第8話 【静流SIDE】愛しの息子

毎日が地獄だ。


何回息子を殺して死のうと思ったか解らない。


もし、楓が娘がいなかったら、多分私は翼を殺して死んでいたかも知れない。




小さい時は本当に可愛かった。


いつもお母さん、お母さんってついてきて、本当に甘えん坊だった。


子供って本当に凄いな...目に入れても痛くないって本当なんだ。



小学生になって翼は更に可愛くなった、友達の日向くんと同じサッカークラブに入って活躍していた。


子供にしては凄く大人っぽくて、女の子がキャーキャーいっていた。


当人は気がついて無かったけど、翼、貴方は凄くモテているんだよ?


小学生位の女の子って恋愛に凄く一生懸命なんだよ、君の為だけにお小遣いでお菓子を買ってきたり、お洒落したりしているのよ。


翼、貴方はきっと大人になったら女たらしになるわね...どんな大人になるか楽しみだわ。


もう既にその片鱗はあるかもしれないわ貴方が【お母さんと結婚する】って言ったら、楓がね【お母さんは私の敵だ】とか言って暫く口を聞いてくれなかったのよ...全く妹迄かどわかしてどうするのかな?


はぁ~だけど子供って怖いわ、そのセリフだけで幸せを感じるんだから、今日は奮発してケーキを買ってくるわ。



お父さんが事業で失敗した...もうどうして良いか解らなかった...


お金がない、だから何時も私はお父さんと喧嘩していた。


「子供が2人も居るのよ、どうするの?」


「どうにかするから黙ってくれ」


あの人は何時もどうにかする、それだけしか言わない。


子供と一緒に居たいから、母さんは家で内職をしていたわ...


それでもお金が足りなくて...どうして良いか解らない。


愛する子供が唯一の...あれ、翼ってこんなだったっけ。


可笑しいな? 楓は可愛いままなのに、翼は...可愛く無い。


これは翼なのかな? 可愛くてカッコ良い翼...じゃない。


多分、借金返済で疲れているに違いない。


そうよ、そうじゃ無ければ、可愛い我が子を可愛く無いなんて思う訳が無いわ。



お父さんが亡くなった...私が事務所に行くと首を吊って死んでいた。


遺書には【幸せに出来なくて、すまない】そう書いてあった。


お父さんが死んで、楓が泣いている...その横で、翼なんでアニメみて笑っているの?


