第9話 騎士は舞い降りた 奇跡が起きた 結果少女は

今日は退院の日だ。


ようやく、外の世界を見ることができる。


静流さんとほぼ二人っきりのこの生活も終わる。


此処からが本当の新しい生活の始まりだ。


「どうかしたの、翼?」


病室から出てみて解った。


この治療施設は王城以上に大きい。


翼の知識の中に、ビルという信じられない程大きな建物があったが、まさか自分がその中に居たとは思わなかった。


なんだ、これ、このガラス...くすみ一つなく外が見える。


これだけでも、元居た世界なら国宝級じゃないか。


しかも下を見たら、人間がまるで豆みたいに小さい、どれだけ高いんだよ。


あれが車か? 馬や竜に引っ張らせないで自動で走るなんて凄いな。


「いやぁ、景色が良いからついね」



《やはり記憶が混乱しているのね? まるで子供みたいにキョロキョロしているわ》



「やっぱりまだ記憶が混乱しているの...」


「ごめん..静流さん、かなり混乱している、だけどそのうち思い出して行くと思うから大丈夫だよ」


多分無理だ、俺は翼じゃない、だから俺は精一杯新しい人生で親孝行をしていく、それしか出来ない。


思い出の翼は【俺じゃ無いから】な。



「母さんこそごめんね、それじゃ母さん会計すましてくるから、此処で座って待っててね」


「解った」



椅子からして、なんだこれ、酒場も何処に行っても木の椅子で固かったのに、これはどんな材質なんだ、凄く柔らかい。


こんな椅子は貴族の家か豪商の家にしかない、しかもこの天井の高さも信じられない程高い...王城には確かに吹き抜けはあるが、こんなに高くない。


さっきの動く階段も、上下に動く部屋も見た事が無い...ここは恐らく、VIP専用の治療院じゃないか。


しかもこれ程の施設だ、前の世界で言うなら、聖教国にある様な施設に違いない。


だが、それにしても大きすぎる...しかも治療師がこれ程居るなんて、ラクーア様の言う通り、この国は信じられない程進んだ世界なんだと実感した。


「あの、すみません」


「はい?」


この人は誰だ、翼の知り合いなのか? 


何だこれは...この人も物凄い美人だ、ジョセフィーナ姫より美しい女性がこうも簡単に存在するなんて。


しかも静流さんに匹敵するほど美しい。


「あの、もしかして俺の知り合いなのですか? 何処かでお会いしましたか?」


知り合いの可能性も高い、こう答えて置けば問題ないだろう。


「実は、私はこの病院で看護師をしている高梨と申しますが、あの、あそこに居る綾子ちゃんがどうしてもお話ししたいと言うので、すみません」


高梨さんが指を指した先には、天使の様に可愛い女の子が居た。


多分、5~6歳位、髪の毛はくせ毛なのかな、カールが掛かっていて少し茶色、白い肌にピンクの唇。


こんな可愛い子供は見た事が無い...ブランド伯爵家に将来はジョセフィーナ姫みたいに綺麗になると言われていた、ルビナス嬢という凄い綺麗な令嬢がいたが、此処の子はそれより尚美しい。


「別に構いませんよ、母が事務手続きしていますが、混んでいるらしく、まだまだ会計やら手続きに時間が掛かりそうですから」


「ありがとうございます」


「それでどうして、綾子ちゃんは俺と話したいんですか?」


「あの子、実は体が弱くて入院していたのですが、今度手術を受けるんです」


それが俺とどうつながるんだ?


