたのですか、レイン様」

「ん?」


 ハンモックという名の揺籠の虜となっていた俺の横に、サティラが少し疲れた様子で立っていた。


「今日は会食があります。こんなところでのんびりしている暇はありませんよ」

「俺に指図するってのか?使用人如きにそんな権限があーー」

「アリス様も既に準備しています」

「速くしろ!!モタモタしている暇はないぞ!!」

「王子ほど扱いやすい人間はいませんよ」


 ーーーーーーー


 扉の前に立つ。


 告白する時のような、結婚式の入場のような、はたまた憧れの人物に会う時のように、毎日のように過ごす存在に緊張を催し、そして体の奥から幸せが満ちる。


 深い深呼吸をし


「行くぞ」

「毎回それをしなきゃいけないのですか?」


 扉を開く。


「あ!!お兄様!!」

「はいお兄ちゃんでしゅよー」


 パタパタと小さな歩幅で走ってくる天使。


 いや天使という言葉では生ぬるい。


 神?いやそれ以上、最早アリスという言葉をこの世の最上級の単位として使うべきだ。


 小さな体を同じく小さな体で抱き上げる。


「お兄様、お昼寝は終わりですか?」

「ああ、愛しの妹に会いたくて眠ってる時間が退屈に感じてしまったよ」

「分かんないけど、アリスは嬉しいです」


 涙が出る。


 なんて良い子なんだ!!