お父さんが亡くなったんだよ...ねぇ。


あんた...だれ。



お父さんは私達が困らない様に億単位の生命保険に入っていてくれた。


減額はされた物の、自殺の免責期間は過ぎていたから貰う事ができた。


これで、生活の目途はたった。



だが、翼が悪魔になり始めるのはこの頃からだった。


私の事をくそ婆と呼ぶようになり、楓をクソガキと呼ぶようになった。


何が起きたのか解らなかった...だが翼を見ればわかった。


落書きされた鞄や土で汚れた制服...虐めだ。



私は直ぐに学校に行って対処を求めたが学校側は《子供どうしの事》《やり返すように言っている》そう言うばかりで対処してくれない。


多分、翼が壊れてしまったのは《虐め》が原因だ、そう思っていた。



だから、翼が不登校になってもそのまま見ていた。


楓も同じだ。


学校から切り離す事で元の優しい翼に戻ってくれたら...そう思っていた。


だが違った、此奴はただのクズだった。


お父さんが亡くなった時も悲しみもしないし...葬儀や納骨にも不参加だった。


しかも、何もしないで部屋から出て来ない。


食事も態々部屋に持って行かないといけないし、良く癇癪を起す。


部屋から出てくれば、文句か金の催促しかない...余りに酷いので注意したら暴力を振るう様になった。


楓にまで暴力を振るう本当のクズになった。


そこまでして、親に暴力を振るい、妹を傷つけてまで買う物は大体がアニメの物が多い。


しかも、その中にはエロゲーやエロ漫画も含まれ...内容も見るに堪えない物も多い。


酷い者はどう見ても女の子が小学生にしか見えない物もあり、何時か犯罪起こすんじゃないか...本当にそう思った。


だから、距離を置くことにした。


働くようになった私は遅くまで働くようにして...楓には夜まで帰らない様に言いつけた。


幸い、親類の家が近くにあるし、良い友人も楓には居る。


最悪、この子だけでも親類の家に預ける事も視野に入れて考えていた。


少女が主人公のエロ漫画を読むような人間だ、妹に手をだしても可笑しくない。


何時から翼は...クズになってしまったんだろう?


最早、悪魔としか考えられないわ。



そんな翼が事故にあった。


最初、警察から電話を貰った時は《とうとう犯罪者になったのか》そう思った。


だが、話は違った、子供を助けて事故にあった、そういう話だった。


多分、昔の翼だったら飛んでいったと思う。


だが私はこの時に《死んでくれないかな?》本当にそう思った。


楓に一緒に病院に来るか聞いたら。


「あの人はお兄ちゃんじゃないから、行かない」そう言った。


その目は本当にどうでも良いと思っている..そう語っているのがはっきり分かったけど、私には何も言えない。



だが...家族ってズルい。


あんなに死んで欲しかった翼なのに...この姿を見たら涙が出て来た。


「意識を失っています...このまま意識が戻らない可能性もあります」



翼が...このまま。



母親って可笑しな生き物だ...さっき迄【死んで欲しい】そう思っていたのに涙が止まらない。


翼を跳ねた運転手と一緒にその会社の社長が謝っていたが...何を話したか解らない...


そんな事より翼の方が大切なんだ...心配なんだ..


私が居ても何も解らない、そんな事...知っている。


だけど、だけど...傍に居たいの...なんで、なんで...自分でも解らない。


翼の顔を見た。


久しぶりに見た翼の顔は...凄く不細工だった。


昔の面影は全く無い...ブタは可哀想ね、そうクマだわ、クマ。


体はどうしたのかな...ブクブク太って...。



そんな事しても効果はあるかどうか解らない。


暇さえあれば呼び掛けて、手足をさすってみた。


まるで死んだみたいに翼は動かない...


私の頭は可笑しくなったのかも知れない《悪魔みたいな息子でも良い、帰ってきて》


馬鹿だ...それは地獄だって解っている...なのに、なのに...それでも死んで欲しくない。



何時までたっても翼は目を覚まさない。


凄く悲しくて何時も泣いていた。


気がつくと今日も寝てしまったみたい。


だが、今日は何時もと違った。


翼が起きていて、私を覗き込んでいた...嘘。


「うう~ん...えっ翼、目を覚ましたの! 良かった、本当に良かった、凄く、凄く心配したんだから~」


涙が止まらない...本当に、本当に心配したんだからね。



「心配かけてごめんね」


翼は私の髪を優しく触っていた..何が起きたのかな? 目が優しく見える。


「翼?」


翼は私の顔に近づくと、何で..キスしてきた。


訳が解らない、翼は私をくそ婆と呼ぶ、その翼がキス?子供の時ならいざ知らず可笑しい。


だけど動揺を隠しきれない、私は母親、一体何が起きているの..


「ううん...翼?ちょっとごめんなさい」


翼がもし、キスをするとしたら、もしかして記憶を無くしたのかも知れない。


直ぐに医者を呼ばなければ。


生きてさえいてくれれば、目を覚ましてくれれば、そう思っていたのに今度は障害が気になった。


本当に馬鹿だ、ナースコールで呼べば良いのに、走っていた。


そのまま先生の手を引っ張り病室まできた。



「息子の翼が変なんです...私をまるで恋人の様に抱きしめて..そのキスしてきたんです」



翼、何で顔を真っ赤にしているのよ...こっち迄恥ずかしくなるわ。



「息子さんに彼女は居ましたか」


「引き籠りだったので居ない筈です」


翼が凄く優しい表情している様に見えるのは何故かな?