「それで、その綾子ちゃんが言うには、絵本の王子様を見つけたと言う物ですから」


そうか翼を知らない人間には認識阻害が機能してない。


という事であれば、俺本来の姿、セレスに見えている。


そう言う事か? 王子様というのはこそばゆいが、宮廷騎士だから、確かにそう見えても可笑しくは無い。


「そう言う事なら構いません」


直ぐに高梨さんは綾子ちゃんを連れてきた。


「お兄ちゃんは王子様だよね」


「違うよ」


相手は子供とはいえ嘘はつきたくない。


「そうか~絵本の中のエラン王子にそっくりだったんだけど、本当に王子様が居る訳ないよね、だけど、本当にそっくりなんだよ?」


綾子ちゃんに絵本を見せて貰った、しかし本当に綺麗な子だな。


懐かしいな、俺はジョブやスキルが無いのに騎士になったから、平民のそれも子供に人気があった。


こんな綺麗な子がその子達と同じ様にキラキラした目をしているんだ、夢を潰しちゃいけないな。


「綾子姫、俺は王子様じゃ、ありませんよ? ほら、王子様の横にいるじゃないですか? 騎士です」


「お兄ちゃん、騎士だったんだ」


「はい、綾子姫」


この世界には王族も貴族も居ない、なら普通の子を姫と呼んでも誰も咎めないだろう。


「綾子姫...えへへ本物のお姫様みたい」


この子は病気で苦しんでいた、そして今度手術するんだ、なら少し位の楽しい事があっても良いだろう。


俺は立ち上がった。


「お兄ちゃん、どうしたの?」


「折角だから、少し騎士らしい事をしようかと、ご覧あれ」


宮廷騎士になる為に身に着けた儀礼の動きをしてみせた。


「お兄ちゃん、凄い、凄いなぁ~カッコ良くて、本当に綺麗」


「そうですか? 綾子姫の美しさには敵いません」


「本当? 綾子って本当に綺麗?」


「はい、正にルビーの輝きにも勝る程綺麗です」


「お兄ちゃん、ありがとう!」


「私はお兄ちゃんではありません..私の名は...(不味いこの世界にはスタンピード家は無い、どうしようか、これなら)天城翼、勇者から名前を頂いた騎士です」


「天城翼...かっこ良い」


「それじゃ美しい綾子姫、褒美を下さい、お手を」


「手を出せばよいのかな...はい」


俺は膝磨づき方膝をつき綾子ちゃんの手の甲にキスをした。


「私は騎士です、綾子姫が病魔と闘うなら我が剣は必ずや貴方を病魔から守ります、貴方が勇気を持って戦うなら必ず私の剣が貴方を守る事でしょう...辛い戦いだと思いますが、私の姫なら必ずや勝利をつかみ取ると期待しています」


「翼様...わたし、わたし、絶対に病気に負けないよ」


「うん、私の綾子姫なら大丈夫です」


俺はこの子が喜ぶように笑顔で笑ってみせた。


それから暫くして高梨さんが綾子ちゃんを連れていった。


これから検査をするそうだ。


「ばいば~い、翼様」


うんとっても可愛らしい笑顔だ。



周りの人間がこちらを見ていた。


そしてその中に静流さんがいた。


まさか知らない間にこんなに注目されているなんて思わなかった。


凄く恥ずかしい。


「翼っ、詳しい話はあとで聞くから、会計も終わったし帰ろう」


静流さんは顔が真っ赤だ。


「そうだね..うん」


静流さんに引っ張られそそくさと病院を後にした。


恥ずかしいからか、直ぐにタクシーに飛び乗って病院を後にした。


凄いな、馬車とは比べ物にならない。






【高梨SIDE】


病弱で、ずうっと小さい頃から入院している綾子ちゃんがロビーで騒いでいた。


「どうしたの綾子ちゃん」


「あっ高梨さん、凄いんだよ、あそこ、エラン王子が居るんだよ?」


綾子ちゃんが指さした先には、凄い美少年が居た。


何と言って良いか解らない、芸能人と比べても遜色のない、しいて言うならハリウッドのスターレベル。


アーサー王の物語で《ランスロット》の役が実に似合いそうな男の子だ。


多分、私以外も同じ様に思っていると思う。


あそこの女子高生、こっそりと写メ撮ったわね。


看護師の川村さんもガン見している。


綾子ちゃんはもっと小さい頃から入退院を繰り返しているから友達も居ない。


そんな綾子ちゃんが大切にしているのが、エラン王子の冒険という絵本だ。


確かに、その少年はエラン王子に見えなくもない。


綾子ちゃんはもうじき手術をする、成功率は30パーセントしかない。


その手術で失敗したら、この子はもう...