「お兄様悲しいの?」

「ああ悲しいよ。この時間を永遠なものに出来ないことをどれだけ嘆いたことか」


 まだ3歳のため、俺の言ってる言葉が分からないのか首を傾げるアリス。


 だけど目が合えば可愛らしくにっこり笑う。


 つまり天ーーアリスだ。


「……本当にアリスを出席させるのか?」


 同じ部屋にいた母親と父親に呼びかける。


「お披露目だからな。ここで顔を覚えてもらわないわけにはいかない」

「だけどアリスはーー」

「お兄様」


 アリスの目には


「アリスは大丈夫です」


 熱い意志があった。


「……分かった。だけど何かあればお兄ちゃんを呼ぶんだ。ジジイやお母様よりも先にお兄ちゃんの名前を呼ぶんだぞ?」

「はい!!」

「洗脳教育だな」

「お兄ちゃんしてるわねー」


 もう一度アリスに向き直す。


「もう少しでお兄ちゃんが治してやるからな」


 アリスは先天的な病気であり、生まれてすぐに肌が火傷したように爛れた。


 髪の毛も生えず、一目見ただけで恐れられてしまうことが殆どだ。


「やっぱり俺もアリスと一緒にーー」

「ダメだ。今回の主役はアリス。お前がいては意味が薄れる」

「諦めなさいレイン。それに、これを機にあなたはお友達を作りなさい」

「友達なんていらない。俺には愛と勇気と皆がいるから」

「ではレイン様、お召し物を」

「おい待て話は終わーー」


 俺は首根っこを掴まれながら引き摺られていく。


「嵐のような子になったわね」

「本当に手がかかるな」


 ーーーーーーー


「クソが。オヤジもお母様もアリスに何かあったらどうすんだ」

「レイン様の心配もごもっともですが、保護が過ぎれば成長になりません。ここは心を鬼にして下さい」

「あれれ、おかしいな。俺の時はお母様以外に優しくされた記憶がないぞ〜」

「レイン様。ライオンは生まれてすぐに崖から突き落とすものです」

「よーし、ライオンの俺はお前の首を噛むことにするなー」

「お戯を」

「戯れてんじゃねーよ」


 俺、母、父の三人は先に会場入りする。


 アリスはもう少し後だ


「これはレイン様、本日もますます美しく、気高くなられましたな」


 よく分からんデブが話しかけてくる。


「ども」

「ど、ども?」


 戸惑うデブを無視し、俺はすぐにバイキンコーナーに足を運ぶ。


「レイン様は相変わらずだな」

「あれで国を背負えるのか?」


 周りからゴニョゴニョと陰口が聞こえる。


 俺は少し耳がいいから聴こえんだよカス共。


 俺は黙々と肉を食い続ける。


「ねぇ」

「あん?」


 肩を叩かれ、振り返ると俺と同じくらいの背丈の男児。


「僕ナタラ。よろしく」


 自分のことをナタラと名乗る男児は無表情で手を前に出す。


「目的はなんだ」

「目的?」


 まぁこんな小さい奴に聞いても分からんか。


「母上と父上が王子とは仲良くしろって」

「ふーん」


 まだ小さいくせに中々大変そうだな。


「いいぜ、今から俺ら友達な」

「うん」


 握手を握る。


「それにしてもお前」


 よく顔を見てみると、その顔は大変整っており、茶の髪と青色の瞳は綺麗にマッチし、美形だらけのこの世界でもかなりのレベルだ。


「俺の妹の次にいい顔じゃねーか」

「妹がいるの?」

「ああ。今日お披露目だ。一目惚れしても絶対に渡さんからな」

「大丈夫。母上と父上が王女様とは関わらなくていいって」

「それってーー」


 電気が消える。


 正確には光魔法が消えただけだが


「皆様、本日はお忙しい中我々のためーー」


 オヤジが前に出て演説する。


 だが俺の耳には一切の音は入って来ず、ただ自身の心臓の音だけが耳の奥で鳴り響いた。


「それではご入場です」


 アナウンスらしき声と共に拍手が鳴り響く。


 奥からお母様と手を繋いだアリスが登場する。


「……」


 瞬時、ピタリと拍手は鳴り止む。


「は、初めましてアリスです。えっと、みんなのために頑張れる王女になります!!」

「す、素晴らしい。天女の美声か?」


 皆知ってるか?あの子まだ3歳だぜ?


 だが俺の感動とは正反対に、アリスの挨拶に対する反応が返ってくることはなかった。


「ア、アリス様の素晴らしいお言葉でした」


 進行係も困惑する。


「これだから嫌だったんだ」


 舞台の上に立つアリスは、どうすればいいのかと周りをキョロキョロしている。


「あ」


 俺と目が合う。


「本当に可愛いやつだ」


 俺が手を振れば、先程の不安が嘘のようにニコニコとなる。


「何あれ」

「恐ろしい」

「呪われてるわ」


 周りからはまた否定的な言葉。


「程度の低さが目に見えてるな」


 本当に飽き飽きする連中ばかりだ。


「お前はどう思う?」

「僕?」


 ナタラは急な質問に少し驚きを見せたあと


「優しそうな子だったね」


 曇りのない瞳で答えた。


「今日からお前と俺は親友だ」

「え?ありがとう」


 ナタラはよく分からなそうに頷く。


「今日は飲むぞ」

「お酒は大人になってからだよ?」

「何言ってんだ、餓鬼はジュースで暴飲暴食するもんだ」


 ナタラの肩を掴み、ガハハと品のない笑い方でバイキングコーナーを回り続けた。


 ーーーーーーー


「なぁナタラ分かるか?妹というには存在そのものが尊いんだ。だけど勘違いしてはいけない。そこらの有象無象の妹と俺の妹は訳が違う」


 5歳相手に妹について力説しているところ


「レインの言ってる妹さんが色んな人に囲まれてるよ」

「何!!」


 ナタラの指差す方を向く。


 俺と同じくらいの年だろうか。


 緑色の髪をした少女が


「気持ち悪い」


 アリスに向かって暴言を吐いている。


 ましてや


「あ、あの」

「近寄るな!!」


 アリスのガラスよりも繊細な頬を叩いたではないか。


「お、落ち着け俺、こんなところで暴れたら王族としての名誉が」


 暴れそうな自分の拳を見ると、なぜか赤い液体が付いているではないか。


「おっと」


 どうやら俺の拳は俺の意志より先に少女を殴っていたではないか。


 これは失敬失敬


「大丈夫か?アリス」

「はい、お兄様。いつもの痛いのお陰で大丈夫です」


 ニヘラと笑うアリスは健気で、守らないといけない存在だとより認識させられる。


「すぐ治してやるからな」


 アリスの病気を治すため、俺は日がな一日を常に勉強と訓練に注いでいる。


「もう痛いはないか?」

「お兄様がいると痛いはもうないです」


 俺は思わずアリスを抱きしめる。


「おい」


 背後から声がする。


 振り向くと、先程殴り飛ばした少女と、それと同じ髪色の大人の男が立っていた。


「いくら王族といえど絶対王政などといった的外れな世界ではない、これは重大な問題だ」


 ああ、なるほど。


 コイツは今の内に俺に罪悪感やら問題やらを押し付け、将来俺を傀儡にでもしようとしてるんだな。


 知らんけど(適当)