「そうですか? あの聞きにくい事ですが子供の頃に母親が好きだったんじゃないですか?」


「幼稚園に上がる前なら【お母さんと結婚する】っていってました」



何で真っ赤になるのよ、子供の時の事でしょう、そんな顔されたら母さんが恥ずかしいわよ。



「成程、それでお母さんは何と?」



「【大きくなったらね】そう言ったと思います、いやだ恥ずかしい」



言ってて恥ずかしくなるわ。



「それで解りました、恐らく事故による意識の混乱です...一時的に子供になってしまったんでしょう?」


「そう言う事ですか? それでそれは治るのでしょうか?」


「目も覚めた事ですし、直ぐに治ると思います」


「そうですか」


「君はどうだ? 少しは落ち着いたかな、記憶に混乱はないか?」


「何だか少し混乱しています」


「あんな事があったんだ仕方ない...休んでいれば大丈夫だ、深く考えないで」


「はい」




「しかし、翼...本当に大丈夫? まさか母さんにキスするなんて思わなかったわ」


「ごめん...意識が混乱している、だけど母さんが凄く愛おしく思えて、あの時は好きな気持ちが込み上げてきてた...ごめん」


「そうね...もうお父さんもいないけど、残念ね親子は結婚出来ないのよ...うふふっキスなんて何年ぶりかしら、嬉しいわ」


「そういう冗談は止めて...恥ずかしい」



子供ってズルいわよ...あれ程の事をされても、こんな事で許せてしまう。


此処に居るのは、そう【お母さんと結婚する】そう言っていた翼だ。


照れている顔も凄く可愛い...本当に不細工になったわね、だけどそれでも【愛おしい】なんて言われたら顔が赤くなるわ。




「うふふ母さん忘れないわ、こんな素敵なキスなんて...嬉しくて、嬉しくて涙が出ちゃう」


「どうしたの母さん」


「ううん、何でもないわ...でもね翼ちゃんが母さんって呼んでくれて凄く嬉しいのよ? そうだ母さんもお礼をしてあげる、ほらっチュッ...あははっ流石に口にはしてあげれないけど、親子だから頬っぺたで良いならまたしてあげる」


「ごめん、恥ずかしくて母さんの顔見れない」



此処に居るのは悪魔じゃない、私が目に入れても痛くない...そう思う最愛の息子なんだわ。


多分、事故に遭う前の翼ならキスなんてしたら、多分顔が変わる位に殴られる。



「そう」


翼が私を優しい笑顔で見ているわ...姿は不細工だけど、心はあの時の翼だ。


だけど...何でそんな目で見るのかな? 


幾ら何でもこんなおばさん、本当に好きになったわけ無いわよね? 母親だし。



本当に好きなのかしらね...だけど多分こんな感情は今だけよね。


混乱が治ったら、もう母親にこんなに甘えて来る事は無いでしょう...今だけ。


なら良いわ...うん。



「翼、はい、あ~ん」


私は翼に触りながらリンゴを食べさせてあげていた。


まるで恋人みたいね...顔を赤くしながら食べて本当に可愛いわよ。


「あ~んもぐもぐ」


「静流さん、俺は息子なんだよな...」


そうね、息子よ、だけど可愛いから良いわ記憶の混乱が収まるまではこんな関係も良いわね。


母さんねお父さんとお見合い結婚だし浮気もした事無いから恋愛ってした事無いのよ...


相手は息子...これは浮気じゃない、ちょっと過剰だけどそうね、親子で恋愛ゴッコしている様な物ね。


この位のスキンシップ親子でしても可笑しく無い筈よ...