そう考えたら、私は居てもたってもいられるず、直ぐに少年の元に走っていた。


良い思い出になったら良いな本当にそう思った。


その少年は簡単に綾子ちゃんとの会話をOKしてくれた。


「お兄ちゃんは王子様だよね」


「違うよ」


話を合わせてくれても良いのに...そう思って見ていた。


「綾子姫、俺は王子様じゃ、ありませんよ? ほら、王子様の横にいるじゃないですか? 騎士です」


【騎士】そう言った。


凄く感謝した、これで綾子ちゃんに良い思い出が残る、そう思っていたら...嘘。


可笑しい、彼が騎士にしか見えなくなった。


確かに凄い美少年だけど、手足の動き一つ一つが本物の騎士にしか見えない。


幻覚の様に、ジーンズにトレーナーの彼がまるで鎧を纏い剣を持った騎士に見えてきた。


騎士が日本にいる訳が無い...だが目の前に居るのは騎士にしか思えない。


決して誇張じゃない...その証拠に周りの人間がその姿をうっとりした目で見ている。


ロビーでこんな事したら目立つから文句が出る筈だ、だけど誰もが見惚れていた。


煩い、婦長もが黙って見ている。


綾子ちゃんは【綾子姫】と呼ばれて顔を真っ赤にしながら満面の笑みを浮かべている。


日本に騎士なんて居ない。


多分彼は俳優だ、それもきっと世界的な俳優。


昔、聞いたことがある、伝説に残る様なスターはただ演技するだけで、相手にその世界を見せる事ができるそうだ。


実際に薄汚れた何も無い劇場で、たった1人でボクサーの演技をした俳優が居たらしいが、見た観客には相手のボクサーとリングが見えた。


そういう逸話がある。


演技って凄い、毎日暗い顔で過ごしていた綾子ちゃんがあんなに笑顔になるなんて。


きっと名のある俳優に違いないわ。



天城翼さんか、ファンになっちゃったわ。




【静流SIDE】


見ていて痛々しい。


クマみたいな巨体で騎士のセリフを叫んでいる。


だけど、声はとても澄んでいるのね...セリフだけならカッコいいけど。


多分、これはアニメのモノマネね。


だけど、良い事だわ...あの女の子は喜んでいるんだから。


今迄、人に関わろうとしなかったあの子が積極的に人の為に何かしようとするなんて。


凄く恥ずかしいけど、最後まで見守ってあげるわ...


頑張っているわね、見ていて痛くて凄く恥ずかしくて、顔から火が噴きそうだけど、母さん我慢するわ。


だけど...翼、何でそんな恥ずかしい真似をしているの?


私が【頑張って】って言ったから。


その一言でもし変わったって言うなら、私は...どうしたらいいの?




【アフターストーリー】



とうとう手術の日が来た。


成功する確率は低いって事は...もう知っているよ。


死んじゃうかも知れない...知っているよ。


だけどね、私は戦わない訳にいかないんだもん。


私の事を【綾子姫】って呼んでくれた翼様。


綾子はお姫様だから、負けません...だから翼様、私を守って下さい。



「綾子ちゃん、時間だよ」


「高梨さん、今迄ありがとう」


《危ない手術なのに本当に落ち着いているわ、子供なのに》


「高梨さん、悲しそうな顔をしなくて良いよ? 私はこれから勝ちに行くんだから」


「綾子ちゃん」


「お姫様は負けないんだから!」



綾子の手術が始まった。


手術は12時間に及ぶ長い手術だった。



【綾子の心の中】


怖い、凄く怖いよ真っ暗だ此処何処。


「此処は暗闇の世界、これからお前は此処で暮らすんだ」


「嫌だ、嫌だよ~」


「お前はもう終わりだ、勝てる訳は無い、もう解っているだろう」


死神が鎌を持って迫ってきた。


もう終わりだ...私は死ぬんだ。


勝てる訳は無かったんだよ...30%しか助からないなら70%は死ぬって事だもん。





「手術は成功しましたが、どうやら体がもちませんでした...ご臨終です」


「そっそんなーーーっ綾子ーーーっ」


「娘が、娘がああああああっ」





【綾子の心の中】


「私は勝てなかったよ...死ぬしかないんだ」



「私の綾子姫はそんな情けない事は言いませんよ? ここから逆転しましょう! さぁ私が相手だ死神!」



「翼様」


凄い、あんなに怖かった死神が..もう怖くない。


私はお姫様なんだ、私の騎士が来てくれたんだから、もう怖がっていられない。


私の翼様は凄く強いんだからね。


凄い..


「止めだーーーっ」


あんなに怖かった死神を簡単に倒しちゃったわ。




「先生、綾子が綾子が今手を動かしました」


「そんな馬鹿な事...奇跡だこれなら助かる」


「先生」






「う~ん翼様」



「綾子、目を覚ましたのね、手術は成功よ良かった...本当に良かった」


「奇跡が起きたんだぞ、綾子お前は一回死んでいたんだ、一回死んだお前が蘇ってきたんだ、神様がきっと助けてくれたんだ」


違うよお父さん...私を助けてくれたのは【勇者の名前を持った騎士様】だよ。



病を克服した綾子は、今迄の遅れを取り戻すべき死ぬ気で勉強した。


そして名門私立に入学して、生徒会長となった。


姿こそ【平凡】だったが、その聡明さや仕草から、沢山の男性から告白を受けた。


だが、彼女はその全ての告白を断った。



「そうですわね、私の理想は剣一つでドラゴンや死神を倒せるような凛々しい方ですわ」


「そんな奴居る訳ない」


「そうでしょうか? 私は1人知っておりますわ...その方こそが私が心からお慕いする方なのです」


今日も綾子は断り続けている。



奇跡が起きたのはただの偶然かも知れない。


だが、その奇跡のせいで、真面にもう恋愛等、出来ない子に綾子はなってしまった。


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