 しまったな、まさかお偉いさんの娘を殴ってしまったとは。


 これはしょうがない、素直に


「テメェこそ誰に手を出したか分かってんのか?問題になるのはそっちの方だぞ!!」


 まさか5歳の餓鬼に反論されるとは思ってもおらず、動揺を見せる。


「そ、それはただの子供の喧嘩だろ!!」

「あーそうですか。なら俺も子供の喧嘩ってことになりますね」

「どう考えても喧嘩で済むはずないだろ!!」


 緑髪の少女の頬は誰が見ても分かるほど真っ青となっていた。


「あー、うちのアリスちゃんは受けたダメージを100倍にして返す能力持ちなんですよ」

「そんなもの聞いたことないわ!!」


 顔を真っ赤にしながら大人気なく5歳の子供にキレる男。


「どうされましたか!!」


 ここでオヤジの登場。


 一緒にお母様もいる。


「これはノートン様、実はそちらの御子息が私の娘に」


 まるで悲劇のヒロインのように顔を腫らした少女が一歩前に出る。


「まぁ!!」


 お母様が悲鳴じみた声を上げる。


「申し上げ難いことではありますが、そちらの教育はどうなってるのでしょうか」

「大変申し訳ありません」


 王族であるオヤジが頭を下げる。


 それだけの格ということか。


 少々面倒臭いな。


「どうしてこんなことを」

「だってオヤジ。あいつ親に似たのか短期で陥落的でアリスに平手打ちしたんだぜ!!」

「そしてお前はどうした」

「パーよりも弱いグーで同じことをしただけだ」

「はぁ」


 ため息を吐かれる。


「この度は完全にこちらに非があります。後日、何かしらの形でお詫びを」


 オヤジが折れる。


「当然ですね」


 鼻高高に緑色の子供おじさんが調子に乗る。


「今回は養子をお取りした方が良いのでは?片方は暴力的、もう片方は」


 嘲笑し


「完全に醜い化ーー」

「殺すぞテメェエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエ!!!!!!!!!!!!!」


 小さな物、大きな物、ましてや人と形ある全てが吹き飛び、窓は割れ、華やかな舞台が一瞬で廃墟のように荒れる。


「ばばば化け……」

「どうだ?本物の化け物を見た感想は」


 俺の周りに嵐のように風が舞い、炎が吹き荒れ、水が人を食わんと暴れ狂う。


「レイン!!止めろ!!」

「うるせぇオヤジ!!コイツは言っちゃいけねぇことを言った。安心しろ殺しはしない。ただこの世に未練がないようにしてやるだけだ」


 俺が一歩を踏み出すたび、男は逃げ惑おうとするが、恐怖で動けないでいる。


「安心しろ。娘や一族もろとも同じ苦しみを与えてやる」


 また一歩足を踏み入れ


「お兄様!!」


 声


 俺の体に小さな重さがのしかかる。


「大丈夫だアリス。お兄ちゃんに全部任せろ」


 アリスは涙をポロポロ零しながら


「アリスは痛いのいや!!」


 悪いなアリス。


 いくら妹の願いといえど


「そっかー、じゃあお兄ちゃん止めるねー」


 当然の帰着。


 俺の優先順位は一に妹二に妹、三姉妹を差し置いて妹だ。


 嵐が過ぎ去った後のように周りは静かになる。


 みんなどうしたんだろう?


 俺子供だから分かんないや


「レインよ」


 オヤジが俺の前に立ち


「今日をもって、お前の王位継承権を剥奪する」

「oh」


 その日、俺は王族じゃなくなりました。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

シスコンがギャルゲー世界にやって来ました @NEET0Tk

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