「そうね、だけど、母さんの事好きなんだよね? これは母子のスキンシップ、別に良いでしょう?」


困った顔しているわね...ふふふ可愛いわ。



「静流さん」


「何でそんな呼び方するの..」


「いやこれは違うんだ..」


「何で、何で、母さんって呼んでくれたのに...やっとまた呼んでくれたのに...そんな」


私は涙が止まらなくなって気がついたら声を出して泣いてしまった。


此処が個室で良かった。


「あのさぁ、記憶が凄く混乱しているんだ」


「それとどう関係があるのよ! 翼~」


なにこれ? 顔を真っ赤にして何でうつむくのかな?


「母さんが、理想の女性にしか思えないんだ、母親じゃなかったプロポーズしたい位に」


目を合わせてこないわね...この子は恥ずかしい時に目を逸らす。


つまり、これは本気だわね


不味いわ、顔が凄く赤くなっているのが解る...耳も熱いわ。


本当に困った、息子からこんな事まで言われると思わなかった。



「そ...そういう事なの、少し困るけど、そう言う事なら仕方ないわ、これから頑張ってくれるなら【静流】って呼んでも良いわよ」


これで翼が喜ぶなら良いわ...だけど【静流】って何?


そんな呼び方母親にするのかな? 


私が翼って呼んで、翼が静流って呼んだら...どう見ても恋人か新婚夫婦じゃない。


困ったわ...まったく、翼は記憶の混乱が終わればそれで終わるけど...私は忘れないのよ?


母さんをそんな恋人みたいに扱ってどうするのよ?


しかも【頑張ってってなに?】私翼に何を頑張れって言うの? 


自分で言っていて解らないわよ、つい口をついちゃったけど頑張れば恋人みたいにして良いって事を許可したみたいじゃない。



何で私に隠れて体鍛えるのかな?



まさか、本当に頑張り始めたって事? えっ。



「あの静流さん、恥ずかしいから出てってくれないかな」


完全に異性としてとらえているのかな?


「先生に言われているのよ、倒れたら困るからちゃんと見ていて下さいって、本当なら母さんが一緒に入っても可笑しく無いのよ」



幾ら恥ずかしくても駄目..先生に言われているからね、うふふっ。



「静流さん、それは良いって本当に大丈夫だから」



「だ~め、ちゃんと体を拭かないとね、ほらじっとして」


翼はシャワーの後だから真っ裸..私はは服を着ているけど、ワザと抱き着くように体を拭いた。


本当に顔を真っ赤にしているわ...しかも少し嬉しそう。


こういう顔されるとつい抱きしめたくなる衝動に駆られちゃうわ。


「あのね静流さん、俺は...」


「知っているわよ!もう何回も聞いたから...私だって愛しているわ、だって貴方は最愛の息子だもん」


私は翼にどうしてあげれば良いんだろう?


明かに私のなかに息子としてじゃない、別の感情もある。


翼と同じ位愛している娘の楓が居なかったら何時流されるか解らないわ。



「だから、静流さん」


「うふふっ愛の形は違うけど、世界で1番母さんが好きな男性は、翼だからね」



今はこういう位しか出来ないわね。



「そう言えば、妹の楓はなんで、お見舞い来てくれないんだ」


「楓はちょっと、貴方と揉めていたから、多分きずらいのよ」


「ごめん、その辺りの記憶も無い...静流さんの子供だから、多分凄く綺麗なんだろうな...」



「母さんの子供って、そうね記憶が混乱しているんだもん...仕方ないわ、写真みてみる?」



「どうしたのかな? まさか楓ちゃんが好きになったのかな? 浮気するなんて母さん悲しいわ」



私は何を言っているのだろう。


今、私は楓に嫉妬したの?


今の翼は、私の理想の性格の息子になっているわ。


私は恋人みたいな息子が欲しかったのかもしれない、それは多分殆どの母親の夢だと思う。


だけど本当に息子が母親を好きで、これが一時的な物でなかったらどうなるのかな?


もし、こんな生活が続いたら何時か翼を受け入れてしまいそうで怖い。


過ちを犯しそうで怖い...


  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る